魔性の姉がお騒がせしまして。
流行りの熟した婚約破棄ものです。
「タカマガハラ公爵家令嬢サクラ姫。そなたとの婚約を破棄し、ウネメ男爵家令嬢アンズ姫との婚約を、ここに宣言する‼︎」
我が国の皇太子であらせられるタチバナ皇子が宣言し、卒業式の謝恩会会場に衝撃が走った。
一番の衝撃を受けたであろうサクラ姫さまは、目を見開いて硬直している。優雅な扇子さばきも凍っている。
宣言した皇子は人差し指でビシッとサクラ姫さまを指し、口を一文字に結んだ。
その背後には、目を白黒させながら、キョロキョロあたりを見回す落ち着きのない女がひとり。
「あちゃあ…」
女人は、開いた扇子で口元を隠しつつ、すんごい小声で令嬢にあるまじき悪態をついた。
「やっぱ皇子、被災したか…」
はじめまして、こんにちは。
私、ウネメ男爵家次女サザンカと申します。
皇子の後ろで「え?あたし、タチバナのお嫁さんに?」「サクラ姫さまがわたしをいじめていたの?」と、ワタワタしている愚か者の妹です。
あっけにとられつつも、表面上は冷静さを取り戻し、皇子に最敬礼をしているサクラ姫さまは、親友です。
「なぜ、と申し上げてもよろしいでしょうか?」
「胸に手を当てて己を鑑みれば判ろう。そなたは皇太子妃の器ではない。アンズこそが、我が伴侶にふさわしい」
「伴侶…。こちらの方を皇太子妃となさるのですか」
「無論」
「かしこまりました。皇太子殿下の御心のままに」
目をつぶり、頭を下げ、片手を胸にあてて、もう片方の手で袖を抑えています。最高級の十二単がばっちりお似合い。高貴な紅梅色と桜色のあわせを着こなせる卒業生は、この方だけでしょう。
サクラ姫は天女のように美しい女人です。
つややかでまっすぐな黒髪と、陶磁器のような白い肌のコントラスト。ぱっちりとした二重を縁取る睫毛の長いこと‼︎
容姿だけでなく、勉学や芸事にも優れ、立ち振る舞いも美しければ、声もまた凛として涼やか。
どこを切り取っても完璧なるご令嬢です。
身分差甚だしい私を、親友と呼んではばからないフレンドリーさも持ち合わせています。
普通に考えたら、何が不満だと皇太子殿下の首根っこをひっ捕まえてカクカクしてさしあげたく存じます。
が、仕方がありません。姉とは、アンズとはそういう女なのです。
アンズに出会い、彼女の口から「あなたってすごい!」の賞賛を聞いた男は、もれなくアンズに惚れるのです。ひとりの例外も存在しません。
学び舎でもモテまくりです。
女生徒には「なんで?!」と私が襟首掴まれてカクカクされちゃうんですが、私に言われても。
貴族は基本美形揃いなので、奥二重のアンズはむしろ地味です。ただ、ふんわりしていて、童女のような愛嬌があります。色白で、笑うと目が線になります。
くるくるの巻き毛に舌ったらずな高い声、小柄で華奢で童顔。爆乳。胸の大きな娘はサラシをまいてから着物を着付けるのですが、彼女は苦しいからと嫌がります。
うん、貴族って外見じゃないですね。
はい、6年前まで平民でした。
母親が病死して、14歳の時に我が家に引き取られた、父の庶子です。
貴族の子女は12歳から6年間学び舎に通うのですが、貴族の常識を知らずに育ったので、私と一緒に入学したのです。
苦労しました。エエ。
