一話 少年は超能力を持たない
西宮第三高校。通称ニシサンコー。
梅雨も明け、日差しが強くなり始めた七月下旬。
図書室はクーラーが効いていて、外の暑さなど全く感じない。
静寂が包む空間に二人の生徒が向かい合いながら座っていた。
一方の男子生徒は宇賀神大春。身長は一八○cmあり、かなり目立つ。髪型は校則に従っているため、前髪は眉より上で切られ全体的に短め。顔はイケメンとも言い難く、ブサイクとも言い難い平々凡々な顔である。運動、勉強共に苦手な無潜在者の少年だ。
秋桜の花弁をモチーフにしたLSが耳元で光る。
大春は無潜在者の為LSの使用用途は携帯端末としてインターネットで調べ物をしたり、位置情報を取得しナビをしたりする程度だ。
向かいに座っているのは日ノ沢芹奈。大春の幼馴染。身体強化の有潜在者。栗皮色の髪を高めの位置でポニーテールに、髪は肩まで垂れふわっと揺れる。女子から不評であるジャンパースカートの制服を着ている。
紫の花をモチーフにしたLSは何処か禍々しくも美しく、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
そして、本人は貧乳であることをすごく気にしている。
続けて言おう。
つるペタ!
ぺったんぺったん! つるペッ――
――話を戻して。
「俺はここから確かに見たんだよ!」
大春は椅子から立ち上がり叫んだ。
「夏の暑さにやられたの?」
「違うってば、空から女の子が落ちてきたんだ。あの目の前にある雑魚いタワーよりももっと上からさ! そして、こっちを見て手を振ったんだよ!」
「あのさぁ……ハル? そんなのあり得るワケないじゃん? それと、雑魚いタワーとか言わないの、あれでもシンボル的なやつなんだから」
芹奈が鼻で笑いながらそう言う。
ちなみに雑魚いタワーとは、西宮タワーというタワーのことである。
西宮タワーは高さ九九メートルを『誇る』西宮市を代表するタワーだ(笑)。
「俺だってあり得ないって思うよ……でもセリは見てないからそんなことが言えるんだ」
芹奈は大春のことを謗るように笑った。
「そんなこと言われてもねぇ? その日は友達と遊びに行ってたから」
「えっ!? セリって友達いたの? いないでしょ!」
「ブーメラン!」
その言葉が放たれた瞬間、大春はグッっと胸のあたりを抑え座り込んだ。
「セリ……それは言わないって……約束」
「あのさぁ、もう友達作ったら? クラスで浮きすぎだよ?」
「えー……別に浮いてたっていいし。てか、あんな連中とつるむくらいならボッチのほうがマシだ。それに、放課後ここに来ればセリ達と話せるからいいじゃないか!」
大春はクラスに馴染めていない。大春は一般的にアニメオタク、『アニオタ』と呼ばれる人間である。中学時代はアニオタがクラスに多くいて楽しい日々を過ごしていたが、高校に入ると周りはほぼ全員がアニオタに対して、嫌悪感を抱くような人間ばかりだったのだ。
「ハル? 私達だっていつまでもここに集まり続ける、なんて無理なんだからね?」
「はぁ……それはわかってるけどさぁ」
クラス内で陰キャと化した大春は、楽しい楽しいボッチライフを送っている。
「その身長で目立つんだからさ、クラスでも明るくいれば友達くらいできるって!」
「うへー、あんなのと友達とか。あ! てかそんな話はどうでもいいんだよ! それよりも女の子が――」
「――はいはい、わかったわかった。人が落ちてきたんだっけ? すごいすごーい」
芹奈はスマホで通信アプリを起動、LSと連動してから適当に返す。
「あ、やっぱり信じてないな?」
「信じるも何も、それが本当ならニュースになってるわよ?」
「たまたまニュースにならなかっただけかもしれないじゃん?」
