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⑤猛攻

 今回で〈ダイホーン〉が放つ四種類の砲弾が、全て登場します。

 ちなみに、各砲弾は牛肉を使う料理をモチーフにしています。

〈センマインパクト〉→牛丼の紅生姜。

〈ハチノスティンガー〉→カレーのナス。

〈ミノタウロープ〉→すき焼きのしらたき。

〈ギアランページ〉→ビーフシチューのトマト。

 転がされないように身を低くした〈ダイホーン〉は、串刺しの餓鬼を蹴飛ばし、角を引き抜く。続けざま背中の突剣を抜き、水牛に咬ませると、ネズミ共の悲鳴に巻き舌の電子音声が重なった。

〝GEARRAMPAGEギアランページ! KOTOKOTO(コトコト)! OLE(オーレ)!〟

 モニターのクワガタさんが可憐にクルクルし、コック帽と赤いスカーフを装備する。大事そうに抱えた鍋からは、クレアおばさん的な湯気がたち上っていた。何だか久しぶりに、実家へ帰りたくなってきた。


 唐突なホームシックな押し殺し、〈ダイホーン〉は天井の距離まで肉薄した張り手に銃口を向ける。手の平に反射されたレーザーポインターが仮面を青く塗り、自然と視界を狭めていく。

 ポンッ!

 引き金を引くと同時に鳴ったのは、スリッパがすっぽ抜けるような音。

 水牛の口から飛び出したのは、ふとっちょな紡錘形ぼうすいけいだった。

 水分に富む赤、活き活きとした緑のヘタ。

 どこからどう見ても、トマトだ。


 無謀にも自ら突っ込んだそれを、王様の平手が叩き潰す。瑞々しく果皮かひが弾けると、果汁の代わりに牛脂ぎゅうし状ののりが飛び散った。

 王様の五指が真っ白く染まり、扁平へんぺいに潰れた実が手の平に貼り付く。一部始終を見届けたクワガタさんは、愛用のお玉を投げ捨て、親指を下に向けた。ついさっきまで優しく微笑んでいたクレアおばさんが、デーモン閣下のように左右の口角を吊り上げている。


 フハハハハ!

 高笑いの幻聴が聞こえてきた――瞬間、王様の輪郭を塗る閃光。

 王様の手中から爆炎がほとばしり、突発的な強風が沿道の木々をしならせる。

 猛火の波は激しく王様を揉み、シワに溜まっていた影を洗い流した。ケチャップのように飛び散る血が、ピューレ状の肉片が電線をえ、ナポリタンに変えていく。

 デヴァ!?

 爆風に突き飛ばされた王様は、便所臭い湯気を噴き上げながら仰向あおむけにひっくり返った。転倒の衝撃が煮立ったように地面を震わせ、大きく傾いた信号機が傍らのビルに寄り掛かる。


 トマトの直撃を受けた王様の前肢まえあしは、使い古した歯ブラシのように裂けていた。傷口は勿論もちろん、全身にくまなく刺さっているのは、爪楊枝つまようじ大の針。炎に照らされ、きらきらと輝くそれは、暗褐色あんかっしょくと地味なはずの王様をラメっぽくデコってやっている。

 トマトこと〈ギアランページ〉は、粘着榴弾ねんちゃくりゅうだんならぬ「粘着する手榴弾」だ。潰れた瞬間、フジツボを模した接着剤でその場に引っ付き、ゼロ距離から爆発を見舞う。


「その程度で!」

 オカリナに食い付いた佳世は、威勢よく右手を振り上げる。

 サッカーの審判がゲームを再開するようなポーズに刺激されたのだろうか。鼻息荒く大群が駆け出し、交差点に横たわる王様を覆い尽くした。

 ちぃ! ちぃ!

 我が身もいとわない大群は、出っ歯で肉を彫りながら王様の傷口に潜り込む。柔軟に折れ曲がる身体がモザイク画のごとく複雑に絡み合い、激しく損傷していた腕を元通りにしていく。

 やはり、餓鬼と同じだ。

 完全に焼き尽くさない限り、凄腕の修理班にレストアされる。


 でばぁ~。

 歯を噛む〈ダイホーン〉を挑発しているのか、王様は怠惰にアクビし、寝返りを打つ。仰向あおむけから腹這いになった奴は、すっかり修復の完了した腕で地面にしがみついた。赤茶けた爪が鋪装に食い込み、六つの車線を亀裂がまたぐ。

 ずず……ずずず……。

 地面に顎を着けた王様が、低く、低く、路面の白線を削り取るように頭を突き出していく。入れ替わりに世界一豊満な尻が浮き上がると、ぶよぶよに肥えた腰がビルの屋上と並んだ。

 極端に前傾し、尻を突き上げた体勢は、〈ダイホーン〉に二つのものを連想させた。

 一つは、クラウチングスタート。

 もう一つは、ライオン。

 獲物に「飛び掛かる」直前に、今の王様のような体勢を取る。


 ちぃ!

