表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハマポリ BAD COMPANY  作者: 上倉鉄人重丸
3/9

ハマポリ BAD COMPANY 第三話

※この小説は、上倉鉄人重丸氏の小説に私(マンモス東)の挿絵を追加したものです。上倉鉄人重丸氏の代理投稿になります。


[第三話]


挿絵(By みてみん)


「はい……調整終わり。どう?」

 自称闇医者の藤巻朋香の言葉に莉桜は瞼を開けた。体を起こし、両腕に目を向ける。

「滑らかに動く? 違和感は?」

「……ほんの少し。これなら気にならない程度」

 腕や指先を動かし、スムーズさをチェック。かすかに聞こえるサーボモーターに異音はなく、莉桜の意思にあわせて動いた。まるで人の指そのものだ。ほんの少しの違和感――力を加えたときにサーボの負荷が増えた一瞬遅れるが、慣れれば何とでもなるレベルだ。

「馴染めば切り替えもスムーズになるから、我慢して使ってみて」

「……それなら、大丈夫かな」

 元通りの生活が出来る事に安堵し、莉桜は上着に袖を通した。

「でも、よかったわ。待ってもらえたおかげで出物が手に入ったわけだし」

「……謹慎中だから」

「巡査部長に感謝しなさいな。そうでなければ、しょぼいサーボしかつけられなかったもの」

「雨木さんがサーボ見つけてくれたんだっけ」

「そうよ。これに関しては運が良かったというべきね」

 その言葉だけ聞くと運が良いと言うべきなのだろうが、この状況になった経緯を考えると素直に喜べない。

「……よかったと思う?」

「思うわよ? あなたの話が本当なら、相当な処分を受けてて、マスコミから有ることないこと書かれて叩かれてないとおかしいもの。政治的な判断があったとはいえ、謹慎で済んでるのは運がいいって言ってもいいんじゃない?」

「……」

 笑顔で言われて莉桜は黙らざるを得なかった。先日起きた救急車逆走炎上事件の責任を取り、莉桜は一時的な謹慎を命じられていた。本来なら一般人を巻き込んだ警察の失態として大々的に報道されるべき内容で、莉桜は「銃を撃ちたいだけの人権意識のない悪質な警官」としてマスコミにインタビューされていないとおかしく無い。だが、莉桜下された処分は義腕の修理期間に使えといわんばかりの数日の謹慎のみ――署内にすら事件の詳細が公表されていなかった。

「警部さんか巡査長さんに感謝することね。まあ、あなたにそれだけの価値があるってコトだと思う。……端に人手が足りないだけかもしれないけど」

 朋香は請求書を手渡してくる。記されている義腕のメンテナンス費用に、莉桜はため息をこぼした。

「……相変わらずいい値段するね」

「保険適用外だから仕方ないわ。なんだったら、最近の義腕にしてみる? 多少は安くなるし、無骨で体格にも合わないそんな物よりも、軽くて動きやすいわよ?」

「日常生活にしか使えないガラス細工みたいな物なんていらない」

 朋香の提案を莉桜はあっさりと蹴った。莉桜の腕は、パワードスーツの技術を流用して作った「脳波でもって装着者の意志通りに動く義腕」の最初期モデルだった。故に無骨で腕回りも太い。小柄な体の割に腕だけ太いのはそのせいだ。それに比べれば最近のモデルはフレームの材質と内部機構のコンパクト化により、長袖さえ着ていれば義腕だとわからないほどに細い腕をしていて、男性はもとより女性も体に合った腕や足を装着することが可能になっていた。それを莉桜が断ったのは、日常生活用の義腕が非力で強度不足と、荒事に全く使えないからだ。