動きがアクティブなのにサラシで抑えないので、制服(葡萄色の袴です。かわいいよ)が常になんとなく着崩れていています。
妖艶な美女ではないあたりが、高く甘い声やニコニコ明るい笑顔が、庇護欲を刺激するんでしょうかね。
貴族の女性は努めて落ち着いた声で話しますし、喜怒哀楽を表に出すのも下品とされてますから。正反対ですね。
鬱憤も溜まるわけですよ。
結果、姉は無視されたり、持ち物を隠されたり、ひそひそ嫌味を言われたり、二人組を作ってくださーいって言われると漏れなくあぶれたりしてました。
あんまり気にせず、近くの男子と組んでました。が、その方に婚約者がいたりして醜聞が流れまくり。ますます女子と疎遠に…の無限ループがくりかえされてました。
私? 放置ですよ。
ヤツが家に来てから、女の使用人がこぞって彼女をいじめ、男の使用人がこぞってヤツを庇って決裂しましたの。
結果、女の使用人全員に退職願を叩きつけられる事態とあいなりました。いやあ、あわや没落するかと。
私、学びました。コイツは男を狂わせる。コイツの魔性は災害だ、と。
私とアンズを一緒に学び舎に入学させたお母様は、正しかったと思います。
君子危うきに近寄らず。
だから、いじめないけど、かばいもしません。
できるだけ視界に入れず、授業もかぶらないようカリキュラムを組みました。
妾腹と正妻の娘が仲悪いなんてよくあることだし、ね。
そもそも妾腹のが年上とか、闇が深いよ! お父様‼︎
そんなこんなで半年後、アンズの荷物棚に墨をぶっかけられる事件が発生しました。アンズのスペースだけ、持ち物だけ、べったりどっぷり黒塗りにされた光景には、さすがの私も絶句しました。
即刻親が呼ばれ、首謀者は退学処分。
お父様には「悪質な身分差別だ。なぜ、お前が庇ってやらないのだ」と、怒られました。
申し訳ございません、お父様。私の心情的には、加害者の味方ですの。
彼女の婚約者はアンズに心を移して婚約破棄。直後、アンズに振られて自暴自棄に。元婚約者を本気で愛していた令嬢は、アンズとの仲を取り持とうとしました。
が、アンズは「私たちは別に付き合ってないし、そんなじゃぜんぜんないよー。貴族のしがらみに縛られて苦しそうだったよ。優しい人なのにね。好きなんでしょ?がんばんなよー」とのたまい、加害令嬢の恨みを買ったと。
付き合ってないのにちゅーしたコトについては、「なんか、なんとなく?そうなっちゃったみたい。でも、ただのお友達だよー」だそうです。
…墨汁塗りたくりで済ますなんて、優しくね?
言いたいことは山ほどありましたが、早い話が貴族社会の不文律がわかってないからいかんのだと姉にレクチャーしました。
サラシを巻け。制服を着崩すな。大声で喋るな笑うな。廊下を走るな。婚約者がいる男と半径1メートル以内で喋るな。呼び捨てすんな。下級貴族なんだから全員に「様」をつけろ。それだけで風当たりは違うから。
で、その結果かえってきたのは
「えー。貴族の女の子ってこわいねー。ニコニコしてるのに、お腹の中何考えてるかわからないねー」
「年下相手に様。とか、ププッ」
「私、かたっ苦しい服きらいなんだ」
「私、2歳もおばさんじゃーん。誰も私になんか興味ないよー。考えすぎー。しがない男爵令嬢じゃーん。しかも庶子だよー」
はい。しがない男爵令嬢です。こんにちは。
こいつ、喧嘩売ってんの?
