第3話 新人の洗礼!!
第3話です。
今回はちょっと長いです。
下宿から歩いて二十分ほど。
ご近所さんなどと挨拶を交わしながら進んだ先に待ち受けていたのは――この手の定番と呼ぶべき「冒険者ギルド」だ。
中に入ると、左手にある掲示板の前に人だかりが発生している。これも恒例と言えるだろう、経験の浅い冒険者たちの依頼争奪戦である。
雑多な喧騒を素通りし、閑散としている窓口の一つに声をかけた。
「はい――あ、おはようございます。タカウジさん、ソウハちゃん」
「バルバルバル」
「おはようございます。今日はどうですか?」
「いつもどおりですよ。では、あちらへお願いします」
若い受付嬢さんがカウンター内へ入る扉を開けてくれる。手慣れたもので、ソウハも彼――タカウジも躊躇なく中へ入った。
……彼が記憶喪失であるのは先にも説明したし、現在もまるで好転してない。
けれど、名前がないままではマトモな生活などできないので、さしあたっては仮の名前が必要となる。
そこで彼は「絶対に本名ではあり得ない名前を」と考えて、真っ先に思い付いた「尊氏」を名乗ることにした(足利幕府に何か思い入れがあったのかは分からない)。
仮の名前を得た彼が冒険者ギルドで請け負う仕事とは、もちろん迷宮探索や魔物討伐――――なんて派手で浪漫で生命を賭けるようなシロモノではない。
「はい、今日の分です」
笑顔の受付嬢が示したのは、手紙やら小包などが集積された一角。
そう。タカウジの仕事は「配送業」である。
彼は詰まれた一つ一つをソウハの腰の辺りに着けられている箱――見た目以上にモノが入る魔法のアイテムと説明しているが、実際はソウハが身体の一部を変容させたものである――へ無造作に放り込んでいく。
小包だけでも十はあったのに、まるで底が抜けているかのようにまるっと収まった。
「いつも見てますけど、やっぱり凄いですね。さすがはトセーニンです」
「いや、俺じゃなくて、ソウハが規格外なだけなんですけどね」
「そんなことないですよ。あたしも職業柄、何回かトセーニンに会ったことはありますけど……」
喋りながら歩いていたのがマズかった。
受付嬢が開けてくれた扉からタカウジが出たところで、横から「おおっと」という声とともに思い切り突き飛ばされた。
相当な勢いで床へ叩きつけられたタカウジを、一人の大柄な男が見下ろしている。
「ワリいなぁ。前を見てなかったもんでよ」
口元をニヤつかせつつ、加害者の男は左手を差し伸べてきた。対するタカウジは上半身を起こしながら、素直にその手を掴もうとする。
「おおっとっと! 足が滑ったぁ」
大男は左手を引っ込めると同時に、右のパンチをタカウジの顔面へ打ち下ろした。
「わりいわりい。足が滑ってバランス取ろうとしたら、ちょうど手が当たっちまったなぁ」
流れる鼻血を拭うタカウジに、大男が相変わらず微笑みながら言い訳をする。
さすがに周囲も気付いてざわめき始める中、受付嬢がようやく我を返って二人の間に割って入った。
「すみません。あなたはここを利用するのは今日が初めてらしいですが、ギルド内での喧嘩は法度なのは全国共通だと知ってますよね?」
「おいおい。俺は手や足がたまたま滑っただけで、喧嘩なんかしてないだろう? それに、異世界から御大層なギフトを貰ってお越しあそばされたスローニン様に喧嘩を吹っ掛けるなんて、恐れ多くて恐れ多くて」
「そんな言い訳が通用すると思いますか? あなたには――」
ヘラヘラしている大男に苛立ちを隠せない受付嬢が声を荒げようとするのを、タカウジが手で制した。
「いいです。たまたま手や足が滑っただけで、俺も大したケガはしてないですから」
冷静な口調のタカウジに、場の空気が変な緊張感を孕んでしまう。
だが、程なくして男は忌々し気に舌打ちをすると、離れたテーブルに座っていた仲間らしき集団のもとへ去った。
彼を含めた一団がギルドから出て行ったところで、ようやく活気が戻ってくる。
「いいんですか、タカウジさん?」
まだイライラが治まっていない様子の受付嬢に睨まれる。しかし、彼は受け流した。
