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その3.盗撮疑惑とカマイタチ

挿絵(By みてみん)

・僕…♂。主人公。金髪眼鏡。

・先輩…♂。短髪チビ。

(みどり)…♀。女子ラクロス部。

・??…??

翌日。


僕の目の前には、真剣な表情の先輩。

ぱらぱらとめくっているのは、僕のシラバス。授業の組み方が分からないので聞きにきたのだ。

さっきまで僕の友だちも一緒にいたのだが、先輩がマジ睨みをきかせて威圧的に追い払った。


いわく、

「邪魔だ、気が散る。組んどいてやるから、あとでコイツから聞け」

とのこと。


たぶん嘘。ただの、人嫌いモード発動だと思う。

先輩は平均的な男子大学生よりも低身長で、そこそこかわいい系の容姿をしている。で、かわいいと言われるのを嫌う。特に、初対面の女子とかに言われると、いつもものすごい顔をする。


さっき、先輩の顔を見るなり、ぱあっと顔を輝かせて何か言いかけた女子が一人いたから、たぶんそのせいだ。先輩が遮る前、「かわi」くらいまで聞こえたし、間違いない。


「しっかしまぁ、」


ぼんやりと眺めていた先輩のつむじがひょいと遠ざかり、にやにやと見返してくる猫のような目が僕を見上げる。ポロシャツの胸元でラリった顔してるワニが目に付く。


「俺んこと大学まで追いかけて来ちゃうなんて、お前も物好きだねぇ?」


僕は呆れ顔を向けて答える。


「……先輩が、ここ大以外の全ての選択肢を阻んだんでしょーが」


そう。

全てはこの人のせいだ。


バイト中に毎回カバンをあさられ、進路希望票は配られた当日にポールペンで記入されるわ、他大の願書やら大学案内パンフやら赤本やらは何の遠慮もなしに捨てられるわ、代わりに毎回のようにここの資料が入ってるわで、もう完璧イジメだった。


ちなみに「追いかける」などと言っているが、この人はバイト先の先輩ってだけで、出身高校は別。


「あ、チョコとか食います?」


再びシラバスに向き直る先輩を前に、手持ちぶさたな僕はふと思いついて、隣の椅子の上に置いていたバックパックを引き寄せた。バックルを開けて板チョコを取り出し、パキンと割って、アルミホイルを引き裂く。


「くっ、変に割れた……」


無言で突き出された先輩の左手に、大きいほうの欠片を載っける。


先輩の手元には、そこらじゅうに丸のついたシラバス。

スマホの電卓に表示されてる数字が、たぶん僕の今期の単位数だろう。


身を乗り出して、のぞきこもうとして――ずきりと痛む、自分の指を見下ろした。

昨日のことを思い出す。


「……手慣れてますよね、先輩」


「そりゃな。もう五回目だし」


かりかりと先輩のシャーペンの音が鳴る。


「いや、そっちじゃなくて、昨日の」


顔を上げた先輩に、右手の小指に巻いた絆創膏を見せる。

先輩の怪訝な顔。


「なにそれ」


「昨日帰ってから、火傷してることに気づいて」


火の玉雪合戦のときのだ。


「どんくさ」


「あ痛て」


テーブルの下で脛を蹴られた。


先輩が、八重歯を剥き出しにしてチョコをかじる。


「お前は、ぎこちないよな」


「ほら、知ってるでしょ、僕んち兄弟で一部屋だから」


ああ、と先輩はすぐに納得したようにうなずいて、


「トイレとかで試せよ」


「それも知ってるでしょ。あの狭くて臭い和式(ボットン)に、長居したいと思う?」


それと、我が家はいつ壊れてもおかしくない、由緒ある木造建築なので。


チョコをぺろりと食べ終え、丸めた銀紙を僕のほうに転がした先輩が、再度シラバスに向き直る。


僕は手に持った自分のチョコをそのままにして、ぼんやりと窓の外を眺めた。

階下のグラウンドには、スポーツウェアに身を包んだ女子が謎のラケットを振り回して、何かの練習の真っ最中。


「せんぱーい、アレなんすか」


努めて無邪気に言う。


「なんだってなんだよ」


先輩は席を立って身をよじって、ひょいと僕の前から窓の下をのぞきこむ。


「ああ、ラクロス」


「へぇ、あれが」


大学のスポーツとして良く聞くけど、実際のプレーは初めて見た。

面白い形状のラケットでボールをすくいあげてはパス。


「あ、惜し――」


ボールが落ちそうになって言いかけた途端、

くい、と宙を飛ぶボールの軌道が、曲がった。

……ように見えた。


見間違いかな、と思った矢先に、もう一度。


「……先輩、あれ、なんすか」


「だからラクロスだって。ぐぐれ。つーか今から計算するから話しかけんな」


ボールが高く上がる。数人が振り上げたラケットのはるか上を通過し――飛び上がった一人が、更に(・・)中空(そこ)から上へと飛び上がってボールを捉えた。


「…………え?」


逆転のゴールに歓声が沸く。そこで終了のホイッスルが鳴った。

不可思議な顔をする数人を含めた全員が、一斉にコートの中央へと駆け寄っていく。


……今のは、なんだ?