「本当は軍用モデルつけたい……ないの?」

「そりゃあ探せば出てくるだろうけど、あなた私の職業知ってる?」

「自称闇医者」

「そう。裏家業に片足突っ込んでるけど、本業は医者よ? 米軍の横流し品の情報とかは持ってないの」

「……」

 軍用並みの強度が欲しいならそれを我慢して使いなさいと言われ、頷くしかない。古い故頑強な材質で作ってあって内部スペースにも余裕がある。重い分バッテリーの消費も激しいが、この頑丈さのおかげで救急車から放り出されても無事だったことを考えれば、手放すことなど考えられなかった。

「せめて、署の方で補助金くらい出してくれてもいいと思う。好きで義腕になったんじゃないし、一割でも負担してほしい」

「そうね……でも、県議会はそういうの考えてないみたいよ」

 上着を身につけた莉桜が、封筒に入れた札束――治療代を差し出すと、代わりに新聞が飛んできた。受け取り、一面を見る。

「…………ああ」

 朋香の言わんとしてることがわかった。

「これ、荒れるかも」

 新聞には、難民の無料検診の条件が、神奈川県議会により緩和される旨が書いてあった。1時間後、本署から呼び出しを受けた莉桜は装備を調え横浜署に向かった。


「来たか宇佐見巡査」

「はい。ひょっとしてですが、難民の無料検診の件ですか?」

「ほう? 察しがいいな。まずはこれを見ろ」

 山西の個室に通された莉桜が敬礼をやめると、山西がタブレットを渡してきた。署内は騒然としていて、いつもの緩慢とした空気は流れていない。それを肌で感じ取った莉桜の背筋が自然と伸びていた。

「ライブ映像だ。ドローンで撮影している」

 タブレットのディスプレイには案の定神奈川県議会が入る県庁舎のデモが映っていた。県庁舎前の道路には警察に先導されたデモ隊が、難民の無料検診の緩和廃止の訴えを求めて行進している。デモが一糸乱れる感じで進むのと国旗がないのはこの国特有だろうか。

「お前の謹慎を解いたのはこれをどうにかするためだ」

「デモ隊を……ですか?」

「いや、デモは問題ない。あれは届け出の出ているまっとうなものだ。それに、私としてもデモの気持ちはわからんでもない」

 届け出の出ているデモの割に人数が少ないのには理由があった。そもそもこの難民の無料検診の緩和は、かねてより中華系とつながりの深い県議会議員・多田昌喜から提出されていた物だ。しかし、マスコミが報道しなかったこともあり、新聞に載るまで知っていたのはネットユーザーと県議会ウォッチャーのみ。無料検診の対象範囲の緩和とあるが、実質難民は無料で病気を治療できることを謳っている。承伏しがたいのは税金を納めている者だ。故に、デモ隊は県内の日本人と難民特区制定前から住んでいる在日外国人達で構成されていた。

「では、わたしは何をするのでしょうか」

「デモ隊の防衛だ」

「防衛? なにからです?」

「カウンターデモ隊の話は知ってるか?」

「……ああ。似非人権団体の過激派ですか」

 この場合のカウンターデモ隊は、どの国にもいる弱者に寄り添う形で政府を非難しながら権利を得ていく人権ゴロだ。差別反対を唱えながら暴力を振りかざすのが最悪で、神奈川はそれと難民マフィアが結びついていることがやっかいだった。

「それならいつもの手段でいいのでは?」

「そうしたいんだけども、そうもいかないんだよねぇ」

 背後の声に振り返ると、RGのプレキャリを身につけた白い着ぐるみがいた。ハマポリのマスコットであるホンモくんだった。首の接合部が外れて、中から中年男性が出てくる様はなかなかにインパクトがあり、莉桜は若干引いた。

「ラッキースケベか。準備はどうした?」

「ええ、もちろん終わっておりますよ。それと、ボクの名前はモスという両親からいただいたカッチョイイ名前があるんです。出来ればそう呼んでいただきたいものですね。もちろん偽名ですしHNですけど」

(……偽名って)

