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ハマポリ BAD COMPANY  作者: 上倉鉄人重丸
7/9

ハマポリ BAD COMPANY 第七話

※この小説は、上倉鉄人重丸氏の小説に私(マンモス東)の挿絵を追加したものです。上倉鉄人重丸氏の代理投稿になります。


[第七話]


挿絵(By みてみん)


「さて、何から話すべきか……」

 ソファに深く腰掛け、顎に手を当てた山西は足を組む。すかさずTOGのひとりがコーヒーを差し出した。

「ドーガ特製の猫のクソでございます」

「…………ドーガ。言いたいことはわかるな?」

「は。罵倒していただけるのですね? 愚息も期待に打ち震え――」

「宇佐見と井下の分も用意してるんだろう? 戯れ言で時間を浪費してる暇があったら早くだせ」

「これはこれは……失礼」

 罵倒されなかったことに悲しい顔をしたのは一瞬で、気を取り直したドーガが紙コップに入れたコーヒーを山西の反対側の席に腰掛けている莉桜とタスニムの前に置いた。甘みの強い香りに惹かれ、一口。

「おいしいデス」

「……うん」

「ドーガは豆の選定眼はいいんだが、口が悪すぎる。よって人間性はマイナスだな」

「なんですそれ? 最高の評価じゃないですか……!」

 その評価に控えていたスワンが愕然とする。ドーガは両手を挙げてドヤ顔しコロンビアを決めていた。

(これがTOG……)

(ただの変態デス……)

 署内にいたやっかい者の正体が想像よりも遙かにどうしようもないものと知り、呆然としかできない。本当にこんなのに助けられたのかと思うと微妙な気持ちになった。

 莉桜とタスニムは今クルーザーのキャビンにいた。大黒埠頭から出港した船にTOG達と共に乗っていたのである。難民コミュニティに迷惑をかけないために場所を変えたという名目はあったが、盗聴対策でもあった。

「警部は盗聴されているのですか?」

「知らなかったか? 私を疎ましく思っている者が内外に多くてな。おかげでプライベートでも気を遣わないといかんのだ」

「その割には気にしてる感じがしマセン」

「慣れればどうとでもなる」

「なるほど。大尉は見られて喜ぶタイプと。俺と一緒ですわ」

 すかさず山西がフィンガースナップ。キャビンに入ってきた二人の男が、含み笑いを漏らしていたスワンの両脇を抱えて出て行く。連れて行かれるスワンはいい妄想をしているようで、清々しい笑顔だった。

「ところで警部。コミュニティにやってきた警官は?」

「そこは宇佐見の気にするところではない。始末はこちらでやっている」

「それだと署は黙っていないのでは?」

「そもそもあれは警官ではない。中華のクローン兵だよ。第三世代タイプ4D」

『クローン!?』

 意外な言葉に莉桜とタスニムが立ち上がった。それは、クローン兵が市警の制服を手に入れることができる状況であること意味してるからだ。

「クローン兵が警官になりすまして署に侵入しているってことデスカ!?」

「少し違うな。おそらく、あれは雇い主に与えられたものだろう。命令は、宇佐見か井下の殺害。或いは両方……まあ、妥当に考えれば宇佐見の殺害が目的だろうな」

「……わたしを殺そうとしたクローン兵の雇い主は、警察の装備も用意できる……?」

「そのあたりは重要参考人から聞くとしよう。……連れてこい」

 山西がキャビンに備え付けてあった電話をつなぐ。二分もしないうちに扉が開かれた。モスと共に入ってきたのは――

「巡査部長!?」

「………………やあ、久しぶり」

 後ろめたい気持ちから顔を逸らしていた雨木が、莉桜とタスニムの顔を横目で見て苦い笑いを浮かべた。疲労の色が濃く、今にも倒れそうだった。

「どうして雨木さんが……いや、なぜあのとき……」

 訊くべき事柄が溢れてしまい、莉桜は言葉が続かない。微妙な空気の流れるキャビンで言葉を紡いだのは山西だった。

「色々と疑問がつきないだろうが、一つ一つ解いていこう。そもそも今回の件、家族が原因なのだろう?」

「……」

「別に隠さずともいいさ。雨木清治郎巡査部長。いや、元神奈川県町田独立派の工作員というべきか」

「ッ!?」

 伏せていた雨木の顔にあからさまな動揺が走った。

「そ、れは……」

「私は町田の生まれだ。元だが、自治警察機構時の情報網は未だに使える」

 町田は極東のイスラエルと呼ばれる地域だった。神奈川と東京が互い領土を主張する中、町田自身が自治権を主張し独立を宣言。武力で以て押さえ込もうとする東京神奈川連合軍を排斥し、一時的に自治権を勝ち得ている状態が数年前から続いていた。ただ、完全に独立し切れてはいないので自治権を掌握したい東京神奈川の独立派が陰で暗躍しているのである。

「雨木さんが、工作員……デスカ?」

「元だ。経歴によると、少し前に逮捕・投獄されて、監視付きで横浜市警に配属されている。能力を買われての不穏分子摘発役を任されてた。そうだな?」

「…………はい」

「しかし、それだと嘘情報を流したりできるのでは?」

「そのために家族を使う。雨木の妻と娘には常に見張りがついていた。雨木がちゃんと仕事できるようにな。これなら好き勝手できないだろう?」

「そこからは、俺が」

 顔を上げた雨木が、莉桜の言葉に答える山西の言葉を続けた。

「俺は、警部の言う通り神奈川独立派の人間だった。一度捕まってからは警察の手先で、怪しいヤツを調べ上げて消してきたよ。今回も……博物館の件は本来宇佐見と井下の始末を命じられてたんだ。けど、俺には出来なかった。だから……ッ」

「ワタシを海に捨てて、莉桜ちゃんを犯人にしたのデスカ?」

「……警察が駆けつけるのが早くて、宇佐見まで逃がせなかったんだ。で、行方不明だった井下はともかく、宇佐見を殺さなかったことがばれて、家族が……さらわれた。あっさり殺されなかったのは、今までの功績故らしい。で、宇佐見を始末する命令を受けて、従ってる振りして家族を……家族を……ッ」

 不意に雨木が膝から崩れ落ちた。嗚咽混じりの声で言葉が続けられない。

「雨木さん……一体?」

「雨木はさらわれた家族が見つけられなかったんだ。雨木が動かないからこそ、お前達のところにクローン兵が行ったんだろう。となれば、家族はどうなると思う?」

 言うまでもなく、雨木が動かなければ家族は用済みだ。雨木の涙は家族の死を表していた。いくら冤罪をかぶせられたとはいえ、家族が人質になっていたのならば仕方がない。いいようのない怒りと悲しみがキャビンを包み込んでいた。

