ありふれた騎士の物語
太陽が真っ赤に燃え、辺りをオレンジ色が支配している。
王城から北西に15キロほど離れた、半壊した教会の片隅で一人の男が静かに息を引き取ろうとしていた。
「アニュー……。貴方はもう逝くのですね……」
アニューと呼ばれた男性は、年は30代半ばのようだ。中肉中背な体型に、外を照らす夕日と同じオレンジ色の髪、そして最早焦点のあっていない灰色の目が必死に女性を見つめようとしている。
「はい……申し訳……ございません」
女性は血で汚れるのも厭わずに、アニューの手をゆっくりと取る。
「お休みになってください。貴方は今までよく使えてくれましたよ」
女性の年の頃は50代前半だろう。一日を照らす朝日のような黄金色に輝いた金髪が風になびく。
海のような、晴天のような真っ青な瞳はしっかりとアニューを見つめている。
「光栄で……ございま……す」
今際の際にアニューは思い出す。昔を……。
私が……。いや、俺が生まれた村は山奥にあった。
辺りを見渡せば山々に囲まれいて、南には港町があり、北には王都がある。
俺が生まれるよりもはるか昔は王都と港町を繋ぐ唯一の道が山越えで、その道中の宿場町として栄えていたらしい。
それが、東に新たに出来た伯爵領を経由して商人が移動するため、今では先祖代々受け継がれた麦畑を耕すだけの一生を送る村人達が住まう、盆地に作られた小さな村に成り果てていた。
村の中では、近隣のモンスターが狂暴化して、まことしやかに「魔王が復活したのではないか?」「帝国が滅んだのは本当なのか?」と噂されていたが、その時の俺は知ったことではないと思っていた。
こっちとら四方八方から聞こえてくるおびただしいまでのセミの声と、抜いても抜いても生えてくる草と戯れているだけだった。
楽しいことは何もない。三男坊の俺は両親の手伝いをして、大人になったら兄の畑の手伝いをして一生を終える下男としての、ありふれた人生が待っていた。
そう、あの時までは。
「くっそ、こうも五月蝿いとやる気にならねぇな」
その時の俺はまだ10歳にも満たなかったはずだが、なぜか苛立っていた。
捕まえたところで美味しくいただけるわけでもなしに、なぜそこまで鳴くのか分からないセミに苛立っていたのか、もしくは上の兄二人は家で昼寝をしているのに、俺だけ畑の草抜きを命じられたことに対して苛立ってたのかもしれない。
「アニュー! すぐに来なさい」
色褪せた継ぎはぎだらけのエプロンをつけた母が遠くから俺を呼ぶ。
今思い返してもあの人が俺に笑顔を向けた記憶がない。父や兄達には柔らかな笑みを浮かべ他愛のない話をして、姉や妹達とは少女のような笑顔で談笑しながら料理や裁縫を教えていが、俺には一切なかった。
只でさえ炎天下の中たった一人で草むしりをさせられていたのだ。多少だらだら向かってもそれくらいは許されるだろうと思っていたが、母親は無表情のまま「本当にお前は無能ね。呼ばれたらすぐに来ることもできないのかい?」と罵ってくる。
「それでなに?」
「フッン……。よくお聞き、これから村に騎士様がいらっしゃるからお前は納屋で休んでなさい。粗相でもされたらたまったものじゃないからね」
だるい草むしりをしなくていいならば何だってよかった。俺は喜んで埃臭い納屋で昼寝をしようと考えていた。
それからどれくらいの時間が経過したのか分からないが、遠くから馬の鳴き声とガチャガチャと鎧の金属で奏でる行進曲が聞こえてきた。
「もう一度言うけど、お前はここから出るんじゃないよ! いいね」
凄い剣幕で捲し立てる母親に「わかった」とだけ返事をした。
まだ10歳にも満たない子どもなのだ。出るなと言われたら出たくなるものだ。
本当に単なる好奇心だった。
村の外には騎士がいると聞いたことはあったが、見たことはなかった。村の人間以外で会うのは月に2回来る商人のおじさんくらいだ。
