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第11話 決意の源

第11話です。


今回も少々長めです。

 結論から書けば、院長やタカウジの目論みは外れてしまった。


 誰にも見咎められることもなく街へ再侵入できたタカウジたちは、夕方頃にのんびりと孤児院へ顔を出した。

 応対したのは院長で、リシェは帰ってきたものの、そのまま部屋に閉じこもってしまったとの話だった。


「あの時の依頼で何かあったらしくてな。勝手で申し訳ないが、明日の朝まで待っていてもらえないか、と」

「そうですか。……やっぱ辞めるって話ですかね?」

「そうあって欲しいところだがね。詳しくは聞いてないが、かなり不愉快な事態に巻き込まれたらしいからな」


 この時点で、両者の間には「明日の朝、部屋から出ずに辞退を申し出る」が既定路線のようになっていた。無論、願望による部分が大きい。


 安宿に一泊したタカウジを待ち受けていたのは……


「おはようございます! 昨日は私のワガママでご迷惑をおかけしました。今日はよろしくお願いします!」


 元気溌剌に挨拶するリシェと、消沈と諦念が混成された院長という、見事に対照的な二人の姿だった。

 確認するまでもなく、院長は最後の説得を試みたのだろう。それでも揺るがなかったリシェの決意に、第三者であるタカウジがかける言葉などない。

 かくしてタカウジとリシェは、ソウハの背中で揺られながら首都オウエドは向かう旅路につく運びとなった。




 正直なところ気まずい時間になるのではないかと危惧していたタカウジだったが、それは完全に杞憂となる。


「凄いですね! こんなに早く走ってるのに、全然揺れないなんて!」

「上り坂だと空しか見えませんね! ちょっと怖いけど新鮮です!」

「本当に休ませないで大丈夫なんですか? 確かにペースが全然落ちてないですけど」


 ……馬車などとは比べ物にならないスピードのソウハに、彼女はあっさり順応した。完全に「電車やバスに始めて乗った子供」状態である。

 適当に相槌うっていればいいか、などとむしろ気楽になったタカウジだったが、そうは問屋が卸さないのが世の常というもの。

 爆弾は予期せぬ瞬間に投下されるものである。


「すみません、タカウジさん。私のために一日待ってもらって。お礼は……」

「いや、いらないよ。帰り道のついでだし、大した手間でもないから。それに、実際に向こうで生活を始めたら忙しくてそれどころじゃなくなる上に、会う機会も少なくなるだろうから、気にしなくていいよ」

「会えなくなるって――、やっぱりオウエドって大きいんですか?」

「広いのもあるけど、俺は冒険者の登録はしてないからね」


 タカウジは、冒険者ギルドから仕事をもらってはいるものの、職業は冒険者ではない。それでは顔を合わせる機会が限られてくるのは当然の話だ。

 加えて、オウエドは首都だけにそれなりの規模の都市である。

 現代日本の東京や大阪などとは人口などでは圧倒的に下だが、クルマやインターネットなど文明の利器がないので単純に比較できるものではない。

 まあ、彼の本音は「気まずいから、なるべく関わり合いたくない」なのだけど。


 ……と、ここで会話が途切れる。

 いよいよ乗り物酔いしたかな、と心配になるタカウジだが、それは完全に違っていた。



「……タカウジさん。ちょっと聞いて欲しい話があるんですけど、いいですか?」


 これはマズいパターンだ、とかれは戦慄した。

 しかし、この状況で逃げ場はない。


(いや、昨日のアレコレをぶちまけられる適当な相手が欲しいだけなんだろう。これから会う機会が少ないだろう俺がうってつけだって話だ)


 右から左へ聞き流してさっさと忘れてしまっていいんだ、と自分に言い聞かせながら、彼は話の続きを促すことにする。


「実は、あたしには姉さんが――あ、すみません。姉さんといっても血は繋がってなくて、孤児院で妹みたいに可愛がってくれていた人がいたんです」

(あれ? 変なところから話が始まったな)

「その姉さんが四年前に孤児院から出ることになって、冒険者の道を選んだんです」

(なるほど。その姉さんを追って冒険者になったって感じか)

「マヅで経験を積んだ後にオウエドへ行って、そこでもどんどん活躍して、噂がマヅのギルドに届くくらいになって」

「…………」

「毎週手紙を書いてくれて、どこそこに行ったとか、こんな依頼があったとか、ちょっとした失敗談なんかも……」

(ええ話だねぇ。もしかして、誘われたのってその姉さんのパーティなのかな)


「……でも、一年くらい前に、急に手紙が届かなくなったんです」


「え? それって……」

「それから二カ月くらい経ってから、ようやく手紙が来たんですけど、そこには冒険者を引退して修道院に入った、と書いてありました」

「ええ?」


 急転直下過ぎる展開だ。

 まだまだ稼ぎの時期だったはずなのに引退するのも驚きだけど、それまでの生活とは真逆の修道院の道を選ぶのも意味が分からない。

 これは「何もなかった」と考える方が不自然というものである。


「あたし驚いて、姉さんに手紙を送ったんですけど、返事は返ってきませんでした。そして、冒険者ギルドで噂を聞いたんです」

(うん。イヤな予感しかしない)

「……姉さんのパーティは、ある村での依頼を終えた後に、近くの洞窟に住み着いたゴブリンの泰地を頼まれて、軽い気持ちで引き受けたんですが、そこで返り討ちを食らったそうです」