「……それでだ雨木。私の元で働く気はないか? 雇い主からすれば、お前はもう用済みだろう? その辺をブラブラしていたら、口封じされるんじゃないか?」

「山西さん……!?」

 そんな雰囲気の中での唐突な勧誘に、莉桜は困惑する。今言うことだろうか? 落ち込んだ雨木に追い打ちをかけるように山西は言葉を続けた。

「雨木、TOGに加われ。TOGは私と共に町田独立紛争を戦い抜いた優秀な連中だ。紛争後に市警として飼い殺されていたが、それでも腐ってはいない。しがらみから解放されたお前なら、私の手足として動かすのに申し分ない」

「山西さん、そういうのはいくら何でも早すぎでは」

「じゃあ、いつならいいんだ? 弱ってるときにつけ込むのが常套手段だろう」

(なんでこの人はそんなことを堂々とバラしてるんだ……)

 山西はなぜか得意げでTOGもなぜかドヤ顔だ。落ち込んでいるときにそんな顔を見せられれば誰だって怒りが湧く――案の定、雨木は恨めしそうな目で見ていた。

「俺に……何をしろと?」

「私たちの上にいる連中の悪事を暴く。面白いぞ」

「妻と娘が死んだのに、面白がれとッ!?」

 立ち上がった雨木が吠える。すると山西が笑い出した。つられてTOGの面々も大笑いを始める。死者と雨木を冒涜するような光景に莉桜とタスニムも我慢できず立ち上がろうとしたとき、コール音が鳴った。

「手間取ったな」

『そう言わないでくださいよ。これでも、無茶な条件を守りつつ急いだんですから』

 スマホを切った山西がタブレットを立ち上げ雨木に投げつけた。

「見ろ」

「俺は……ッ」

「お前には見る義務があると思うぞ?」

 押しつけられ、仕方なく雨木はタッチパネルに目を落とす。パネルに映るライブ映像を見て腰を抜かした。

「あ、あゆみ……由佳!?」

「記録ではないぞ? ライブ映像だ。証拠に私の部下が映ってる」

「……………………………本当だ…………………………」

 画面には椅子に座って食事をしている雨木の妻あゆみと娘の由佳が映っていた。怪我している様子もなくいつも通りで、その脇から時折むさいおっさん達がウザイ感じで映り込む。死んだと思っていたはずの家族が生きていたことを知り、雨木は気が抜けたような大きなため息をついてしまった。

「後で会わせてやる。その後は、一段落するまで県外のセーフハウスで保護が妥当か。それがお前をTOGに迎え入れる報酬のひとつとするが、どうだ?」

「…………どうやって見つけたのですか」

「言っただろう? 私の部下は優秀だと」

「……」

 束の間の無言。その後、雨木はTOGに入る事を了承した。憂いのなくなった雨木に迷いはなかった。

「さしあたって、雨木には宇佐見と井下に謝罪する必要があるな」

「え?」

「殺さなかったとはいえ、冤罪を押しつけたんだ。許しを請うのは当たり前じゃないか?」

 言われてみればそうだ。雨木がきつい状況だったとはいえ、莉桜が冤罪で留置されていた事実は消えない。それを思うと怒りがこみ上げてきた。特に雨木の家族が無事だっただけに、自分だけが割を食っていたかのような錯覚を覚えたからだ。

「ワタシは、特に……」

「わたしは許せません」

 手を振って断ったタスニムと違い、莉桜は笑って済ませる余裕がなかった。

「宇佐見……」

「謝罪されたところでわたしの時間や立場は戻りません。なので一発だけ。殴らせてください」

「……済まない。俺は………………。そうだな、わかった」

 何を言っても言い訳になると考えた雨木が後ろ手に手を組み莉桜の前に立ちはだかる。莉桜は義腕は壊れかけた片腕のみで、思い切り殴ってしまえば砕けるだろう。それでも、このタイミングを逃せば殴れなくなる。

「元の腕なら確保している。存分にやれ」

「了解です。では雨木さん、目をつぶってください」

 莉桜の言葉に従い、雨木は目をつぶる。莉桜は拳を握りしめ――思い切り蹴り上げた。

「――はぉッッ!?」

 陰嚢のつぶれる感触が足の甲に伝わる。あまりに痛みに目をむいた雨木がキャビンに倒れ込んだ。

「お、おおぉ……男廃業したらどうすんの……ッ!?」

「知りません。股間を鍛えてないからそうなるんですよ」

「そこは鍛えようがないのよ!?」

「よし、これで手打ちだな。改めて作戦会議といこうか」

 のたうち回る雨木を尻目に、山西が手を叩く。股間を押さえた雨木が立ち直るのを待ってから次のステップへと話を移した。



 数日後、莉桜達は夜の横浜に繰り出していた。

「……ここですか?」

「らしいねぇ」

「おっきいデス……」

 フードを外した莉桜が夜空を見上げる。月明かりに映えるMM21の摩天楼がそびえていた。

「はいはい、お三さん方も用意して」

「いい月だけど、感傷に浸ってる場合じゃないよ~」

 辺りで潜入の準備を進めるTOGの面々に呼ばれ、莉桜達も足下のバッグから道具取り出し始めた。

 亜甲財団。これが当面の調べるべき場所だった。雨木に指示と監視を行っていたのは警察だが、その警察のサーバーを漁っても何も出なかったのである。やばい情報をわかりやすいところに置くわけがないのはわかりきっていたので、本来なら直接署内を漁りたかったが、山西を含めたTOGはすでに目をつけられている。莉桜は逃亡犯として、雨木は裏切り者として目をつけられている以上、何食わぬ顔をして戻ることは出来ない。タスニムだけは現状何も疑われていないだろうが、調べに行った後は監視の目が着く可能性が高く、そこから莉桜達まで辿られる危険があった。

