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⑭大角

 長かった戦いも、ようやく最終回。

 卒塔婆そとばのアルファベットを執拗に描写していたのは、今回のためだったりします。

 大八車だいはちぐるま……ゴホン、〈コリカンチャ〉の超絶変形をぜひご覧下さい。 

 一三本のトウモロコシは垂直に飛翔し、王様の腹にめり込む。地鳴りを呼ぶほどの爆発的推進力は、巨体をロケットのように打ち上げた。

 ぐんぐん上昇する飛行機雲が、天地の間に白い柱を建てる。月の底まで突き刺したトウモロコシたちは、急速に白煙をしぼませ、王様をウサギの真ん前に放り出した。

 突発的な隕石が天球を斜めに切り裂き、怪獣サイズの巨体がソフビ大に見える距離に落ちる。遠方からやって来た震動が浅く車体を揺らすと、大分減衰(げんすい)した墜落音が鼓膜を叩いた。


 大きく弾んだ王様はそのままバウンドを開始し、地平線のお膝元へお膝元へと転がっていく。跳ねた拍子に後転した巨体は、バク宙しながらショッピングモールへ突っ込んだ。

 壁に炸裂した尻尾が大穴を空け、六階建ての鉄筋コンクリートが激しく震える。ショーウィンドーは木っ端微塵に砕け散り、陳列していたソファやベッドを路上にまき散らした。元々、ウィンドーショッピングに望遠鏡が必要な距離だったが、ますます買い物がし辛くなってしまった。

「さてさて、今回は救いの手を差し伸べてもらえちゃうかな?」

〈ダイホーン〉は狼煙のろしのような土煙にカメラをズームさせ、王様の容態を確かめてみる。

 銃剣の切創、

 トウモロコシにくぼまされた腹、

 そのままだ。

 献身的な修理班は出て来ない。


「いよいよレマーテのお時間だ」

 逆さまの王様を見据えた〈ダイホーン〉は、卒塔婆そとばに備わったタイピンを「I」から「O」の目盛りに一段上げる。

 もう言うまでもないが、「レマーテ」とはフラメンコの用語で、「終わり」や「区切り」を指す。様々な状況に使われる単語で、歌詞の最後の一節を示す場合もあれば、踊りの締めを言うこともある。

怨幽阿魔阿苦終オンユアマークス

 延髄の走馬燈から解放されたエネルギーが、〈ダイホーン〉本体、人力車へと充ち満ちていく。霜降り状の流動路が今まで以上に輝きだすと、太陽を直視したような痛みが目を襲った。磨き抜かれた表面が光を写し取り、金色こんじきの車体が青く染まる。

 全体にエネルギーが行き渡ったことを確認した〈ダイホーン〉は、卒塔婆そとばのツマミを最上段の「D」に跳ね上げた。チーン! と辛気臭く鈴棒りんぼうが鳴り、読経どきょうが王様に最期の時を告げる。


出痛怒秘遺屠デッドヒート

〝P・E・R・I・O・D〟

 一音ずつ読み上げる電子音声に同調し、卒塔婆そとばの目盛りに記されたアルファベットが一つずつまたたく。最上段の「D」に到達した瞬間、白一色だった光は赤、橙、黄色、緑、青、紫を加えたローテーションに変化し、上から下へ下から上へと駆け巡り始めた。

秘離悪怒ピリオド 痛波苦阿魔瑠トゥパク・アマル 烈痛業レッツゴー

 幕引きを命じられた人力車は、突進寸前の猛牛のように身震いを始めた。

 左右の銃剣が帯のようにほどけだし、間に収まっていた〈ダイホーン〉をす巻きにしていく。二丁だったそれは三つ編みのように絡み合い、一本の大砲を作り上げた。おあつらえ向きに、車体の尻からウシの尻尾そっくりな導火線が垂れ、青い炎をともす。