…てわけで、式神を召喚してこの会話を録音し、お父様に報告しました。私が口頭で説明しても納得しないだろうしね。
お父様ははらはらと涙を流し
「あの子は自由に生きさせてあげたかったのに。ああ、学び舎など入れるのではなかった。私と2人きりで小さな東屋で、生きていけたら…」などと、気持ち悪いことを言い出したので、侍女長に視線を送って書類の山なんぞを持ってきていただきました。
しがない男爵なんだから、キリキリ働けよ‼︎
アンズは私の忠告後、女子生徒の前ではサラシをまいておしとやかに過ごし、男子生徒の前でサラシを取り始終笑顔で友達だから呼び捨てがデフォという、とんでも解釈なモンスターに進化しました。解せぬ。
その後も、2ヶ月に1回くらい婚約破棄騒動がおきています。
「殿方は、あんな子のどこが良いの?!」と言われましても。清純系娼婦がサラシ取り外してしなだれかかるからとしか言いようがなく。
男性社会でも、嗜みがないと批判はあるですけどね。会っちゃうと落ちるんですよ。蚊は蚊取線香に勝てない。おっぱい星人はおっぱいに勝てない。絶対的な真理です。
ちなみに、恋人は常時フル稼働です。
最初は学級委員長、つぎは生徒会長、次は担任で、その次は理事長。どんどんグレードアップしてますね。皇太子がロックオンされるのも時間の問題でしたね。
サクラ姫さまとしても「ブルータス、ついにお前もか」って感じだったのでしょう。
幼馴染で、学友で、恋人で。
ハッとするほど美しく、プラトニックなおふたりでしたのに。
サクラ姫さまは、皇太子たちに美しく背を向け、ゆっくり、堂々と歩き出しました。
すると、彼女の背後にツバキ公爵令嬢とスイレン伯爵令嬢が並び、後に続きます。学び舎の貴族令嬢が次々にその列に並び、ゆっくり、たおやかに、優美に退室してゆきます。
私たち男爵、子爵令嬢も序列を守って並びました。
「なぜ、そなたらまで立ち去るのだ」
やおらに、肩をつかまれました。近衛隊長の息子のスオウ様です。宰相殿下のご子息やら、サクラ姫さまの弟君から、アンズのとりまき…もとい学生会の重鎮たちも、女子生徒たちの前に立ちはだかります。
「卒業式は終わりましたから。謝恩会は自由参加ですわ?」
私は軽く、扇子でスオウ様の手を払いました。
私、かつてはこの方の婚約者候補でしたのよ。アンズが学生会に入った時点で、辞退させていただきましたが。
正直申し上げて、ほのかにお慕い申し上げておりました。愛してはおりませんでしたが、今この瞬間、胸の奥がしくりと痛む程度には。
「立ち去るのは罪人だけで良い。いたいけなアンズをいじめたサクラ姫だけで」
いじめた?
どなたが?
サクラ姫さまは、領地運営とお妃教育が忙しくて、ここ半年ほど登校しておりません。物理的に不可能です。
ですが…未来の妃殿下を支え、お仕えするべく教育を受けてきた私たち同期は、思うところがありました。ありまくりました。
「サクラ姫さまに関しては、濡れ衣ですわ。春の御方はそんな小さな器ではありません」
「ですが。この中に、過去にアンズさまに狼藉を働いた者がおりますのは、否定しませんわ」
「見て見ぬ振りをしてきた者も含め、加害者と言えましょう」
「ゆえに、退場いたします」
「それでは、ごきげんよう」
女たちはにっこりと笑い、檜の香る花道を退場しました。
卒業生だけが許される色とりどりの十二単をまとい、しゃなりしゃなりと。
残された男たちとアンズに、女たちの心は届かないでしょう。
でも、これで良いのです。
アンズに悪気はありません。
男たちをたぶらかしている自覚すらないでしょうから。
ヤツは、悪気がないからタチが悪いのです。手のつけられなさが、天災レベルなのです。
正面から戦っては命がありません。大切なのは生き残ることと、被害を最小限に抑えること。
避難訓練も大事。備えあれば憂いなし。
皇太子妃の官女や侍女となるべく教育を受けてきた私たち同期は、見識を広げるため、このまま港に向かい、サクラ姫さまの海外留学に付き従いますの。
国に残ったら、アンズの官女にさせられてしまいますわ。
そんなの、絶対にイヤ!
お母様、船(軍船。お母様の実家は造船業を営んでおります)を手配をしてくださってありがとうございます。
サザンカは、一足お先にこの国の法の及ばぬ楽園に避難します。
ごきげんよう。