「クライオニクスってのをやってる財団なんだっけ? てか、クライオニクスってなんだろ? 死体損壊することじゃないよね?」

「もう……警部の話聞いてなかったんデスカ? クライオニクスはコールドスリープのことデスヨ?」

「タスニム違う。クライオニクスはただの人体の冷凍保存。コールドスリープみたいに生きた人を保存しない。そんな技術未だにないし」

 手がかりがなくなり振り出しに戻った莉桜達は、視点を変えて別の部分に焦点を当てた。その結果、例の博物館に管理会社があることがわかり、それがクライオニクスを行っている亜甲財団だった。「延命措置の一つとして人体の保存をする」知る人ぞ知る会社であったが、アメリカにあった財団の前身会社の起こした事件の方が世間的にはメジャーだったりする。不治の病に対し、治療を未来に託して死体を超低温で保存するというのがその会社の業務だったが、宛てもない未来までの保存費用は莫大だ。そのため、費用が捻出できない人向けの低価格コースもあったが、これが大問題だった。鮮度が大事と言わんばかりに、死亡届を出さずに持ち込まれた死体は即座に首を切断され、冷凍装置に入れていたことが公になったのである。当然社会的な問題となり、結果会社はつぶされた。

「しっかし、脳だけ保存ねぇ……これは何か関係あるのかねぇ」

「わかりませんよ。ただ、雨木さんがわたしたちを消すように命じられたのは、あの倉庫が何かしら重要だったからでは?」

「と思うんだけど……それが警察とつながるとは思えないのよねぇ。わけがわからん」

「そういえば、雨木さんあの時脳みそわたしに投げつけてませんでしたか?」

「ぅ……あれはほら、全ての中身に脳みそが入ってるなんて思ってなかったらさ。それに、もうホトケさんだったし……ねぇ?」

「ワタシに言われても困りマス」

「ですよねー」

「次やったら男を完全廃業にしますね」

「……その、義腕を力強く握りしめるとか怖くて仕方ないんですけど」

 力強く握りしめた莉桜の義腕を見て雨木は身震いする。莉桜の両腕は元のゴツい腕に戻っていた。壊れかけの腕を雨木が押収品の中から回収して朋香に直させたのである。急いだために微調整が甘かったが、日常用の軽量腕部とは違う確かな重量感が懐かしく、しっくりと馴染んでいた。

「あー、装備し終わったん? 突入の準備OK?」

「あ、はい」

 手すり越しに下の道路の様子を見ていたモスに頷く。ちなみに、莉桜達は今亜甲財団の所有するビルの足下にある低いビルの屋上だ。そこで周辺の道路状況を確認しつつタイミングを計っていた。

「ヌッコ、そっちはどう?」

『ヌッコって呼び方止めない? まあいいけど。で、警備員か……いるね。それもたんまり。プレキャリまではわかるけど、銃はおかしいよねぇ……しょっぴけるよ、あれは』

「あらほんとに。ヤラカドの方は?」

『同じく銃持った警備員が見えるな。亜甲財団は何と戦ってるんだ?』

「さあ? ボク達みたいな連中とじゃない?」

『上の方で電気ついてるのは何だろうね。残業?』

『ペントハウスで残業ってことは無いでしょ。パーティだよパーティ。金持ちの大好きなやつさ』

 方々のビルに別れて状況を確認していたTOGの面々が通信機でやりとりしているのを、莉桜達は聞いていた。

「銃刀法でしょっぴくのは可能でしょうケド、素直に聞いてくれるとは思えマセン」

「まあ、引き渡すよりは撃ってくるよね、普通はさ。……まさかエアガンってことは無いだろうし」

「警備員がエアガン持ってたら痛すぎです」

 そもそも、この場にいる誰もが警備員の武装を玩具だと思っていない。もし相手にするなら、実弾で対処すべきところだ。幸いにして、莉桜の手にはTOG達がどこからか仕入れてきたタグ付きがあった。

(ライフルか……)

 横浜市警の制式ライフルは国防軍で更新された八九式だった。とはいえ、サブマシンガン以上の火力は神奈川重機動隊に回されてしまうために、莉桜は手にしたことがない。今も手元にあるのは押収品であろうAKS74Uだった。取り回し良し威力良し、腕の重量で反動も相殺できるので精度にも期待出来るだろうが、生憎とサプレッサーがない。故に、派手にことを起こすと決めるまでは使えなかった。気軽に使えば警察を呼び寄せてしまう。

(となると……)

 腰のテーザーガンに手を伸ばす。予備弾なる端子はそれなりにある。隠密行動時に使用するならばこれ一択しかない。

(でも、警備員達の肌の出てるところって……?)

 生地の薄い服越しであれば撃ち込むことも可能だが、厚いナイロン地では端子が貫けない。どうすべきか迷っていると、通信を終えたモスが立ち上がった。

「さて、行きましょうか。シチュエーション的にはダイハードですねぇ」

「ナカトミ・プラザビルに侵入するテロリストごっこですか?」

「おお、さすが雨木さん、知ってますなぁ!」

「チェーンソーとAUGも欲しいところです。後チョコバー」

 唐突に始まった映画談義に花を咲かせ、モスと雨木が屋上から去って行く。実力はわかっているが、一仕事するというのに大丈夫なのか不安で仕方がなかった。

 

『……配置着いた?』

「はい。目標地点に到着」

 ビルから降りた莉桜達は闇に紛れて道路を渡った。不夜城の一端にあるみなとみらいとはいえ、丑三つ時を回るとさすがに車の往来はない。大回りしつつ亜甲ビルに近づき、物陰から警備員の様子を伺うと、その異様さを改めて認識する。どの警備員もサプレッサーのついたライフルを手にしていて、覆面をした男達はアーマーを着ていることもあって体格がいい。

「日本には見えませんね」

「あれじゃ拠点を守るPMCだね」

「で、いつ関節を折っていいんデスカ?」

「折るのはちょっと……彼らはあくまで警備員だからね。名目上は」

『それじゃ、行動開始。合図と共に三秒以内で目標を制圧。……GO』

 モスの合図の元、莉桜や各地点に潜んでいたTOG達が警備員達に近づいていく。と同時に、一台のトレーラーが軽カマを載せてゆっくり通過していく。運転しているのはTOGの一人であるデカオだ。警備員の気を惹くためと、莉桜達の足音を消すためにどこからか徴発したもので、ビルの前で停まる算段だった。警備員としては害のないものに意識を奪われている場合ではない。とはいえ、間近に今にも爆発しそうな程の黒煙を煙突マフラーから吹き上げているトレーラーがいると気になってしまう。それは警備員の職務としては正しい。そこにTOGの合図が入った。一斉に動き出したTOGが目標の首を極め、露出している皮膚にテーザーガンを撃ち込む。援軍を呼ばれないよう、ほぼ同時に素早く無力化しなくてはいけない状況にもかかわらず、TOG達は手慣れた動きで警備員を沈めていく。飛びついたタスニムも警備員の首に足を絡めてフランケンシュタイナーを極める。脳天を叩きつけられた警備員は見事に意識を失った。

