F⑤
劇中でも言及した「おママ対抗歌合戦」。
そんなTOKYO MXのキラーコンテンツは、今年(2016年)の大晦日にも放映予定です。
「これを使えば、私も変身出来ちゃうの?」
素朴な疑問を口にしながら、小春は喉を掻き切るように卒塔婆を動かしてみる。
何も起きない。
忠実に梅宮改の真似をしたはずなのに。
「小春ちゃんにも〈発言力〉はあっちゃうんだけどねえ」
「はつげんりょく……? コズミックエナジーとか魔力とかじゃないの?」
「〈発言力〉でファイナルアンサーだったり」
梅宮改は卒塔婆を摘み上げ、先端を小春の心臓に向けた。
「全ての生き物は『生きてるって証明』を内包しちゃってる。んで、俺たちはその証明を〈魂〉って呼んじゃってる」
「〈魂〉、ねえ……」
小春は胸を押さえ、手の平に意識を集中させてみる。
肋骨の硬さとハイテンポの心音、それだけしか感じない。
「〈魂〉は片時も欠かさず、『私は生きちゃってまーす』ってカミサマに呼び掛けてる。カミサマはこれを聞き入れて、『お前は生きちゃってる』って裁定を下してるんだ」
「聞き入れてもらえなかったら?」
「生きちゃってられない」
即座に答えると、梅宮改は自分の首を絞め、目を閉じた。
声高に訴え掛けなければ命をも奪われるとは、この世界は本当にカミサマの支配下にあるらしい。
得体の知れない存在に命を握られている……。
そう思うと、どこからともなく影のような寒気が現れて、小春の背筋に取り憑く。真実を聞いて以来、自由が約束されていると疑わなかった日本が、恐怖政治の独裁国家に見えて仕方ない。
「この『生きてるって声』が〈発言力〉。〈発言力〉にはカミサマに『働き掛け』て、『訴えを認めさせる』性質がある。〈詐術〉を使う時には、この性質を利用してカミサマに『働き掛け』て、嘘を本当と『誤認』させるんだ」
タイミングを見計らっていたのか、解説が終わると同時に「魅せられて」が最高潮に達する。ミケランジェロさんが盛大にストールを広げると、すかさず梅宮改が合いの手を入れた。
「待ってました!」
宇宙を司るカミサマに、嘘を本当にする秘術――。
間違いない。
小春は今までの人生の中で、一番スペクタクルな会話をしている。
ではなぜ室内のムードがTOKYO MXのキラーコンテンツ、「おママ対抗歌合戦」なのか。
玉の汗を散らしに散らすパフォーマンスを見る限り、ミケランジェロさんはマジでガチで本気だ。小春の緊張を和らげるために、道化芝居をしているわけではない。
何かだんだん、小春は大仰に身構えているのがバカらしくなってきた。カミサマとかどーでもいーから、水割りでも注文してしまおうか。
「で、結局、私に卒塔婆は使えんの?」
「ああ、ムリムリ。人間は〈黄金律〉を認識出来ないからね。〈詐術〉は使えないの」
「人間に〈詐術〉は使えない……?」
引っ掛かった部分をそのまま口に出しながら、小春は梅宮改を点検してみる。
尾、
角、
ない。
股間の作りに違いはあるが、胴体+四肢+頭と言う基本構造は自分と一緒だ。この造型で人間じゃないと言い張るのは無理がある。
「何でお前は使えんだよ」
「俺はここにドラゴン飼ってるの」
セクハラ親父のようにほくそ笑むと、奴は指輪をはめた手を下腹部にかざした。そこが自分で言う通りのドラゴンかはともかく、神聖な学舎で「赤まむし」を飲み干す男だ。淫魔の一〇〇匹くらい巣くっていてもおかしくない。
「他に質問は、探偵さん?」
質問を促す発言とは裏腹、奴はタイミングを外すように卓上へ視線を移す。用心深い奴は更にグラスを取り、答えを返す口にトマトジュースを含んだ。
出端を挫かれた小春は、仕方なく核心に話題を向ける。
もう少し〈詐術〉を使える理由を追及したかったのに、残念だ。
「お前たちは結局何者なの? 何が目的?」
乱暴に言ってしまえば、〈詐術〉だの〈黄金律〉だの小春にとってはどうでもいい。確かめたいのは、秘密を知った人間に危害を加えないかだ。
「科特隊とかウルトラ警備隊の仲間かな、非合法だったりしちゃうけど。驚異のテクノロジーを悪用して、人間さんに危害を加える皆さんをとっちめちゃってる」
「『人間さん』ねえ……」
外野席から眺めているような物言いは気になるが、ひとまず佳世の安全に付いては心配要らないだろう。
科特隊を率いるキャップは、小学生のホシノ君を隊員に取り立てるほど大らかだ。秘密を知ったからと言って、即スパイダーをぶちこませたりはしない。懸念と言えば、脳波怪獣ギャンゴばりの暴れん坊、ミケランジェロさんのご機嫌だけだ。
奴が高価な服を買えるのにも、納得が行った。
怪獣退治は命懸けの仕事だ。「ウルトラマンレオ」に登場したMACなんて、円盤生物シルバーブルーメに全滅させられている。危険と闘う奴には、コンビニのバイトとは桁違いの報酬が与えられているはずだ。
「じゃあ、ミケランジェロさんと繁華街を歩いてたのは?」
「事件の調査」
「視聴覚室で抱き合ってた、ってのは?」
「スープレックスの一秒前。あの後、テーブルが新品に替わったの気付かなかった?」
ミケランジェロさんとの不純異性交遊→まじめに怪事件を調べてた。
未亡人のツバメ→命懸けの仕事で正当に賃金を得ている。
佳世に突き付けるはずだった青写真が、二枚とも幻になってしまった小春は、徒労感のあまり深く項垂れた。このクソ寒い中、スネークごっこしてきたのは何だったのか。
「……せめて付き合っててくれてたらなあ」
「アタイが誰の女だって♪」
ならず者らしく地獄耳なのか、小春が小声でボヤいた瞬間、熱唱を終えたばかりのミケランジェロさんがマイクを床に叩き付ける。一分前まで妖艶なジュディ・オングだったお人が、すっかり血に飢えたレスラーになってしまった。
今思えば、ストールを広げるために両腕を伸ばした姿が、一九九九年一.四.東京ドーム大会、小川対橋本戦後のUFOだった気がする。
「ミケランジェロさん、目を覚まして下さい。所詮は発情した小娘のざれ言ですよ」
やんわりと宥めすかし、梅宮改はステージにジョッキを差し入れる。
「おうっ♪ あら太のくせに気が利くじゃねぇか♪」
心の友よ! とばかりに賞賛すると、リサイタル終わりで汗だくになっていた暴走王は、一息にビールを飲み干す。彼女の額に浮いていた青筋が引っ込み、入れ替わりにご機嫌なゲップが出た。
「……梅宮、これがお前のやり方か」
低い声で怒りと不満を表明し、小春は奴を睨み付ける。
発情期呼ばわりは話をはぐらかし、暴走王が失礼な発言に対して、STOで応えるのを防ぐためだったのかも知れない。だが今はむしろ彼女に頼んで、自分ごと梅宮改を刈ってもらいたい気分だ。
世界を守っている方々にとっては、佳世の初恋なんて取るに足らない話だろう。だが小春にしてみれば、世界が崩壊するかどうかの瀬戸際なのだ。




