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狼王のつがい  作者: 吉野
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秘めた想い


アリシアが、思い出した事があると言い出したのは、ゾットの死から2日後の事だった。



「あの時、ゾットが言った『生きていたのか』という言葉、あれがずっと引っかかっていたんです。


彼らは私が死んだと思っていた。

けれど実際には生きていた。

ではいつ、彼らは私が死んだと思ったのか」



ふぅ、吐息を吐き出し遠い目をしたアリシアは、ひどく儚げで今にも消えてしまいそうに見えた。





——何故だろう…。


アリシアがどこか遠くへ行ってしまいそうな気がして、シルヴァンは両手をキツく握りしめた。

そうしていないと、今は理性で抑えている本能が目覚めてしまいそうで…。




「それで思い出したんです。

私がこの砦で保護していただいた際、怪我をしていたその訳を」


そんなシルヴァンの内心など微塵も気づいていないアリシアは淡々と言葉を重ね、グリスが先を促す。



「それで?」


「あの3人は密かに集まって、計画を立てていました。

あの時は、馴染みのない言葉が多すぎて内容までは理解できませんでしたが…今ならわかります。

彼らが企てていたのがシルヴァン様の破滅なのだと」


「…っ!」



思わず息を飲んだゴールディにチラリと目を向けてから、アリシアは続けた。



「私が聞き取れたのは、シルヴァン様の殺害も視野に入れて、何か策を弄して孤立させる事といった内容でした。

その為にも王弟と国王を仲違いさせ、その隙に…という事だったと思います」





——あの時聞いた話の一言一句を覚えている訳ではない。

ましてずいぶん前の事だ。

思い違いや聞き間違いなども無いとは言えない。


けれども…今更と言われても、思い出したのであれば伝えなくては。

今ここで自分を大切に扱ってくれる人の…人達の危機が、もしそこに迫っているのなら。


ある種、使命感のような思いにかられアリシアは自分の聞いた事を懸命に説明した。




アリシアの話が進むにつれて、グリスからグゥッと膨らんだ「気」が放たれてゆく。

殺気にも似た鋭い気がビリビリと空気を震わせる中、アリシアは比較的落ち着いてそれを受け止めていた。



それは自分に対して放たれたものではないと理解しているから…かもしれない。


あるいは、グリスもまた理由もなくアリシアを傷つける事はしないと—共に暮らすようになって—信頼するようになったから、かもしれない。




——どちらにしても、あの時聞いた密談の内容はできる限り詳細にお伝えした。


後は、他の情報とも照らし合わせ、真偽の確認も含めて対応してくれるだろう。



本当は…国王と王弟の仲違いが、なぜシルヴァン様と関係するのか、そこだけはわからない。

もっとも、その件については私が口を挟んで良い問題とも思えないし、ここは大人しく口を噤んでおいた方が無難ってものよね。


と、アリシアは全てを話し終えた事に安堵しつつ、一礼して席を立った。



「ありがとう、アリシア。

あとはゆっくり休んで」


まだ本調子ではないアリシアを気遣って、レプスが一緒に退室する。




扉が閉まった事を確かめてから、ゴールディが口を開いた。


「考えたくはない事ですが…アリシアが敢えて自分を仲間に襲わせ、怪我をして信用させる作戦という事は、ないでしょうか?」


「我々の目が節穴だと?」


ジロリと睨むグリスに両手を上げて見せるものの、ゴールディの顔は至って真剣だった。


「あくまで可能性の話です。

ぼ…私だって本気で考えている訳ではありません」




——アリシアの言葉に虚偽や誘導があるようには思えない。


この数ヶ月で怪しい所はなかったし、「アリシア」の名の通り誠実な彼女の裏表のない真っ直ぐな性格も言動も、一定の信を置いても良いと思える。


今回の件も、アリシアが彼らにとって余計な事を話していないかという確認と口封じと考えるのが妥当だろう。



けれども、彼女の為人はこの際置いておくとして。

砦内の上層部が彼女を信じているこの状況で、万が一裏をかかれたら…?



