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第2話 相棒との朝

第2話です。

「……あー……ヤな夢見た」



 布団から起き上がった少年は、苦虫を複数噛み潰したような口調で吐き捨てた。

 自分がこの異世界へ移転された直後に遭遇したあの光景。既に一年近く経過しているのに、今なお夢に浮かんでイヤな汗をかかせてくれる。

 ゴブリンどもを掃討した後のことは知らない。なにせ、後ろを振り返らずとっとと逃亡したからだ。


 今から考えれば、唯一の生き残りだった女性を助けてやって、この異世界のイロハを尋ねるのも一つの手だったと思える。

 けれど、あの当時は完全にテンパっていた上に、厄介事に首を突っ込むのが本当にイヤだった。

 あんな状況の女性を助けるどころか、そもそも何と言葉をかけてよいのかすら、一年経った今でも分からない。


 ならば外に出てからでも助けを呼べば、と考えるのが当然なのだけれど、それもできなかった。

 というのも、洞窟から陽の下に出た瞬間、自らの身に起こった異変――全身茶色の異形に変身している事実を目の当たりにして、完璧に我を失ってしまったからである。

 ……それから半日くらいの時間は、記憶に全く残っていない。



(だからって、結果的に見捨てて逃げたのはマズかったよなぁ。けど、あれこれ騒がれたり質問されたり、ヘタすれば責任取れとか冤罪ふっかけられたりするのはもっとイヤだし)



 平穏で波風の立たない日常が良い――と、十八歳くらいの外見には似合わない消極的な人生訓を唱えつつ、ダイニングキッチンへ向かう。

 本音を言えば、一人暮らしなら1DKじゃなくて1Kで充分だと彼は考えているのだが、そうもいかない事情がある。

 それは――――


「バルバルバルバルバルッ」

「おはよう、ソウハ」


 テーブルの横で座っていた犬に彼は律義に挨拶する。

 便宜上「犬」と書いたが、ソウハと呼ばれたそれは犬とは違う。

 シルエットだけなら犬に近いが、そもそも全身に毛が生えてない。

 犬の影を立体に膨らませたかのような真っ黒な身体に、澄み切り過ぎて逆に魚が死んでしまうような青い線がいくつも走っている。

 何より、その両目に瞳が存在していない。


 結論を書いてしまえば、彼が異世界に転送された際の「贈り物(ギフト)」としてソウハをプレゼントされた……と彼は推測している。

 確証が持てないのは、先にも説明したが記憶を喪失しているからだ。

 自分が日本人であるのは間違いない。

 しかし、名前も住所も職業も、自分が元からこの容姿や性格だったのかすら、きれいに頭から抜け落ちている。


(まあ、ここにいる限りには問題ないからなぁ)


 危機感など皆無な彼は、欠伸を噛み殺しつつ朝食の準備に取り掛かった。

 フランスパンに似た硬い大きなパンにナイフで切れ目を何カ所か入れる。次にサラミソーセージやら適当な野菜を裁断し、半分はパンの切れ目へ押し込み、もう半分は皿に盛り付ける。

 玄関ドアの下部に付いている小さな扉を開くと、大き目の牛乳瓶が置かれていた。その三分の一ほどを先ほどの皿に流し込んでソウハの前に置いた。


「ほんじゃ、いただきまーす」


 男の料理と呼ぶにも乱暴すぎる一品だし、ソウハも不満そうな態度を示している。が、彼は一向に気にしない。

 簡単に用意ができるし、手早く胃に収められるし、洗い物も少なく済む上に、栄養バランスも取れている(と言い訳できる)。

 そして何より、彼の好きな小説の主人公が朝食に食べていたシロモノなのだ。……何故かそういうことだけは覚えているから不思議だ。

 固いパンを頬張り牛乳で流し込みながら、彼はソウハがもそもそと食事を進めている姿を眺める。


(……つか、コイツって食事が必要なのかな?)


 容姿からして、生物であるかも怪しい。

 とはいえ、最初に何となく食事を与えてしまった以上は、今さら止めてしまうのも何となく憚られる。

 詮無いことに思いを巡らせつつ、十分とかからず朝食は終わった。

 テーブルの上に転がるパンのカスを手で払い、空になったソウハの皿を水を張った桶へ放り込む。片付けがこれで終われるのなら、味を多少我慢してもおつりがくる――と彼は考えている。



「よし。今日もお仕事へ行きますか」

「バルバルバル」


本日は、もう一話投稿します。



ちなみに、主人公の好きな小説というのは、某ベストセラー作家のデビュー作です(この作品だけ別名義で発表)。


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