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第13話 忘れるために

第13話です。

 死んだ目のリシェを連れてタカウジが向かったのは、ある馴染みの食堂である。

 「割烹 はばたき」――タカウジの下宿から歩いて十分弱の、ちょっと入り組んだ場所に暖簾を出している食事処だ。


「夜は居酒屋だけど、昼は普通に食堂として開いているんだ」

「はぁ」


 タカウジが話しかけても、リシェは生返事で返すのみ。ショックの深さが窺い知れる。

 心が折れそうになりながらも、最後の望みにかけて暖簾をくぐる。

 その先に広がる空間は――カウンター席のみの、お世辞にも広いとは言えない純和風な店内。タカウジとしては落ち着くが、リシェはそれすら見えてない様子。


(昼は客があまり来ないって聞いてたけど、本当に誰もいないじゃないかよ。まあ、分かりづらい立地だから一見さんが来れないってのも分かるがなぁ)



 なんとなく一歩踏み出すのに躊躇しているタカウジを、奥から現れた人影が温かく迎え入れる。


「いらっしゃい、タカウジ君。昼間からなんて珍しい――あら?」


 見事な艶の黒髪。そのポニーテールから覗く白いうなじ。使い込んでいるはずなのに清潔感に輝く割烹着……「和風美人」という単語をそっくり具現化したかのようなその女性に、リシェもさすがに魂が戻ってきたらしい。

 事情を説明しようと口を開いたタカウジだが、ポニーテールの若女将はにこりと笑ってそれを留めると、二人を席へ座らせた。

 二人が着席するのを待っていたかのように、奥からもう一人――いかにも「板前」「大将」という雰囲気を身に纏った男が現れる。

 若女将が大将の耳に何かぽそぽそと呟くと、彼は無言でうなずいて準備を始める。……なんというか、変な緊張感だ。


「あの……」


 ぼうっとしている間にワケの分からない場所に連れて来られた、とやっと気付いたリシェが隣のタカウジに問い質そうとする。

 が、その試みはほのかな香気に遮られた。


「お茶をどうぞ」


 いつの間にやら、リシェの前にお茶が置かれている。横を振り向けば、若女将の穏やかな笑顔があった。

 これはリシェでなくとも混乱するだろう。

 狭い店内――客が十人しか座れないような空間なのに、しかも現状は全部で四人しかいないのに、動く気配を感知できないなんてあり得ない。

 すたすたと戻っていく若女将の後姿は、ごくごく普通な歩き方であり、何か特殊な訓練を受けていたなどと考える方が馬鹿げている。

 完全に混乱してしまった彼女に、タカウジは少し前の自分の姿が重なった。


「まあ、お茶を飲んで落ち着いた方がいいよ」

「は、はい……」


 全周に記号のようなものが隙間なく羅列された湯呑みに入っているのは、ほかほかと湯気を放つ黄色い液体だ。

 改めてその香りを嗅いだ瞬間、リシェは驚きのあまり湯呑みを落としそうになった。


(これって、え? なんで?)


 飲み物の正体は、いわゆる「レモネード」だ。それ自体は特に珍しくはない。

 けれど、普通のレモネードとは違う。砂糖水に皮ごと粗く刻んだレモンやオレンジなどを入れて潰しながらかき混ぜたものだ。

 この作り方は、あの孤児院――というか、リシェの「姉」が時々作ってくれたオリジナルレシピ(だと思うもの)だ。


(冒険者ギルドで仕事を請けるようになって、たまにみんなが奢ってくれたりもしたけど、全然作り方が違ってて驚いたのに、どうしてこれが?)


 愕然としているリシェに、次なる一手とばかりに若女将がメインディッシュを彼女の前に静かに置く。

 タカウジの前にも同じモノが置かれる。その意外なメニューに「これは……」と常連の彼ですら絶句してしまった。



 なぜなら、白い皿に盛られていたのは「デミグラスソースをかけられたオムライス」だったからである。



 リシェは戸惑った。

 さっきのレモネードの前振りから、てっきり孤児院での思い出の料理が出てくるのかと考えていたからだ。

 彼女は「オムライス」という料理は知っているが、実際に食べたことはない。

 孤児院では、一人一人別々に調理しなければならないような手間のかかるメニューは避けられていたし、冒険者家業を手伝い始めてからは肉料理が主だったからである。


(それに、オムライスってケチャップじゃないの?)


 たまに食堂で誰かが注文したのを見たことがあるが、黄色い卵に赤いケチャップの対比が可愛いという印象があっただけに、この茶色いソースは微妙にガッカリさせられてしまう。

 けれど、美味しそうな香気の誘惑に抗える術などなかった上に、横のタカウジが「いただきます」と手を合わせたのにつられて、慌てて彼女も「いただきますっ」と真似して手を合わせた。

 まずはソースのかかっていない部分を口に入れ……彼女の感覚は吹っ飛んだ。



「あ、あれ?」



 我に返った時、彼女の眼前に置かれている皿はキレイに空になっていた。

 食べている最中の記憶がまるで残っていないのだけど、お腹に満たされた満足感や鼻の奥に感じるほのかな残り香が、他人(隣の誰かとか)に盗まれた訳ではない確かな証拠となっている。

 と同時に、現金な話なのだけど、さっきまでの消沈は見事に払拭されていた。

 満腹になれば悩みが抜けてしまう――なんて非常に恥ずかしい話だ。だからといって俯いて歩く気分になれないのも現実だったりする。頭では整理しきれていないのだけど、身体が吹っ切ってしまったのだから仕方がない。

 ならば、最初にするべき行動は決まっている。

 リシェは椅子から立ってタカウジに向き直ると、深く頭を下げた。


「昨日から迷惑をかけっぱなしですみませんでした」


 院長の教育の賜物かな、と感心しつつタカウジは頭を上げさせた。


「迷惑なんて思ってないよ」

「そうそう。大人を利用するのが子供の特権なんだから」


 食後のデザートらしい水ようかんを並べながら若女将が柔らかく微笑むと、厨房の大将も重々しく頷く。

 それを受けたタカウジが思わず突っ込んだ。


「いや、大将。ここって一応は和食が中心だったよな? オムライスはまだ分かるとしても、デミグラスソースなんて手間のかかるもんがどうしてあるんだよ?」


 無論、答えは沈黙の笑みだった。


本日は、もう一話投稿します。

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