俺は何気なく外に出た。
そして、彼女と出会ってしまった。
遠目から見ても分かった。透き通るほど真っ白な肌に、大空と同じ青色の瞳、夜明けを告げる黄金色に輝く1つにまとめられた髪。
彼女は村の中心にある、広場の舞台の上に立ち何か演説をしていた。その回りには鎧に身を包んだ騎士が護衛をしていて、舞台の前には両親を始めほぼすべての村人が、静かに地べたに座っていた。
彼女の声を聞いてみたい……。
俺はそう思い、恐る恐る彼女の声が聞こえる位置まで移動しようとした。
「おい! お前、そこで何をしている?」
振り返ると槍と皮の鎧を装備した一人の兵士がいた。
「えっと……。納屋にいろって言われたからいただけだ」
「そうか、ならさっさと広場にいけ」
「あれはだれ?」
「はぁ……エリザベート様だ。間違っても指を指すな、彼女は王家の一人だぞ」
王家……。
今なら尊さや威厳がわかるが、当時の俺は何も理解していなかった。
こちらが子どもだったからだろう。形式的なやりとりだけをして、兵士は広場へ向かうように促した。
「つまり来るべき最終決戦に向けて、我々は新たなる勇者を求めています! 衣食住の提供は無論のこと忠誠には愛を、勇気には名誉を、そして命には金で答えます!」
子どもだった俺には彼女が何を話しているのかは全く理解できなかった。
だが、子どもながらに1つだけ分かったことがある。
「あ、愛が貰えるのか……?」
静まり返った広場に発せられた、彼女以外の言葉に皆が驚愕の表情で俺を見ていた。
それはそうだ。今なら分かるが、貴族の言葉を遮るなど死罪に該当する。それが、彼女の言葉ならもっての他だ。
下手をすれば一族皆殺しにされてもおかしくはなかっただろう。
それを彼女は柔らかな笑みを浮かべて「貴方は愛が欲しいのですか?」と尋ねてくれた。
「はい……欲しい。このまま誰からも愛されることなく一生を過ごすのは嫌だ。俺は愛が欲しい」
礼節もへったくれもなにもない。ありのままの自分の言葉を彼女にぶつけた。
そもそも俺は『愛』が何なのかさえ知らなかった。
寝る前に母が兄二人や他の女の兄弟には、優しく頬を撫でて「おやすみ、愛してるわよ」と言っていた。
俺にはそれはなく、部屋の片隅で小さく丸まって寝るだけだった。
その柔らかな笑みが愛だとするならば、俺も欲しかった。
彼女はその真っ青な瞳を片時も俺の目から離すことなく、意味不明な話を聞いてくれた。
そして「貴方のことを愛しましょう」と彼女は言った。
両親ともに健康な下男を兵士として取られるよりかは、多少怪我をしていてでも下男としてこき使いたかったのだろう。その日の夜に、鎌を持ち出して、両親は俺の片足の健を切ろうとしてきた。
俺は両親から逃げ出すように家を出て、靴も履かずに真っ暗な中ひたすら彼女の後を追った。
唯一の光を求めて彼女を追った。
遠くで光が見えた。
とても暖かな柔らかみのある優しげな光だ。
隣のさらに隣にある、小さな宿場町の教会に彼女がいるとなぜか俺には分かっていた。
初めて来る町なのに、俺は迷うことなく教会へと足を進める。
教会の扉の前には、村であった兵士と知らない兵士の二人で警備をしていた。俺は村であった兵士に思いの丈を述べた。
彼女に仕えたい、彼女を守りたい、言葉知らぬ子供の戯れ言だとしても、兵士は嫌な顔1つせずに俺の言葉をしっかりと聞いてくれてた。 そして、案内された教会の中には、暖かなスープと柔らかいパン、それに服と靴が準備されていた。
「お前は必ず来るから準備しとけってエリザベート様が仰ったのだ。感謝するように」
「は……い……」
カビの生えたパンとは違う。
野菜の皮しか入ってないスープとも違う。
両親や兄達が食べているのと同じ食事に俺は歓喜して、泣きながら食べた。
その日は教会の片隅に毛布を被って寝た。
