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狼王のつがい  作者: 吉野
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感じた違和感


血の匂いに混じってどこか懐かしい匂いがした…気がした。



「シルヴァン様?どちらへ」


不意に立ち上がった彼に、横から訝しげな声がかけられる。

それに対して軽く手を振り


「すぐに戻る」


言うや否や、シルヴァンは窓から飛び出した。



「窓…って、ドアもあるんですけどね。

と言うか、何をそんな急いでるんだか」


残されたグリスが呆れたように呟くが、同意する者も反論する者も居ない。



万が一の事があってはいけないとシルヴァンの護衛もすぐさま飛び出して行ったが…あの勢いでは追いつく事は難しいだろう、とグリスは首を振った。



「“狼”の鼻で何か嗅ぎ取ったってのか?

だとしたらすげえな」


 *


目を覚ました時、自分がどこに居るのか、何故ここにいるのかわからなかった〇〇は、パチパチと瞬きをした。




——少なくとも清潔で温かい寝具の中、のように思えるんだけど…。



「どこ…ここ」



見覚えのない景色…と感じたのは一瞬の事。


自分が何も覚えていない事に愕然としつつ、身体を起こそうとして、頭部と右肩に走った激痛に〇〇は呻いた。



「あら、目を覚ましたのね。

まだ動かない方がいいわよ」


痛みを堪えながら身体を起こし、声のする方向に首を向けると、兎のような耳をはやした女性が心配そうに近寄ってきた。



「あなた、その傷のせいでひどい熱にうなされてね、5日も目を覚さなかったの」




——傷?ひどい熱?


確かに身体の芯から響くような鋭い痛みからして、相当深い傷なのだと思うけれど。



それよりも、何よりも…。



「ここは、どこですか?

あなたは誰ですか?」


続けざまに言葉を発したせいで、ひどく乾いていた喉が引きつれゴホゴホと咳き込んだ〇〇の背をさすり、少しでも楽なように背にクッションを当て体勢を整えると、女性は液体の入った器を差し出した。


「薬湯よ、痛みが取れるわ。

ゆっくり飲んで」


労わるような眼差しと思いやりに満ちた言葉に嘘の欠片は見当たらないと信じ、〇〇は言われるまま少しずつ中に入っていた液体を口に含む。



「…苦い」


どこであっても薬はやはり苦いのか、と顔を顰めた〇〇に今度は水の入った器が手渡される。

柑橘系の爽やかな香りのそれを、〇〇は一気に飲み干した。




「ありがとう、ございます」


ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した〇〇は、傍に腰掛けている女性の様子を控えめに窺う。




低い位置できっちりと束ねられたチャコールグレーの髪と、白く透き通るような肌とのコントラスト。

紫色の瞳はまるで本物のアメジストのような輝きを放ち、意志の強さと優しさという相反する印象を与える事に成功している。


そこだけ見れば普通の人間なのに…頭部に生えた耳はどう見ても本物に見える。



「あの…貴女は?ここはどこですか?」


口を開きかけてはまた閉じ、それでも現状を理解するため思いきって質問した〇〇に、女性は当然といった様子で頷いた。



「私は兎族のレプス、ここは最果ての砦よ」




——うさぎ…ぞく?さいはてのとりで?



耳慣れない言葉に黙り込んだ〇〇の目をひたりと見つめ、レプスは


「見たところ、貴女はどの獣でもなさそうだけど、一体何者なの?」


と静かに問うた。



不信や疑惑、憤怒や嘲笑といった負の感情は、その表情には見当たらない。


けれど、嘘やごまかしを許さないまっすぐな瞳に何と答えたものか束の間迷い、そもそも質問の意図が掴めず首を傾げた〇〇が、口を開きかけたその時…。



「それは、私も是非とも聞かせてもらいたいな」


低い男性の声が割り込んできた。




咄嗟に振り向いた〇〇の目の前に現れたのは犬のような耳を持ち、流れるような銀の髪を無造作に束ねた長身の男性だった。


他を圧倒するような威圧感を放ち、王者の風格で佇む彼の片方しかない目は、まっすぐに〇〇を捕えている。


圧倒的な「力」の前に〇〇の身体は竦みあがり、小さく震えた。



少しでも触れれば切れてしまいそうなほど鋭い視線に貫かれ声も出せずに固まる〇〇と、許可も得ずに入室してきた男性とを交互に見比べ、レプスは咎めるように


「シルヴァン様、怪我人を怯えさせないでください、傷に障ります」


と冷静に諭した。



「…何も怖がらせるような事はしていない」


不本意そうに言い返す男性—シルヴァン—に


「そのお顔が怖いんです」


歯に絹着せぬ物言いでバッサリ斬ったレプスを、シルヴァンは面白そうに見つめた。



「お前は怖がらないではないか」


「私は慣れましたから」



目線が逸れれば、威圧感はそれ程でもないと密かに詰めていた息を吐いた〇〇の前に影ができ…。

顔を上げると目の前にシルヴァンが立ち、冷ややかに見下ろしていた。


顔を引きつらせつつ、怯えたように様子を伺う〇〇の視線を綺麗に無視し


「2人きりで話がしたい、席をはずせ」


シルヴァンはレプスに命じた。



「いえ、でも…」


声も出せずに怯えている〇〇の顔と、不機嫌そうな主の顔とを見比べ、レプスは命に従う事を躊躇った。



「何もしない。

ただ聞きたい事があるだけだ」


けれども、あくまで譲らないシルヴァンに


「…わかりました。

彼女の名誉のためにも、部屋のドアは少し開けておきます。

それと、すぐ近くに控えておりますので何かございましたらお声がけください」



ため息をつくとレプスは部屋を出て行った、縋りつくような〇〇の視線を振りきって。




途端に張り詰める部屋の空気に、〇〇は身体を縮こまらせる。

そんな彼女に向かって、シルヴァンは


「キサマ、何者だ?」


温度の全く感じられない低い声で尋ねた。


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