「やりマシタ。莉桜ちゃんは――」

「ちょ、ちょー!? 誰か助ッ」

 雨木の間の抜けた声が聞こえる。押さえ込みに失敗した雨木と警備員が組み合っていた。

「雨木サン!?」

「井下、頼むこいつを――」

 助けを求めた井下の元に向かったのは莉桜だった。警備員に背後から飛びかかり、義腕を首に回す。力を込めると、首から嫌な音がした。

「あ」

 力が抜けて倒れる警備員を莉桜と雨木が見下ろす。すかさず首に手を宛がうと、雨木は安堵のため息をついた。

「生きてる。死んではいないみたいだ」

「……よかった」

「あれ、生きてんの? ボク殺しちゃいましたよ」

「俺も」

「俺も。勢い余ってつい……てか、コイツラ弱くね? こんなんじゃ警備なんて出来ないだろ」

「そりゃあ、町田の独立戦争時からすれば温いでしょうよ……」

 TOGの言い草に雨木は苦笑しか出来なかった。殺すことに何ら動じないのはどうなのかとTOGの特異性に疑問を覚えていると、モスが歩み寄ってきた。

「まあ、気にしないようにしてください。見てくださいよ。コイツらクローン兵ですし、亜甲財団が悪ければこの行為も問題が無いってことですよ」

 ビルの裏口が開いたと通信が入り、TOG達が移動していく。その背中を莉桜は見送った。

「あれがTOG……ですか」

「警部が外に出したがらないのもなんとなくわかるでしょ。あの人達は、町田紛争をやらかしたときのままの感覚がいつまでも抜けないんだ」

「……ランボーみたいなものデスカ?」

「かもね。兵士として鍛えられすぎた結果、まともな人間に戻れなくなったんだし。……それにしても、助かったよ。ありがとう宇佐見。その腕もちゃんと動いて良かった」

「別に。大したことじゃありません」

 当たり前のことをしただけで改まって言われるとなんだか気恥ずかしく、莉桜は自らの腕に目を落とす。

「……にしても、よく回収できましたね」

「その時はまだ署内にいたからね。……ただメンテの時間が足りなかったらしくて、完璧じゃないみたいだけど」

「でも、特に不具合を感じません」

 とはいえ、後々動かなくなっても困る。一段落したら改めて朋香のところに行こうと考え、莉桜達も裏口に向かった。



 亜甲ビルに潜入した莉桜達だったが、潜入は早くもしくじっていた。警備室でカメラをカットしたことが原因なのか、エントランスの警備員を倒したのがカメラに映っていたのか――いずれにせよ、下階へ向かう非常階段に足をかけたときには武装した警備員が駆けつけてきたのである。警告なしの発砲にTOGも応戦し、全て蹴散らしていく。

「……さすがTOGデス」

「これで何度目の襲撃だっけ? 五? 六?」

「六回です」

 銃声が収まり、暗がりの向こうからマズルを向けてくる者がいなくなったのを確認して莉桜達は立ち上がる。TOGの面々はすでに立ち上がっていて、暗がりの通路をライトで照らしつつ進んでいた。ビルには地下六階まであり、上階と地下で戦力を分散させた結果TOGの人数は半分以下になっていたが、それでも鬼神のごとき強さは変わらない。

「しかし、あの人達本当に躊躇ないですね」

 そこかしこに転がる警備員の死体を見て、莉桜はため息をつく。手足を投げ出した状態で事切れている警備員は皆、アーマーの隙間を縫うような銃弾でやられていた。

「……すごい精度デス……」

「わたしたちいらなかったんじゃないですかね?」

「腐らない腐らない。俺達にだってやれることがあるはずだよ」

「例えば?」

「……そうねぇ」

 莉桜の言葉に答えるべく、雨木は首をかしげる。

「エントランスから来る警官の足止めとか? 如何にTOGでも、警備員と武装した警察に挟み撃ちにされたらやっかいでしょ」

「ああ、それは大丈夫。警察なんて来ないよ。てか呼べない」

 後方を警戒していたTOGの一人であるクボが足下の死体が握っている銃を指さした。

「こんな武装しておいて、襲われたんで助けてくださいなんて言えないよ。万が一にでも警察が来たら、警察ごと僕らを殲滅するだろうね」

「ああ、なるほど……確かにそうデス」

「そうまでして隠したいものがここにあるってことだね。それに警備員の顔見た? コイツラも全員クローン兵だよ」

「え?」

 莉桜のライトがバイザー越しの警備員の顔を照らす。クボの指摘通り、警備員は外で無力化した連中と同じ顔をしていた。

「財団がクローン兵を雇ってるってことですかね」

「そうなるのかね。でも、これって第三世代だよ。自我もあるだろうし、わざわざ本国から逃亡して日本の企業に雇われるとかするかねぇ?」

「そこは本人に訊いて下さい」

「まあ、そうだけど……もう死んでるし」

「でしたら、雇用者に訊くしかないですね」

『なんか情報が漁れそうなところ見つけた。来てくれ。扉の開いた広い部屋にいる』

「はい了解。今のはヤラカドかな……てことは、奥か」

 無線から聞こえてきたヤラカドの言葉に応えたクボが莉桜達の肩を叩き、歩くように促す。照明の落とされている廊下を三分ほど進むと、扉の開いた部屋があった。

「……広いデスネ」

 足を踏み入れると、そこそこの広さもさることながら二階分ぶち抜きになっている空間に感嘆の声を上げたタスニムがライトで辺りを照らす。部屋の端にはヤラカドとコックが端末や資料を漁っていた。

「モスとヌコはどうしたの?」

「先に進んでる。クボ達も情報を漁ってくれ」 

「OK。具体的には何を探せばいい?」

「ここに侵入するための言い訳として成り立つだけの説得力のある情報」

(……見つからなかったらどうするんだろ)

 クローン兵がいる時点で十二分に怪しいが、ろくに証拠も挙げずに警備員を殺害して侵入するのはどうだろうか。少なくとも警察では絶対出来ない芸当に不安を覚えつつ、莉桜は辺りを見回した。

「タスニム、どうしようか?」

「うーん……ここは十分なような気もしマスネ」

 端末や資料になりそうなものが置かれているのは部屋の端だけで、そこはヤラカド達がすでに占領していた。そこ以外の空間は、テーブルとソファなどがいくつか置かれているだけの広い空間だ。