 モスの後ろには同じホンモ君の着ぐるみが十数体いた。いくら見た目がかわいいとはいえ、アスキーアート面の面妖な存在が大量にいるのは気持ちのいい物ではない。

「なんですかこれ。なんでこんなに」

「耐爆・難燃・防刃・防弾スーツの試作品だな。このおかげで、対象を傷つけることなく収容できる。なぜこんな回りくどいことをしてるか……気になってるいか?」

「もちろんです。無駄にしか思えないのですが」

 山西の問いは莉桜でなくても気になることだ。いくらスーツが優秀とは言っても動きにくいことは確かで、くわえて視界の悪い着ぐるみが使い勝手のいいわけがなかった。

「メディア対策だ。カウンターデモ隊には必ずメディアがいる。無許可のデモを行っている現実を隠して、暴力によって取り締まる警官の構図が撮りたく仕方がないのだ。近年のテレビを見ていればわかるだろう」

 莉桜はうなずく。実のところテレビはさほど見ていなかったが、パトロール中に聞くラジオの傾向から容易に想像出来た。

「その点、ホンモくん着ぐるみを着ていれば何されても基本的に焦ることはないし、安全に確保出来るのよ~」

 モスに肩を叩かれ、指さす方に視線を向ける。莉桜の机の上にも折りたたまれたホンモくんが置かれていた。

「……やっぱりわたしも着るんですね」

「難民に暴力を振るう警官のレッテルを貼られて四六時中マスコミにストーキングされたければかまわんぞ?」

 そうなればパトロールどころかプライベートの時間さえ失うことになる。指示通り着るしかなかった。

『カウンターデモ隊の発砲確認!』

「――県庁舎に急げッ!」

 無線からの一報に署内が騒然とする。山西の毅然とした声に、モスを先頭にしたホンモ君達が駆けだした。

「宇佐見巡査」

 着ぐるみを着ようと歩き出す莉桜を止める。振り返ると、手にしたクリップボードで自らの顔を隠した山西がテーブルに腰を預けていた。

「救急車の件は大変だったな。確かにお前の不手際もあったが、車内に乗っていた救急隊員に扮した連中は、いずれも前科持ちの難民マフィアだと確認が取れた。病院の職員も殺している。拉致されたのはヘリを落としたテロリストだ」

「……」

「だからなんだというわけでもない。気にするなとは言わない。気負いすぎるな。ここの警官なら常……つぶれるなよ」

「……了解」

 山西なりの励ましだろうか。神妙に頷き、莉桜はほとんど人の出払ったデスクでホンモ君を身につけた。



 県庁舎前はさながら地獄だった。白煙と怒号が渦巻き、人々が道路を逃げ惑っていた。催涙弾から逃げ惑っているのはカウンターテロを仕掛けてきた権利を主張する難民達で、それをプレキャリを着た白い着ぐるみ達が追い回していた。

「殺セ! コイツラ殺セ!」

「ダメダ早イ! 逃ゲロ!!」

「離セ、クソガッ! 俺達ノ邪魔ヲスルナ!!」

(これが……)

 さながら戦場といった様相を呈している状況に、現場に辿り着いた莉桜は着ぐるみの中から見える光景を見て唖然とする。暴れているのは皆、イントネーションの変な日本語でわめき汚い格好をしていた連中だ。それらを、ホンモ君達が追い立てていく。気持ちの悪いことに、四つんばいで移動している着ぐるみの速さは異常で、あっという間に難民を担ぎ上げると護送車に次々と放り込んでいった。もちろんただ捕まるわけではなく、ナイフや火炎瓶などで武装した難民が自らを捕まえるホンモ君に武器を振り回す。しかし、致死性の攻撃でもある程度の防御力を備えた着ぐるみには効かず、カウンターデモ隊を追い立てては護送車にぶち込んでいく。炎に巻かれながらも黙々と人を捕まえては車に放り込んでいく笑顔のホンモ君は滑稽を通り越して軽いホラーだ。

