表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

その6.重量物をぶん回す攻撃を人は頭脳戦とは呼ばない

「ここでいいか」


恩戸くんがバイクを停めたのは、とある居酒屋の前。まだ早い時間なのに、やけに混み合っている。


僕はヘルメットを返しながら、周囲の人通りを見回す。


「ここ? 先輩来たらヤバくない?」


「先輩、人目は気にする人だろ? 入学当初のあの大騒ぎは事故みたいなもんだと見た」


「うん、まぁ、あってるけど」


「ここなら、なんかあっても酔っ払いってことでごまかせるしな」


がらりと引き戸を開けて入っていく恩戸くん。


「そうかぁ」


うーん、ごまかせるかなぁ。

まぁ、ここは大人しく首席の戦略に従うことにしよう。


席に着くなり、新米バイトっぽい茶髪女子がやってきて、おしぼりと二人分のお通しを置いて速やかに去っていく。


「え? あのこれ注文ミス」


慌てたようにそう言って廊下に出て行こうとする恩戸くん。僕は去りゆくTシャツの端を掴んで引き止める。


「違うよ恩戸くん、これはサービス」


「え、そうなの?」


「そうなの。居酒屋は大抵こう」


「ふぅん。樫月って浪人生?」


「ううん、未成年だけど。高校時代から先輩に居酒屋連れこまれ放題だったから、そこそこ慣れてる」


「ああそう。なら注文任せてもいい? 俺、食えないもんないから、なんか適当に」


「分かった」


タッチパネル式のメニューを充電器から取り外す僕の向かいで、恩戸くんがウチの大学のエンブレムが入ったクラッチバッグからMacBook(ノートパソコン)を取り出した。テーブルに乗っけて開く。ローズゴールドの金属板の中央で、齧りかけのリンゴマークが僕の前で優しく灯る。かっこいい。


僕は食べたいものを適当に注文して、旧式のやたらと重いタブレットをスタンドに戻した。


恩戸くんの静かなタイピング音がしばらく続いて。


「さてと。作戦会議しよーぜ」


パタンとパソコンを閉じてから、僕に向き直る。

齧りかけのリンゴマークがしょんぼりと消灯するのがちょっと惜しまれる。それを目で追っていたら、僕の目線に気づいた恩戸くんが「これ?」と言いながらまたトップカバーを開けてくれた。優しい。


