その1.異能バトル、始めました。
オリエンテーションを終えて、連れだってぞろぞろと講義棟を出るなり、僕のスマホが鳴った。
梅干しおにぎりのアイコンがくるくると回る。
『入学おめっとー。ランチしよーぜ\(^o^)/』
先輩からだ。
「ごめん、僕ここで抜ける」
さっき互いに自己紹介をしたばかりの新入生仲間に断って、僕は駅へと向かう人の流れから外れた。
添付されていた位置情報を頼りに、馬鹿みたいに広いキャンパスを北に向かう。
赤レンガの石畳をしばらくうろついて、
「あ、いた。先輩ー、」
ぽかぽかと陽のあたるベンチの上、のんびり寝そべっている先輩を見つけて声をかけた。
先輩が顔の上に開いて載せていた本がもぞっと動く。大学生協の紙カバーがついた文庫本。
「おぅ」
その下から、くぐもった応答。
腹の上の丸まったトラ猫が、不満そうに僕を見上げる。
「先輩それ何読んでるの、お決まりの長文タイトルラノベ?」
「……このページの上にある文字列を数えてから言え」
「主人公だから多少は平気」
さておき。
「ここで食べるの?」
「いんや?」
首を振り、文庫本を両手で閉じる先輩。ベンチの肘置きから両足を下ろし、ひょいと立ち上がる。
「メシの前に、」
とつぜん放り出されたトラ猫が、みー、と鳴いて走り去る。
珍しいことにその様子をいっさいスルーした先輩は、ポロシャツの袖を肩までまくり上げて、くるりと僕に向き直り。
「出せよ」
ずいと、挑発的な手招き。
途端。
ごう、と砂塵が空高く巻き上がった。
僕らの周囲、半径一メートルくらいの範囲で、足元の雑草がぶちぶちと切れる。そこらのゴミや木の葉や細枝と一緒に、勢い良く青空へと舞い上がった。
足元の赤レンガがガタガタと鳴る。
電線が縄跳びのように大きく揺れ、鳥たちが一斉に飛び立った。
僕は――その突然の天変地異を眺めて。
――ただ、ゆっくりと目を細める。
威圧的な空気が、僕の全身に襲いかかる。全身の皮膚が、衝動にちりちりと痛む。
覚えのある感覚だ。
先輩は、僕の反応を――あまり動じていないその様子を見て、にんまりと満足そうな笑みを浮かべる。
「進学おめでとう、先輩からのプレゼントだ。――ほら、コーコーセーだと暴力事件で退学とか推薦剥奪とかありえるから遠慮してたんだけどな、もういいだろ。お前も実家出たし、ウチの大学ゆっるいし」
答えない僕に、先輩は催促するように肩を揺らして、好戦的に笑う。
「異能バトル、しよーぜ」
そう言って、ポケットにつっこんでいた両腕を引っこ抜く。
その手に握られていたのは、大量のBB弾。
「先輩エアガン持ってましたっけ?」
「いんや? こないだ小学校の校庭で拾った」
「何してるの」
「いんだよ。エアガンなんてなくったってなぁ!!」
先輩が両腕を広げると、黄色いブラスチックの弾丸は、手品みたいに宙に浮いて先輩の周囲に広がる。
僕は――ふぅと息を吐いて、少しうつむく。
さっきから、メガネのレンズに細かな砂粒が当たって、カチカチと鳴っているのが煩わしい。
だから、僕は片腕を横に振った。
先輩が巻き起こした全てを振り払うように。
直後。
周囲に舞い上がっていたものが全て、急に生気を失ったかのようにぱらりと落ちてくる。
BB弾も。
「痛って」
自由落下した黄色い弾丸は、次々に先輩の頭に当たった。
「あ、ごめん」
そして――
僕ら二人は、草木の鬱蒼と生い茂る、酷くじめじめとした草地に立っていた。
枝葉の間から差し込む薄暗い日差し。
辺り一帯の木々が、ざわざわと不穏な音を立てる。
「……ふぅん?」
ゆっくりと首を回して、一瞬で変わった周囲の光景を眺めた先輩は、
「俺の見込み違いじゃなかったようで、良かったぜ」
僕の前に仁王立ちしたまま、満足そうに腕を組んだ。
作業BGM:05410-(ん)/RADWIMPS