⑥崩落
クワガタモチーフの〈ダイホーン〉が、なぜ闘牛士なのかって?
ウシとクワガタは似てるじゃないですか。
大泉さんがムシとウシを見間違うくらい。
「トマト祭りの始まりだったり」
水牛の突剣を交換しながら宣言し、〈ダイホーン〉は銃口を斜め上に向けた。すかさず銃声のクシャミが水牛の鼻輪を弾ませ、餓鬼の頭上にトマトが飛ぶ。
チン!
ヘタ型のキッチンタイマーが鳴った瞬間、白昼のように空を照らす閃光。
大輪の猛火が餓鬼を見下ろし、打ち上げ花火の真横に立ったような衝撃が、〈ダイホーン〉の全身を叩く。直後、無数の光が地上に降り注ぎ、車道に寝ていた一団を射貫いた。王様をデコっていたあの針だ。
トマトの信管は時限式だ。〈ダイホーン〉が爆発させたい位置を指定すると、クワガタさんが風向き、距離などを計算し、タイマーをセットしてくれる。
餓鬼を空爆した針の正体は、形状記憶合金製の果皮。爆炎に熱せられると同時に針の形を復元し、爆風に乗って広範囲を貫く仕組みになっている。
「何してるの! やっつけてよ!」
佳世はヒステリックに命じ、歯軋りの合間にオカリナを突っ込む。力が入るあまり両手で楽器を抱え、高く顎を上げた姿は、〈ダイホーン〉の脳裏にファンファーレの幻聴を響かせた。
果たして印象通りの音色が奏でられたのか、電線を出走ゲートのように跳ね上げ、王様がスタートを切る。大股のストライドに連動し、激しくバウンドする視界。巨体が横切る側から餓鬼やネズミが横断していく中、陥没と亀裂で出来た足跡だけが執拗に王様を追う。
転ばないように踏ん張ると、〈ダイホーン〉はビルの屋上にレーザーポインターを向けた。
落下防止用の金網を超え、歩道橋にダイブしようとしていた一派が、青いサーチライトを浴びる。水牛のクシャミを追い、白煙が伸びると、削岩機を思わせる反動が〈ダイホーン〉の肩を跳ね上げた。
流星群を逆再生したかのように金串が遡上し、屋上に避雷針を増設する。たちまちバラバラ死体のにわか雨が降り出し、殺風景だった歩道橋に頭や胴体を盛り付けていく。階段から足が、欄干から手の生えた様子は、現代アートっぽくもない。
「ああもう、忙しいったらありゃしない!」
より優先される危機を処理した〈ダイホーン〉は、すぐさま水牛にナスの突剣をねじ込む。
独り重賞状態の王様にあの世への直行便を放ち、放ち、放つ。左右の前肢、胸肉と四足歩行に欠かせない部位を覆う爆炎、爆炎、爆炎。生焼けのバラ肉が夜空を飛び交い、ねじ切れた手が無人のファミレスに飛び込む。
だが、王様は止まらない。
手が吹き飛んでも肘で地面を送り、顎で這う。
手首も指も欠損した前肢が道路を掻く度、水っぽい肉片がアスファルトにこびり付く。盛大に飛び散る血が赤い水溜まりを乱造し、四方から溺れたネズミたちの悲鳴が上がる。
何もかも、〈ダイホーン〉の危惧していた通りだ。
さしもの水牛も、怪獣相手だと火力が足りない。釣り鐘を吹っ飛ばすナスでさえ、足止めにもならない始末だ。ランニングのタイムを落としたいなら、赤信号でも灯したほうがマシだろう。
〈ダイホーン〉は舌を打ち、先ほど波を放った時に得たデータを眺めてみる。
モニター左上に表示された敵残存数は、相変わらずエラー表示を続けていた。
故障? いや、単純に表示出来る桁を超えている。
それは即ち、王様には無限に修理用パーツがあると言うことだ。長期戦を選べば、手も足も予備のない自分がジリ貧になるのは目に見えている。
元々、〈ダイホーン〉は長期戦に向かない〈PDF〉だ。
水牛の弾丸は「ある」と言う嘘で実体化している。
嘘を真実とすり替えるには、その都度〈発言力〉を消費しなければならない。ナスだのトマトだの出荷しまくれば、当然、湯水のように燃料が使われていく。今のように大盤振る舞いを続けていたら、〈発言力〉が底を突くのも時間の問題だ。
いっそ切り札を出すか?