「なにこれ……」

『宇佐見巡査いる!?』

 ラピュタ終盤の目覚めたロボット兵が人間達を追い回すシーンを何となく思い浮かべていると、スピーカーマイクに焦りを感じさせる雨木の声が聞こえてきた。

「こちら宇佐見。県庁舎前にいます」

「そいつはよかった。なら助けてくれ! 井下を止めないと……ッ!」

「え? タスニム?」

 雨木の言葉には尋常でない響きがあった。なにかあったのだろうか? 辺りを見回すが、どこも逃げる難民をホンモ君が追いかけ回すばかりで見当すらつかない。

「雨木さんどこですか!? タスニムは!?」

『二匹のホンモ君がもみ合ってるの見える!? それ! 早く、井下を押さえるの手伝って!』

 莉桜の目がホンモ君を羽交い締めにしているホンモ君を見つけた。見た目がコミカルなだけに、雨木の必死さが全く伝わらない。

(怪我してないならいいけど、抑える? なんで?)

「雨木さん!」

「お、来たか。井下を抑えてて」

「莉桜ちゃん、離してクダサイ!」

「タスニムどうしたの!?」

 雨木の命令に従って押さえ込んだホンモ君からはタスニムの怒声が聞こえてくる。莉桜の知っているタスニムはどんな状況であれ、いつも笑顔で声を荒げたことなど見たこともない。それが、激情に駆られている。何がタスニムをここまでさせたのか? ニヤついたアスキー顔の下にどんな憤怒を浮かべているのか想像もつかなかった。

「井下は、カウンターデモ隊を殴るって聞かないんだ」

「当たり前デス! 難民は、その国に頼り切ってはいけないのデス! それでは自立できません。それなのに、税金を払っていないのに働きもせずその国に寄りかかるような姿勢! 非難されるべきデスッ!!」

 タスニムの言葉は寄りかかられている日本人が本来言うべき言葉だ。彼女も日本生まれ日本育ちだが、ハーフである分アイデンティティの立ち位置が曖昧で、それ故に思うところがあるのだろう。

「言いたいことは何となくわかるが、今殴るのはだめだ。カメラがいるからな」

「カメラがいなければいいのデスカ!?」

「進んで悪人になるなって言ってるんだよ、井下。俺達のバッジは、正義を笠に着て暴力を振るうためにあるんじゃない。感情のままに動いたら、テロリストや暴行犯と変わらない。間違うなよ~?」

「ッ……」

 周囲の騒然とした状況にありながらタスニムを説き伏せる雨木の声はのんびりで呑気だ。そんな、場に流されない上司のマイペースさに興奮していたタスニムが落ち着きを取り戻す。拘束していたホンモ君から力が抜けるのがわかり、莉桜も安堵のため息をついた。悲鳴が聞こえたのはそのときだ。

「デモ隊が!」

『カウンターデモ隊の別動班! 手の空いてるホンモたちは手当たり次第検挙しろ!』

「R9了解! さ、行くぞッ」

 無線に応答した雨木が避難していたデモ隊ともめるカウンターデモ隊に四つんばいで近づいていく。普通に走るよりも凄まじい速さで迫るあの姿で戦意を削ぐのだろうか? 気持ち悪さを感じながら、タスニムと共に向かっていく。

 そんな調子で検挙した者は一〇〇人どころではなく、横浜署は終始対応に追われ通常業務に支障を来すのだった。



「……」

「……」

「あ、あのさ……まあ、デモ騒動も一段落したんだし、ジョンのところ言って何か食わせてもらわない? パトロールさぼってさ」

「……」

「……」

「つっこみなし? ……ないのね」

 車内の暗い雰囲気を変えようと試みた雨木だったが、莉桜とタスニムの間にある空気の重さにやられうなだれる。ハンドルを握るタスニムも、後部座席で腕を組んでいる莉桜も気まずい表情をしたままミラー越しの相手を見ようともしない。

 パトロールに出たR9班のタンドラは横浜市内を巡回していた。幸いにして、通信機や視界内では事件らしい事件は起きてない。しかし、県庁舎前で起きたデモのおかげか、市内の至る所に不穏な空気が流れていた。

