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02 カルロスとゼロワン





「うっ……負けたぁぁ〜〜!!」



「よし、よしよしよしよしよしよしッッ!!!」



全力でガッツポーズを繰り出すと、地面に跪き悔しがる晴海を見た。

でも、勝てたのは奇跡に近かったからな…。

晴海は前半はそれなりに良い成績が続いていたが、徐々に調子が悪くなり合計844点。

俺は前半こそ晴海の勢いに押されていたが、その後を見事に反撃を決めて合計861点。

点差は17点。もし4ラウンドの奇跡のダブルブル2連発が無ければ間違いなく俺は負けていただろう。



「次は…次は負けないよ!兵貴君!」



「いいよ、来いよ!次は僅差じゃなくて、もっと差を広げてやるからな!」



「私はこの差をもっと縮めるから覚悟しておいて!」



「よかろう!貴様の挑戦、受けて立つッッ!!」



それから一瞬だけ沈黙が訪れた後に、俺達は大声を出して笑い合った。こんな風に、俺達ダーツ部は和気藹々と活動をしている。

『競い合っても啀み合いはしない』。この鉄則は2年生の先輩達と俺達一年生が四月、部活を作った時に決めた『ダーツ部五箇条の御誓文』の内の第3条だ。

部員の誰かにカウントアップで負けたとしても、大会で負けたとしても、決して嫉妬せずに相手を敬い、更なる高みへと押し上げる為に努力するという意味が込められている。



「よし、それじゃあもう一回やる?時間もある事だし!」



「おう、今度も勝つぞ!」



ドォンッ!!



2人で睨み合っていると、勢い良く理科準備室のドアが開かれた。



「遅くなってごめんね!」



戸を開けて入ってきたのはダーツ部の先輩、2年の狩露かるろ 蓮子はすこ先輩だった。蓮子先輩はこのダーツ部の副部長で、先程言った物理の授業で居眠りしていた所為で説教受けたという例の人だ。

艶のある後ろで束ねた紺色の髪、クリッとした瞳、病的なまでに白い肌は年齢より何歳か幼く見える要因となっている。

身長も同級生と比べて低く、俗に言うロリ体型なのだがダーツの腕は一流。天真爛漫な性格で交友の幅も広いらしい。親しい友人が両手で数えれる俺と比べればまるで雲の上の存在だ。



「あ、狩露先輩こんにちは」



晴海が席を立ち挨拶したのに続いて、俺も蓮子先輩に礼をした。



「いやー、説教が予想以上に長引いちゃってねー?」



「居眠りも程々にしてくださいよ?物理はそれなりに重要な科目ですし。蓮子先輩、確か物理、化学は特に苦手なんですよね?」



「うーん……それは分かってるんだけどねぇ…なんか退屈しちゃうもーん!」



退屈云々言ってる場合ですか…。

因みに蓮子先輩の事を俺は普通に名前で蓮子先輩と呼び、晴海は何故か苗字で狩露先輩と呼ぶ。何故苗字なのかは謎だが、何かしろ理由がある筈だが……まぁ、いいか。

蓮子先輩は俺の右側の席に座った。蓮子先輩は背負っていたバッグを下ろすと、その中からダーツケースを取り出した。

蓮子先輩のダーツケースはまるで警官が装備している拳銃のホルスターのような物だった。赤く着色された革の表面にはとても丁寧な刺繍が『Hasuko』と筆記体で施されていた。



「そうだ!狩露先輩も来た事だし今度はゼロワンでもしませんか?」



「お、いいねー!よーし、やっちゃうか!」



ゼロワンか……。晴海も良い事を提案しやがるぜ…!

