どーでもいい知識その⑦ ウシとクジラは同じ仲間
今回は音に付いての雑学を紹介しています。
文系の作者には辛い回でした……。
波の反射を使った状況把握は、イルカやクジラの十八番だ。
彼等は頭部の脂肪「メロン体」を使い、二万から一六万ヘルツの超音波「クリック音」を発する。
「ヘルツ」とは音の高さである周波数を示す単位で、一秒間に空気が何回振動するかを表している。例えば二万ヘルツなら、「一秒間に空気が二万回振動する」と言う意味だ。
音は周波数の数値が大きいほど高くなる。子供用の鉄琴なら最初のドは約二六一.六ヘルツ、高音のドは約五二三.三ヘルツだ。
音階の場合、高さが一つ上がるごとに周波数が倍になっていく。よって五二三.三ヘルツのものより一つ高音のドは、約一〇四六.六ヘルツになる。
当然の話だが、水面に石を投げると波が生じる。同様に何らかの要因によって液体や気体が振動すると、波が発生して鼓膜に伝わる。これが音だ。
人間が聞き取れるのは二〇から二万ヘルツまでで、この範囲の音を「可聴音」と言う。対して二万ヘルツを上回る音は、「超音波」と呼ばれる。
可聴音には広がりやすい性質がある。がらんどうの部屋で歌うと四方から声が返って来るのも、発した側から音が拡散してしまうためだ。歌声の周波数は訓練を受けていない成人男性で、二五〇から六五〇ヘルツの間に収まると言われる。
可聴音とは逆に、超音波は直進しやすい。ある方向に放たれると、左右や天井にはぶつからずに進路上の物体から跳ね返ってくる。
また両者は歩幅も違う。
超音波も可聴音も速さは変わらない。空気中でおよそ秒速三四〇㍍、水中でおよそ秒速一四八〇㍍だ。つまり、同じ距離を進むなら、周波数の高い超音波のほうが、より多く狭い間隔で波打つことになる。
これは、大人と子供が並んで歩いていると考えると判りやすい。
歩幅の広い大人は一歩で長い距離を進める。一方、歩幅の狭い子供は、大人と同じ距離を進むのにも、小刻みに足を出さなければならない。
音の場合、この歩幅を「波長」と呼ぶ。
波長は一般に考えられているより、遥かに広い。
音は秒速三四〇㍍――一秒間に三四〇㍍進む。周波数は一秒間の振動数だから、一〇〇ヘルツの場合、三四〇㍍の間に一〇〇回波打つことになる。つまり一回の歩幅は三.四㍍だ。
小学生でも知っている通り、山で「やっほー」すると他の山から声が跳ね返ってくる。この反響が山彦だ。
他方、同じように「やっほー」しても、コップや茶碗からは音が戻って来ない。食器くらい小さいと、大股の波長に楽々跳び越えられてしまうのだ。
小さい物体から音を返って来させるには、もっと歩幅を狭めなければならない。一〇〇ヘルツなら三.四㍍の波長も、一万ヘルツなら三.四㌢になる。道に石が落ちていても、大股の大人は跨いでしまうが、歩幅の狭い子供なら躓いてもおかしくない。
イルカやクジラが超音波を使うのも、可聴音にはない直進性、歩幅の狭さが関係している。
音が広がれば、四方八方から波が返って来る。これではどこから返って来たのか判りにくい。またエサの魚を狙った場合、大股の音だと跳び越えてしまう可能性がある。
浴槽の縁にぶつかった波が戻って来るように、超音波もまた何かに当たるとイルカへ返る。この反響を聞き取る役目は耳の穴――ではなく、下顎の骨が担う。
イルカの下顎には、反響を増幅させる脂肪が詰まっている。音はここを通り、鼓膜の奥にある蝸牛殻へ伝わる。蝸牛殻はカタツムリ状の器官で、振動に過ぎない音を神経の信号に変換し、脳に認識させる働きをしている。
イルカのように骨で聞き取る音を、骨導と言う。
人間も同様の能力を持っていて、骨で聞くヘッドホンも商品化されている。
歯をかち合わせた時の音や、誰より聞き慣れた自分の声、これも実は耳で捉えた音と骨導との混声になっている。録音した自分の声に何となく違和感を抱いてしまうのは、耳だけで聞いているからだ。
反響を捉えたイルカはそれを解析し、相手の位置、大きさを特定する。