「いいんですよ。ああいう手合いは、マトモに相手にした方がつけあがるし」
「でも、ああいうアホは最初にキッチリ凹ませておかないと、あとあと厄介になるぜ? ヘタすると、ギルド全体に迷惑かけるレベルで」
タカウジとは知己の冒険者――中堅クラスの神官戦士であるラウノが軟膏を手に口を挟んできた。知識と調停の神を信奉しているとは思えないような発言である。
とはいえ、彼の意見は一理ある。
新入りが場の輪を乱すのはよくある話だし、それが決定的な破滅へ繋がってしまうのも珍しくはない。
「つか、あいつってスローニンそのものを恨んでる感じだったけど、なんかあったんかね?」
軟膏を返してもらったラウノが少し大き目の声で問いかけると、何人かが反応する。
「昨日の夜、酒場で荒れてたよ。なんでも、仕事をかっさらわれたんだとよ」
彼らの話を信じるならば、魔物討伐の依頼を受けたのはいいが、いざ目的の魔物を発見して襲撃のタイミングを計っていたところに、たまたま通りがかったスローニンを中心とした一団があっさり倒してしまったという。
これだけでもアレだが、このスローニンたちは「正式に依頼を受けたわけではないから」と報酬を断ったのだそうだ。これでは冒険者の立つ瀬がない。
「しかも、同じようなことがここに来る途中でもう一度あったんだってよ。そりゃ腐りたくもなるよ」
先に受付嬢が口にしていたが、スローニンこと異世界からの移転者もしくは転生者はとびきり希少な存在という話ではない。
この世界では、移転者や転生者は歴史において様々な足跡を残している。
例えば、この国を興した初代国王は転生者だったらしい。国名が「オウエド」であることからもお察しだろう。
異世界より転移・転生してきた彼ら――スローニンは、ご多分に漏れず特別な「何か」をその身に宿している。
極限以上に高められた身体能力、神の領域と称しても過言ではない技能、千人単位を相手にしても敗北しない魔術、常識を無視した便利過ぎるアイテム……人はそれらを「ギフト」と呼ぶ。
スローニン誕生に法則性などは(現時点では)発見されていない。
ただ、なぜか日本人が多いようで「黒髪黒瞳がスローニンの特徴である」と思い込んでいる人も多い。
……というか、金髪碧眼が多数派であるこの世界で、単純に目立っているからなのだろうけれど。
「いくらスローニンが憎いっても、無関係のタカに八つ当たりしてもなぁ」
「だなー。タカなんてソウハ無しじゃ今頃のたれ死んでるような貧弱だってのに」
ははははは、と爆笑が起こる。
タカウジとしては、まったくもって否定できない。
彼らの揶揄したとおり、タカウジのギフトは魔法生物(?)のソウハであり、ソウハがいなかったら異世界での生活など不可能だったのは間違いないと自覚している。
ここで、先ほどの受付嬢が大きく拍手をした。
「はい、それじゃこの件は終了です! 先ほどのパーティには、ギルド長から何らかの処分が下されるでしょう。わざわざ注意するまでもないとは思いますが、ギルド内での喧嘩沙汰は絶対にダメですよ!」
「へーい」
気の抜けた返事とともに、めいめい自分の「仕事」へ向かっていく。
タカウジもソウハへ出発を促そうとしたが、肩を叩かれて出鼻をくじかれた。
「すみません、タカウジさん。タカウジさんが事を大きくしたくないのは分かりますけれど、ラウノさんの言ったとおり、ギルド内――しかも私の目の前で起こったことを看過できません」
「分かってます。すみません、迷惑をかけてしまって」
「……いえ、出すぎた真似をして、こちらこそすみませんでした」
お互いに頭を下げる。
そこへ得物の戦槌を担いだラウノがタカウジの後頭部を軽くはたいた。
「気にすんなよ、タカ。どうせあの手のひねくれは、早いうちに思い知らされることになるだろうさ」
逆恨みで動く人間の末路なんてたかが知れている。
まして冒険者などという死と隣り合わせな職に就いていたら尚更だ。
(冒険者あるあるだからなぁ。寝覚めが悪くならなきゃいいけど)
次回更新は、やっぱり未定です。
なるべく早いうちに更新できるようにします。