「作戦? こっからどう逃げるか?」


でも、どーせ明日も講義あるしなぁ。

ていうか僕は家まで割れてるし。


「いや、先輩に勝つための作戦。どうしたらいい?」


「……ううん?」


運ばれてきたジンジャーエールで乾杯して。


「なら、まずさ、先輩が仕掛けてきそうな攻撃教えて」


「そう言われても……」


顔をしかめて黙り込む僕に、身を乗り出す恩戸くん。


「心配しなくても、これ、ただの俺個人の興味であって、別に悪用したり誰かにバラしたり各種メディアにリークしたりしねぇから。あ、念書書こうか?」


「ううん。そういうんじゃなくって」


何と言ったものか。

僕は赤いストローをくわえて、氷の溶けてきたジンジャーエールを掻き回す。


「僕、先輩が暴れるの、まだ一度しか見たことなくて。そのときのことなら話せるけど、それだけの情報で勝てるかって言われると分かんない」


「まじ? まさかの未知数?」


「うん。お役に立てず」

うなずいて、来たばかりの枝豆に手を伸ばす僕。

「ていうか、何でそんなに先輩にご執心なの? 恨み?」


恩戸くんが軟骨のからあげをもぐもぐしながら答える。


「高校の試合の帰りに偶然見かけたんだよね、先輩が空き地で黒猫連れて黒コート着て、手から雷みたいな電撃出しながら縄跳び振り回してんの」


何してんだ先輩。


「そういう人とは、ぜひともわたりあいたいじゃん?」


「いや意味分かんないけど……」


何その戦闘本能みたいなの、さも当たり前みたいに。

初めて見た、リアルバトル脳の人。

ああいや、先輩もそうか。


「……あ、じゃあ先に僕と一戦やる? たぶん僕のほうが先輩より強い気がするんだよね、分かんないけど」


「ええ、あの人そうとうヤバイだろ」


「うん、だから僕はそれ以上にやばい奴」


「……ああそう?」


気の抜けたような返事をした恩戸くんが、ちらと天井を見上げる。


「うーん、いや、やめとく」


「そっか」


ちょっと残念。先輩より先に恩戸くんの本気、見てみたかった。


「あ、先輩からめっちゃ電話きてた。あ、今かかってきたけど」


「出て出て」


何でそんな楽しそうなのか。わくわく顔の恩戸くんを眺めつつ、僕はスマホを耳に当てる。


「もしもーし」


脳天気に出た僕の声にかぶせるようにして、地を這うような重低音。


『速やかに現在地を述べろ』


「えーっと、人目のあるところです」


『速やかに移動しろ』


「樫月、貸してー」


ひらひらと手を揺らす対面の恩戸くんに、僕はスマホを手渡した。


「もっしもーし、先輩? そーっす、さっきの奴っす。

で、人生で初めてバナナの皮ですっころんだ感想は?」


なんだそれ。

僕の困惑をよそに、ニヤニヤ笑ったままの恩戸くんが言う。


「待ち合わせしよーよ。15分後に、今から言う住所に来て」


てきぱきと段取りを整え、通話の切れたスマホがぽいと返ってくる。

僕は聞いた。


「ねぇ、バナナって、なにしたの」


「ちょっとね、トラップ的な? 時限装置的な?」


ウインクをひとつ、かたわらのリンゴマークを指さす恩戸くん。

どんなトラップだ。


「それ食べ終わったら行こう。作戦会議はもういーや。充分あおれたっぽいし、あとはアレコレ考えるより、力押しだな」


「……あのさ、頭、いいんだよね?」


「頭回る奴がいつでも合理的な言動をするのかと聞かれたら、全力で否定する」


「うん?」


「俺はね、無思考の非合理性を愉しむタイプなの」


えーっと。


「……あえて考えナシに手を出すタイプ、ってことであってる?」


「そうともいう」


からっと笑う恩戸くん。


***


そうして恩戸くんに連れられていった集合場所は――

音楽スタジオだった。


「うわぁすごい、なんかテレビで観るやつだ!」


僕は水族館のような巨大なガラスに張り付いて、部屋の中をのぞきこむ。びっしりと並べられたレコーディング用の機材を順に見て行く。


「あっちに、閉じ込められたら発狂する部屋もあるぜ」


『無響室』と書かれた扉を指さす恩戸くん。


「ええ何それ怖い。あ、あのマイク!」


「楽しそうで何より」


けらけらと恩戸くんが笑い、防音扉の重いノブをガコっと引き開ける。


「ここ、丸ごと借り切ったから、どんだけ暴れても大丈夫」


案内されるままに足を踏み入れた「スタジオA」で、僕はぴたりと動きを止める。


「……え? 屋内で大丈夫?」


