逃げ出した先は〜結〜
「誰」が「何」の話をしているのか、皆目見当もつかなかった。
こちらに背を向けている男達の声は潜められていたし、何とか所々聞き取れた言葉も聞き覚えのない地名に単語で。
多分普通の声で話していたとしても、ちんぷんかんぷんだっただろう。
けれども…なにか、とても「良くない話」をしているであろう事は、想像に容易かった。
——この場にいちゃいけない。
そんな気がひしひしとした私は、そっと踵を返してその場を離れようとした。
その時だった。
足元の小枝がポキリと音を立てたのは。
「誰だ!」
厳しい誰何の声に身を翻し走り出したものの、たいして進まないうちに3人の男達に囲まれてしまう。
「どこから聞いてやがった?」
「…聞いてないって言ったら、信じてくれるの?」
凄む男達の手にある片手剣が放つ鈍い光は、どこか現実離れしていて。
それなのに…剣先が煌めいた瞬間、右肩に焼けるような痛みが走った。
「っ!」
思わず押さえた左の掌は、鮮血で濡れていた。
ジリ、と後ずさるのと同じだけ、いや、それ以上に距離を詰める男達をキッと睨みつける。
「逃げ足だけはなかなかのもんだったけどよ、もう逃げ場はないぜ」
「これ以上痛い思いをしたくなかったら、大人しくこっちに来い」
狐顔の男がニヤニヤ笑いながら、からかうように距離を詰めてきたので咄嗟に後ずさる。
無我夢中で逃げ出したのだけど…どうやら初めから誘導されていたらしい。
そう気づき、グッと唇を噛み締めた。
「悪いようにはしないからこっちへ来な、お嬢ちゃん」
世の中に疎い私にもはっきりとわかる。
その言葉が真実ではないのだと。
「お断り!誰があんた達なんかと」
言いながら、横目でどこか逃げ場がないか探る。
崖は結構な高さで、飛び降りたりすれば万に一つも助からないだろう。
けれども捕まれば女性として、そして人としての尊厳を根こそぎ奪われ、死より辛い目に遭わされる気がする。
いや、下卑た笑みを浮かべる男達の顔を見れば、決して気のせいではない事が伝わってくる。
——前には悪漢、後ろは崖。
これじゃまるっきり、2時間サスペンスのようじゃないの。
…ベタだわ、ベタすぎる。
船◯さんも◯村紅葉もびっくりな展開よ。
「観念しな」
徐に伸ばされた腕から逃れようと身をよじった瞬間、足元が突如崩れた。
——あーあ。
私の短い人生、これで終わるのか。
変な奴らに追いかけられて崖から転落って…。
ていうか、あいつら何なの?
ナイフでも包丁でもなく剣でいきなり切りつけるって。
今時そんなの普通に持ち歩いてたら、銃刀法違反で逮捕でしょ。
警察何やってんの?
しかも…どこよ、ここ。
うちに帰ってきた筈なのに、なんでこんな目に遭わなくちゃならないの?
ていうか死の瞬間、走馬灯のように様々な事が頭をよぎるというのは、案外本当なんだな。
そんな事を考えながらも、咄嗟に頭を庇った。