 やにわに球状の関節を角張らせた六本脚が、先端のかぎ爪を足場に食い込ませる。敵を投げ飛ばすクワガタのようにぐっ……! と踏ん張ったそれは、適切な射角まで砲身を押し上げていく。砲門を縁取ふちどる水牛が王様を睨み付けると、六匹分集束した光線が標的の眉間を照らした。

 照準を合わせた途端、砲身の内面を映すばかりだったモニターが、大砲を囲む風景に替わる。外部の状況を把握出来るように、周辺の監視カメラで捉えた映像に切り替えたらしい。


「ラストダンスだ」

 我ながら歯の浮くセリフを吐き、〈ダイホーン〉は目一杯反らした両手を叩き合わせた。

 銃声まがいの轟きが砲身内に響き渡り、耳の奥を射る。刹那、導火線の尻尾を焼き尽くした炎が、大砲の「ランプ肉」をあぶった。

 苛烈に閃光を発し、一瞬の一瞬、全天のきら星を掻き消す砲門。

 東西南北、夜景の隅々まで駆け抜け、窓と言う窓を叩き割る砲声。

 発射の衝撃に耐えられなかった砲身が派手にがたつき、タガの外れた桶のように弾け飛ぶ。白煙の怒濤どとうが往来を吹き抜けると、ビル群がマッチ棒で作ったやぐらのようによろめいた。

 後方に吹っ飛ばされた大砲は、砲弾とは逆方向に圧縮空気を噴出し、反動を殺しに掛かる。殺せない。力の限り踏ん張った六本脚は、ずざざざざ! と後ずさる。根っこまで突き立てたかぎ爪は、信号と信号の間にわだちを引く。


 大砲だったスクラップを残し、夜空を掘り進むのは、濁った竜巻。


 飛び蹴りの構えを取り、高速で回転する〈ダイホーン〉だ。


 竜巻でありながら大地と平行に発達する天災は、すれ違う物体にもれなく渦を刻み込む。そう、夜にさえも螺旋らせんの残像を彫り込みながら、ひたすら王様へと突き進む。

 土手っ腹をくり抜かれたビルから書類の群れが羽ばたき、肘掛け椅子が身投げする。暴風圏に入った舗道はおこげのように剥ぎ取られ、竜巻の「目」に掻っ込まれていった。


 猛スピードで迫る災禍さいかを目の当たりにした王様は、泡を食ったように跳ね起きた。

 二本足で立った王様は、自分を鼓舞するように吠え、竜巻にかじり付く。瞬間、四本の円錐が四方に舞い、根っこの肉塊が水っぽく散る。竜巻に歯茎ごとねじ切られ、抜歯された出っ歯だ。

 邪魔者を一蹴した竜巻は、勢いに任せて先端――〈ダイホーン〉のつま先を王様にめり込ませた。強烈に腹を押された王様は、土俵際の力士のようにけ反る。ひっくり返る寸前のところで何とか踏ん張った巨体は、どっしり腰を沈め、竜巻と組み合った。

 まわしを掴む形になった王様の前肢まえあしから、景気よく火花が上がる。同時に指の先から白濁した煙が噴き出し、地面を握る後肢こうしを霞ませていく。どうも高速回転する風に突き立てた爪が、グラインダーに掛けたように磨り減っているらしい。


 デ、デヴァ……!

 白煙が濃く、爪が短くなるに従い、王様の後ろあしがじわじわと地面から離れていく。

 完全につま先を浮かせた巨体は、必死に指先を曲げ伸ばしし、大地を掴もうとする。天をあおぐほど反った頭はがむしゃらに首を振り、一帯に血のよだれを降らす。ひょっとしたら、迫り来る運命に意志を示しているのかも知れない。

 悪あがきに対抗して、〈ダイホーン〉の延髄にある走馬燈が回転速度を上げていく。クワガタの影絵がモー進――いや猛進するにつれて、首筋に焼けるような熱さが広がっていった。

