第8話 蒼き衝撃!!
第8話です。
私にしては長いです。
(他の人の作品では普通くらいですが)
一方、タカウジとソウハが危惧していた状況は……やはり実際に起こっていた。
砦に不法占拠したゴブリン討伐に臨んだのは、リシェとマラッタを含めて七人の冒険者たち。油断しなければ問題ないだろう、とマラッタは最初に言い聞かせている。
問題の建物は、由来が由来だけにそれなりに大きくて頑丈な造りであるのだが、不安材料は少ない。
元々は人間が建築したものなので見取り図は当然あるし、こんな『騒動』は過去に今回が初めてじゃない。マラッタ自身、四回目の出動だったりする。
リシェはまだ幼いものの、潜在能力は充分にあるとマラッタは評価しているし、この出動でも落胆することはなかった。この少女ならば、オウエドへ行っても身を持ち崩すことはないだろう。
……ただ、今回は特殊過ぎた。
見敵必殺の精神で各個撃破していった結果、最終的に十一匹のゴブリンを倒していた。報告よりも多かったが、想定の範囲内である。
建物の中を隈なく探して伏兵がいないことを確認し、一同はようやく安堵の溜息をついた。重傷を負うこともない「大成功」に終わったからだ。
しかし、その一方で腑に落ちない部分があるのも事実である。
(はぐれが集まっただけだから無理もないのかもしれないけど、あまりに統率が無かった。生活を守ろうとする意志が感じられないというか……)
過去の経験があるマラッタとしては、少々気味が悪い。明確な根拠がないのも拍車をかける。
これは、しばらく警邏を強化するべきだなーーなどと考えていると、突然の悲鳴が思考を雑に遮った。
「っ?」
全員の視線が一点に集中する。
そこには、ゴブリン二匹に押し倒されてパニックに陥っている仲間の姿があった。
いち早く反応したマラッタは、走り寄った勢いのままに片方のゴブリンの脇腹を思い切り蹴り上げる。
骨の砕ける音と悲鳴に、隣にいた冒険者がようやく我に返った。慌ててもう一方のゴブリンを盾で殴って引き剥がしにかかる。
するとまた、あさっての方向から「ゴがぁ!」と断末魔が響いた。
見れば、二匹のゴブリンたちの相手をしているマラッタたちの背後から忍び寄ろうとしていたゴブリンに、リシェが会心の一撃を加えている瞬間であった。
状況は緊迫しているが、これにはマラッタや他の仲間たちも舌を巻かざるを得ない。
(才能がある子だとは前から思っていたけど、もしかしたら本気で三年後くらいに一流になったって噂が流れてきそうだな)
……ふっと油断してしまったのは事実だ。
だが、警戒していたとしても防げたとは、とても思えない。
絶命したゴブリンが埃だらけの床に転がるのを待たず、リシェは血で汚れた剣を叩き落とされ、そのまま利き手を背中へ捻じり上げられる。
「ぅあッ」
思わず悲鳴をあげてしまったリシェは、完全に混乱の渦に絡め取られていた。
仲間がゴブリンの襲われたときも周囲に注意を払っていた。だからゴブリンの伏兵を察知できたのだ。
一撃でゴブリンを倒せたのは初めてで嬉しかったが、だからといって集中を切らしたつもりはない。むしろ伏兵に気付いてから全ての感覚が鋭敏になっている。マラッタたちの息遣いが聞こえてきそうなほどに。
それでも、背後の何者かを感知できなかった。
激痛に顔を歪める少女を前にしたマラッタたちは、呆然としたまま動けない。
事態の急転が続いて意識がついていけない部分もあるが、何より襲撃者の容姿に驚いているのが大きかった。
強いて名前を呼ぶなら「青騎士」となるだろうか。
ただ、彼らの頭にある「騎士」の佇まいとはかなり趣が異なる。
青いそれは、いくつもの「箱」が積み重なったような形で、よくある甲冑とは全く違う構造だ。
加えて、その表面の光沢が金属製とは違っている。どちらかといえば陶器に近いか?