「なんだろうね、ここ……」

「レクリエーションルームでショウカ……?」

「こんなところに何かがあるとは思えない。……亜甲ビルに入ったのは失敗だったかも」

「いや、まだわからないよ。何か出てくるかもしれない」

 そもそも自分は何でここに潜入しているのかわからなくなる。無実を証明するつもりだったのに、今じゃ立派な犯罪者だ。かといって帰るわけにもいかずどうすべきか悩んでいると、雨木が歩み寄ってきた。

「忘れたかい? ここを怪しんだのは警部だ。絶対に何かがある。クローン兵が警備員やってる時点でわかることだよ」

「しかし証拠が」

「――見つけたかもしれんよ」

 ファイルを開いていたコックの元に視線が集まった。歩み寄った皆にすかさずコックがファイルを開いてみせる。それはリストだった。

「……こいつは?」

「顧客リストだと思う。見覚えないかい?」

「?」

 その場にいた全員がリストを眺め、思案する。

「これ……行方不明になってる人間じゃないか?」

「正解。しかも、有名人や金持ちばっかりだ。政治家とか実業家もいるな」

 ヤラカドの言葉にコックは頷く。

「行方不明者とリストがかぶってる……猟奇殺人犯の犯行リスト?」

「そうとも言えるが、それだと顧客にはならない。ここにはアンチエイジングリストって書かれてるんだわ」

「……エステの顧客デスカ?」

「でも、名前からするとオッサンばっかりだ。年齢も高めなんじゃないか?」

 その疑問はもっともで、中年から壮年期の男がエステの顧客というのもなんだか気持ちが悪い。

「それに、リストが行方不明者名簿だとすると、大勢の難民が行方不明なのに説明がつかない。手口からして同一犯だと考えられてたけど……」

『えーこちらモス。大量の脳が保管されてる場所を発見。カプセルに入れられ――』

 思考を遮るように入ってきたモスの通信が銃声によって遮られた。それは通信機のスピーカーだけでなく、廊下からも聞こえてくる。反射的に銃を握りしめた莉桜達が廊下に意識を向けると、ライトを向けた先の戸口に一人の男が立っていた。

「おや、ばれてしまったか。さすが警察と言うべきかね」

「――両手をあげて頭の後ろで組め」

 雨木の声に全員が動き、男に銃を向けたままにじり寄っていく。銃口を向けられているにもかかわらず、スーツを着崩した男は笑みを絶やさなかった。天井の水銀灯がゆっくりと点灯し、部屋を明るく照らしていく。

「おお、怖い怖い。横浜市警は怖すぎる。本当にLEと呼ばれる存在なのかね? 強盗と何も変わらない」

「黙れ。手を上げて伏せろ」

「まあ、待ちたまえ。私の話を聞いた方がいいんじゃないかな?」

 莉桜達を試すようにささやく男は全く怯まない。中華系の男だろうか。日本人とはやや違う顔つきをしているが、物腰や口調は日本人そのものだ。莉桜が横目で仲間の様子を伺うと、仲間もどうすべきか迷っていた。

「……俺達に何を話してくれるって?」

 埒があかないので、ヤラカドが代表して口を開く。

「まずはその危ないモノをしまって欲しいね」

「お前の話次第だ」

「ふむ。まずは名乗らせてもらおう。……私は多田昌喜。君たちの中に知ってる人はいるかな? 一般人ではないと自覚しているが……」

「あ」

 声を上げたのは莉桜だった。

「難民の無料検診拡大を唱えた県議会議員の名前……」

「おお、正解! 知ってる人いるもんだね。あの後のデモの方が大々的になってすっかり忘れられてたから、ちょっと嬉しいよ」

「しかし、あんたはその県議じゃない。年齢が違いすぎる」

 ニュースで見た多田昌喜はいいところ六〇代の日本人だった。しかし、目の前にいるのは中華系の三〇代。どう見ても偽物だ。

「名を騙るにしても、自分の年齢に近いヤツにすべきじゃないか?」

「んー……まあ妥当な反応だね。だが、事実なんだ。私は多田昌喜。神奈川県議をしていて行方不明になっていた者だ。そのリストにも名前が載っている」

 なんだったら、家族構成や性癖、書斎の奥に隠してある酒の銘柄まで何でも教えますよと言われたが、そんなプライベートなど誰も訊きたくないし、そもそも多田ではないと考えているためにどうでもよかった。

「……とまあ、私を知っている人がいたし、話をしようか。そのリストのことをね」

 話すといいながらグダグダしてきたので、確保すべくクボとタスニムが踏み出すと、ようやく本題に入った。

「そのリストはね、若返りのリストなんだ。若返りたい人のリストっていうのかな……どんなに地位やお金を持っていても、老いだけは避けられないからね。それを克服したい人々のリストさ」

「で? それが何でここにある?」

「決まってるじゃないか。亜甲なら若返らせてくれるからだよ。私を見てくれ。ちょっと前までは糖尿病がひどくて透析一歩手前だった体が、今じゃこんなにも健康だ。まあ、やや栄養が足りなくて健康状態がよくないがね。それも、食べていればじき良くなる」

(……まさか……)

 莉桜の中に一つの仮説が生まれる。周りの人間も同じ考えに至っているのか、苦々しい表情をしていた。

「いくつかヒントを出そうか? ここの財団の本業で、低価格路線では何をする? 財団の本来の目的とは? もし、技術が整っていたらこの財団は何をする? この辺りを読み解くと見えてくるよ?」

「……」

「もう答えを言ったようなものかな?」

「……………………………………多田昌喜の脳を別人に移植した、とでも言う気か?」

 誰かの声。口にした本人も半信半疑のようで、かすれた声には迷いが感じられた。その声に対し、男は静かに手を叩く。

「正解。正解だよ……まあ、ヒントを出しすぎた結果かもしれんが。多田昌喜の脳と脳幹を適合した体に生体脳移植した姿がこれだ。いわば、ニュー多田昌喜と言うべきか?」

「そんなことできるわけがないッ」

「と思うでしょ? それがそうでもないんだ。確かに、脳を別の生きた人間に移植するなど倫理的に許されるものではない。ただ、倫理感の欠如した国が隣にあるじゃないか。その国は、倫理感が足りなかったことでクローン技術を人間に使うことが出来た。倫理感が足りなかったことで、クローン兵から脳を引きづり出して移植する実験が出来たわけだ。戦時は捕虜が使えるから医学が発達すると言われるけど、それを平時に気兼ねなく行えるんだからすごい国だよね。もうバラバラになっちゃったけど」

