表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

その7.ブタ鼻論争とバイト競争

※法律違反を推奨する意図はありません。現実にできないことやるのがフィクション。


「おはよー……って何してんのあんたら」


恩戸くんが廊下の先から歩いてきて、僕らに言う。

けど、ごめん今それどころじゃない。

先輩との口喧嘩の真っ最中。


「おーおーいいよ、先輩がそういう態度ならいいよ、先輩のそのカバンに、あのブタの鼻みてーなやつ増やしてやる!! 後悔してもしらないからね!」


「はっ、こっちのセリフだし!! フジツボ並にびっっしりにしてやる!」


挿絵(By みてみん)


「じゃあこっちは更にブーブークッション仕込んでやるよ! 恥ずかしいぞー、満員電車で押されるたびオナラもらす男になれ!!」


「バッカお前、混雑時はマナーモードまたは電源をお切りくださいだろうが!!」


「はっそうだったごめん先輩」


「許ーす」


「あ、なぁんかミミガー食べたくなってきた」


どこで売ってるのかな、とスマホを取り出す僕に、


「……終わった?」


近くの長椅子にねそべり、なぜだか菩薩のような顔をした恩戸くんが言った。


そこに。


「よっす、先輩ちゃーん!」


たかたかと寄ってきた(みどり)さんが右手を挙げる。


「よーっす」


同じように応じた先輩と、ぱちんとハイタッチを交わしてから、


「何度も言うが、その呼称はおかしいぞ娘さん」


挨拶代わりに先輩からのツッコミ。


「文系は細いことにうっせぇなぁ」


寝そべったまま耳掃除にいそしむ恩戸くんがぼやくのを、先輩はじろりと睨みつけ。


「じゃあ今すぐ去れ理系、ここは文系学部の学び舎だ」


そのやりとりに、翠さんがくりっと振り向いて。


「あ、首席くんだー。聞いたよ御三方、面白いことやるなら私も呼んでくれないと!」


「なんの話?」


僕の問いに翠さんが不思議そうに答える。


「男三人で修羅場ったって聞いたけど」


「「盛大な誤解だ!!!」」


僕と先輩がハモった。恩戸くんは背を丸めて大爆笑している。


「何がどうしたらあれがそうなるのか……」


ぼやく僕の横、


「ちくしょう、あいつらだな」


心当たりがあるらしい先輩がスマホを取り出してどこかへかける。相手が出るなりぎゃんぎゃんと怒鳴りつけている。

それから、おもむろに一方向を指さす。


「あの棟の三階の左端だ、ぶちかませ翠」


「なーにイキナリ」


先輩が指さした窓が開いて、男女数人が笑いながら顔を出す。


「手、振ってますよ先輩」


「ふっとばせ翠」


「あやつら全員、先輩ちゃんの敵?」


「おう」


「まっかせとけ!」


頼もしく言って、藍色のロングカーデがぶわりと舞い上がって広がる。ゲームキャラの外套のような、戦記映画の旗のような勇ましさで、悠然とはためく。


「強そう」と先輩。うなずく僕。


その翠さんの様子を見て、恩戸くんがとても興味深そうに顔を輝かせた。


「風か……空気を操作するんか? いや、気体分子を操れるのか? いや、もしかしたら気体に限らないかもな」


ぶつぶつと呟く恩戸くんから、先輩はあからさまに嫌そうな顔をして一歩離れる。


「いや加減してね?!」と僕。


「俺やだよ学内で死人が出るの」と恩戸くん。


「あいつらは殺しても死なん……」


先輩がげんなり言うのだから、よっぽどだ。


一切の危機感なく歓声と笑い声を上げ、スマホをこっちに向けて――大量のフラッシュが焚かれる。


「あ、出た、自撮り棒」

「こんな昼間にフラッシュいらないのに」


恩戸くんと僕とでほぼ同時に言ってから、顔を見合わせて、互いにしまったという顔をする。これじゃあツッコミ役がいない。

翠さんを止める人もいない。


「……いや、俺むりだよ?」恩戸くんが正直に言った。


「僕もそんないきなり言われても……翠さん、何するか分からないし」