藁じゃない。毛布の柔らかな暖かさに包まれて、生まれて初めてゆっくりと眠れたと思う。
「~~~~♪」
歌が聞こえた。
何を歌っているのか難しすぎて分からないが、村で聞くような酔っぱらいの歌ではない。
何かを祈るような、何かに感謝するような、何かを愛するような……。
そんな歌で俺は目を覚ました。
祭壇の上にある像の前で彼女が歌っていた。
ステンドグラスから降り注ぐ色とりどりの光に、夏の朝特有の乾いた冷たい空気が、彼女をより神々しい何かに見えてしまっていた。
「あら、どうやら起こしてしまいましたね」
白を基調としたフリルが沢山ついた貴族服に身を包んだ彼女と目が会う。
彼女の後ろには短剣を装備した女性の騎士がいたらしいが、その時の俺は気がついていたかった。
「ご飯ありがとう。俺はエリザベート様に仕えるぞ。エリザベート様は俺が必ず守る!」
「ふふふ、それは頼もしい騎士様ですわね。期待していますわアニュー」
「はい!」
後に知ったことだが、エリザベート様の後ろに控えていた女騎士は俺の事を無礼打ちするつもりでいたそうだ。
よく我慢したものだと思う。俺なら「ご飯ありがとう」と発した瞬間に首を跳ねているだろう。女騎士の我慢強さには感謝するしかない。
王都に向かう準備をするなか、俺は村で最初に声をかけてきた兵士の小間使いとして働くことになった。
「いいか、アニュー。王都につくまでは俺だけと話せ、ここには位の高い方々がいらっしゃる。不愉快にさせたら村に送り返されるぞいいな」
「はい!」
その兵士は本当に俺の扱いが上手かったと思う。「殺されるぞ」ならば別にいいかと思うが、「返される」となると話は別だ。
俺は送り返されないようにせこせこと働いた。
道中は残念ながら彼女と話すことはなかったが、教会に泊まると朝に必ず歌う讃美歌だけは聞くことが出来た。
彼女の事は兵士に軽くだが教わった。
現国王の妹君だが、前国王が女中に手を出して生まれた異母兄妹とのことだ。
位の高い侍女ならば、まだ前国王も庇うことができたが、平民や孤児上がりもいる女中ともなればそれは難しく、彼女の母親は王家に混乱を招いた魔女として処刑されたらしい。
そして、生まれた彼女には曲がりにも王家の血が流れていて、さらに高水準の魔力も宿っていた。
処分するわけにもいかず、彼女は将来婚姻の駒とすべく教会へと預けられることになったそうだ。
今から数年前に突如として魔王と名乗るものが、帝国を滅ぼした。それによって、彼女が嫁ぐ前に嫁ぎ先が滅び、婚姻はご破算となった。
役割がなく宙ぶらりん状態の彼女に、現国王の兄は1つの命令を下した。
きたるべき人類と魔王軍との最終決戦に向けて王国内を回り民兵を集めることだ。
本来は王族の仕事ではないだろうが、彼女は笑顔でその危険な任を受けたらしい。
その道中に俺を拾ったのだ。
旅そのものは終わりを迎えていて、王都に戻るだけだった。
王都についた俺は、2つの選択肢があった。1つが王国軍に入ることだ。もう1つが彼女がいる教会の孤児院に入ることだった。
俺は迷わず孤児院を選んだ。
15歳になれば『教会騎士団』の加入試験が受けれる。その試験には礼儀作法や筆記試験があるそうだ。
彼女の元で忠誠を誓うには教会騎士団に加入するしかない。
王国軍は平民からなる軍で、子どもでも雑用の仕事があるから入ることはできたが、文字は教えてもらえない。対して、教会の孤児院だと、言葉使いや文字の書き方、剣術に集団行動などが教えて貰えるからだ。
などと「なぜ、孤児院に入った」と聞かれたら、私は今述べた理由を答えているが、その当時の俺は何も考えていなかった。
ただ彼女と離れるのが嫌だっただけだ。
明確な目標を持って俺は日々を過ごしていた。そして、一人称が私に代わり季節が何度も巡った夏に教会騎士団へ加入することができた。
