01 いつも通りの日常
今日のダーツ部の部室、兼理科準備室はいつもより静かだった。4人居るはずの部員が今日は2人しか居ないからだ。
2年生の部長は生徒会の書記とダーツ部を掛け持ちしている為、今日はそれ関係の仕事があり、遅れる。そしてもう1人は…今日の物理の授業で居眠りをしていた為、教師にコッテリと絞られているらしい。ご健闘を祈るばかりだ。
今、この部室に居るのは俺、1年生の下平 兵貴と同級生の真葛 晴海だけだ。
俺は机に置いたマムシの標本から、机を挟んだ向かいの席に座る晴海に目線を移した。
晴海は自分のダーツの矢の先、チップ部分の鋭く尖った先を見つめていた。
肩まで伸びた絹のような黒髪に、少し冷静さを含んだ瞳、白く透き通るような肌に整った顔立ち。胸が少々残念だが、かなりの美人という部類に入るだろう。
野郎共からの人気も高いのだが、一体何故こんなマイナーな部活に入ったのだろうか?
「ねぇ…兵貴君。このまま何もしないのも何なんだし……何かしよう?」
「お、おう!そうだな!」
うーん……2人しか居ないし、出来るだけ長い時間出来るの……よし、あれをするか!
「よし、カウントアップでもするか!」
「うん!」
晴海が俺の提案に賛成した所で、カウントアップについてちょっと説明をしよう。
カウントアップというのは、ダーツの中でも比較的シンプルな上、自分の実力が一番把握しやすいゲームだ。
カウントアップ一投ごとに点数を付けていき、8ラウンド、合計24投の点数で勝敗を決めるという至って簡単なゲームだ。
今日はまったりと部活をやりたい気分なので、丁度良いと思った。
「で、先攻はどっちにする?」
「あ、それじゃあ晴海からお願いしまーす」
「了解!」
晴海は机の上に置いていた高級感のある革製のダーツケースからダーツを2本取り出した。ダーツはとても丁寧に2本共、手入れが施されていた。
それに先程のダーツも加えて3本になった。晴海はその中の一本を右手に持ち替え、残りの2本を左手に持った。
晴海は席を立つと、壁に掛けたダーツボードの前の線、スローラインまで移動した。スローラインとはスローイングする地点を示す、座標のような物で、距離はダーツボードから244cmと厳格に定められている。
因みに、床からダーツボードまでの高さも定められており、ダーツボードの中心、ブルから173cmとなっている。
「よし、それじゃあ記録はこの裏紙で良いか?」
俺はバッグから先程配布されたプリントを取り出した。それを机の上に乗せ、印刷されていない面に『下平』と『真葛』と書いた。簡単なスコアボードだが、不足は無いだろう。
「うん、オッケーだよ!」
晴海は右手でグッドマークを作ると、スタンスを整えた。スタンスというのは足の構え方で、これによって身体を固定する。晴海のスタンスはミドルスタンス、ダーツボードに対して斜めに立つスタンスだ。最もオーソドックスなスタンスで、大会などでもよく見かける。
背骨は伸び、脳天から股までが綺麗な一直線になった。
「ふぅ……」
晴海の目の色が変わった。完全にスイッチが入った。本気モードだ…!
晴海は次に、テイクバックに移った。テイクバックはダーツを引き寄せ、リリース、投げた際の速さを加える為の動作だ。テイクバックも無しにダーツをリリースでもしようとすれば、ダーツは明後日の方向に飛んでいくだろう。
「すぅ……」
晴海は深呼吸を一つすると、無駄の無いリリースでダーツを放った。スタンスからリリースまでの一連の動作はまるで研ぎ澄まされた日本刀のように練成されており、最早芸術品の域だった。
ダーツは勾配の低い放物線を描くと、ダーツボード左斜め上の12のポイントリングの内側の。シングルに刺さった。
シングルというのは読んで字の如く、そのポイントリングの点数分が入る部分だ。これがダーツボードの大半を占めている。
「………あれ?」
俺はダーツボードに突き刺さったダーツを見て、ある事に気が付いた。ダーツの長さが昨日よりも長くなっている。
あっ……晴海のヤツ……!俺は直ぐにその理由を察した。
「晴海…お前、シャフトをミディアムに変えたな?ダーツが長くなってるし、軌道が綺麗になってる」
「あれ?やっぱり分かった?」
「当たり前田のクラッカー!数ヶ月くらいお前のダーツを見てる俺を舐めてもらっちゃ困りますぜ!」
シャフトというのはダーツの矢の軌道を左右する重要な部位だ。ダーツの中心部のバレルと後方のフライトの間にある。
それに……見た感じアルミ製だろう。素材とサイズにより、ダーツの重心が変わってくる為、ダーツ自体のバランスも大きく違ってくる。
昨日までは力強いシャープな飛びが特徴の短めなシャフト、EXショートを使っていたはずだが、今日はシャフトの中でも一番長い種類であるミディアムを使用している。
ミディアムといった長いシャフトは比較的、コントロール性が向上し、安定感を得る事が出来る。
「さてさて、それじゃあ……もう二投!」
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「…………ッッ!!」
最後の一投は綺麗にダーツボードの3つある輪の中央の輪の上に命中した。そして……ポイントリングは最高の20!その上、2つ目の輪はトリプルリングと呼ばれる物で、ポイントリングの点数×3が得点になる…!