ゼロワンというのは301、501、701という点を誰が一番早く0ピッタシにするかというそれなりに簡単なゲームだ。

ピッタシと言うのだから本当に『ピッタシ』にしなければならない。人生ゲームや双六のように上がりまでの数より上の数を出してしまい、上がれないという感じになってしまう。

この現象をバーストと呼び、もし超えてしまった場合はそのラウンドの始まった時の点に戻ってしまう。その為、いかにバーストせずに0にするかの技量が問われるゲームとなっている。



「えっと…順番は蓮子先輩から晴海、俺という感じでいいですか?」



「オッケー!」



「私も大丈夫だよ!」



「持ち点は……301で良いですかね?」



「構わないよー!それじゃあ、早速やっちゃっていい?」



「はい、それではどうぞ」



俺の催促を受けて蓮子先輩は席を離れ、スローラインの前に立った。その瞬間、蓮子先輩の空気が変わった。先程の明るい雰囲気が何処へ行ったか、顔からは笑みは消えて真剣な表情となった。

蓮子先輩はダーツケースからダーツを一本取り出した。

チップはショート、バレルは癖が無いのが特徴の扱いやすいルピード型、シャフトは前代の晴海の物と同じEXシャープ、フライトは直線的な軌道を描いて飛ぶスリムを使用している。これら全ては鮮やかな朱色に塗装されており、どこか幼いような雰囲気を纏っていた。



「………よし…!」



蓮子先輩は次にスタンスの体勢を作った。

ボードに向き合うように立ち、正面からダーツをリリースする、これがオープンスタンス、正面型だ。

同じ角度に投げやすいが、前傾姿勢がとれない故にボードから遠ざかってしまう為このスタンスを取り入れる人は珍しい。

しかし、流石は蓮子先輩。この体勢でも狙った場所にストッと命中させるのだから、凄い。

次にスローイング。蓮子先輩のスローイングは従来の物とは少し違う。とは言っても俺程ではないが。

本来、ダーツを引き寄せるテイクバックは肘を軸として手を扇型に動かすのだが、蓮子先輩は腕全体を使う。腕を振り上げ、振り下ろすという独特の物だ。

蓮子先輩は一度浅く呼吸をすると、腕を振り下ろした。



「……てやッ!」



蓮子先輩のダーツは華麗なる軌跡を描き、ダーツボードの丁度中心、50点のダブルブルに命中した。

やっぱ凄い命中精度だな…。尊敬するぜ……。



「ご立派ァ!!」



「ありがとうー!」



「ナイスです!」



一見自暴自棄に投げているかと思うようなリリースだが、しっかりと命中している…。やはりそこが蓮子先輩の技量の多さを物語っているのだろう。



「よーし、それじゃあ次も投げるねー!」



「あ、はい。どうぞ」



蓮子先輩はブレザーのポケットからダーツケースを取り出すと更にダーツを2本取り出した。いずれも先程のダーツと同じ組み合わせで、赤く塗装されている。

蓮子先輩は此方をチラリと見ると何か企んでいるかのような悪い笑みを浮かべた。特攻が2段階上がりそうだ。

蓮子先輩、一体何するつもりだ?



「よーし……!」



蓮子先輩は先程のように腕を振り上げ、テイクバックの姿勢をとった。そこから蓮子先輩は一拍置いた後に腕を振り下ろし、リリースした。

ダーツはまるで放たれた弾丸のように一直線を描いてダーツボードの丁度下、3のダブルリングに刺さった。

少し狙いがズレたか?蓮子先輩らしくない。



「ふっふっふっ……」



ん?何でまだ腕を振り下ろしたままなんだ?それに……右手にはまだ一本ダーツを握っているままだしな……。



「ほいっ!」



ダニィ!?

蓮子先輩は腕を今度は下から上へ振り上げた。その拍子にダーツは宙を飛び、13のトリプルリングに命中した。

ハハハ……流石は蓮子先輩、と言うべきか?少し外れたのも単なるミスではない。本来一投に注ぐ筈の集中力を分散してしまったが故に少し標準がブレたのだろう。



「どうだー!蓮子考案、2本投げだー!」



「は、はぁ……。」



「ナイスゥ!!と言うべきなんでしょうかねぇ……」



晴海は返答に困り、俺は流石と称えていいのかすら分からなかった。

というか投げた後の余韻、フォロースルーってそれで良いのだろうか?腕を上に突き上げてるが、それでどうして狙いが定まるのかが不思議でたまらない。



「どう!?尊敬していいよ!」



「これは……普通にブラボーです!」



「ディ・モールト ベネ(非常に良い)ッッ!!」



俺は晴海と共に蓮子先輩へと賞賛の拍手を送った。蓮子先輩は照れ隠しの笑いを浮かべながら拍手に手を軽く振って応えた。



「さて……これで狩露先輩の1ラウンドの合計はダブルブルと3のダブルリングに13のトリプルリング、という事は……50に6に39で95点!301-95で残り206点です!」