彼等の可聴音は一五〇から一五万ヘルツ程度で、人間には超音波と呼ばれる音も聞き取れる。皮膚、骨、浮き袋と部分ごとに異なる反響の時間差を読み取ることで、魚の種類まで特定してしまうらしい。一説には一〇〇㍍先のボールを発見し、材質を判別してしまうとも言われる。
このように音波で状況を把握する能力を、「反響定位」と呼ぶ。
同量の水を放つのでも、水鉄砲と広範囲に散布する霧吹きでは勢いが違う。
広がりにくい超音波にも、拡散しやすい可聴音に比べて一点に力を集めやすいと言う利点がある。
イルカ同様、反響定位を行うマッコウクジラやシャチは、集束させた超音波を獲物に放ち、麻痺させてしまうと言う。人間の世界にも、集束させた超音波で体内の結石を砕く機器がある。ちなみにウシとイルカ、クジラは同じ鯨偶蹄目に属している。
「さーて、敵さんの残存兵力はどーかしら」
マントを振るのをやめた〈ダイホーン〉は、モニター上にあるビデオテープのアイコンに目を合わせた。
変身後の一部始終を録画しているレコーダーが起動し、モニター上部をサムネ状の画像が横断する。ハゲモグラの映ったそれを目線でドラッグし、逆波によって小石の位置まで把握したクワガタさんに重ねると、迷わずに首を振った。少なくとも光の波が届く範囲に、同じ形をした物体はない。
確かにナスの攻撃範囲、威力には特筆すべきものがある。小動物のハゲモグラなら、命中せずとも爆発後の延焼でウェルダンに出来る。
ただ今回の場合、元々が視界を肉色に塗り替える数だ。到底焼き尽くせたとは思えない。恐らく彼等は全滅したのではなく、形勢不利と見て引き下がったのだろう。敵う相手かどうか、小賢しい人間以上に動物は敏感だ。
「修理班」の去就を確認した〈ダイホーン〉は、続いてサムネから餓鬼の映像を選び取り、クワガタさんに重ねてみる。
ピンポーン!
途端にウルトラクイズっぽい効果音が響き、頼れる相棒が鐘の下を指した。参道へ這い出ていた上半身は消し炭と化したが、下半身は青銅のシェルターに守られたらしい。
〈ダイホーン〉はアルコール漬けの魔王とは違う。普段なら死体を蹴るような真似はしない。
――が、今回は話が別だ。
普通の生物なら「遺体の一部」と形容される下半身も、餓鬼の場合は合体した大群に他ならない。安全と言う単語を使うには、指一本まで火葬する必要がある。
「安珍清姫」さながら炎に巻き付かれた釣り鐘に狙いを定め、まず「くさび」となる金串を撃ち込む。
ゴーン! と格調高い重低音が轟き、釣り鐘の表面に「米」の字そっくりの亀裂が走る。煙幕のようにススが噴き上がり、蜷局を巻いた業火がぞわぞわ震えた。
「向こうは女の子でウチはナスか。色っぽくてイヤんなっちゃう」
堪らずボヤくと、〈ダイホーン〉は水牛の瞳から伸びるレーザーポインターを「米」の中央に合わせた。
日本には先祖の霊が帰郷するお盆に、旅の足となる精霊馬を作る風習がある。地域によって違いはあるが、行きはキュウリで作ったウマ、帰りはナスのウシを用意するのが一般的だ。
なぜ行きと帰りで別々の交通手段を用意するのか?
これには双方の速さが関係している。
駿足のウマに乗れば、楽しいシャバに素早く戻って来ることが出来る。一方、帰りはのろいウシを使うことで、辛気臭いあの世への送還を、牛歩戦術的に遅らせると言うわけだ。
ただし、〈ダイホーン〉は世のご先祖様に忠告がある。
不信心な現代人に乗り物を準備してもらえなかったからと言って、水牛の吐くウシには絶対乗ってはいけない。そのウシ、ウシはウシでもランボルギーニだ。帰りの足になんかしたら、ものの数秒後には閻魔大王におみやげの「ひよこ」を渡している。
また新しい被告を閻魔大王の御前に送り込むべく、ナス界のウサイン・ボルトが「米」の真ん中に突っ込む。
フリスビー状の金属片と共に飛び交ったのは、爆発的な地響き。縦横入り交じった震動が〈ダイホーン〉の視界を攪拌し、紅蓮のキノコ雲が月を包み込む。
熱せられた空気が上昇気流となり、少しずつ黒煙を晴らしていく――。
壁のごとく釣り鐘が聳えていた場所には、窪んだ更地だけが残されていた。
熔岩のように赤熱し、ばらばらと転がった青銅の破片だけが、そこに何があったのかを幽かに物語っている。