「え。建材壊すほどなのか?」


僕は壁に近寄って、その防音壁をコンコンと叩く。確かに普通の壁と比べたらかなり頑丈そうだけど……


「うん、たぶん」


岩壁作るとか火ぃ飛ばしたりしたわけだし。


まじかよ、と額を押さえる恩戸くん。


「出よっか」


「おう、急ぐぞ」


腕時計を確認した恩戸くんの隣、先輩に場所変更の連絡を入れるべく僕はスマホを取り出し、


「あ、ここ圏外だぞ。上行かないと」


「ほんとだ」


防音扉が外側から勝手に開いた。


「あ、せんぱ」


先輩の姿が目に入ったとたん、

ごうっ、と謎の轟音。


何を知覚したわけでもないけど、本能的に右に跳んだ僕の横、間一髪で床のカーペットがビィッと一直線に裂けた。


おお、と恩戸くんの歓声が聞こえるが、それに答えるのは後回しだ。


「――なんで、真っ先に僕?!」


「寝返ったほうが重罪なんだよ」


まっすぐに僕を睨みつけ、握りしめた拳からごきりと変な音を鳴らす先輩。


「僕がいつ先輩の味方だったことがありましたっけね」


「え」


「え」


「恩戸くんまで!」


「まぁいいや。そこのソイツも、覚悟できてんだろうな」


先輩が恩戸くんをびしりと指さす。


恩戸くんはニヤリと勇ましい笑顔でそれを見返す。

おもむろに持ち上げたギターケースを軽々とぶん回し、飛びかかる恩戸くんを、


「フン」


白けた目の先輩がひょいと避け――

恩戸くんがニヤリと笑った口元が、僕のところからはっきり見えた。


大きく踏み込んだ右足にぐっと力が入る。ギターケースから両手が離れる。

ぐん、と急に進路を変えた巨大な鈍器が、至近距離にいる先輩の側頭部に迫る――


先輩は目線だけを動かして、ついと眉を寄せた。


それだけで。


ぱぁん、と盛大な破裂音。

先輩に触れる直前のギターケースが粉々に砕かれて、破片が飛び散る。


「ノーモーションなしって、自分で言ってたのに……」と僕。


「よく見ろ、目ぇ光らせてるだろーが」


先輩が僕のほうに顔を向ける。


「あ、ホントだ赤ーい。うずいてるうずいてる」


破片の降る中、赤い目の先輩が腕をブンと大きく振り、


「うっわ!」


恩戸くんがマヌケな声を出して吹っ飛ばされる。

どこのザコキャラだってくらいに、紙切れみたいに。


「ぐわ!」


そのまま、背中から壁に激突した。ドカン、とものすごい音が部屋中に轟く。

壁際に積まれていた段ボールの山が崩れ落ちて、中からライブのチラシとギターの弦のようなものが飛び出す。


なおも腕を振り上げる先輩。

段ボールに埋もれたままの恩戸くんが両手をあげて、あわてて叫ぶ。


「降参降参!!」


「え、もう?」と僕。


「弱っ」と先輩。


がさごそと段ボールが音を立てる。


「痛ってて。はー、やっぱ無理かぁ」


後頭部を押さえてのそりと身を起こした恩戸くんは、相も変わらずへらへら笑っていた。どっかのネジが飛んだのか、それともドMなのか、とにかく。


「あっ血ぃ出てる。先輩、回復魔法!」


「自分から突っかかって来たんだろ」


「なんで防がなかったの?」という僕の質問に、


「あんなん防げるかよ」と苦笑する恩戸くん。


「ああ、恩戸くんバリアだせない人?」


「まじかよ見して! どんなん?!」


にわかに食いついてくる恩戸くんを見て、僕はようやく違和感に気づく。


「……そういえば、恩戸くんはちりちりしない」


そう呟いただけで、僕の言いたいことをすぐに理解したらしい恩戸くんは、からりと笑って、


「ああ、俺はあんたらとはちげーよ。高校時代、野球部でね」


先輩を指さした。


「さっきの空き地の話?」


「いや、確かにケンカふっかけたのはそれキッカケだけど。最初に気づいたのは、何回か試合で見かけて、なんか変な動きする人がいるなぁと」


僕は唖然と先輩を見た。


「み、翠さんに注意しておいて、あんたもやってんじゃねーすか、スポーツマン!」


先輩は唇を尖らせて、後頭部をぼりぼりと掻く。


「っかしーな、俺あんなあからさまにやってねーぞ。筋力増強とかマウンド整備とかそういう地味めの」


「やってんじゃねーすか……」


げんなりする僕のよこで、まぁな、とうなずく恩戸くん。


「肉眼で見ててわかる人は少ないと思うぜ。うちはほら、試合映像かき集めて何度も観て徹底的に分析するトコだったから。それでもたぶん気づいたの、同じ市内の高校で、同じポジションだった俺だけ」


