その10.探偵ごっこしよーぜ!
「世間の平和を守る活動がしたい!」
昼食を終えたばかりの昼休み。
唐突に、翠さんが元気よく立ち上がって、そう声を張り上げた。
「敵どうすんの?」
ビニル袋の口を結びながら僕が聞くのに、
「能登さんになんかない? って聞いてこいよ娘さん」先輩が食後のせんべいをかじりながら言う。「一般人が倒しても問題ない相手で、そのあと騒ぎにならないヤツ」
「うーん、それはなかなか居ない気が……」
考え込む僕の横、
「ノトさんって?」
スマホをいじっていた恩戸くんが聞く。
「翠の保護監察官」
せんべいの最後のひとかけらを口に放り込んだ先輩が、しれっと答える。
「ちっがーう!」
翠さんが真っ赤な顔でパンプスをだすだす踏み鳴らす。
翠さんと先輩が甲高い声でなにやら口論を始めるのをぼんやりと眺めつつ、僕が答えた。
「翠さんちのご近所の派出所の、警察官だって」
「あーなるほど」
数回うなずく恩戸くん。
「分かった! 偶然、現場に居合わせればいい!」
ひらめいたらしい翠さんが、満面の笑みで両手を振り上げる。
「……うん?」
「だから、ここにちょうどよく首席くんがいるでしょ。キミ、今から、難事件を解決する探偵役ね!」
満足そうにご指名をした翠さんは、それ以上の説明をする気がないらしく口を閉じてしまう。
「……え? で、どうやって現場に居合わせ」
僕が言いかけるのを遮って、
「なるほど! ――見た目は、子ども!」
満面の笑みを浮かべ、ぽん、と先輩の頭部に手を置く恩戸くん。
穏やかな笑みを浮かべる先輩。スニーカーをはいた右足が音もなく引き上げられる。足首付近で、ばちりと謎の電気が散る。
「え、ウソそんなこともでき」
恩戸くんがうれしそうな顔をしながら慌てて飛び退るけど、あっけなく蹴り飛ばされて、全身から白い煙を上げて地面に伏せることになった。
***
『怪しい現場を発見した! 至急急行されたし!』
と言う意味の分からないメッセージが翠さんから届いたのは、その翌日のことだった。
「古代文明の遺跡かも、って最近、噂になってるんだよ! ほらここに煮炊きの跡!」
飛び跳ねる翠さんの横、じっくりと現場を見回した恩戸くんが、冷静に返す。
「新しすぎだろ。どう見ても、ただの学生の火遊び」
「ええーそんなぁー」がっくりと肩を落とす翠さん。「なんかの事件現場って可能性はー?」
すっかり鑑識気分の恩戸くんが、すっと目を細める。
「……暴力現場の可能性は、あるなぁ」
「ええ、まじで?!」
よし、とおもむろに地面にしゃがみこんで、膝をつく恩戸くん。
神妙な顔で湿った地面に触れる。
大きくひしゃげた自転車を蹴り飛ばすように付いた、スニーカーの靴あと。
何かに引きずられたか押されたかしたように、長く直線状に付いた靴あと。
何か鋭利な刃物で切られたような、まだ新しいペットボトルの一部。そのすぐ近くに散らばる、刃物と思しき金属の、細かい破片。
自然な劣化ではなく、一部分だけが不自然にえぐれた、校舎の外壁。
それらを順に指さして説明する恩戸くんと、そのたびに目を輝かせてうなずく翠さん。
「……」
僕は黙って、隣に突っ立っている先輩の様子をうかがった。
無言、無表情だった。
……そう、ご名答。大正解。
この場所は。
「あ、柵と花壇も壊れてるな」と恩戸くん。
僕と先輩がバトった跡地だ。1・2話参照。
ねぇ、と僕が呼びかけるのに、恩戸くんが振り向く。
「ちなみにこれってさ、壊した人見っけて弁償させんだよね?」
「まぁそうだろね。小学生がふざけて窓ガラス割ったとかいうレベルじゃねぇし、大学は払わないだろ。かといって学内の問題じゃ、警察沙汰にしたくもないだろうし」
恩戸くんの右足が、錆びた空き缶をぐしゃりと踏み潰し。
「で? もう、推理ショー、始めていいのか?」
翠さんではなく、僕のほうを見たままそう言って、ゆっくりと目を細める我らが学年首席様。
……あ、これ、やばいやつだ。
ていうか、証拠残しすぎだよ僕ら。いやだってまさか、こんな人気のないところで、こんな推理されるとは思ってなかったし。
「えー、犯人わかったの、だれだれ? 知ってる人?」と翠さん。
「さぁて――誰だろうな?」
こっちをまっすぐに見て、にんまり微笑む恩戸くん。
「せ、先輩」
先に自首するか、何言われてもしらばっくれるかの二択を決めかねて先輩を呼ぶと、
「行くぞ」
振動したスマホを取り出し、画面をちらっと見下ろした先輩が唐突に踵を返す。
「え、どこに?」
返事はなかった。