よく言う(・・・・)『普通の人間』の限界を超えた動き。

空気がちりちりする、この感じ。

バイト先、つーか、先輩といるときによく感じる……ああ、昨日が顕著だった。

つまり、あれ(・・)か。


そんでもって、僕の目の前で必死に電卓叩いてる先輩は、窓の外に意識を向けていない、と。


「あの、先輩……僕ら以外に、他にもいるみたいなんすけど」


「お、お前も気づいた?」


「先輩が呼んだんじゃ……」


「俺が呼んだのはお前だけ。そんなにホイホイ知り合いにいてたまるか」


それもそうか。

僕はチョコをテーブルに置いた。

バックパックの下側のファスナーを引き開ける。


「お、元写真部」と先輩。


「最近みんな結構持ってますけどね」と僕。


大学入学祝いに両親から買ってもらった、そこそこ新しいモデルの一眼レフカメラを取り出す。

埃っぽいアルミサッシに真新しいカメラを乗っけて、階下に向けて、


「ええと、あの人だよなぁ」


右肩の上で茶色い髪をまとめている女子をファインダーに収める。

その瞬間、被写体が動いて――なぜかいきなり顔を上に向ける。


思いっきり、目が合った。


「あっこら、盗撮ー!」


「げっ」


大声で叫ばれて、思わず窓から身を引く。

反射的に壁際に隠れるなり、隣の先輩に怒られる。


「お前スマホとかにしとけよ!!」


「いやだって先輩が僕の!」


先輩のスマホはどこかで充電中らしく、今、先輩が単位計算のために握りしめているのが、まごうことなき僕のスマホだ。そしたら一眼使うしかないじゃんか。


僕は、どうしようかな、と呟いて、頭を掻いて。


「ええと……とりあえず、謝って、説明して、消します」


「そしとけ」


立ち上がって、窓から顔を出そうとして――



ごぅ、と猛烈な気圧変化。



「うわ!」


とっさに身をそらして、飛んできた『何か』をギリギリかわした。

僕の前髪が数本、先輩の前にパラリと落ちる。


「……何が飛んできた?」


「いや、なにも……風?」


思わず顔を見合わせる。


真横の窓枠がバチリ、と鳴った。

とっさに振り向くけど、特に何かがぶつかったようには見えない。


ガラスの向こうで、綺麗に真っ二つに分断された木の葉が、ひらひらと力なく落ちていった。


「……か、かまいたち、とか?」


先輩が呆然と呟く。

マンガとかで見たことあるやつだ。マンガとかで。



「いま、撮ったやつ、出しなさい!」



頭上にスッと影が差して、明朗な声が、すぐ真上から聞こえた。


白いジャージを着てまなじりを吊り上げた女子が、茶色の髪を風の中で躍らせ、窓枠に仁王立ちしていた。右手にはラクロスのラケット。

突き出した左手は、僕の持つ一眼レフに向けて。


ちなみに、ここは四階の廊下にある、ちょっとした飲食スペース。


背後と階下から、ざわざわと、ものすごい量のざわめきが聞こえてくる。


「……いや、なんかもう、あまりにも人間社会に馴染む気なさすぎて、その潔さにびっくりだわ」


先輩がぎこちなくコメント。

僕はそれにうなずくことしかできない。


「しらばっくれるつもりなら、通報するよ!」


「ああ、いや、違います、消します!」


慌てて一眼を操作する僕。

その女子は次に、先輩が左手で持っているスマホを見て。


「そっちも!」


「は? いやこれは別に」


先輩が反射的に答えるなり、むっとした女子は、肘を立てて手刀を構え、


「スマホと一緒に、細切れになりたいかー!」


勇ましく叫んで、腕を振る――


すぱん、と先輩が右手で持ったままだったシャーペンが、グリップのところから綺麗に斬れた。


「わ、ちょい待て、違う! なんつーか、ほら、あれだ」


先輩はじりじりと後退しながら弁解して、


「あ、ほら、これだ!」


同じように肘を立てて手刀を構え、腕を振り、


ぽふん、と間抜けな空気音。


騒ぎを聞きつけ遠巻きに見ていた群衆が、小さくざわめく。

顔を真っ赤にした先輩が奥歯を噛み締めて、ぎりりと悔しげに鳴った。


「……おい、お前やれ!」


「ええ、もしかして先輩、今の」


まさか、真似したつもり?


「この至近距離でぶっ放すわけねーだろが、加減したんだよ! つか、見えないものかそういう曖昧なものは苦手なの俺!」


「ああ、うん。確かに、身近なもののほうが扱いやすかった」


「だからってあそこでお子さまドッジボールはねぇよ」


「ねぇ、なんの話?」と茶髪女子。


そうだった。

僕は操作を終えた一眼レフを「消えてるか確認して」と言って女子に手渡してから、今の一連の騒動で床に落ちたノートを拾い上げた。真ん中らへんで1ページ切り取って、ひょいと宙に投げ、同じように肘を立てて手刀を構え、腕を振る。


ごぅ、と唐突に巻き上がった突風が、その紙切れを廊下の先へと吹き飛ばした。


「なるほど、切るのって難しい……」


ぼやく僕に、


「わあああー!」


事態を理解したらしい女子が、歓声をあげて僕の手を取る。


遠巻きに見ていた群衆が僕を指さし一層ざわめく。

僕は、そこでようやく、他人の目があったことを思い出した。


「あ、すんません先輩、入学早々に大公開しちゃいましたね」


「ほんとだよ、どーすんだよコレ……」


「うーんと、とりあえず、」


僕は女子の手にある一眼レフをチョコと交換し、先輩の手からスマホを取り上げ、テーブルの上のシラバスとノートをしまって、バックパックのバックルをカチンと留めて、肩に背負って。


「――撒く!」


二人の手を引いて、群衆の間を抜け、廊下を駆け出した。


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