「返り討ち?」

「どうも、ゴブリンロードかゴブリンチャンピオンがいたらしくて、ゴブリン相手と侮っていたパーティは、姉さん以外は殺されてしまった、と……」


 リシェの口から洩れてくる重い話に、タカウジは「ンん?」と思わず唸ってしまう。

 どこかで聞いた――いや、どこかで見たようなシチュエーションだな、と。


「姉さんも、本来なら殺されるかゴブリンどもの慰み者になっていたんですけど、すんでのところである人物に助けられたそうです」

「ソレハヨカッタネェ」

「……ただ、その人物は、ボロボロになっていた姉さんを置き去りにしていったらしくて……」

「ソレハソレハ……」



 タカウジの背中に、冷や汗が滝のように流れ落ちる。

 どう考えても一年前のアレだ。

 否定する材料なんて皆無である。

 因果は巡るとは正しくこれ。

 どう応待すればよいやら見当がつかないタカウジに、更なる追撃が加えられる。



「その助けたヒト――なんだか人間じゃない格好してるって話で、その後も何回か冒険者とか行商人とかを助けたって話があるそうなんです」

(うん。どうしても見捨てられないってときは助けるようにはしてたけど)

「そして昨日、砦へゴブリン泰地に行ったあたしたちは――」


 リシェの話は、昨日起こった騒動の説明となった。

 内容をあらかた承知している話をトボけながら聞くというのは、想像以上に難しい。

 ただ、リシェは喋るのに夢中になっていたので、相手の微妙な態度を察知できなかった。


「……で、唐突に壁をぶっ壊して現れたのが、噂に聞いていた人の特徴そのままな感じでした」

「アー、ソウデスカ」

「正直、ビックリしました。あの青――あ、すみません。ギルドから口止めされてるんで詳しくは言えないんですけど、それこそゴブリンロードとか以上に強い敵だったんですけど、まるで格が違うっていう感じで」

(あー、アレはなぁ)


 タカウジとしては、昨日の青騎士は「見掛け倒し」以上でも以下でもなかった。

 もちろん、本人が得意気に語っていたとおり、身体能力そのものは格別に高かったと思われる。正面から小細工無しに殴り合えば、タカウジが勝てる見込みは薄かっただろう。

 だが、青騎士は格闘経験はもちろん、喧嘩の経験すらなかったのが明白だった。

 戦った経験がないから首都から離れた場所で「実験」をしていたのだし、ステータス閲覧ができないタカウジ相手には最初から必殺技を使って瞬殺しようとした。非常に分かりやすい思考である。


 ここにタカウジの勝機があった。


 必殺技――「アルティメットファイナルコンボ」とやらは、いわゆる対戦格闘ゲームの「乱舞系」と分類されるアレだ。

 青騎士自身に、あれだけ多彩な技を間断なく何十発も繰り出せる技術があるとは到底考えられない。なので、ゲームと同じように「発動したら最後まで自動的に動く」仕様になっていたと推測できる。

 見守っていたリシェたちには雷光のような連続技を決められたと思っただろう。

 不幸なのは、おそらくは青騎士自身もそう信じ込んでいたであろう点だ。

 タカウジがアルティメットファイナルコンボの大半を拳で受け流していた、と察知できてなかった様子だったので間違いない。


(あいつ、完全に操り人形状態だったんだろうな。自分が何をやってるのか見えてなかった感じだし)


 普通に考えれば、攻撃が防がれてるのは感覚で分かりそうなのだけど、自分の動作が早過ぎて確認する余裕がなかったのではないだろうか。

 でなければ、最後に「魂ごと砕けろ」なんて黒歴史確定な決め台詞は吐けない。



 ……なんとなく気恥ずかしくなってきたタカウジは、どうしても気になる質問をリシェにぶつけることにした。


「あのさ。リシェはその助けてくれた人を、どう思ってるの?」

「どう……って?」

「ほら、助けてくれたのは事実だけど、もっと早く助けられたんじゃないかとか、なんでお姉さんを置いてったんだとか」


 あー、とリシェは苦笑を浮かべる。

 少し無言で考えていた彼女だったが、何か諦めたように再び笑った。


「姉さんの件できちんと問い質したいって思ってたんですけど、昨日は助けられたからお礼を言わないといけないなって……なんだか自分でもよく分からない感じです」

「そっか。まあ、無理に結論を出さない方がいいんじゃないの? 会った時に決めれば」


 しばしの沈黙を経た後に、彼女が「そうですね」と頷くのを確認して、タカウジは胸を撫で下ろす。実は、背中どころか顔にも汗が噴き出ていたのだ。

 世の中、理性と道理だけで動いているなら苦労はしない。

 けれども、世界は感情――それどころか逆恨みで犯罪行為を犯す人間も珍しくないのが現実である。

 今回の青騎士騒動にしても、「自分が恥ずかしい目に遭ったのは、あの昆虫男が早く助けに来なかったせいだ!」なんて感じで恨まれる……いや、そう思い込むことでストレスの捌け口を求める可能性はゼロとは言えない。

 リシェがまだ若く、将来を嘱望されていたのならなおさらだ。

 屈辱や挫折を認められないあまり、得体の知れない相手へ敵意を募らせるのは、悲しいが珍しい話でもなかったりする。


(でも、どうやら冷静な様子でよかった。顔見知り程度とはいえ、やっぱり知ってる相手に恨まれてるってのはイヤな話だし)


 その後はお互いにある程度リラックスして雑談に花を咲かせていると、小高い丘を無言で登っていたソウハが「バルッ」と注意を促した。

 ふっと視線を前へ移したリシェが「わあ……」と感嘆の溜息を漏らす。

 彼女にとっては将来の栄光へと繋がるオウエドの街が眼下に広がってきたからである。


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