どーでもいい知識その⑪ 痴漢はほぼ100㌫有罪になる
今回もまた、ヒーロー側とは思えない発言をするミケランジェロさん。
次回からは場末のスナック的なパフォーマンスを披露します。お楽しみに。
「退学になるぞ! 受刑者だぞ! 一生後ろ指だぞ!」
転落の度合いが深まるごとに語勢を強め、小春は改との距離を詰めていく。
「え、冤罪……」
「誰も信じないぞ♪」
アイドルの宣材写真ばりにスマイルし、ミケランジェロさんは改の肩を叩く。
無罪判決を期待出来なくなってきた改は、手にモザイクが掛かった後を想像してみる。
真っ先に浮かんで来たのは、プライバシーの都合で映像と音声を加工された同僚たち。「いつかやらかすと思ってました」と口々に語るばかりか、率先して日々の行いを暴露している。中でも、前後不覚になるほど酩酊したMケランジェロさんは、一割のないことと九割のあることを世間様に言い触らしていた。もはや歩くセンテンススプリングだ。
確かに、無罪を勝ち取るには心象が悪すぎる。
って言うか、ハードディスクやばい。
リアルで同意を得られる分、映像作品にはついファンタジーを求めてしまう。せめてこの間、マンネリ打破に駆使した団鬼六的ツールだけは処分しなければ。
スポンサーに頭を下げれば、小春の訴えくらいもみ消せないわけではない。現に今までも、ミケランジェロさんの傷害や傷害や恐喝や恐喝を、六法全書以外の手段で処理してきた。世界第二位の個人資産をもってすれば、殺人すら失踪に出来る。
――が、金持ちの資本主義的権力を使い、いたいけな少女の訴えをもみ消すなんて、なんか人として駄目な気がする。
「……どうせ収監されるんだ♪ 手ごめにしなきゃ損だぜ♪」
悩む改に悪魔が耳打ちする。もう羨ましい。どうすればここまで人の心を失えるのか。
「私、本気だからな! 痴漢は九九㌫有罪になるって、テレビで観たぞ!」
高らかに勝ち誇り、小春は思い切り地面を踏んだ。彼女のローファーが鐘の破片を強打し、木槌in法廷っぽい音色が響く。
さて、どうする?
得意げな小春を眺めながら、改は自問する。
まさか本当に交番へ駆け込んだりはしないだろう。男に「記念撮影」されたなんて言ったら、家族が悲しむし、彼女の人生にも傷が付く。第一、少し調べれば狂言だと判る話だ。被害をでっち上げ、同級生を陥れようとしたことが露見すれば、友人や家族の信頼を失い、社会的にも抹殺される。
かと言って、大人しく引き下がる剣幕でもない。宣言した通り、ヒーローの目撃談を吹聴することくらいはやるだろう。
突拍子もない話を熱弁する小春が、冷笑と蔑みに晒されるのは疑いようもない。真実を語っているのに嘘つき呼ばわりされる姿を見るのは、改にしても気分のいい話ではない。
何より小春の唇は冷え切り、紫に染まっていた。
溢れ出た鼻水は、口との間に粘っこい糸を引いている。早く服を着せないと、週末を寝床で潰す羽目になりそうだ。
「冤罪で人生棒に振らされちゃったんじゃ、笑えないからなあ」
結論を出した改は、パーカーを拾いながら簡単に埃を払い、小春の背中に掛ける。
「な、何だよ、急に優しくして!」
動揺のせいか高い声を出すと、小春はチラチラと改を窺いながら、すり足で距離を取っていく。恐る恐るパーカーを受け取ったかと思えば、彼女はそれを何回も振り、裏返し、麻酔針もクロロホルムも仕込まれていないのを確認する。
「女子に風邪引かせたんじゃ、男の子失格だったりしちゃうの」
足跡を拭いながら小春のブレザーを拾った改は、クシャクシャのそれを丁寧に畳み直していく。本当は畳むとシワが付くのだが、丸めたティッシュのような状態よりはマシだ。
「ここじゃ寒いし、もうすぐ人も来るから、場所変えちゃうよ」
念願叶った小春はツリ目を広げ、大きく口を開く。声のない歓声だ。
「た・だ・し! ブレザーはリュックにしまっちゃうこと! スカートも脱ぐ! 制服のまま夜歩きしてると、お巡りさんに声掛けられちゃうからね」
「脱ぐ! すぐ脱ぐ!」
快諾した小春は、パパパとスカートを脱ぐ。
少しエサをちらつかされただけで服を脱ぐ――この子、本当に九時以降は出歩かないほうがいい。
「寒くなくて人目がないっつーと、カラオケとかか」
簡単に目星を付けると、改はハンカチを出し、小春の鼻水を拭った。とりあえずライダースジャケットを脱ぎ、ブレザーをしまったせいで肩を震わせていた彼女に着せておく。
「……ありがと」
長すぎる袖で赤い顔を隠し、小春は不本意そうにお礼を言う。
「いっそ桃色の不夜城にでもしけ込んじまったらどうだ♪」
ラヴコメ的なやり取りを見たミケランジェロさんは、囃し立てるように野次を飛ばす。けらけら笑うあの顔、彼女は完全にこの状況を面白がっている。
元々、正体がバレようがバレまいがどうでもいい人だ。そう、世間の目なんてアウトオブ眼中。と言うか人目を気にしていたら、醜態を晒すことに耐えかねて、とっくの昔にオホーツク海に入水している。
他人の発言によって自分が決定的な不利益を被ると判断すれば、バタフライナイフとクローズラインのコンビネーションで、言論の自由にスリーカウントを聞かせてしまう。
改にしてみれば、変に口を挟まれないのは幸いだ。咎められたりすれば言い返せないし、鬱陶しい。
そのはずなのに、忠告一つしない彼女の姿勢が、少し苛立たしいのはなぜだろう? 大分この団体に染まったつもりだったが、根っこはまだまだマジメ君だ。
爆炎を見た誰かが通報したのか、けたたましくサイレンが響き、大量の赤色灯が冬の大三角形を照らす。あっという間に、オリオンの頬がミケランジェロさんと同じ色になってしまった。
潮時を察した改は、足取りのおぼつかない酔っ払いを担ぎ上げ、すたこら歩み出す。小春を見た後だと暴力性すら感じるF乳が、改の背中に圧迫されてふにっと潰れた。