加入の儀式では彼女と言葉を交わすことができる。できると言っても「我が忠誠を捧げ、教会の剣となることを誓います」と述べ、それに対し彼女から返答を頂けるだけだが、身が震えるほど私には嬉しかった。
静寂に包まれた教会の祭壇の前に私たち新任の教会騎士団は並んでいたが、一人だけ涙ぐんでいたと思う。
リンと鳴り響く鈴の値と共に彼女は登場した。ゆっくりと歩む様はまさに聖女そのものだろう。
そして、加入の儀式が始まった。
私は一方的に彼女を見ていたが、こうして直接言葉を交わすのはいつぶりだろうか。
首席合格を果たした私から挨拶をすることになる。
ゆっくりと立ち上がり、彼女の前で膝間つく。あとは形式に乗っとり言葉を交わすだけだ。
そう、交わすだけだった。
「顔をよく見せてください」
本来なら私の言葉に彼女は「貴方の忠誠を受けとります。教会の剣を託します」と返答するはずだったが、彼女は違う言葉を発した。
予定にない言葉に戸惑いながらも、顔を上げる。
「大きくなりましたねアニュー」
彼女は私の名前を覚えていた。
「約束通り忠誠には愛で答えましょう。貴方の忠誠を受けとりました。教会の剣を託しましょう」
名前だけではなく、あの日述べた約束も彼女は覚えていてくれた。
私は止めどなくあふれでる涙を拭うこともなく嗚咽を漏らしていた。
新任の騎士が彼女の護衛をできるわけもなく、私はモンスター退治をしながら日々剣を鍛えていた。
ある時は王国騎士団と共にモンスターの巣を破壊し、またある時はモンスターに襲われている村を守るべく戦ったこともあった。
少しでも早く彼女の護衛をしたい。その一新で剣を振るっていたらいつの間にか勲章を頂けることになっていた。
私は王のお言葉よりも彼女の「よくやりましたねアニュー」と、少女を思わすかのような柔和な笑顔を見てた方がよほど嬉しかった。
そして、運命の日がやってきた。
私が30を迎えた夏。ついに、魔王討伐の大遠征が決定された。
「貴方も行くのですね」
「申し訳ございませんエリザベート様」
「いいのよ、王命ですから。生きて帰って来なさい! これは私からの命令です」
名を馳せ武勇を誇り名誉を承った私は、ついに彼女の護衛をすることは叶わなかった。教会騎士団団長の肩書きと共に魔王討伐へと赴くことになったからだ。
大遠征の総指揮は王が取り、名だたる武官が部隊指揮をとっていた。
道中は想定通りスムーズに進行していた。
そう……最初はスムーズに進んで順調に思えた遠征だったが、失敗した。
原因は暑さだった。
緑1つ見えない、見渡す限り砂地の世界。飲み水は涸れ、食料は腐り、暑さに体力を奪われて、砂に足をとられ進行が遅れる。
食料も水もないなかで単独の離反は自殺と同義だ。そのため、部隊ごと離反するところがでてきた。
その現状に王は決断をされた。
「我々はここまで進むことが出来た! 魔王と言えど、恐るに足らん! 後の世に託すことになったが、我々は魔王と戦えることをここに証明したのだ!」と声高々に演説をされた。
今回の遠征の落としどころとしては「魔王とは一戦もしていないが、それは魔王が私たちに恐れをなして逃げたからだ」と言うことになったようだ。
それから2年の平穏な時期を迎えた。
「今日はいつもに増して蒸しますわね」
テラスでお茶を飲むエリザベート様が立ち上がり、目映い太陽を手で隠し夏の空を見上げる。視線の先には、今にも落ちてきそうな入道雲が見えた。
「貴方と出会ったのは、今日のような日でしたわね」
振り返り慈愛に満ちた笑みを私に見せてくれる。
「覚えていらっしゃいましたか」
「ええ、貴方に愛を渡せたかしら?」
少女のようなお茶目な笑みを見せて私をからかってくる。
「その事はもうお忘れになられてください」
このまま平穏がずっと続けばいいと思っていた。