「ですが、こんな時にこんな事を言いそうな奴がいないので、敢えて代わりに言わせていただきました」


その言葉に、シルヴァンとグリスは顔を見合わせた。


もちろん個人的感情で護衛であるリサを遠ざけたシルヴァンへの、嫌味のつもりはゴールディにはない。


むしろ


『事態はいつも最悪を想定しろ』


と日頃シルヴァンが言っている言葉に忠実に、幾通りもの事態とその対策を想定した結果の言葉であり、またアリシアの内心を慮った上で退室を確認してからの発言だった。




「もちろん、私自身あの子は信用に値するとも思っています。


一方で、ゾットには不審な点がいくつも見られますし、その死も本当に偶然なのか怪しいものです。

考えたくはありませんが、まだ砦内に奴らの仲間がいてゾットの口封じをしたという可能性も無くはない」




「そう…だな」


苦々しい顔でシルヴァンが後を引き継いだ。



「奴らの狙いが我々を混乱させる事なら、その隙を衝かれないよう、さらに警戒する必要がある。

けれど現在容疑者2名のうち1名は死亡、1名も話ができる状態ではない。


一方で猿人に砦内への侵入を許し、また逃亡を防げなかった状況から見て、砦内にまだ仲間が…いや、裏切り者がいるのかもしれない」


シルヴァンの言葉に皆その可能性を考えていたのか、室内が重い空気に包まれた。


その重苦しさを払拭するよう、シルヴァンは声を張り上げ


「いるかわからない裏切り者に怯え、疑心暗鬼にかられるのは敵の策に嵌まったも同然。

だからと言って、その可能性も排除出来ない以上、アリシアの存在および私のつがいだという件は機密扱い。

ゾットの死は病死とし、アルバの捕縛と猿人の存在はくれぐれも内密に。


なお、グリスは砦内の警備の強化を。

ゴールディは引き続き不審者の洗い出しを。

そしてレプスはアリシアを含め、女子供の安全に気を配るよう伝えておけ」


と指示を出した。


 *


「つがいだと伝えなくてもよろしいのですか?」


ゴールディも退室した執務室で、疲れ切った様子で眉間を揉むシルヴァンにグリスは問いかけた。



「これでも親代わりなんでね。

娘がこれ以上危険に晒されるのを、黙って見ている事はできないんですよ」


不快そうに睨みつけるシルヴァンに、珍しくグリスは真面目な口調で訴えた。



その真剣な声にやや気圧されたのか、シルヴァンはむっつりと黙り込んだが…なおも詰め寄られ


「あの者は、迷いびとだ。

神の気まぐれで迷い込んできたが、本来こちらの者ではない」


ボソリと呟いた。



「つがいだと、少なくとも私が認めてしまえば、アリシアをこの地に縛りつけてしまう事になる。

余計な結びつきや縁は、帰る場所がある彼女にとって、足枷になりかねない」


苦々しい声に、グリスは肩を竦める。


「だから言わない…いや、言えないのだ。

全てを捨て自分を選んでくれとは」


「とかなんとか言って、本当は貴方はあの子をつがいだと思っているのに、アリシアの方はそうでもないから、無理に言い寄って嫌われるのが怖いだけでしょう?」



この言葉にシルヴァンは、ものすごい剣幕で立ち上がりグリスを睨みつけた。




——視線で物理的に傷つける事が出来るのならば、今頃俺は瀕死の重症だな。


と思いつつ、グリスは肩を竦め


「おや、図星でしたか、これは失礼」


しかし、悪びれずにニヤリと笑った。



「…うるさい!」


不機嫌を隠そうともせず怒鳴りつけたシルヴァンだが、同時にグリスがこんな顔をする時は何を言っても引かない事もわかっていた。



「アリシアが帰りたいと思っているのなら…帰る場所があり、彼女の帰りを待っている者がいるのなら、それを妨げるべきではないと思う。

それに万が一、彼女が私のつがいだと自覚したとして、だからと言って私と故郷のどちらかを選ばせるような事はしたくない」


いつになく弱気な主人の様子に、グリスは呆れたようにため息をついた。



「どちらにしても選ぶのはあの子だ。

それにあの子は強い、自分の決めた事で涙を流す事はあっても、後悔はしないと思いますがね」


すっかり親目線のグリスに、シルヴァンは唇の端を歪め微笑むにとどまった。


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