(まずいな、この空気……)

 窓の外から見えるスラムにいる男達はいずれも複数人で固まっていて、辺りをうかがっていた。他民族の襲撃に備えてなのか、他民族を襲撃するためなのかわからない。いずれにせよ、安易に職質すれば死傷者が出かねない雰囲気だ。

「あー……木下巡査? 止めてくれる?」

「どこにデスカ?」

「そこの角でいい。袋小路の駄菓子屋にいいジュースがあるのよ~」

「……イエス」

 感情を感じさせない無機質な声と共に、タンドラが停止する。

「何か買ってくるよ? もちろん上司のおごり~。どうする? 何飲む」

「味噌スカッシュ」

「ビッグワンガム」

「前者のヤツ絶対ないでしょ!? あと、食玩希望しないの! もう……適当に買ってくるよ」

 あきれた声を漏らす雨木が裏路地に消えていく。近場にあった自販機をわざわざ素通りしたのは、今のうちに仲直りしておけと言うあからさまな配慮だ。

(さて……どうすべきか)

 ハンドルを握るタスニムの背中に目を向ける。バックミラーを覗くと目が合いそうで覗けず手をこまねいていると、タスニムがウインドウを開けた。しめった風が車内に流れ込み髪を揺らす。

「……ごめんネ莉桜ちゃん。少し、熱くなってマシタ」

「タスニム……」

「ワタシのママは、貧しい国からがんばって日本に来ました。貧しすぎて、税金を納めても何の保証もない国だったみたいデス。それに比べると、日本はすごいト。納めた分は公共のサービスとして還元してクレル。でもそれは、皆がお金を納めて、それを元にちゃんと国を運営してるから……」

 このシステム自体が必ずしもいいとは限らないデスが、とタスニムは苦笑する。

「他の国に比べれば、この国にはお金があるでショウ。それでもって困っている人を助けることはすごくいいことなのデス。タダ――その好意に甘えるのは許サレマセン。好意を当たり前のように享受し、権利を主張する。ソレは許されないことデス。なぜあんな法が通るのか。日本人はもっと怒るべきデス」

「タスニム……熱入りすぎ」

「oh……ゴメンナサイ。熱弁しちゃいマシタ」

 しかられた子供のような悲しい目をしたタスニムが、バックミラー越しに莉桜を見つめていた。

「いや、ありがとうって言うべきなのかな」

 国を憂う気持ちとしては至極まっとうな物だと莉桜は思った。日本は愛国教育を行わないが故に、その感覚が希薄すぎるのだ。莉桜には愛国を他国の視点から母親によって仕込まれたタスニムこそ日本人らしい日本人とさえ思えた。

「わたしは今回の件、嫌だなとは思う。けど、難民だって好きに難民になったわけではないしと思うと、声を上げるとかそもそも考えられなくて……だから、タスニムの怒りは、同じ日本人としてうれしい、かな」

「……莉桜ちゃん」

 バックミラーを覗く。タスニムの笑顔を見て、莉桜の口元もほころんだ。異変を感じたのはそんなときだ。路地裏から飛び出した何かが歩道に転がるのがタスニムの視界に映った。

「え?」

「ん?」

 つられて莉桜も振り返る。目に映ったのは子供を抱きかかえた女性……と、後から現れた五、六人の男達。それが、子供を抱えて丸くなっている女性に次々と蹴りを入れはじめる。瞬間、莉桜達は車を飛び出していた。

「――今すぐ止めなさいッ!!」

 銃を抜き、男達に声を荒げる。そんな莉桜の横を抜けたタスニムが、銃を向けられて固まった男の一人に蹴りを放っていた。風を切った左足が鞭のようにしなり、踏みつけていた男の首に極まる。鈍い音がして男の体が軽く飛んだ。突然の出来事に、頭に血が上っていた男達もあっけにとられてしまう。そこに、懐まで踏み込んだタスニムの拳が腹部に打ち込まれる。内臓をえぐるような一撃に、体をくの字に曲げた男が胃液をまき散らしながら転がった。警告なしの攻撃に次々と男達が倒れていく様に、残っていた男達が怯えを見せる。格闘技の経験者が手加減なしで打ち込んでいるのだ。逃げる間もなく男達はあっという間に沈んだ。

