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③決意

〈ダイホーン〉の首輪が実体化する時に鳴る「墓怨ボーン墓怨ボーン恨墓怨ウラボーン」。

 お気付きだとは思いますが、これは骨を意味する「ボーン」と「お盆」(盂蘭盆会うらぼんえ)の二つの意味を持っています。

 お盆=死者が帰って来ると言うことで、骸骨が登場する前触れにしました。

 なぜ卒塔婆そとばから骨が出て来るのかは、『骨とアレの関係性』をご覧下さい。

 くあまり段差につま先が引っ掛かり、右膝が地面に突く。体勢を立て直す時間はない。膝に擦られ、摩擦熱で紅蓮に染まったわだちを引き連れ、〈ダイホーン〉は小春と王様の間に割り込む。彼女の肩を軽く押し、尻尾の射程外まで突き飛ばす。

 刹那、モニターを占拠する暗褐色あんかっしょく

 突進する岩壁にしか見えないが、正体は勿論もちろん、王様の尻尾だ。

 防御?

 回避?

 時間が足りない。

 歯を食いしばり、コンマ一秒先の激痛に備えるのが精一杯だ。


 鞭のようにしなった尾が胸板にめり込み、〈ダイホーン〉の身体をくの字に折り曲げる。突き出た背骨を中心に、熔岩を浴びせられたような熱さが走り、気絶へと続く暗闇が視界を侵食していく。

 みしぃ……。

 たわんだ肋骨がウグイス張りのようにきしみ、飛びかけていた意識を呼び戻す。その瞬間、喉の奥から野球ボールほどの固まりがり上がり、固く結んでいたはずの口を押し開いた。ヘドロ状の吐血が仮面の内側にへばり付き、密閉した空間に鉄の臭いが充満する。


 ダフり気味に打たれた〈ダイホーン〉は、何度もバウンドしながら交差点を突っ切っていく。横断歩道を渡りきって尚、一切衰えることのない勢いは、骸骨(じるし)の豪速球をブロック塀に叩き付けた。

 崖崩れに似た音を契機に地面が揺れ、粗い粉塵が目の前を覆う。闘牛士を模した骸骨は大量の遺灰と成り果て、コンクリ片と共に宙を舞った。限界を超えたダメージを受けたことで、〈黄金律おうごんりつ〉に「ある」と訴え掛ける機能に支障をきたしたのだ。

 強制的に変身を解除された改は、額で土埃を切り開きながら地面に倒れ込む。頬に舗道の冷たさが染み込むに従い、胸から生温かい血が滲み出し、点字ブロックをひたしていく。


「改!」

 鮮烈な緋色を見たショックで正気を取り戻したのか、小春は絶叫し、うつぶせの改に駆け寄る。

「ごめん、ごめんね、改の言う通りだった。私、佳世を変えちゃった。佳世、ハエからも逃げ回ってた。殺虫剤、ピストルみたいな感じで見てたんだよ。なのになんで人間、みんなを……」

 改の枕元にしゃがみ込んだ小春は、それ以外忘れたように謝罪の言葉を繰り返した。痛々しい咳が発音を乱す度、改の血が作った水溜まりにぽたぽたと涙がしたたる。

「……ああ、やっぱいいわ。前髪下ろしたほうが全然いい」

 苦痛にえながら絞り出し、改は小春の前髪に触れた。

 トレードマークのゴムがちぎれ、毛束に引っ掛かっている。

 現状を忘れたような減らず口に、小春は涙も忘れ、まばたきを連発する。狙い通り彼女の嗚咽おえつを止めた改は、緩ませていた口を引き締め、佳世に目を向けた。


「佳世ちゃんは変わってないよ。あれが今の佳世ちゃんなんだ」

 残酷な一言を浴びせられた小春は、したたか殴られたように顔を歪ませる。辛そうに唇を練り合わせると、彼女はえきれなくなったように目を伏せた。ネズミの女王を視界に入れたままでは、改の言葉を受け止められなかったのだろう。

 痛ましく潤んだ目を見た改は、そっと彼女の顔に手を運ぶ。目元を撫でるように小春の涙を拭うと、彼女の涙袋なみだぶくろを血の線がなぞった。

「大丈夫。まだやり直せるから、君たちは」

 本心からお墨付きを与えると、改は拳を地面に突き立て、身体を押し上げた。

 忙しく落ちていく脂汗に反比例して、いかりのように重々しく肩が浮き上がっていく。痛みのやわらいだ刹那を狙って膝を伸ばすと、空気の重さにのし掛かられた背中がガクンと沈んだ。


 電柱に寄り掛かりながら何とか立ち上がった改は、足下の卒塔婆そとばを拾い、佳世の前に立つ。苛立たしさからか困惑からか、佳世はオカリナを吹くことも忘れ、前髪を揉んでいた。