 常識のない国ってのはすごいとしきりに感心する多田を、莉桜は信じられない物を見る目で見ていた。世界のどこでもまだ行われていない、行われる予定すらないであろう脳移植を中国が行っていたと言われても荒唐無稽な戯れ言にしか聞こえないが、本人は至って真面目に言っているようだった。

(確かに中国はそういう国だけど、そんな技術有るわけが……)

 ない、と言い切れるだろうか。コピー大国とはいえ、近年開発された兵器の性能は侮れないものがある。各国からなりふり構わず技術を吸収していることを考えると、可能性が無いわけではなかった。

「では、その体本来の持ち主は?」

「さあ? 私は関知してないが、死んだんじゃないかな? だってそうだろう。私の欲しかったのは脳以外の体だ。脳に興味は無いよ」

「……」

「もっとも、君たちが気にすることじゃない。脳移植に使われるのは難民だけだ。どうせ放っておいても死ぬ体だし、だったらその若い体を有効利用しようというのが、亜甲の考え方だよ」

「なるほど。どの体が使い勝手がいいか調べるための健康診断か」

「いいや? 無料健康診断の緩和は、国内にどんな連中がいるかを把握するためさ。お客さんにだって好みはあるだろう? そこから適合する体を選別するのは薬を使った。これは基要軒に頼んで広めてもらった。まさか、別の難民に邪魔されて、そこから辿られるとは思わなかったがね」 

(……チヌークの件か)

 基要軒が一枚噛んでいたことに今更驚く者は誰もいなかった。それに満足しつつ、多田は言葉を続けた。

「まあ、食い物にされてしまう立場になった自分を恨んでもらうしかないが……多くの無駄な死が出たことは謝ろう。モッタイナイはいい言葉だと、ワンガリ・マータイも言っていたしね」

「無駄な死……?」

「おや、そっちは気づいていなかったのか。横浜中にあった猟奇的な死体を見ただろう? あれは猟奇殺人の果ての物ではない――まあ、一部模倣犯はいたようだが――あれは体から脳を取り出すのにしくじった物なんだよ。なにせ、難易度が高くてね。頭蓋を切開して、そこから体を傷つけないように脳と脳髄周辺を摘出。難民の脳はその辺にポイして、あとは顧客者の脳を納めて神経を接続……発想はいいんだが、歩留まりが極めて悪い。これは日本でも手間取った。なんせ非効率すぎるんだ。結局日本独自の技術で三回に一回は完璧な素体が用意できるようになったんだ。ああ、これでも中国の一〇〇倍マシなんだ。冗談じゃなくてね」

 その言葉が事実ならば、中国では脳を入れ替えることのできる素体を製造するのに三〇〇人の死体を作っていたことになる。

「もう少しすれば、無駄も出なくなるだろう」

「……ご丁寧に自供どうも。井下、手錠だ」

「承知シマシタ。腕は?」

「死なない程度にやってやれ」

 折っていいか許可を求めたタスニムに雨木はあっさりと認める。いつもは穏便に済まそうと極力努力する雨木も、難民を殺したあげく体を乗っ取っていたことを自慢げに話す多田には辟易していた。

「いいのかい? 私は重要参考人だぞ?」

「だから殺せとは言ってないだろ。こっちの知りたいことをベラベラ話してくれたんだ。全殺しまではしない。ただ、無傷で済むとは思ってないよな?」

「暴行して証言させようとしてるのかな?」

「証言はここにいる複数の警察関係者が聞いてるし、録音もしている。今更シラを切ったところで無意味だ」

「なるほどなるほど。だが、無意味だ。顧客リストをちゃんとみたかい? 県警のお偉いさんもいるんだよ。これがどう言うことがわかるよね?」

(いくらでも揉み消せるってコトか)

 若返ることと引き替えにこいつらを野放しにしていたことになる。雨木を利用していた奴らだろうか。うまくつつけば、その辺の情報を引き出せるかもしれない――雨木の様子を伺いつつ莉桜がそんなことを考えていると、周りから物音がした。

「……」

 振り返る。そこかしこで床板が開き、下から男達が現れた。その数八――いずれも中東系と中華系の男で、細身の体をBDUと装備に包みライフルを手にしていた。

「……さて、時間稼ぎは終わりだ。冥土の土産は楽しんでいただけたかな」

「正直足りねぇよ。土産って言うならもっとよこせ」

「その強欲さ、さすがTOGと言ったところかね。おかわりは、彼らの鉛玉で我慢してもらおう」

 不満顔のコックに苦笑した多田が手を上げると、にやけた男達が銃を向けてくる。ヤラカド達も負けじと銃を向けた。

「見た目じゃわからないだろうけど、皆著名人だ。適合した兵士達の体に脳を移植プラス遺伝子操作で肉体を極限まで強化した。実戦は初めてだが、手強いと思うよ? そういう意味では、ハマポリは適度な実戦相手だと思う」

「そうかい。それはよかった」

「できうる限り後頭部を破壊だ。そうすれば、素体として使える。……まあ、適合してるかもわからないし、別にいらないけどね。それじゃ、死んでくれ」

 多田の指示と共に、男達が一気に動き出す。驚異的な速度と跳躍に莉桜は姿を見失った。即座に撃ってこなかったのは、驚異的な身体能力故に莉桜達を舐めているんだろう。そしてマズルが瞬く。多田の想像通り、決着はあっさりとついた。

「……………………………は?」

「これが手強い……? 町田紛争時のどの敵よりも楽だったんだが」

「ですね。もう少しやると思ったんですけど。残り少ない弾を使いきるかと思ったらそうでもなかったし」

 足下に転がっている兵士を蹴り飛ばすコックにクボが相づちを打つ。兵士達はいずれもプレートのない頭部や首に被弾して絶命していた。予想とは正反対の結果に、多田は呆気にとられていた。

「ばかな……人間に捕らえられる速度を超えていたはずだ」

「動きが直線過ぎる。身体能力だけに頼った動きなんて先読みできる。てかさ、あんたガンシューのベリーハードしたことあるか? あんなものじゃないぞ?」

「……」

 ヤラカドの言葉の意味はわからなかったが、兵士として完璧を目指したはずのものがあっさりとやられたことは事実で、TOGの認識を改めざるを得なかった。驚いているのも莉桜達もだ。正直、R9班は誰も撃つことができなかった。タスニムがかろうじて反応できた程度で、八人の兵士を始末したのはTOGの三人だ。