「大丈夫デスカ!?」

 男達が立ち上がらないのを確認せず、タスニムは倒れている女性を抱き起こした。体は擦り傷や怪我が多めで服も汚れているが、出血は少ない。命に別状はなさそうだった。

(で、こっちは……)

 使う必要のなくなった銃をしまい、男達に目を向ける。いずれも痙攣や体を押さえて呻いており、動く気さえ奪っているように見えた。このままには出来ないので、手錠を取り出す。

「とりあえず、傷害の現行犯でしょっ引くから」

「****!!」

「ごめんね。日本語しか知らない。言い訳は署の方でして」

 手錠を手に、意識のある男の方に近づくと必死な表情をした男が何かをわめいて逃げようとしている。しかし、蹴られた脇腹が痛むようで立ち上がることが出来ないようだ。

「動かない方がいいよ、肋骨折れてるし。タスニム、もう一個手錠」

「あいよ」

 背後からの声に振り返ると、もう一人の動けそうな男に雨木が手錠をかけていた。折れた腕を動かされ、男が悲痛な叫びを上げる。

「**ッ!! ********!!!」

「はいはい、わかったわかった。痛かったね~何言ってるかわからないけど。……で、この人達何したの?」

「知らずに手錠をかけたんですか?」

「うん。俺今戻ったばかりだし、君らは理由もなく人をぶっ飛ばしたりはしないだろ? あの女性と子供を見る限り誤認逮捕とも思えんし。だからワッパをかけるのよ」

 でも数が多いなとこぼし、雨木は応援を呼ぶ。手錠も犯人を座らせる座席もないからだ。

「しかし、困ったな……手当が必要だろうけど、病院に余裕あるかな。あと通訳も必要か。何人なのか、何しゃべってるのかも全然わからないし」

 莉桜の見る限り中東系の顔立ちだが、何をしゃべってるかはわからなかった。ただ、必死なことしか理解出来ない。

(まあ、なんとかはなるだろうけど……)

 署内には通訳できる職員が数人いるので、誰かは意思の疎通が出来るだろう。問題は、デモ騒動の事後処理に終われてるこの状況で、取り調べがいつになるかわからないことだった。



「ただいま。買ってきた」

「お帰りなさい」

 すっかり暗くなった外から室内に入った莉桜が雨に濡れたM65を脱ぐと、奥の部屋から線の細い女性が現れた。

「わざわざ出迎えなくても大丈夫ですよ、楊さん」

「ありがとうございます。でも、ここまでしてもらってるのに何もしないのもいやでして」

 苦笑する楊の袖は捲られていて、手には雑巾が握られている。やることがなくて掃除をしていたのだろう。あたりを見ると、薄汚れていたはずの室内が心なし綺麗になってるように思えた。

 駆けつけた応援に五人の中東系の男を任せた後、莉桜達は保護した女性と子供を市内にある市営住宅の一つに避難させていた。本来なら市内はデモのおかげで民族間の諍いが絶えない状況になっているので署内で保護するべき状況だが、生憎と署内は検挙したカウンターデモ隊で溢れかえっている。ホンモ君着ぐるみを着たTOGの連中が珍しく張り切った結果だ。おかげで、処理能力を超えた人数に対処できず保護対象を署内にとどめおくことが出来なかったのである。仕方がないので、莉桜とタスニムが一時的に護衛する形で保護していた。

「タスニムはどうしました?」

「二分前くらいでしょうか、怪しい人を見たとかで外の見回りに行きました。会いませんでしたか?」

「……入れ違いか」

 タスニムらしくない行動だ。この場合、よほどのことがない限り保護対象から離れるべきではない。普段のタスニムならわかっているはずだが、デモの件で感情的になっているのか。いずれにせよ、後で注意しなくてはならない。