いや、ダメだ。
脳も心臓もない相手に、一点集中型の攻撃は相性が悪すぎる。
ましてや切り札の発動には、膨大な量の〈発言力〉が必要だ。最悪の場合、金串を実体化するどころか、〈ダイホーン〉本体を「ある」ことにしていられなくなってしまう。
ちぃ! ちぃ! ちぃ!
打開策を導き出せない内、大名行列のように並んだネズミたちが王様の傷口に殺到する。的確な修理を受けた王様は、体重的には重いが、動き的には軽い足取りで、〈ダイホーン〉の待つ歩道橋に駆け寄った。
デヴァ!
真っ赤な瞳に闘牛士を映した王様が、意気揚々《いきようよう》とおニューの腕を振り下ろす。鍾乳石まがいの爪が五本の残像に変わり、引き裂かれた大気が苛烈に叫ぶ。
あの質量をヒラリするのは無理!
直感した〈ダイホーン〉は、圧縮空気を噴き出し、大きく後ろに跳ぶ。
胸を張っただけで直撃になる距離を、壁と区別の付かない残像が流れ落ちていく。硬い風圧が顔面に吹き付け、モニターに一瞬ノイズが走る。額を後ろに弾くほどの衝撃が、バイザーのメインカメラに異常を生じさせたのかも知れない。
仮面を被っていることも忘れ、空中の〈ダイホーン〉は目を拭う。瞬間、王様の爪が鋼の欄干を両断し、巨大な手の平が橋桁を押し潰した。
亀裂が走る間もなく橋脚が崩れ落ち、落盤に似た轟きが雲を揺さ振る。続けざま赤サビ混じりの粉塵が噴き出し、路肩に並ぶ車を津波のごとく呑み込んだ。
乱れ飛ぶコンクリ片をかい潜り、〈ダイホーン〉は王様と二〇㍍近く離れた場所に降りる。
王様の修理に使われたことで、ネズミたちは大分数を減らしたはずだ。
――が、まだ敵残存数が表示されない。
エラーの文字を見ている内に眉間が寄り、爪を立てた手が後頭部を掻きむしる。
「……邪魔だよね、私」
マントの中から顔を覗かせ、小春は申し訳なさげに呟く。意外と気を遣う彼女は、〈ダイホーン〉の苛立つ理由を誤解したらしい。自分が足を引っ張っているからだ、と。
「私のこと放していいよ! 大丈夫! ポリバケツにでも隠れてるから! かくれんぼ、得意だったんだよ! ちっちゃな頃は一度も見付からなかった!」
しゅんとした様子から一転、小春はわざとらしく声を弾ませ、自慢話を披露する。〈ダイホーン〉が懐に目を向けると、予想通りドヤ顔が唇を震わせていた。
「……出来るかよ」
〈ダイホーン〉は鼻の穴を膨らませ、小春の腰に回した左手に力を入れ直す。思いやり深すぎる彼女への憤りが、際限なく下唇を噛む力を強くしていく。
尻尾を生やした鬼さんは、明らかに都民より多い。佳世独りが路地裏を巡回していた頃とは、難易度が違いすぎる。
それに佳世の狙いは、自分よりむしろ小春だ。ポリバケツどころか、地球の裏に隠れても見失わない。見逃さない。
「私を放せば両手が使える!」
じれったそうに声を荒げ、小春はしきりに足をばたつかせる。思い通りにいかないとなるや、力尽くで振り払おうとは、いかにも彼女らしい発想だ。
面倒になった〈ダイホーン〉は乱暴に彼女を抱え直し、一気に胸へ引き寄せる。
「あんなの千手観音になっても調伏出来ない!」