……この場にタカウジのような日本人がいたならば、即座に「ガ〇ダムかよ!」「しかもSUB○RU製かい!」とツッコミが入っただろう。
青騎士は、マラッタたちを睥睨すると「フン」と鼻で笑った。
それをキッカケに、冒険者の一人は「ひ、ひいっ」と恐慌状態に陥って逃げ出した。彼は冒険者となってまだ日が浅かったので、今まで我慢できたことを誉めていい。
しかし、青騎士はそれを許さなかった。
「ばぁぁぁか」
そんな呟きとともに右の掌をかざすと、紫電が逃亡者の胸を貫いた。
「なンッ?」
マラッタたちは驚愕と同時に納得した。
相手――青騎士はスローニンだ。
あんな変な甲冑を着ている上に、あんなデタラメな魔法を難なく行使できるなんて、スローニンでない方が説明に困る。
しかし、この事実が冒険者たちを更なる混乱へ叩きこんだ。
「ど、どうしてスローニンが、人間を殺すんだよ?」
「まるでゴブリンどもに味方してるみたいじゃないか!」
当然の疑問を口にした二人の冒険者に対し、青騎士が再び掌を向ける。
刹那、紫電が二つの魂を焼き焦がした。
……この期に及んで、声を出せる人間などいない。
空気が固まったような状況の中、青騎士の舌打ちが甲高く響く。
「モブごときが勝手に口きいてんじゃないっての。お前らみたいなゴミは俺に支配される立場なんだぜ? 身分の違いってのを自覚しろよ、アホ」
下品な言葉の羅列に、リシェは掴まれた腕の傷みも忘れて唖然としてしまう。
彼女が知っている――伝説や噂話、そして実際に会ったことのある数少ないスローニンは、誰も礼儀正しく理性的で真面目な人物だった。この国を、そして世界をより住みやすく生活できるように努力を惜しまない人物ばかりであった。
ところが、この青騎士は全くの真逆だ。
「いまステータス鑑定してみたら、やっぱりだよ。お前ら揃いも揃って雑魚も雑魚じゃん。この中じゃ一番レベルが高いお前だって、そのレベルは十五で、しかも一番高いステータス値が四十未満って、どんだけ村人Aだよ」
青騎士はマラッカを指差して嘲笑う。
対するマラッカ達は戸惑うしかない。個人の強さの目安として「レベル」が示されているのは承知しているが、ステータス値とやらが何のことかが分からない。
……いや、なんとなく筋力とか知力などの数値なのだろうと察しはつくけれど、鑑定スキルで数値を確認できるなんて話は聞いたことがない。
困惑する冒険者たちに、青騎士は更に嘲りを投げかける。
「この中で一番マシなのは、このロリちゃんだなぁ。けど、所詮は成長率A+程度だから話にならんね。俺みたいにSSとまでは言わんが、せめてS……いや、妥協してAAAくらいないと、俺のパーティに相応しくないな」
意味不明な単語の洪水である。
けれど、感覚的に推測できる部分もある。
というか、ここまでの流れで予想できない方がおかしい。
「ま、世界の英雄になる俺がゴブリン召喚したり人を殺したって噂が流れてもイヤだからな。お前らの人生はここで終了」
やっぱり、と冒険者たちは落胆した。こんな尊大な態度の人間が寛大であると期待する方が間違っている。
しかし、微妙に得心がいかない部分もある。どうも青騎士はゴブリン召喚を「恥」と考えているようなのだ。
魔物を従える術を行使する人間は少なからず存在している。規格外の能力とギフトを持つスローニンなら、習得していても不思議でないはずである。
もしかしたら……と期待していると、案の定ぺらぺらと青騎士は喋り始めた。
「だって、あり得ないだろ? 神をも殺せるチートな俺が、召喚レベルが1だから試しに首都っぽいところからちょっと離れた場所で実験してたなんて、まるでビビリみたいじゃないか。そんなエピソードはいらないっての」
(うわぁ、コイツ最低だ)
今さらだが、青騎士の性根の腐り具合は相当な具合だ。
そんな鬼畜に殺されるなんて冗談ではないが、逃れようがないのが現実である。
青騎士の実力もさることながら、リシェを人質に取られているのも大きい。
更に加えて、青騎士は念のためとばかりに中空からゴブリンを三体召喚した。ゴブリン単体は大した戦力ではないが、時間稼ぎと割り切れば充分な盾ととなる。
ここでリシェを見捨てたら、自分も青騎士と同レベルの最低野郎になってしまう――と冒険者たちは自縄自縛に陥った。
「さて、こっちのロリちゃんは、俺の正式なパーティメンバーが揃うまでの繋ぎだな」
そう呟くと同時に、青騎士はルシェの革製胸当てを力任せに引き千切る。
「ひっ……!」
「ンだよ。着痩せするタイプじゃなくて、見たまんま貧乳か。ま、繋ぎだから我慢するか。それに、こんなロリに手を出すって、日本じゃ普通に犯罪だからな」
兜で隠れているのだが、その下の表情は容易に想像できる。
そしてそれは、そのような感情を当てられた経験が少ないルシェには刺激が強すぎた。
「……げっ! やっぱガキはガキかよ。みんなの見てる前でお漏らしなんて、恥ずかしくないのかよ?」
恥ずかしいに決まってる。
あらゆる激情に頭が混濁してきた彼女は、黙って涙を流すしかなかった。
それを見せられているマラッタたちも、自分たちの不甲斐なさに震える他ない。
そして、この最低な舞台を演出している青騎士は下卑た含み笑いを漏らす。
「それじゃあ、男連中は指をくわえて観てな。破瓜ショーってやつをよ!」
今度はルシェのベルトに手をかける。
少女の悲鳴と男たちの怒号と青騎士の哄笑が部屋の中で交差する。
絶望で視界が歪んでいくのを、ルシェは回避できないかと必死で考えるが、こんな時に頭が冴える道理はない。ただ流されていくのみだ。
そう。この絶望しかない状況を打破するには、外部からの「力」が必要なのである。
次回、いよいよ主人公参上&決戦です。
今回と同じくらい長くなると推測されます。