先日のカマイタチ以上のものが予告なく来たら無傷じゃすまない絶対。


「第一、自分から首突っ込んだんならともかく、先輩の悪ノリに巻き込まれて体張るなんて、絶対嫌だし」


「……後輩くん、自分のこと先輩ちゃんの下僕とか言ってたけど、確実に違うよね」


「ええー、僕ほど先輩に従順な奴もいないと思うけどな」


「その自信はどこから来るんだ」


「あ、教授来た」


先輩がぽつりと呟くなり、窓から身を乗り出して騒いでいた男女が一斉に背後を振り向き、俊敏に窓から引っ込んで、窓をぴしゃりと閉めた。

カーテンまで引いた。


「……先輩、なんなのあれ」


「教授が来たからだろ」


「へぇ、そんなに厳しい教授なん?」


あそこなんのゼミだっけ、と恩戸くんが記憶をさぐるように視線を斜め上に向け、


「いや、俺らが他のことで遊んでると拗ねる」


先輩が首を振る。


「……さっき見えた、白髪のじいさんだよな?」


「更にほっとくと泣きながら謝ってくる。そのあと寝込む」


「女子か」と恩戸くん。


「首席くんの女子の認識オカシイ」


翠さんが頬を膨らませる。


「ていうか――過去に、そこまでやったんだね?」


僕が聞くのに、


「奥さんに泣いて怒られた」


神妙にうなずく先輩。


と。

僕のスマホから鳩のアラームが鳴る。


「あ、時間だ」


先輩が僕のバックパックをずいずい押す。


「じゃーな、俺たちこれからバイト」


「負けませんよ先輩」


門に向かいながら言い合う僕らに、


「……バイト、だよな?」


恩戸くんがそわそわしながら聞く。僕はうなずく。


「あ、なら、ゴール判定やってよ恩戸くん。今日バイクでしょ?」


「ああ、うん。……あのさ、バイトだよな?」


恩戸くんが不安そうに聞く。


***


「恩戸くん、次のゴールは?!」


『えーっと、病院前の交差点』


イヤホンから聞こえる回答に了承の返事をするなり、間髪入れずに先輩の声。


『よーいどん』


僕は慌ててペダルを踏み込んだ。左右に流れる町並みを楽しむ余裕はない。


ぐっと車体を傾けて、減速もそこそこに急カーブ。

勝手知ったる細い裏路地をジグザグに抜け、砂利の敷かれた駐車場を突っ切って。


「いててて」


そのまま、立ち漕ぎ状態で白い階段を下りる。ガタガタと鳴る車体。

通りすがりの小学生が不思議そうな顔をして僕を見上げているのが見えた。


さっき聞いた先輩の現在地からすると、そろそろ--


あ、予想的中。

郵便局前の脇道から飛び出してきた青い自転車が、細いタイヤから白煙を上げて方向転換。路側帯をえぐらんばかりに突っ切ってきて、僕の真横に並んだ。

ぴったり横付けするようにして並走するこの自転車は、もちろん先輩のもの。


先輩との自転車競争は前々からバイトのたびにやっていたけど、僕の大学入学と同時に――正確には、あの初戦の後から――タガが外れた感じだ。


ペダルを漕ぐ回転数と、全く対応しない速さで回る両輪。

そこらの温厚な軽なら余裕で追い抜く。


『オイ、並走してんなよ』と先輩。


「うん、いま前に出るんでちょっと待って」


『アホか俺が先だ』


僕と先輩がやいやい言い合ってるところに、恩戸くんが、なぁ、と聞く。


『お前ら、これ捕まんねぇの? 制限速度超えてない?』


僕らの自転車のハンドルの間にセットしてある、ドライブレコーダー代わりのスマホ。たぶんその映像を観ているんだと思う。


『自転車だから速く見えるだけだろ』

あらかじめ用意してたかのような、よどみない先輩の回答。

『それに、ちゃんとルートも選んでる』


『これって最短ルート選ぶもんじゃなかったっけ』


『あー、小市民は細かいことにうっせぇなぁ。捕まんない程度に飛ばせ、が店長(ボス)からの命令だ』


僕の隣、無意味なドヤ顔でサムズアップする先輩。


『飛ばしたほうが捕まんなくない?』と、不思議そうな翠さんの声。


ん?