「少女は目を覚ましましたか?」

「はい。ただ、疲れてるようで、まだ起きられません」

「わかりました」

 手にしていたビニール袋からサンドイッチとジュースを手に、莉桜は奥の部屋に向かった。

「これ、食べられそう?」

 ベッドから上体を起こしている女の子に食べ物を渡す。不思議そうに辺りを見回していた少女は差し出された食べ物を手にすると、もそもそと食べ出す。二・三歳くらいだろうか。見知らぬ人間である莉桜を見る目に怯えを感じないのは状況を未だに判断できてないからか、幼すぎる故に警戒心がないからか。いずれにせよ、泣かれるよりはありがたかった。

「この子の名前は……」

「まだです。どうやら言葉も通じないようでして。……しゃべることが出来ないわけではないでしょうけど」

「……楊さんのせいじゃありませんよ。体を張って誘拐を未然に防いだだけでもすごいことです」

 申し訳なさそうにうつむく楊を莉桜はフォローする。楊は中華系の難民で日本語が巧みだった。難民になる前はそこそこの暮らしをしていたのか、包帯を巻いている体からは育ちの良さのようなものが感じられた。一方の幼女は中東系の顔立ちをしている。接点がないようにしか莉桜には見えず、実際事件の起きる直前までなかったことを楊から聞いていた。楊は、子供の誘拐現場に居合わせたのだ。自分一人では男五人に勝てるわけもないことはわかってはいたが、どうしても助けなくてはいけない使命に駆られたのである。

「この子は車に押し込れるところでした。危険なのはわかっていたのですが、本国で生き別れた、年の離れた妹がいたもので、つい……」

「今回はたまたま近くにわたし達がいましたので無事でしたけど、次はこうはいきません。子供の命も大事ですが、ご自分の命も大事にしてください」

「……はい」

「ただいま戻りマシター」

 鍵の開く音がし、間もなくしてタスニムが部屋に入ってきた。

「ちょっとタスニム。わたしが戻るまで家にいるはずだったでしょ」

「oh……ゴメンナサイ。怪しい人影が見えたのと、帰ってくる莉桜ちゃんの姿が見えたので追っかけちゃいマシタ」

「そういうのは雨木さんに任せればいいよ。……まあ、あの人今忙しすぎるだろうけど」

 楊と少女を保護せざるを得なかったため、本来はR9班で行うパトロールを雨木が一人で行っていた。本当ならば保護は一人で十分なのだが、感情的になっているタスニム自身が護衛を買って出たために、不安に思った雨木の判断で二人で護衛することになったのである。その分雨木の負担が増えることは本人も承知しているので問題ないとはいえ、今頃は市内のそこら中で起こっているであろう民族対立の仲裁に走り回っているに違いない。

「夜中になるまでに署に余裕が出来れば移動できるだろうから、それまで我慢してください」

「警察署に移動するのですか?」

「はい。ここよりは自由が減りますけど、確実に安全ですから」

「大丈夫ですよ。よそは知りませんが、うちは人種での差別はありませんから」

 不安そうな顔をする楊を安心させるように笑いかける。署に戻ったら自分ができる限りそばにいると莉桜が伝えると楊は安堵のため息をついた。その横を莉桜の買ってきた物を漁ったタスニムが通り過ぎる。食玩を手に子供の前に座り込んだ。

「さあ、遊びマショウ。動物さんですヨ~」

「……?」

 動物の形をした食玩を手渡され、首をかしげながら子供は動物で遊び出す。タスニムもパッケージから取り出した動物の玩具を手にし、少女と遊びだした。言葉が伝わらなくても、意思の疎通は何となく出来る様だ。

(よかった。女の子のことはタスニムに任せよう)

