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狼王のつがい  作者: 吉野
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下された命〜アリシア〜


それからすぐにレプスさんが私を呼びに来た。

聞けば、国王の使者が私と面会したいと言っているのだという。




——何故…私?


戸惑いと不審が顔に出ていたのだろう。

謁見の間に向かう途中、レプスさんは声を潜め


「あなたにまだ言っていなかった事があるの。

シルヴァン様の事よ」


と切り出した。



「シルヴァン様が辺境伯で国王の弟だということですか?」


「っ!…知って、いたの」


「正確には先ほど知りました」



先程感じた衝撃はすでに薄れつつある。

そうだと知った後ならあの威圧感も、不遜な印象も納得できる気がするのだ。



「でも何故今頃?

しかも今、国王からの使いが来ているのでしょう?」


その問いにハッキリと顔をしかめ、レプスさんは小声で囁いた。


「王はあなたの存在を知っている。

その上で王都へ召し出そうとしているの」


思いがけない言葉に咄嗟に立ち止まってしまった私を気遣うよう、レプスさんも立ち止まり私の肩に手を置いた。



「アリシア、大丈夫よ。

あなたの事は渡さないし、私達が守るわ」


「…」



決意の滲む眼差しに緊張の色が走る。

ううん、緊張というよりは切羽詰まった感じ。


それは、裏を返せば王の命を覆す事が難しい…という事ではないのだろうか?



「とりあえずシルヴァン様も私達もあなたが望まない事を、たとえ王命でも無理強いするつもりはないわ。

だから何を言われても、何を聞かされても私達を信じて欲しい」



私の目を見つめ懇願するレプスさんのただならぬ様子に、嫌な予感がしたものの。

…元から拒否権などないのだ、ここにいる限り。




——えぇい!女は度胸!


見ず知らずの人より、ここに来てからずっと世話をしてくれた人達の方を信じたくなるのが人情というもの。



「…わかりました、一蓮托生ですね?」


そう問いかけると、レプスさんはニッコリと微笑み、とある秘策を授けてくれた。


 *


「ふむ、黒髪に黒目の小柄な少女。

間違いない、そなたが迷いびとだな」



王の使者と名乗った狐族の若長は、頭を覆っていた布を取り去るように命じ、ジロリと私を睨め付けた。


値踏みするような鋭い視線に、先日受けた仕打ちを思い出し身体が震える。


それでなくとも目の前にいる男性は狐族。


ゾットによく似た眼差しに射抜かれ、口の中がカラカラになり呼吸が浅く、早くなる。



「この者が迷いびとであるという確証はない」


答えられない私の代わりにシルヴァン様が答えてくださったけれど、若長はフンと鼻で笑い


「申し訳ございませんが、あなたに意見は求めておりません、辺境伯」


慇懃無礼に頭を下げた。



親身とまではいかないものの、前よりは優しく接してくれるシルヴァン様を馬鹿にしたような態度は、正直あまり気分の良いものではない。


同時に、初対面の筈なのに外見的特徴まで知られている事に内心ゾッとする。



「迷いびとよ、王命である。ありがたく拝命せよ」



おそらく血の気がひいた酷い顔をしている筈なのに、お構いなしに滔々と読み上げられる命令文。


それによると、私は国王の「つがい候補」であり、王の側に侍るのが当然の存在である。

王都へ来れば富も権力も、望むものは思いのまま。

何不自由ない生活と身の安全を、王が責任持って保証するので、安心して王のもとへ来るように、との事だった。 



耳障りの良い言葉と分かりやすい権力をチラつかせ、私にとって都合の良い話ばかりを並べる使者の、ひいては国王の意図がまるでわからない。



このような辺境の地でさえ、あからさまにお荷物扱いし見下す獣人もいるのに。

まして権力の集中している国王の側で、何の力も後ろ盾も持たない私が、側にただ居るだけで良いだなんて。




——胡散臭いにも程がある。


それってお飾り?

何かの象徴として文字通り「居る」だけでいいって、そういう事?


あまりにも訳のわからない話に、困惑を通り越し言葉を失っていると



「あり得ない!」


椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、シルヴァン様が声を荒げながら若長に詰め寄った。

そんなシルヴァン様を、若長は冷ややかに見つめる。



「つがい候補とは何だ。

つがいとは誰かに決められ選ばれるものではない、神の定めた唯一であろう。

そもそも王には既に妃がおられるではないか」


「詳しい事は存じません。

しかし王妃様もこの件はご承知との事。

貴方様が口を挟む事ではございません」


木で鼻を括ったような返答に


「バカな!兄上はご自分のような子をまた作られるおつもりか」


シルヴァン様が吠えた。



「口を慎みなさい」


それに対し、若長は顔色を変え慌てた様子で制止した。



シルヴァン様には蔑むような、警戒する視線を向けたかと思うと、こちらには媚びるような、それでいて威圧するような目で


「よろしいか、これは王命である。

くれぐれも違える事のないように」


とにこやかに念を押す。



その笑顔は、明らかに貼り付けられたもので、私が一言でも異を唱えようものなら激昂するか脅すか、そんな感じのイヤな笑みだった。



その笑顔に、何故だかじわじわと包囲網が狭まっているような…まるで蜘蛛の巣に絡めとられた気分になる。




『王都から来た偉い人にとって、自分より下の者が対等に話をするなどあり得ない事なの。

だから貴方は何も言わなくてもいいわ、こちらで代わりに話をしてあげる』



先程レプスさんから教えてもらった「秘策」




言質を取られないよう、私は何も話さないし頷いたりもしない。



けれど…どうも物事が悪い方へ進んでいる気がして、私は俯いたままキュッと唇をかみしめた。

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