「……今の、やられる前に倒せたと思いますか」

「全然」

「ですよね」

「さて、これで終わりか? なければ――」

 言い終わる前に多田が戸口から姿を消す。ヤラカドはあえて撃たなかった。

「逃がしていいのデスカ!?」

「……コック、あいつの目見たか?」

「もちろん。ありゃ何か奥の手持ってるな」

「逃げたのではないと?」

「あの手のヤツがコケにされて黙ってると思う?」

 コックの言葉は的を得ていて、莉桜の記憶にある多田は議会中にやり合うとかなりの舌戦を繰り広げるタイプだった。それを鑑みるとこのまま逃げるとは考えにくい。そんなことを思いつつも逃げるかもと考えた莉桜の思考を遮るように壁が壊され、何かが飛び込んでくる。

「さて、第二ラウンドと行こうじゃないか」

 嬉々として部屋に飛び込んできた多田が、頭部のバイザーを下げて唯一肌の見えていた顔を隠す。体に装甲を纏わり付かせた姿はパワードスーツだった。ただし、その言葉から連想されるほどに洗練された物ではなく、あり合わせの物で無理矢理パワードスーツに仕上げたかのような無骨な出来だ。たとえるなら――

「――カマ?」

「その通り。亜甲の顧客には中国軍のお偉いさんもいてね。真っ先に若返りを約束したら、中国軍のパワードスーツをプレゼントされたわけだ。その人はまあ、移植手術が失敗して死んでしまったがね」

 呆気に取られている皆を前にスーツが歩き出す。すかさずTOGが発砲するが、逃げた多田が嬉々として戻ってきただけあって頑丈で、弾頭は火花を散らして弾かれた。

「宇佐見、井下撃て、撃てッ!!」

 雨木に促されて莉桜も発砲する。射撃の下手なタスニムでさえ当ててられるくらいにスーツは鈍重な歩みだが、ダメージを受けている様子はなかった。

「ハッハッハッ! さすが軍用は違うな。先進国のパワードスーツに比べれば泥臭いデザインだが、カマの発展型として作られただけあって、安価な割になかなかじゃないか!」

 弱点となりそうな関節部や装甲の薄さを考えて撃ったものの、通じた様子はない。そして、ここに来るまでに率先してライフルを撃っていたTOG達のライフルが弾切れを起こしてしまう。

「終わりかい? それなら、こちらから行こうッ!」

「ッ!?」

 踏み出した左足に力を入れた瞬間、三メートルほどの巨体が加速する。速さは、人間なら素早い程度。しかし、銃が効かない上に弾切れでは対処できず、ヤラカドは殴り飛ばされた。続いてコックとクボに向かう。ハンドガンも当然効かず、格闘で対峙するにも力の差があまりにもありすぎた。コックが床に叩きつけられ、クボも膝を腹部に受けて倒れてしまう。

「おいおい、こっちは素手だよ? 武器を使ってるのに暴徒を鎮圧できないんじゃ、警官としてまずいんじゃないのかね?」

 TOGを始末した多田がバイザー越しに笑みをこぼす。傷らしい傷がついているのはバイザーのみで怪我一つ無い。動きも速いので、逃げることはできないだろう。血路を見いだそうとする莉桜を見て、多田が歓喜の声を上げた。

「その腕……君の腕は機械か。じゃあ、もいでも問題ないね」

「は?」

「こう見えても私はグロイのが苦手なんだ。それに、紳士でもありたい。故に、生きた人の腕を引き裂くなんてコトは出来ないのだよ。ただ、スーツのパワーは知りたいだろう? だから、その腕を引きちぎらせて欲しいんだ」

 腕を引きちぎりたい紳士がいるわけがない。言い返そうとしたところでタスニムが飛び出していく。

「――させマセンッ!!」

「ほう、次はキミが戦ってくれるのかい!?」

 飛びかかってきたタスニムに拳を振るう。圧倒的な力で振るわれた拳はインパクトの寸前でいなされ、タスニムの横を抜けていく。

「ほ?」

「力だけでは当てることは出来マセンヨ」

「それはどうかなッ!?」

 声を荒げた多田が拳を振るうが、やはり当たらない。パワーや速さはあっても多田の拳や蹴りは素人のそれだ。それならば、力の流れを変えることで躱すことができる。しかし、タスニムに決め手がないのも事実だ。鍛え上げられた達人の技でもってしても、装甲を破ることは出来なかった。

「……宇佐見」

 タスニムがスーツを食い止めている間はいいが、タスニムの体力は無限ではない。攻撃手段のない今、いずれは躱しきれずにダメージを受けるだろう。その間に自分に出来そうなことはないか。それを悩んでいると、雨木が耳打ちしてきた。

「なんですか?」

「銃が効かない今、お前の腕だけが頼りなんだが」

「……」

 多田は莉桜の腕を千切りたいと言っていたので、接近戦を挑めば間違いなくこちらに寄ってくるだろう。莉桜の義腕のみがダメージを与えるというのも間違っていないと思われる。ただ――

「わたしはタスニムほど立ち回り出来無いんですが」

「……まじか」

「近づくまでに数発はもらう可能性があります。体が耐えられるかどうか」

 とはいうものの、いつまでもタスニムに任せてはいられない。わずかな時間とはいえ全力で動いているタスニムは早くも息が上がりつつあった。莉桜は決意する。

「行きます。雨木さんは勝つ算段考えてくださいッ」

「わかってる。なくはないんだ」

 その言葉を背に受け、莉桜は多田の背後から接近する。そして、タスニムと対峙する多田の背中に拳を繰り出した。

「はァッ!」

 気合いと共に背中を殴りつけると、多田の足が若干もつれた。

(いける……!)