「やったー!」



「お見事ォ!」



206点か……。流石蓮子先輩、俺達に出来ない事を平然とやってのけるッ!そこに痺れる憧れるゥ!にしても、2本投げなんてアクロバティックな事するな…。アイテム所持してるなら燕返しの方が効果的なんだよなぁ…威力も高いし必中だし。



「さて!次は誰かな?」



「あ、はい!私です!」



晴海が手を挙げた。確か順番は晴海の次に俺、始めに戻って蓮子先輩だった筈だ。このループは何回続くだろうか。一応直ぐ終わるように、と持ち点は301にしておいたが、かえって長くなってしまうのではないのだろうか?

大きすぎると減らすのに時間が掛かり、少なすぎると過数の調整に時間が掛かる。それなら701点にしとけば良かったな…。失敗した。



「よし…!」



晴海は小走りでスローイングラインへ向かった。 蓮子先輩はダーツボードに刺さったダーツを引き抜くと晴海と入れ替わるようにして俺の隣の席に座った。



「ねぇ、改めて聞くけどどうだった?私の二本投げ!」



「はい、凄いと思いました」



俺の小学生並みの感想に蓮子先輩は微笑んだ。



「でしょでしょ!?毎日家で練習した甲斐があったー!」



「ほう…あれは辛い訓練の賜物、という訳ですね?」



「うん!中々実用品もあるから、習得出来て良かったと思ったよ!」



うんうん、やっぱりあんな人間業とは思えない芸当を目の前でされると度肝を抜かされてリリースに集中出来なくなるから便利………て、ん?



「もしかして蓮子先輩……実践で二本投げするつもりですか?」



その瞬間、俄かに蓮子先輩の身体が強張った。



「あ、あはは……そ、そんな事する訳無いじゃないかー!兵貴君!」



「図星ですね?」



「うっ…!」



「フフフ……ぐうの音も出ませんか?」



やったぜ。完全制圧完了!此方の被害は0だ!これより帰投する……事は出来ないようだ。蓮子先輩から俺に対する悔しさが滲み出ている。反撃が来るか?



「う、うるさーい!あんな変なスローイングするクセに!」



やっぱりな。というか、痛い所を突いてくんな…!



「なっ…!蓮子先輩だって俺と同類じゃないですか!あんな肩を使うスローイングなんてまさしく異形ですよ!」



「私もおかしいとは自負してるけど、兵貴君程じゃなーい!」



「ぐふゥ!?」



俺が豆腐のようにデリケートな心に甚大なダメージを受けたと同時に晴海は三本目のダーツを投げた。華麗な弧を描いた晴海のダーツは11のダブルリングとトリプルリングの間のシングルに刺さった。

ナイス…だ……晴海……!冥土の土産に…良い物が出来……た……。

俺は力尽きて床に倒れ込んだ。今日二度目のダウンだ。



「いいよ、流石ー!……で合計は、と…」



俺は身体を捻ってダーツボードに目をやった。よし、ちゃんと三本刺さってるな…。んで、肝心の点数は…。



「えっと……今の11と13のトリプルと4のダブルで合計58点!つまり……残り243点!」



「う、結構差が開いちゃった…!」



「いや、まだ分からんぞ?」



「そうだよー!まだまだ勝敗が決まった訳じゃないし!」



そうだ。ゼロワンの醍醐味は点を削る事ではない。バースト分の余った点をどう調整するかがミソなのだ。

例えかなりの点差を広げていても余りの点を上手く消化出来なければあっという間に差は僅かになり、ジ・エンド。そんな事はザラではない。俺もそうやって何度晴海や先輩方に一泡吹かせられた事だか……。



「よーし、次は……兵貴君!」



「おっしゃぁぁぁぁぁッッ!!」



俺は席を勢い良く立ち上がると、スローイングラインの前に立った。








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