③急・転・直・下
サブタイ通り、ここから事態は急展開を遂げます。
次回からはラストバトルに突入。
卒塔婆やナスのウシに続き、またも間抜けな装備が登場します。
とある昆虫や神様の蘊蓄もありますので、よければご覧下さい。
中條たちが立て続けに襲われたことで、改には事件の出口が垣間見えた気がしていた。
今は行く手を頂上の見えない壁に塞がれている。
端的に言えば、袋小路だ。
熊谷先生と前回までの被害者に接点はない。彼を助けようとした小春も襲われたことを踏まえるなら、やはり無差別と考えるのが妥当だろう。動機がないとすれば、女王に辿り着くのはかなり厳しい。
かと言って、オカリナを回収せずに事態を収拾する方法は、東京のネズミを殲滅する以外にない。下水道、天井裏、ビル、大都会には隠れんぼに最適な場所が多すぎる。安全を絶対のものにしたいなら、東京をラクーンシティにするしかない。
「そうそう、もう一つ判ったことがあるんです!」
重いムードを払拭しようとしたのか、ハイネは声を弾ませながら切り出す。小悪魔っぽく腰を引くと、彼女はポケットから出したスマホを背中に隠した。
一見するとナイショのプレゼントを出そうとしているようだが、改の誕生日は五月四日だ。聖夜にしても気が早すぎる。
「改さん、事件を担当した〈詐術師〉さんのお名前訊きましたよね?」
「モリヤさん、でしたっけ?」
「じゃじゃーん!」
タイムボカン的な効果音を付け、ハイネは改の眼前にスマホを出す。
「日本語って難しいですよね。トムとかなら絶対カン違いしないのに」
否応なく改の目に飛び込んできたスマホがもたらしたのは、衝撃。
そう、延髄を撃ち抜いた時以来の激しい衝撃だった。
真相への道を閉ざしていた壁が、天井知らずに高く分厚かった袋小路が、たかが書き割りのように倒れていく。目を逸らす暇もないまま、光明と呼ぶにはあまりにも希望のない答えが顔を覗かせ、改の視界を真っ黒く塗った。
「事故った相手は!?」
恫喝するように訊き、改はハイネの肩を掴む。
「焼き芋屋が事故った相手は!?」
「え、えと、女子高生さんです」
「ヤンママにトラブルは!?」
「特には……」
「ない」と言い掛けたハイネの口を、ぽっと出の「あ!」がこじ開ける。
「そう言えば、スーパーに行った時、娘さんが別のお客さんにぶつかっちゃったって言ってました。相手も自分も盛大にひっくり返って、制服にアイスをくっつけちゃったとか」
「『制服』……やっぱりね」
愚鈍な自分を憎むあまり呻くように呟き、改は唇を噛み締める。
彼女と接点を持つのは、ヤンママや焼き芋屋だけではない。中條たちは「女子」にしつこく声を掛けていたし、熊谷先生は今日、彼女の頭を叩いた。
考えてみれば、今夜の一件には不可解な点があった。
今までの被害者同様、ネズミに群がられたと言う彼女。だが無数の出っ歯に襲われたはずの身体には、甘噛みの形跡さえなかった。噛み傷で唐草模様にされた熊谷先生とは、雲泥の差だ。
ネズミは彼女に危害を加えようとしたのではない。
彼女を巻き添えにしないように、安全な場所まで運ぼうとした。
あるいは動きを封じようとしただけだったのだ。
頭が回らねぇにもほどがある!
満足に思い浮かぶのは口説き文句だけかよ!
慌てて視線を飛ばしても、もうそこに彼女の姿はない。手遅れを意味する送迎車の轍だけが、無慈悲に校庭から裏門へと続いている。
背後から猛火が迫っているような焦燥が呼吸を乱し、苛烈な鼓動が胸を殴打する。すぐにでも飛び出したい身体が足踏みを始めると、乾燥していたはずの手の平が見る見る汗まみれになっていった。
落ち着け!
急くあまり取り返しの付かないミスを犯すことを恐れた改は、息を整えながら自分に言い聞かせる。
推理が正しいとしても、焦って彼女を保護する必要はない。
この地球上で彼女だけは安全――安全? なぜ言い切れる?
今回でもう六度目。露見していないだけで、もっと犯行を重ねている可能性もある。尽力しても終わりの見えて来ない徒労感を、世界への諦めにすり替えてもおかしくない頃合いだ。
「姫君!」と叫びながら、改はハイネに自分のスマホを投げ渡す。続けざま改は首輪に卒塔婆を差し込み、骸骨の闘牛士を実体化させた。
唐突な変身に緊張した隊員たちは、号令を受けたように静止し、改の挙動に注目する。瞬間、仮設テントの通信機がチューニングの狂ったラジオのように騒ぎだし、出来たての沈黙を引き裂いた。
丸めた紙を広げたようなノイズを追い、救援を要請する悲鳴が響き渡る。最悪の予想ばかりが的中してしまうのは、世の常らしい。
「醒ヶ井小春! 醒ヶ井小春の写真を被害者に見せて!」
依頼されたハイネは口を開き、〈ダイホーン〉に真意を問おうとする。
悪いが、問答に使える猶予はない。
「〈KKC〉と〈MIB〉で住民の避難を! 急いで!」
〈ダイホーン〉はくるぶしのノズルから圧縮空気を噴き、閉まったままの裏門に突っ込む。白煙と共に高い砂埃が校庭を縦断し、ねじ曲がった鉄柵が宙を舞った。