思ってはいたのだが、翌週……。突如として平穏は崩れ去ってしまった。
まずドン! と朝の目覚めの鐘の代わりに、大きな音をたてて1発の雷が城に落ちた。
その音は非常に大きく、王都のどこに居ても気がついただろう。ただし、それが魔王の攻撃だったのに気がついた者はいなかった。
私も「青空広がる雲1つない空から、雷が落ちるとは摩訶不思議だな」と思ってたくらいだ。
そして、昼に2発の雷が再び城を襲った。
この時は流石に「何か悪いことが起きているのかもしれない」と考えはした。
考えはしたのだが、魔法に疎い私ではそれ以上の結論が出なかったのだ。
その日の夕方、エリザベート様に呼ばれた私は司祭室を訪れた。
「アニュー、北より何か不吉なモノが近づいています。直ちに兄様へ伝えてください。それと、いつでも街を守れるようにしてください」
いつも微笑みを絶やさないエリザベート様と同一人物とは思えない、笑みの消えた真剣な眼差しに私は一目散に城に向かった。
城内は静かなものだった。私がエリザベート様のお言葉を王の側近に伝えても「もう陛下はお休みになられています。明日お伝えするので、今日のところはお引き取り下さい」と事態の深刻さが微塵も伝わっていなかった。
そうだ……この時だ……。
この時彼女を連れ出して逃げていれば、王に直接話を通せば……。
その後の運命が変わってたはずだ。
その日は戦準備を教会騎士団に伝えて、警戒体制で翌日の日の出を待った。
我々は日の出を待っていたが、夜明けは訪れなかった。
教会の一番高い塔から空を、街を見渡す。
どんよりとした雲ではない。真っ黒な……。一筋の光さえも通さない雲が王都を覆っていた。
「あれは魔力の塊です……。まさか、魔王はこれ程の巨大な魔力を持っていたのですか……」
震える声を抑えて、エリザベート様は空を睨む。
遠くから大気を切り裂き、地を揺らすほどの轟音が雷鳴と共に響きわたる。
街は騒然としていた。辺りからは警鐘の音や悲鳴が雷鳴の音に負けじと大合唱をする。
「え、エリザベート様……城が……崩壊しています」
「す、すぐに城へ向かってください! 兄様の救助を優先してください!」
エリザベート様の任を受け、私は教会騎士団と共に城へと向かうことにしたのだが……。
「くっそ! モンスターが侵入してるぞ!」
雷が落ちてから教会を飛び出し中央広場まで来るのに30分もたっていないはずだ。
それなのに、すでに中央広場はモンスターどもで溢れ返っていた。
「エリザベート様の御身が心配だ。半数は私と城へ迎え、残りは教会へ引き返せ!」
本当ならばいの一番にエリザベート様の元に駆け寄りたかった。彼女を守るために騎士になったのだから。
それが許されぬ事くらいは分かっていた。
震える拳を握りしめて私は城へ向かった。
城は半壊していて、王も王妃もどこにいるのか分からなかった。
無事な建物では、怪我をしていない人を探す方が難しいくらいで、怪我人が怪我人の治療をしていた。
「伝令! 伝令! 北地区壊滅しました! 北地区壊滅です!」
若い兵士が血だらけになりながらも伝令を伝えにやってきた。
魔王に滅ぼされた帝国では国民全員が串刺しになったと聞く。許しを請うても魔王相手には通じないだろう。
ここにいる誰もが王都はもう滅ぶと感じているようで、若き兵士の伝令を聞いた人々は絶望にうちひしがれていた。
「帰るぞ、教会に」
ここにいても意味はない。王都にとどまり続けても意味はない。
待つのは死のみだ。
私が死ぬのはいいが、エリザベート様の死は受け入れることなどできない。何としても逃がすしかない。
「痛い……助けて……」
「キャァーー誰か! 助けて!」
「こっちに来てくれ! 妻が埋まっている!」
至るところで人々が悲歌を奏でれば、それに答えるようにモンスター達が喜遊曲を奏でる。