「……何で梅宮くんが春ちゃんをかばうの? 春ちゃんや私なんか相手にするはずないのに、何でみんな邪魔するの? 私は春ちゃんを守りたいだけなのに」

 独り言を繰り返す内に、佳世の顔が真っ赤に染まっていく。放埒ほうらつ彷徨さまよっていた土埃は、見る見る凶暴にさらけ出された喉に吸い込まれていった。

「私は春ちゃんのためにやってるのに!」

 怒鳴り声が乾燥した空気を震わせ、改の頬にはたかれたような痺れを走らせる。その瞬間、小春は平手打ちされたように肩を震わせ、佳世から目をそむけた。どこかで聞いたセリフをきっかけにして、目をき出した佳世が自分に見えて来たのかも知れない。


「ために……?」

 半ば無意識にオウム返しし、改は手の中の卒塔婆そとばを絞り上げる。いかめしく血管を浮かせた拳を見る限り、また悪い癖を出そうとしているようだ。

「君は君の世界を守ろうとしただけじゃないのか?」

「……違う」

「君は小春ちゃんに傷付いて欲しくなかったんじゃない。傷付いた小春ちゃんを見て、阿久津佳世が傷付くのが恐いんだ」

「違う! お前に何が判るんだ! 判るはずない! 何も判らない!」

 一方的に畳み掛けられた佳世は、滅茶苦茶に頭を振りながら声を荒げる。

「……判るんだよ、俺には」

 歯軋はぎしりの合間に告白し、改は引き金を引く右手を目の前にかざす。

 途端に大群から漂うアンモニア臭が薄まり、酸っぱい生臭さが鼻を突いた。

 ゴミ袋の中で人間が腐っていく臭いだ。

「君はまだ誰も殺してない。殺してないんだ。傷付けてしまった人たちに、ごめんなさいを言えるんだよ」

 悠長に言葉を交わしている内に、手遅れになってしまうのではないか? いてもたってもいられなくなった改は、塀に手を着きながら佳世に近付いていく。

 足を出す度に硬い鋪装が骨格を強打し、血痕が背中を付け回す。

 だが、この程度で足を止めるわけにはいかない。

 後戻り出来ない化け物を増やすかどうかの瀬戸際なのだ。


「死の先には無しかない。天国も地獄もあの闇にはなかった」

 取り付く島もない現実を告げると、改は目を閉じ、背後に意識を向ける。

 ゴミの埋め立て地のように積み上がった亡骸が、人殺しを見下ろしていた。

 じっと宙を見つめる目はマネキンのように硬質で、意志や意欲と言った能動性は感じられない。

 その実、彼等は渡り鳥以上に行動的だ。

 海を越えても、空を渡っても、影のごとく背中に付きまとって来る。

 この忌まわしい心臓が動いている限り、彼等からは絶対に逃れられない。

「死んだ人間にはどんな謝罪も届かない。許すも許さないもあの人たちは言ってくれない。君が謝罪に一生捧げようと、自己満足以上の意味は持たなくなるんだ」

 本心から謝罪を述べても、声の行く先には裸の地平線が広がっている。肉をがれ、血をすすられる戦場に自分自身を放り込んでも、観覧席は無人だ。無様に泣きわめく姿を慰みにして欲しい人たちは、暗く冷たい土の底に埋もれている。


 死人が戻って来る確率は、一兆分の一だ。

 秘術を完璧に修めた彼女でも、骨や灰になってしまった人間はどうすることも出来ない。それ以前に、向こう岸から戻ってくるために不可欠な〈たましい〉が身体を離れてしまう。彼女が呼び戻せるのは、心臓が止まってから時間の経っていない相手だけだ。

 よしんば天文学的確率を引き当てたとしても、再び目を開いた時には生身で餓鬼を圧倒する「化け物」だ。彼女の力をもってしても、「人間」は絶対に生き返らせることが出来ない。


「俺たちは誰かを理由にしちゃいけない。俺たちが誰かの命を奪ったら、口上こうじょうにされたその人も、同じ重さを背負ってしまう」

 標識を握り締め、身体を支え直した改は、大粒の汗を散らしながら訴え掛ける。痛みにさいなまれるあまりつま先と見つめ合っていたはずの目は、声に力がこもる内に自然と佳世の瞳を見つめていた。

「おも……さ」

 表情を凍り付かせた佳世は、怯えたように眼球を震わせ、小春を垣間見る。

 唾でも呑んだのだろうか。

 半開きだった唇が閉まった途端、彼女の喉がぐねりと波打つ。

「……だいじょぶだもん」

 小さな声で言い返すと、佳世は王様の腕に抱き付き、右半身を隠した。ちらちらと改をうかがう姿は、まるで叱られた子供。ああしてふすまかげから母親の機嫌を探っている。


「私はその重さからも春ちゃんを守ってあげる。死んだらゼロになるんでしょ? 何も感じなくなるんだよね? ほら、全部解決したよ!」

 佳世はさも名案のように放言し、誇らしげに手を打つ。王様の腕のかげから飛び出す足取りは、反復横跳びのように軽やかだった。

「……殺させない、君には」

 改は佳世に、何より自分に誓い、卒塔婆そとばの先端で喉を掻き切る。

墓怨ボーン墓怨ボーン恨墓怨ウラボーン

〈PDF〉と共に消滅した首輪が再び実体化し、改の首を緩く締め上げる。

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