「げ」と先輩。


「先輩?」と僕。


先輩の目がすうっと細められる。

オイ、と低い声で恩戸くんを呼んで。


「偏差値」


「ん?」


「偏差値」


「えーと、ろくじゅう……」


言いかけた恩戸くんに、首を振る先輩。


「受験期じゃなくて、お前の自己ベスト」


「先輩のガッコのこと知る直前の統一模試は、81だったね」


「ふーん、そんな数字覚えてるのがすごい」


僕は謎の音響機器たちを眺めながら小さく呟く。自分の数字はもちろん、そもそもまず偏差値ってどうやって計算すんだっけか。

恩戸くんのその数字が高いのかどうかもよく分からない。


眉間に深いしわを刻んだまま、ぴっと出口を指さす先輩。


「よし。どこでもいい、今すぐ編入試験受けてこい」


「えぇー入学数日で?」


けらけら笑う恩戸くん。


「つーか先輩、僕のときと扱いが違いすぎません?!」


「アホかお前、こいつあれだぞ! 日本一、大学選び放題の高校だ!」


「なにその言い方ー」と笑いつつも否定しない恩戸くん。


さすがの僕も顔をひきつらせる。


「な、なるほど。先輩がドロップアウトさせたと……」


「ほんとそれ。先輩、まさかの文系学部行くんだもん、俺ばりばりの理系男子だったのにさぁ。大慌てで年号とか古語辞典とか丸ごと頭に突っ込んだんだぜ」


「お前の苦労話は聞いてない。とっとと……」


「あのね、俺追い出したら学部長が黙ってないぜ? いいのかなぁ先輩、就活んときに推薦とかもらえないかも知れないよ?」


「……」


押し黙る先輩。あながち冗談でもないかもしれないのが怖いところだ。私立大は知名度に弱い。


「……で、たかが一般人が俺様に何の用だ?」


話、そらした。


「んー、見ての通り。そのまんまやっても勝てやしないから、だからこうやって頭脳戦けしかけたって訳で」


先輩が変顔を浮かべる。


「……重量物をぶん回す攻撃を人は頭脳戦とは呼ばないぞ、良く覚えておけ」


僕は目をしばたかせて。


「でも、最初会ったときのと、さっきのあれ、すごかったよね。絶対お仲間だと思ったのに。どうやったの?」


「応力とか遠心力とかモーメントとか、なんかそーいうの計算してんだろ」


「まぁ大雑把に分かりやすく言うとそんな感じ。加速度センサとかモーターとか、色々入れてあんだよあれ」


「へぇ」


目を輝かせる僕に、


「お陰様で短期決戦で文系科目詰め込んだから、理系の知識中途半端にすっぽぬけちまったし、計算式含めてほぼ自己流だけどな。説明しろと言われてもできないぜ」


「安心しろ、説明されても分かんねぇよ。……オイその馬鹿にした目はなんだぶっ殺すぞ」


手近なパイプ椅子を引っつかむ先輩を慌てて止める。


「出よっか」と出口を指さす恩戸くんに続いて、僕と先輩も「スタジオA」を出る。


先を歩く恩戸くんが言う。


「ホントは入学してすぐ、声かけようと思ってたんだけどな。あんたらあの一件で結構有名になってたから、人目しのんで話しかけるタイミング掴むのに、ちょっと手間取って」


「あの一件?」


「うん、ほら、女子ラクロスサークル(女ラク)の、あの現代に生きるリアル魔法少女に懸想(けそう)……いや、欲情して、」


「なんでそこ言い直した?」


先輩のツッコミを無視して、恩戸くんが続ける。


「ストーキングして、男二人でメルヘンなケーキ屋に入りびたってるっていう、伝説の盗撮犯?」


ひどい冤罪だ。


「一回しか行ってないのに……」


ぼやく僕。


エレベータのボタンをカチカチと何度も押しながら、先輩が不満そうにぼやく。


「つーかなぁ、男にモテてもなぁ。俺だろ、お前だろ、あの暴走女だろ、って来たら男女比で言うと、ここは女だろうが」


「先輩、女顔だからちょうどい……ぶっ」


がすん、と僕の額と柱との間から、ものすごい音がした。

後頭部から離れていくのは、たぶん先輩の手。


「おー痛」


額からコンクリの破片を払う。ぱらぱらと落ちる白い粒。


「その一言で済むのは樫月だけだろうなぁ」


うらやましそうに恩戸くんが言った。

挿絵(By みてみん)

・僕…♂。主人公。金髪眼鏡。異能力者。

・先輩…♂。短髪チビ。異能力者。

(みどり)…♀。女子ラクロス部。異能力者。

恩戸(おんど)…♂。学年首席。ただの怪力。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