それに2回目のリリースは何とダーツボードのど真ん中、ダブルブル……つまり50だった。つ、つまり……
「………7、60、50……合計、117ァァァァァァァッッッ!!!???」
「やったやった!自己最高記録更新!!」
「オイオイオイオイ!!こんな記録、トップクラス選手の大会でも見かけないぞ!?」
うわぁぁ……!!これはダーツバーとかで出すべきだったな晴海ィ…!俺は晴海に尊敬と微かに哀れみが入った視線を向けた。
ダーツバーや漫画喫茶など、そういった場所に置いている、エレクトロニックダーツという機械。これは多くの人が目にした事があるだろう。
これはダーツボードに当たった地点で点数を計算し、合計を計算してくれるという何とも便利な機械だ。是非、我がダーツ部にも導入したいのだが…予算が、ね?
「DARTSLIVEカードに記録しときたかったね…!うぅ……何だか記録に残らないって、悔しい!」
DARTSLIVEカードというのは何と、エレクトロニックダーツで出た得点を記録するという、途轍もなく凄いカードなのだァァァァァァァ!!!
まぁ、兎にも角にもDARTSLIVEカードは得点を記録し、それをダーツ仲間に自慢出来るのだ。勿論俺も、晴海も持っている。DARTSLIVEカードには様々な種類があり、俺のDARTSLIVEカードには狙撃手が雪野原で1人、立ち尽くしている絵がプリントされている。
晴海の物も見た事があるのだが、可愛くデフォルメされた赤い竜が羽ばたいている様子が描かれていた。
「まぁまぁ…お前の最高得点は後の世代まで語り継ぐから、多分大丈夫だ!」
「うん……」
「よし!次は俺の番だ!」
俺は制服の上着のポケットから、自分のダーツケースを取り出した。
アルミ製の銀色の無骨なデザインで、表面には整った薔薇の刻印が刻まれており、まるで1つの芸術品のような風格を持っていた。このダーツケースは祖父から受け継いだ物で未だに大事に使用している。
俺はダーツケースの蓋を開け、3本のダーツを取り出した。
「おっ……やっぱりそれで固定するんだ?」
チップ部分は長いロングで、バレルは太くて短く、前方に重心が傾きやすいのが特徴の砲弾型でダーツボードを狙い撃つという心持ちから、スナイパーライフルの装飾が施されている。一番後ろのシャフト部分はハートのような形にしており、シャフトはショートとミディアムの中間の長さのインビドウィンにしている。
この組み合わせは俺がダーツを始めた頃からずっと固定しており、このセットを変えた事は無い。ダーツを3本の指で持った。
「これが一番俺に合うのだからな……」
俺はスローラインの前に辿り着くと、一歩足を退いた。そして、俺は何時ものスローングの体勢を取った。
腰を曲げて身体をまるで海に沈み込ませるかのように低くする。 心を落ち着かせて腕から力を抜く。余分な力を入れてしまえば軌道がブレるからだ。
そう、こんな頭がおかしいのが俺のスタンス。これを大会などですれば参加者は勿論、審査員なども目を大きく見開き、驚く。
そしてテイクバック。足を強く踏み込んでダーツを持った右手を後ろに伸ばす。その姿勢は野球の投手のアンダースローのフォームを連想させる。
そして、しなりを付けるように腕を振りかぶって、ダーツをリリース!
俺の手を離れたダーツは一直線を描いてダーツボードに突き刺さった。命中点は中央、ダブルブルより少し外れたブルだ。得点は25。
異形だと思うが、これが俺のスローイングだ。このスローイングでなければ標準は定まらず、命中精度は格段に落ち、運良く当たったとしても理想とは程遠い地点に命中するだろう。
「お見事!」
「おう、サンキュー!」
「にしても、やっぱりスローイングが特殊だね……。どうしてそんなスローイングになったの?」
「うーん……それはな……命中精度を上げる為に改良を重ねていたらまるでサイドスローみたいになった、からか?」
基本的にリリースは腕を上から振り下げるようにするのだが、俺の場合は横から地面と水平に腕を振ってリリースする。
自分でもこのフォームは変とは自負しているんだが、ねぇ?中々矯正出来ないんだよなぁ…。
「よし、それじゃああともう二投やっちゃって!」
「イエッサー!」
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「ぐっ……点が届かないだぁ……。33-4レベルだ……!」
結果は先程のブル、25に加えて、20のシングル、5のダブル、合計50。このラウンドは大惨敗。
う〜〜ううう あんまりだ… H E E E Y Y Y Y あァァァんまりだァァアァ!!!AHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOOHHHHHHHH!!
「コラコラ、2005年の日本シリーズの事を出さないの!傷付いちゃう人も居るんだから…!」
「そ、そうなのか?」
「当たり前でしょ!あの年はまさしく、黒歴史と言っても過言ではなかったの!分かる?」
「お、おう……」
「さて、それじゃああと7ラウンド!頑張ろう!」
「よ、ヨォォォォォォシィッ!!来いよォォォォォォォ!!!」
今日もダーツ部はグダグダながらも、現在進行形で頑張ってます。