「そうかもねー。んじゃあ私、先帰るから」
よいしょ、と言い芹奈は立ち上がった。
「セリ、何か用事でもあるの?」
「ふふん。聞いて驚きなさい? 私は今から、友達と新作のフラペチーノを飲みに行くの!」
ドヤ顔をしながら大春を見る芹奈。
「あー……あのコスパ悪い店?」
「ハル? 怒られるわよ?」
「すみませんでした」
「よろしい。んじゃまたね!」
芹奈はスキップをしながら入り口ではなく、窓へ向かった。
「怒られても知らないぞ?」
大春の心配の声を聞いて肩をすくめた芹奈は、
「ここの下、職員室じゃないからバレないわよ」
と言い、窓を開ける。
「よーし、行くわよ!」
ピョン、と楽し気に窓の外へと飛び出る。
通常の思考では飛び降り自殺をした。と思うだろうが、大春はそうは思わなかった。
「……空中跳躍」
その言葉と共にLSに優しく触れた芹奈の脚は光りを放つ。
まるで階段を飛び跳ねながら降りる鳥の様に、芹奈は空中でステップを刻む。
大春は芹奈が飛び降りた後、すぐに窓の外――芹奈が落下したであろう場所を見る。
そこには元気に手を振る芹奈がいる。
怪我一つない。当然だ。芹奈は身体強化系の有潜在者だ。
落下しても基本的に怪我はしないらしい。
手を振り返した大春は呆れたように笑ながら芹奈を見送った。
以前、芹奈に超能力について聞いたことがある。
どうやら二階程度の高さなら超能力で衝撃を受けずに着地できるらしい。しかし、四階以上の高さになると着地できないらしい。
図書室は四階。
なぜ怪我をしないのかを聞くと。
「地面に向かって空気砲を飛ばすイメージで、下方向に蹴りを入れるのよ。そうするとフワッてなるのよ」
……理解できなかった。でも本人がそれでいいのならいいのだろう。
大春は不意に時計を確認した。
「五時……か。今日はカゲも来ないし、時間潰してから帰るか」
目に付いた本をパラパラとめくりながら、大春は図書室を歩く。
図書室には様々な本がある。
自然と空から落ちてきたあの少女のことが気になった大春は、オカルトや宇宙についての本をめくっていた。
「ハ……ハル君!」
『神秘の発見!? 宇宙人グレイ特集!』という本を読んでいた大春は、突然背後から名前を呼ばれ本を落としそうになった。
「うおぉおあっ?! ってカゲか!」
「はぅあっ!」
カゲ……吉鹿君影は尻餅をついていた。
「悪いカゲ。大丈夫か?」
君影は伸ばされた大春の手を掴み、立ち上がった。
「いたた……うん大丈夫。わぁー……ハル君、今日も大きいねー?」
「今日もって、縮んだら怖いだろ? それとカゲが小さすぎるだけだ」
君影の身長は一四○cmもなく、大春とは四○cm以上も差がある。
君影は真っ黒な髪をハーフアップにしている。前髪は長く、目もギリギリ見えるくらいだ。
芹奈と同じくジャンパースカートの制服を着ている。
緑の葉をイメージしたLSから鈴蘭の花がキラリと下がる。
内気な性格でコミュニケーションをとるのが苦手だ。大春と同じく無潜在者でありボッチである。おかげで大春のクラスにはボッチが二人もいるのだ。
「ふふっ……そうだよね」
「あれ? カゲは今日は来ないんじゃなかったのか?」
今日、君影は来られない、という話だったのを大春は思い出した。
「えっと、クラスで集まりがあったんだけど」
「ん? 俺その話聞いてないんだけど?」
「やっぱり……ハル君その話してるとき寝てたから。それでね、夏休みにクラス会をすることになったんだけど……途中で抜け出してきちゃった」
「ほー、なんで抜け出してきたんだよ? クラスのやつと仲良くなれないぞ?」
すると君影は恥ずかしそうに俯きながら、大春の目を見て、
「えっとね……ハル君と仲良くなれたから……それでいいかなーって」
と言った。
