おしつけられた幸せ
私はトンネルで手記を拾った……。
遠い昔、私はある妖精と約束をした。
妖精はもう霧になってしまったけれど、私は今も忘れないでいる。
彼女は私に縋ったのかもしれない。
霧になる間際で、希望を放せなかったに違いない。
霧の精は皆そうなる運命なのだった。
彼女も、最後の霧の精も違わず。
さらに遠い昔の事、霧の精は掟を破った。
境を超えて、井戸水を取ってはならない。
さもなくば、飲んだ水は毒となり、体を走るだろう。
霧の妖精は毒に冒され、目を失った。
この世の色を全て失ってしまったのだ。
毒は子にも受け継がれ、さらに孫にもまとわりつき。
やがて最後の一人にも。
彼女は言った。
「世界が闇でとざされているのは不幸だわ。けれど光ある世界なんて、きっと恐ろしい物にちがいないでしょうね」
彼女は知らなかった。
世界に光があることを。闇が全てでないことを。
光を持てば幸福と皆は言う。
霧の精は光が不幸と言う。
霧になって消えてしまえたら幸せだ、病ある私は陶酔した。
霧になるなど苦に堪えない、彼女は吐き捨てた。
私はもしかすると、病のない人が病のない恐怖におびえているに違いないと、半ば妖精に問いかけた。
「そうね。病のない人が病を欲するのと同時に」
霧の精は水晶の瞳で笑った。
「霧になる前に、あなたに一つ言いましょう」
「他人の不幸を羨まないこと」
「霧の精は世界から消えます。それが幸せか、不仕合せか」
「私は不幸せだと思います。なぜなら、闇の素晴らしさを知ることはできないから。私は幸せだとも思います。なぜなら、もう消えなくて済むから」
私は何と言っただろう。
不幸だと思った。霧のように消えることのできない私には。
幸福だと思った。光でしか生きられない私には。
この病は不幸だろうか。それとも羨ましい不幸だろうか。
この病は幸福だろうか。それともいらない幸福だろうか。
押し付けられた幸せを、未だ嫌いでいる。
他人の不幸を、羨んでいる。