「……それ、法定最高速度どころか、パトカーの最高速度を自転車で超えろ! っていう意味で、あってる?」


僕が聞く。先輩がげんなりした声で翠さんを呼ぶ。


『お前のむちゃぶりは、なんつーか、モラルと品とロマンが欠けてんだよなぁ』


『なにそれ。先輩ちゃんに言われたくなーい』


今度は先輩と翠さんが言い争いを始めた。

その喧噪の中、恩戸くんが僕を呼ぶ。僕はしたり顔で答える。


「まぁ、速達だからね」


『速達過ぎだろ』


そこへ、意味深な先輩の含み笑い。


『いいかー、これはな、ただの小包じゃねーぞ』


『だから、速達便でしょ?』と翠さん。


『いや、これはな、小さな、龍の、包みと書いて……』


そのまま押し黙る先輩。うつむいたヘルメットはピクリとも動かない。


『……あ、小籠包(ショウロンポウ)、って言おうとした?』と恩戸くん。


惜しい。竹かんむりが足りない。


「ああ、小籠包食べたくなってきたなぁ」


ぼやく僕。


翠さんが楽しげに言う。


『じゃあねー、負けたほうに罰ゲーム!』


『乗った』と先輩の即答。


『負けた人は猫耳カチューシャつけてスキップしながら駅前の商店街を駆け抜ける!』


「待って唐突に濃すぎない?!」


僕のツッコミを無視して、


『人間の、弱点は、リュックだ!』


身を乗り出してきた先輩が、いきなり僕の背中のバックパックに全身でしがみついてくる。


「そこ人間じゃない! ていうか妨害ありなの?」


『ありあり』翠さんがけらけら笑う。


『事故るなよー』と常識人の恩戸くん。


僕はちょっと考えて。


『……ぶっふぁ!』


先輩の声がして、バックパックから負荷が消える。真横にあった先輩の自転車も、視界から消える。


『うっわナニこれ』


先輩のスマホの映像を観ているらしい恩戸くんに、僕は答える。


「羽虫の群れ」


『地味にしんどいやつだ! 後輩くんえげつなーい!』


翠さんが笑う。呪詛のような先輩の声をBGMにしつつ、僕は穏やかな声で答えた。


「自転車乗ってると良くあることだよ」


個人的には、耳の中に入ってくるやつが一番不愉快。


と、着信音が鳴った。

僕は路肩に自転車を停めて、ヘルメットを外して、スマホの液晶を見下ろす。


「……え? 先輩?」


ハッと気づいて慌ててヘルメットをかぶり直した僕のすぐ横を、ぎゅんと通り過ぎていく先輩の自転車。僕は慌ててペダルを踏み込みつつ、インカムに怒鳴った。


「電話で妨害すんのなしー!」


高笑いする先輩。恩戸くんが聞く。


『ていうかどうやってかけたの先輩、まさか道交法違反』


『まさか。俺のスマホ、ハンズフリーでコイツにかけられるようになってるから』


「やっだ先輩、僕のこと好きすぎ……」


『そういうノリツッコミすると、また翠が誤解するよ、お二人さん』


あきれたような恩戸くんの声。

と。


「へーいお兄さん、わたしとドライブしなーい?!」


翠さんのふざけた声がすぐ間近から聞こえた。いきなり大きく揺れる車体。

ハンドルをつかむ手に力を入れてから慌てて振り向けば、僕の自転車の荷台に着地していた春色パンプス。


「え?!」


恩戸くんのバイクの後ろに乗っていたはずの翠さんが、満面の笑みを浮かべて、僕の荷台にすとんと座った。


「GO!」


「いやちょっと!」


ぐん、と背後から猛烈な追い風。


「いっけー!」


細い腕を僕の横に突き出してぶん回す。手首につけた細いバングルがじゃらじゃらと鳴る。


チャリ壊れそう。車輪の耐久強度を超えている気がする。


『あっズリぃ。翠! こっちにも追い風!』


「ああん? さっき『お前重いからハンドル利かねぇ』ってわたしのこと蹴落とした人が、なーに言ってるのかなー?」


「先輩……」


まぁ、先輩と翠さん、ほぼ同じくらいの身長だし、ハンドル利かないのは事実かも知れないけど。

ていうか、いつの間に先輩のチャリにも乗ってたの、翠さん。


『あーなんだっけ、あれ、一本三千円の、すっげー羊羹』