上目遣いで大春を見つめる君影。
君影のことが好きな男子ならイチコロであろう破壊力だ。
「お、おう……あんがと。でもカゲはちゃんとクラスとも関わりなさい」
その破壊力により、少し照れた大春は視線を窓の外に移しながらそう言った。
「ほえ……? なんで?」
「なんでって、ボッチは辛いからさ。これ体験談。しかも現在進行形」
大春は努めて明るくそう言った。
「違うよ? ハル君はボッチじゃないよ? セリちゃんや私がいるもん!」
「そうだな」
フッと大春は照れくさそうに笑った。
まさかカゲにこんなことを言われるとは。そう心で呟いた大春は頬を叩いた。
「よし! カゲ、この後予定あるか?」
「ない……けど?」
「じゃあゲームセンターでも行って遊んでくか?」
「ほえ? あっ! うんっ! 遊んでくっ!」
君影は玩具を買ってもらえた子供のように喜んだ。
学校帰りにどこかに行くというのが嬉しくて仕方がないのだ。
君影も大春も、クラスに馴染めない。二人は互いにそれを知っている。だから二人は友達になれたのかもしれない。
二人で学校から駅まで、十数分の道のりを歩く。
「あー……そういえば、カゲ?」
「ほえ? どうしたの?」
「空から女の子が落ちてきた……って言ったら信じる?」
「えっと。それは……ラピュ――」
「――違うからね?! 飛行石を持った女の子は落ちてこないよ?!」
「ふふっ……。ハル君、アニメ好きだから妄想で話してるのかなって」
「ひどいなぁ……俺は現実とアニメを区別できないってか?」
大春は冗談交じりにそう言う。
「あぅ。ご……ごめんなさい」
「冗談だってば。これくらいの冗談を受け止められないとダメだぞ?」
「う……うんっ」
君影は、しょんぼりとした。
「……でも有潜在者なら可能かもしれないよな?」
図書室から飛び降りる芹奈を思い出す。
「そうかもだけど、流石に空からは無理だと思うなー」
「そうだよなー。……有潜在者ねぇ、やっぱ羨ましいな」
自分の超能力があったら、そんな考えは今まで何千、何万回とした。でも超能力は発現しなかった。
「私も羨ましいと思うんだどね……こういうニュースを見ると、分からなくなるよ」
君影の目線の先には街頭テレビがあり『有潜在者の少女 連続誘拐事件』の文字が並ぶ。
「まったくだな……」
『――連日起こるこの事件は西宮市内で起こる事件で、これまでに三人の少女が行方不明となっています――』
君影は食い入るようにテレビを見詰める。憧れの先に待つものが、真っ暗なものなのだろうか? 期待と不安。入り交じり、有潜在者になりたいという夢が黒く染まりそうになる。
「よし、とっととゲーセン行くか。今の段階で俺達は無潜在者なんだから気にすんな」
大春は君影の頭をポンと撫でた。
「でもセリちゃんが心配で……」
そう俯く君影とは真逆に、笑い腹を抱える大春。
「カゲ、セリの心配なんていらないよ。あいつなら一蹴りで全部解決だから」
「そんなに強いの?」
「あぁ。運動のできる有潜在者の男を、脚だけで捻り潰せるくらいには」
「……えぇ?」
呆気にとられる君影を置き去りに大春は歩き始める。
「置いてくぞー?」
「……はっ! 待ってよー!」
その時、星が一つ瞬いた。
こんにちは!
下野枯葉です!!!
!マークを付けると明るい感じになるって聞きました。
ちょっと元気が有り余る感覚と、無理をしているなと思ってしまいます。
さて、第一話。
少年は能力を持たない。
如何でしょうか?
NOISEシリーズと題しているこのお話。
超能力の存在する世界で宇賀神大春の物語が始まります。
というか、始まっています。
毎週投稿をしていこうと思っていますので今後もよろしくお願いします。
では、今回はこの辺で。
最後に、
金髪幼女は最強です。