「タスニム下がって! こいつはわたしがやるッ」 

 多田は動きが速いだけで格闘のかの字もかじっていない素人だ。ならば、先手を打ってつぶす。気合いでもって二発目の拳を叩き込む。振り向き様の脇腹に鋼鉄の拳が決まると、多田の巨体が傾いた。

(もう一撃――)

 装甲に傷らしい傷はついていないが、衝撃は内部に伝わっている。殴り続けていれば、鍛えられていない人間などあっという間に無力ができる。その考えは、三発目で止められてしまった。体勢を立て直した多田が、莉桜の左腕を受け止めたのである。

「な……!?」

「やれやれ、手癖の悪い人ですね」

「く……ッ」

 右腕も捕まれてしまう。すかさず蹴りを放ったが、腕とは違い生身では装甲に何らダメージを与えられない。

「さて、どちらの腕から壊して欲しいかな?」

「ふざけるな……ッ」

「残念だけど、首はやらないよ。私はロボの部分を壊したいのだ。痛覚はないんだろう? ゆっくりと無力化されていく恐怖を味わってくれ」

「ッ……!?」

「莉桜ちゃんッ」

「こないで! こいつはわたしが……!」

 今にも飛びかかりそうなタスニムを制止する。多田の腕に力が加わり、義腕のフレームが音を立てて歪んだ。旧型の、雨木の爆薬ですら歪むことのなかった頑丈な鉄塊がひしゃげていく。長年付き合ってきた体の一部が壊されていくことに、両腕を失って何も出来なくなる恐怖を再び覚えていると、部屋の戸口から銃声が響く。先行していたモスとドーガが手にした拳銃を連射していた。多田の頭部に吸い込まれた銃弾は予想通り弾かれたが、楽しみを邪魔されたことに多田の怒りが高まった。

「――ふざけるなッ!!」

「ッ!?」

 怒りにまかせた勢いで、左腕が引きちぎられた。ショックを受ける間もなく放り投げられ、莉桜は床に叩きつけられる。

「莉桜ちゃん!?」

「無事か!?」

「……無事に見えますか?」

 幸い致命傷は負っていない。ただ、それだけだ。唯一の攻撃手段である腕はもがれ、無事な方の腕も歪んだことで素早い動くが出来ない。

「多田は……!?」

「今はTOGの方に行ってる」

 こちらに背を向けた多田が、莉桜からもいだ左腕を振り回してモスを殴りつけていた。凄まじい速度で振り回される鉄塊を防ぐ手立てがなく、男達はサンドバッグと化している。なかなか倒れないのは意地からだろうか。その様子を見て、雨木が笑みに顔を歪ませた。

「……チャンスだ」

「チャンス?」

「何を言ってるんデスカ?」

 このままじゃ全滅する状況なのにもかかわらず、笑っている。狂ったかと二人が思っていると、雨木は取り出したスマホを弄った。刹那、多田の握る左腕が爆発する。

「な……なぁッ!?」

 手元で起きた爆発に、絶対優位を確信していた多田から悲鳴が上がる。そして、腕を押さえてのたうち回った。

「どうして爆発が……」

「前に、宇佐見の腕を爆発させて無力化しただろ? サーボに仕込んだ爆薬を藤巻さんをだまして組み込んでもらったんだ」

「……そういえばそんなことしてましたね」

「これも上からの命令だった」

 家族を人質に取られた上の命令であれば仕方が無い。あの時の爆発の理由がわかり、莉桜は納得する。

「本当は腕を再調整してもらうときに左腕のサーボの爆薬は外してもらうつもりだったんだけど、時間がなかったんだ。でもまあ、結果はこの通り。前の爆発は腕を無力化する程度の物だったけど、今回のはフルパワーだ。くわえて握りしめてる手首は圧が上がるから、吹き飛ぶと」

「ああ……!! う、腕がぁ……ッ!!」

 多田の苦鳴が聞こえる。それを耳に、莉桜は立ち上がった。

「わたしに任せてもらえますか」

「……必要なら呼んでくれ」

「手錠持ちマス」

 抑揚を抑えた無機質な声に、雨木は相打ちを打つ。腰のホルスターから銃を抜くと、手首を押さえてのたうち回る多田に歩み寄った。莉桜達が近づくにもかかわらず反応しないのは、痛みに慣れていないからだ。そんな多田の手首から先は爆発で千切れ飛び、傷口から溢れた鮮血が床に広がっていた。その手首を踏みつける。

「あああ……や、やめッ」

「逮捕して欲しい?」

「ぐ……ふざけぎゃああ!?」

 悪態をつく多田が悲鳴をあげる。手首の傷口に実弾を撃ち込んだからだ。

「貴様なんてコトを……!!」

「抵抗の意思あり。公務執行妨害と」

「な、なんだと……ッ!?」

「まあ、逮捕するにしても、手首ないし……」

「このまま無力化するのが妥当デス」

「了解」

 莉桜の言葉の意味を銃口から理解した多田が怯え、莉桜の足首を握りつぶそうとする。しかし、トリガの方が速かった。踏みつけている手首の傷口に次々と9mm弾を撃ち込む。そのたびにパワードスーツが震え、苦しげな悲鳴が上がった。

「た、助け……ッ」

「……」

「ぁ、ぅ……」

 命乞いには一切反応せず弾を撃ち続ける。スライドストップが弾切れを伝えてきたとき、パワードスーツは一切の抵抗を見せなかった。

「……死んだのデスカ?」

「まだ生きてる。まあ、もう警察じゃないんだから殺してもいいんだけど、情報を吐かせる必要があるから」

 弾を撃ちきった銃を捨て、莉桜はへたり込む。痙攣している多田にはまだ息が合った。ショックで死ぬことはなかったようだ。ただ、死んでも困るので後ほど治療する必要はある。

「……これで、TOGの仇は取れたかな」

「残念だけど無理だ」

 倒れ込むドーガの脈を測っていた雨木が振り返った。

「誰もまだ死んでない。重傷はいるけどね」

 間もなくして上階に向かっていたフクマツ達が降りてきた。上でも若返った連中に襲われたようだが、何事もなく返り討ちにしたようだ。

「なんだ、地下の方が当たりか」

「愚痴はいいから、さっさと出ようぜ」

 動けないでいる仲間を蹴り起こし、TOGの面々が地上を目指して歩き出す。爆発でひしゃげた左腕を拾い上げたとき、雨木が話しかけてきた。

「警察に戻る気はあるかい? この証拠があれば宇佐見が冤罪だとわかる。警部に掛け合えば、井下共々職場復帰も可能だろう。……もちろん、その気があればだけど」

「……あー……」

 自分を貶めた連中は殺したいほど嫌いだが、この力がないと守れない物がある事を莉桜は自覚している。普通ならば頷くところだ。

「しかし、それだとわたし達を敵視する者が多いのでは?」

「そこは問題ないよ。警部には、身内にいる事件の関係者と一緒に面倒くさい連中も一緒に消してもらおうと思ってる。そのリスト、一緒に作らない?」

 雨木のいたずらっ子のような笑み。タスニムに目を向けると、莉桜に向けて親指を立てていた。予想通りの反応だ。決して天職とは言えないが、性に合っているのだろう。上司に対し、莉桜は無言で頷くのだった。


[ 八話に続く ]

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