王都はさながら人とモンスターによるオーケストラ会場に様変わりしていた。
「エリザベート様!!」
半壊した教会の内部で今にも大猿型のモンスターが、エリザベート様に牙を突き立てようとしていた。そして、物陰にいたもう1匹の狼型のモンスターが私に飛びかかってきた。
自分の命を狙ったモンスターよりも、エリザベート様をお救いすべく大猿型のモンスターに槍を飛ばした。
無意識だった。
そう、無意識で私はエリザベート様を救おうと……。己の命よりもエリザベート様の命が大切だと思っていたのだろう。
狙いも定めず投げた槍はまっすぐに飛び、大猿型のモンスターの頭部を貫いた。
「ぐっ……」
狼型のモンスターは私の腸を噛みちぎったが、他の教会騎士団のメンバーが倒してくれたお陰で最後の時間を過ごすことができた。
「お見事ですアニュー! 怪我を見せなさい」
慌てて私の側にかけよりエリザベート様は癒しの魔法をかけてくれる。
「エリザベート様……。よい……のです。お情けは……もう十分です」
自分の体のことは自分が一番よくわかる。癒しの魔法を受けても、もう治らないだろう。
「そ……。それよりも……愛を知り……まし……た」
そうだ、私は……。いや、俺は愛を知ることができた。手に入れることができた。
覚悟はしていた。エリザベート様をお守りするために命を投げ出す覚悟だ。
だが、本当にそれができるとは思ってもいなかった。
「見なさいアニュー。子どもを守るためなら親鳥は自分の命を犠牲にしてでも守るのです。あれが、愛ですよ」と、教会に来てすぐに神父に教わったことがある。
あぁ……よかった。俺の心には愛があったようだ。
「アニュー……。貴方はもう逝くのですね……」
エリザベート様、そのようなお顔はしないでください。俺は貴女のお陰で愛をしれました。
俺は、私は、貴女に沢山愛されました。
ただ1つ懸念なのはこのような状況下で貴女を守れないことだ。
「はい……申し訳……ございません」
あぁ……私の血で折角のお召し物が汚れてしまいます。
「お休みになってください。貴方は今までよく使えてくれましたよ」
「光栄で……ございま……す」
「私は貴方のことを愛していますよ」
最後に一番聞きたかった言葉だ。
やはりエリザベート様は分かってらっしゃる。俺のことを愛していないと、今際の際にかけるのにふさわしい言葉など分かるはずもないだろう。
愛には種類があるらしい。
家族愛、恋愛、友愛、主従の愛。
俺には全て揃えて愛だ。愛に違いはない……。
あぁ……いい人生だった。
「くっ…………。ふっ…………ふふふ! ふっふふふふふ! あーっはははははははは!」
半壊した教会の内部で黄金色に輝く金髪をなびかせた女性が高笑いをしていた。
「アニュー、ありがとう存じます。貴方の愛には感謝いたしますわ。やっと力が溜まりましたから」
女性からは愛とはにつかぬ禍々しい魔力が渦巻いていた。
「え、エリザベート様!?」
彼女の周囲にいた騎士たちは、彼女が発する魔力に驚きの声をあげる。
「あぁ、貴方たちもおやすみになられてよろしくてよ」
軽く腕を払うと、あたり一面が夕日のように真っ赤に燃える炎に包まれた。
「あぁ……最高の気分ですわ」
教会内部を焼き尽くす炎にあがらうように、悲鳴が聞こえる。
「私の魔法は厄介なことに、他者からの愛がなければ使えませんの……。アニュー、貴方のお陰で私はようやく真の力が使えるようになりましたわ」
アニューと呼ばれた男性の亡骸に一瞥をする。
「あぁ、そう言えば愛憎も愛でしたわね。父様、兄様、今エリザベートはそちらに向かいますわよ。私の愛を楽しみにしてらしてね」
女性は燃える教会のさらに奥へと歩みを進めた。
細かな設定を考えてはいたのですが、ゴミ箱に投げ捨てました。
詳しい後書きは活動報告に明日のお昼に掲載いたします。