「えええ」翠さんのうわずった声。「食べ物で買収するとか……!」


「だまされちゃダメだ翠さん!」


『ていうかそこまですんの? この駆けっこに?』恩戸くんの半笑いが聞こえる。


『よーしならお前が猫耳つけるか?』


『いや俺ジャッジだから』


「あっそうか。ねー翠さん、先輩の猫耳見たくない?」


『やめろ耳を貸すな翠!』


追い風効果で先輩の背中がぐんぐん近づく。

一瞬振り向いた先輩が焦りの表情を見せ、


「うえええなにこれー!」


翠さんの声。


「えっなに」


振り向けば、僕のバックパックにじわじわと増殖を続けるブタ鼻。


『フジツボ並にびっっしりにしてやる!』


翠さんが露骨にいやそうな声を出す。


「先輩ちゃんのがセンスなーい!」


「反撃にブーブークッション!」


『ハイ立ち漕ぎー! 意味ないー!』


ぎゃいぎゃい言いながら昔ながらの商店街を駆け抜ける。

僕らの頭上、吊り下げ式の看板がぐるんぐるん回る。


角を曲がった先、赤いZEPHYR(バイク)の前に立っている恩戸くんの姿が見えた。

大型バイクが追いつけない速度で飛ばしてくる僕ら2台の自転車を、呆れたように見る冷たい目。


恩戸くんが立っているその場所が、ゴールという名の集合地点だ。

一件目の配送を終えた僕と先輩の位置を結んだ、ちょうど中間の地点。次の配達物が置いてある集荷センターは、角を曲がったすぐそこにある。


僕と先輩はほぼ同時に恩戸くんの真横を通り過ぎた。

ブレーキを全力で握りしめてブレーキペダルも押し込む。ブレーキパッドから立ちのぼる、謎の白煙。

それでもすぐには止まれなくて、数十メートルすぎてから、慌てて振り返り。


「「どっち?!」」と先輩と僕。


「見えるわけねーだろ。こちとら一般人だ」


至極冷静な返答。

恩戸くんは何やらスマホを操作していて。


「てことで、画像判定」


「おお、文明の利器」と先輩。


「現代っ子だなぁ」と僕。


「先輩はともかく樫月、お前同い年だよな?」


ひょいっと向けてくる画面を一斉に覗き込む。


翠さんの満面の笑み。どアップ。


「翠ー!!」


先輩の絶叫。


「うっそ、俺撮ったと思ったんだけど」


驚く恩戸くんがスマホを二度見する横、


「お前! 自分で! 言い出したクセに!!」


「ふっふーん」


先輩にがくがくと揺さぶられながら、なぜか得意げに笑う翠さん。


「まぁでも、その気になれば画像なんていくらでも改竄できるし……」


ぼやく僕に、


「ま、まじでー?!」


予想外のリアクションに振り向けば、目を丸にした翠さんが呼吸を止めていた。


「だって、写真だよね?」


「本気で言ってる?」と先輩。


「写真の話だよね?」なおも言い募る翠さん。


「……みたいだね」と僕。


「なに寝ぼけてんだ、お前らよく写真加工してんじゃん、ほら、ありえねーくらい目ぇデカくしたり皮膚真っ白にしたり」


慌てて先輩の口を押さえるも、すぐに引っ剥がされる。


「おい首席、めんどくせぇからいっぺんコイツに常識とかなんとか色々まとめて叩き込んどけよ」


「いいリアクションじゃん」


からっと笑う恩戸くん。超絶ポジティブ。

その笑顔のまま言う。


「ていうか、金払ってでも、教えたくねぇ」


……払って?


「もらってでも、じゃなくて?」


僕の質問に、恩戸くんは表情をいっさい変えないまま言う。


「払ってでも、おしえたくねぇ」


二回ゆった。

何かあったらしい。



オマケ。本編に入れる勇気がなかったくだり。



恩戸「よくこんなバイト見つけたなぁ」


僕「アキバに、タダで、行けるから……」


先輩「お前にそのセリフを言う資格はねぇよ金髪野郎!!」


僕「大学デビュー! とかいって、僕の頭勝手に染めたの先輩だよね?」


翠「えっと? なんの話?」


僕「アニメの話」


先輩「俺は漫画派」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