お嬢様、不用心でございます!
ふわふわは正義です。
思いがけない客人を手厚くもてなし、あっという間に迎えた夜。セシリアが自室で髪を梳かしていると、扉が小さくノックされた。
ドレッサーの前を離れ、扉を薄く開ける。と、そこにいたのはふわふわの、空色の毛玉だった。
「ヤッホー、セシリア!」
「ロノン! どうしたの?」
「ジュセがね、もう寝ろって言うから、逃げてきたの。まだ寝たくないもの」
「あら、そう」
この生き物、やることが子供だ。一体幾つなのだろう。
一瞬、ロノンを部屋に戻すか匿うかを天秤にかけたものの、ロノンを撫でたいという欲には抗えなかった。
「……いいわ、匿ってあげる。いらっしゃい」
どうせ迎えが来るだろうから、送り届ける必要もあるまい。
「そうだわ。折角だから、二人のことを教えてもらえないかしら?」
セシリアがベッドの縁に腰掛け、既にベッドに飛び乗っていたロノンにお願いすると、彼はセシリアの膝に移動しながら頷いた。
「うん、いいよ! それじゃあ、まずはボク達が来た世界のことから話そうかな」
セシリアの膝に収まり、あのね、と語り出した話は、まさに本の中にしかないような、不思議なものだった。
ジュセとロノンが来たのは、聖獣と人間が共生する世界。聖獣が聖力を持つと同時に、人間も聖力を有するその世界は、人間の王と聖獣の王の協力によって治められている……らしい。
「王様のコンビみたいに、人間と聖獣の中には、一生を共にする者もいるんだ。例えば、ボクとジュセみたいな、軍隊のメンバーとかね」
「ロノンは軍人……というより軍獣?だったのね。とてもそうは見えないけれど、勇ましいわ」
「えへへ、実はそうなの。まあ、本来のボクはもっと大きいから、本当はそれっぽい見た目なんだけどね」
「本来の?」
「今はね、動きやすくするために小さくなってるだけなの。本当はもっと……」
誇らしげに胸を張ったロノンが、突然動きを止め、耳をピンと立てた。そして、慌てた様子でベッドに潜り込んだ直後、セシリアの部屋の扉が叩かれた。
迎えが来たらしい。
「どなた?」
一応扉に歩み寄り、開けずに尋ねた。見当がついているとはいえ、確認もなしに夜の尋ね人に応じては、カルロスに叱られる。先程はつい、確認なしに開けてしまったが。
彼女の一応の問いかけに、扉の向こうの人物は平坦な声で返した。
「俺だ。ここにロノンが来ているだろ。引き渡してくれ」
「ええと、いないわ」
「嘘ついても無駄だ。おいロノン、聖気がダダ漏れだぞ。さっさと出てこい」
「……ちぇっ」
ロノンがむくれながらベッドを出たのを認め、セシリアが扉を開ける。
「ロノンの隠れんぼ下手も相当だが、お前の嘘下手も大概だぞ」
目が合うや否や、不機嫌な声でそう言われた。今日知り合った男に、そんなことを言われる筋合いはないのだが。
「嘘をついてはいけないと教えられてきたもので」
「怒るなよ。別に責めても貶してもいないだろ」
「どの口が言うのかしら!」
「セシリアをいじめるなー!」
ドンッと鈍い音がしたと同時に、ジュセの身体が前に折れた。
ロノンがジュセの腹部に頭突きしたらしい。
「てめえロノン……一日に二度もやりやがったな……」
かなり痛かったようで、額にうっすら汗が滲んでいる。
「だ、大丈夫? 中で休んで?」
放っておけず、セシリアはジュセを部屋に入れ、近くにあった椅子に座らせた。
「お腹大丈夫? カルロスに何か持って来させた方がいいかしら?」
「いや、いい。後でこいつをシメれば充分だ」
「ジュセがセシリアにヒドイこと言うからいけないんだ! セシリア、ジュセなんかほっといて遊ぼ!」
ねっ、とセシリアの手を前足で挟み、ぐいぐい引っ張る。しかし、彼女はロノンを両手で掴むと、視線を合わせ、険しい顔になった。
「ロノン、私のために怒ってくれたのは嬉しいわ。でもね、やりすぎてはだめよ。あなた石頭なのでしょう? 加減しなくてはだめ」
「あう……ごめんなさい……」
しゅん、と耳も尻尾も垂れてしまったロノンは、可哀想だが可愛くもある。
ふふふ、と思わず頰が緩んだところで、ジュセにロノンを没収された。
「部屋に戻る。世話かけたな」
腹部をさすりながら、ジュセが部屋を去ろうとする。と、ジュセの手元で、首根っこを掴まれたロノンがバタバタと暴れた。
「やーだー! まだ寝ない!」
「黙れガキ」
暴れるロノンと苛立つジュセ。よくもまあ、今までコンビでやってきたものだ。
セシリアが妙な感心をしている間にも二人の攻防は続き、ふとロノンの目がセシリアに止まった。
「ジュセ! 聖気集め、セシリアにも手伝ってもらおうよ! そしたら、明日早起きする必要も無くなって、早く寝る必要もなくなる!」
「馬鹿かお前っ」
「聖気集め? 一体なんのこと?」
セシリアから当然の疑問が放たれ、ジュセが目でロノンを殺しにかかる。
「極秘案件だって言ったよなあ、馬鹿犬」
「犬じゃないー!」
にゃー!とジュセを引っ掻きにかかったロノンは、しばしの攻防の後、ついに自力でジュセの手元から脱出し、セシリアの腕の中に逃げ飛んだ。
「セシリア、手伝って!」
「聖気集め? でも私、集め方は知らないし、目的も知らないわ」
「ねえ、ジュセ! 大人しく白状しなよ!」
白状というのはどこか違う気がするが、事情を知りたいのは事実のため、突っ込まないでおこう。
ロノンに引っ掻かれた跡を忌々しそうに見ていたジュセは、観念した顔で部屋の中へ戻り、どっかりとソファーに腰を下ろした。
「話してやるから座れ。そのかわり、絶対手を貸せよ」
「ええ、もちろんよ」
任せなさい、と胸を張ったセシリアが、ジュセが座るソファーの向かいに腰掛ける。ロノンはさも当然のように、セシリアの膝の上だ。
そんな相棒の姿を据わった目で一瞥し、ジュセはゆっくり口を開いた。
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