 回転速度に比例して輝きを増していった光が、ついに走馬燈から溢れ出す。延髄から伸びた青い光は二股に分かれ、マフラーのようにはためいた。出力に変換しきれなかった〈発言力はつげんりょく〉が、光エネルギーとして逃されているのだ。

 巻き取られるように光のマフラーが溶け込むと、濁っていた竜巻は澄んだ青色に染まった。荒々しさを潜めた姿に反して音量を上げた風音が、王様の雄叫おたけびを完全に掻き消す。巨体は一層反り返り、後ろあしの前半分を宙に浮かべた。


 デ……ヴァ……!

 往生際の悪い王様は、最後の砦となったかかとを深く地面に沈み込ませる。

 だが足場となる舗装自体が簡単に巻き上げられている状況では、幾ら踏ん張ろうと体勢を保つことは出来ない。

 破滅の足取りを告げるかのように、ガードレールの破断される音が王様に近付いていく。両サイドから威圧的な金属音が轟いた――瞬間、巨体は大きく右に回った。


 歩く断崖としか言いようのなかった王様が、世界から消える。


 代わりに出現したのは、観覧車と見紛みまがう風車。


 そう、竜巻を軸にする風車。


 羽根が完全に消え去るほどの回転速度は、サイクロンの矢面やおもてにでも立ったかのようだ。


 竜巻は寄り切り、寄り切り、回転する王様をドリルのように突き出し、ショッピングモールの壁を貫いた。

 果物売場の陳列品がミキサー状態の風に吸い寄せられ、果汁の豪雨が降り注ぐ。色とりどりの水煙が店内をサイケデリックに染め抜き、普段はフローラルな日用品売場にまで甘い香りを漂わせていく。更に卵、アメ玉と商品の棚が攪拌かくはんされると、出来たてのメレンゲが綿あめがフロア中にぱらついた。


 暴風の渦は白く甘い香りのする糸を引きながら、緩やかに上昇していく。ようやく本分を思い出し、垂直になった竜巻は、二階、三階、四階と王様の背中で天井をぶち抜き始めた。

 重力に導かれるまま鉄筋が石膏パネルが崩落し、フードコートを押し潰す。ハンガーが試着室を囲む空間を突破すると、五階を職場にするおしゃれ着のマネキンが一階のレジに立った。


 瓦礫を噴き上げながら屋上を突破し、竜巻は月下へ舞い戻る。間髪入れず、空に向かって風の塔がそびえ立ち、頂上の王様を星々の真横まで押し上げた。

 白桃はくとうをすり下ろしたようなべた雪が降り出し、街並みをピンクに染めていく。実にロマンティックな光景だが、舞い落ちているのはネズミのひき肉に他ならない。回転の生み出す強烈な遠心力が、王様の身体を構築するネズミたちを引っがしているのだ。

 密度と共に硬さを失った王様に、竜巻の先端である〈ダイホーン〉のつま先が突き刺さっていく。強引に掘削くっさくされる腹から、肉片の混じった血飛沫ちしぶきが、白っぽい脂肪が吹きすさぶ。

 回転に連動し、シワが渦巻き模様を描いた――刹那、

 遠心力で四肢を引きちぎりながら、風の槍が王様の土手っ腹を突き通った。


 デヴァァ!

 大穴の空いた巨体がバラバラに吹き飛び、胴体から千切ちぎれた頭が断末魔の悲鳴を上げる。凄絶な絶叫が天球ごと雲を揺さ振ると、空一面に散りばめられた肉塊がイルミネーションのようにまたたいた。

 星々がぜたように連続し、夜を照らす閃光。

 そして、上下左右から月を焼く爆炎。

 黒煙をはべらせた猛火が空を横断し、日没から半日足らずの地平線を茜色に染める。大気がほのかに温まると、まだまだ大丈夫と眠りこけていたニワトリたちが慌てて声を上げた……気がした。

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