 敵は王様だけではないと言いたいのか、左から響く罵声。

〈ダイホーン〉は水牛にシラタキの突剣を咬ませ、ネズミを鈴なりにした街路樹に向ける。間髪入れずにぷるるんとした網が広がり、スカイダイビング直前だった集団を捕らえた。

 大量のネズミを内包し、茶巾ちゃきんのように丸まった網が地面に落ちる。半透明だったシラタキが一転、青く発熱し始めると、包み焼きを焦がしたような黒煙が辺りを覆った。

 肥溜こえだめを焼いたような臭いが立ちこめ、仮面の中の顔を歪ませていく。素顔で悪臭にさらされた小春は、止めどなく涙を流していた。


 デヴァ……!

 抜け目ない王様は、ネズミたちが気を引いている間に尾を振り上げていく。限界以上に屹立きつりつしたそれが三日月型に反った瞬間、気合の入った咆哮が夜景を揺さ振った。

 デヴァ!

 竹竿のようにしなった尾が大地を強打し、王様を前方に弾き飛ばす。同時に前肢まえあしが後ろあしが地球を蹴っ飛ばし、巨躯を空の中程まで打ち上げた。

 重荷が離れた分、浮き上がったのだろうか。

 地平線が弾み、沈み、弾み、ビル群の輪郭が鉛筆を振ったように曲がりくねる。跳躍の瞬間に砕かれた鋪装は拳大の投石と化し、雨霰あめあられのごとく地上に降り注いだ。真の無差別爆撃を受けた街並みから屋根がガラスが破れる音が連続し、土埃の塔が空を連打する。

 ごぉぉぉ……!

 飛び込み選手のように四肢を伸ばした王様が、月の真ん前を横切っていく。重々しく鼓膜を震わせる滑空音は、ジャンボジェットとしか言いようがない。


「絶対、外に出ないで! 腕で頭挟んで、手で後頭部押さえて! 首やっちゃう!」

 マントの中の小春に厳命し、〈ダイホーン〉は火膨れでパンパンに張った網を切り放した。

 くるぶしのノズルから圧縮空気を噴き、後方に身体を撃ち出す。吹き上げる風に乗り、鯉のぼりのようにマントがはためき、殴り書きの縦線と化した景色が視野の底に流れ落ちていく。

〈ダイホーン〉と入れ替わりに――そう、圧縮空気の白煙が晴れる間もなかった。

 右下がりの残像を引き連れた王様が、今の今まで闘牛士の立っていた場所に突っ込む。


 顔面と大地が接触した瞬間、航空機事故を彷彿とさせる墜落音。

 濃霧のような白煙が一瞬にして砕け散り、入れ替わりに灰色の粉塵が天球の裾野を覆う。メガトン級のボディプレスを受けた車道はクレーター状に沈み込み、周囲との間に一〇㍍以上の落差を作った。一秒前まで汗一滴流さずに立っていられた場所が、今やすっかりフリークライミングの難所だ。

 乱暴に掘り出された挙げ句、粉砕された水道管から大量の水が吹き出し、超局地的な豪雨が王様を洗う。横殴りの飛沫しぶきが空中の〈ダイホーン〉に吹き付けると、地上の惨状に固くなった身体を寒気が駆け上がった。


 飲みにくい唾を何とか嚥下えんげした〈ダイホーン〉は、砂嵐のように立ちこめた粉塵を突っ切り、歩道橋に降りる。着地の勢いが靴底を滑らせると、つま先の蹄鉄ていてつから火花が散った。

 とぉ! とぉ!

 互いに声を掛け合いながら、眼下の餓鬼たちが空を睨む。

〈ダイホーン〉の記憶が確かなら、今夜は月食も彗星も開催されていないはずだ。どうやら熱視線を向けられているのは、歩道橋の色男に間違いないらしい。

 車道にキョンシーのポーズが並び、外套がいとうの袖口から機関銃のようにネズミが飛び出す。すかさず外套がいとうの裾にネズミの大群が雪崩なだれ込み、惜しみなく撃ち出されていく体積を補い始めた。絶え間なく地表を流れる姿は、肉の小川としか言いようがない。

 集中砲火にさらされた〈ダイホーン〉は、地表をあおぐようにマントを振り払う。幾重にも積まれていた水面が展開し、半透明の波と化し、ネズミの弾丸を押し返す。轟々と泡立つそれが地上へ打ち寄せると、天体観測中の餓鬼がしおに足を取られたようにひっくり返った。

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