 莉桜は子供の扱いがうまくない。それならばと台所に向かう。子供をタスニムに任せた今、彼女にできることは見張りと料理くらいだからだ。



 雨木からの連絡が来たのは、軽い食事を終えてから数時間後のことだった。

「はい」

『宇佐見か。状況はどうだ?』

「どう、といわれましても……別段変わりありませんが」

 室内に目を向けると、ベッドに横たわる子供とテーブルに突っ伏している楊が目についた。時間的には夜中だ。ただでさえ大変な事があって、疲労はピークに達しているに違いない。出来れば楊も布団で寝て欲しかったが、すぐに移動するかもしれない状況において寝られないと、移動指示を待っていたのだ。

『井下は?』

「外で見張りを。それよりも署の方は?」

『そのことだが、まず別の部屋に。万が一にも聞かれたくない』

「……?」

 捜査の話だろうか? 雨木の声に従い、台所まで移動する。

「移動しました」

『――その女性はまずいかもしれん』

「……は?」

 雨木の言葉の意味が理解できず、莉桜は思わず聞き返してしまう。

『今し方、ようやく容疑者と会話が出来た。そこにいる中華系の女性が、女の子の両親を殺して子供を掠おうとしたというのが真相らしい』

「え? いやしかし」

『もちろん、片方から聞いただけの意見だから鵜呑みには出来ない。ただ、話に出てきた女の子の両親と思われる遺体は、供述通りの場所から見つかってる。そっちからも事情を聞かないと判断できない。俺がそこにつくまで――』

 風切り音と共に、黒い紐状の物が視界を通過する。刹那、莉桜は首を絞められた。

「――あッ!?」

 驚いた衝撃でマイクスピーカーを落としてしまう。手首ごと絞められているので窒息には至らないが、一緒に拘束された手首が外れない。

(なんでッ!?)

 義手の出力をあげたにもかかわらず紐は外れない。普通の人間の腕力なら確実にどうにか出来る程の出力にもかかわらず、首に巻かれた物はとれなかった。足が莉桜の背中にかけられ、首がさらに絞まる。

「――ああッ!!」

 気合いと共に体をひねり、左腕を振り回す。わずかに緩んだ紐を全力引っ張り、拘束を解いた。

「楊さん!?」

「……やはり、義手を挟んだのは失敗でしたね。見つかる覚悟で銃を使っておくべきでした」

 振り返った目の前には、延長コードとナイフを手にした楊がいた。見た目は楊なのに哀れな難民の雰囲気は成りを潜め、猛禽のような鋭い目つきをしている。まるで別人だ。なぜ首を絞められたのか判断がつきかねたが、この状況でやるべきことはひとつしかない。

「あなたを警官への暴行で逮捕します」

 銃を抜き、無線機からぶら下がってるスピーカーマイクを手にしようとして、掴めない。それどころか左腕が動かなかった。

「……え?」

「動力を切らせていただきました」

(そのためのナイフか!)

 プレキャリの隙間からバイタルゾーンを刺されなかっただけマシだと思うべきだろうか。腕の方に意識を向けると同時に楊が動く。反射的に発砲した腕を外側に弾かれ、胴がガラ空きになる。

(――速いッ!)

 首を狙ったナイフの一撃を右肩で受け止めた。義腕の隙間に切っ先がささり、抜けなくなる。そこに莉桜は右腕を振るった。握りしめた銃のグリップを胸部にぶつけられた楊がたたらを踏む。しかしそれだけだ。肋骨が折れてもおかしく無い一撃を受けたにもかかわらず倒れもしない楊に、彼女は違和感を覚えた。

「――タスニムッ!!」

 明らかに何かしらの訓練を受けてるこの女を単独で相手するのはまずい。かろうじて握っていた銃を向けながら声を上げると、楊がじりじりと下がった。

「夜も遅いですし、そろそろ帰らせていただきます」

「それはだめ」

 トリガーを三度引く。片手撃ちの銃は当たらず、楊は廊下を駆けた。窓から逃げるかと思いきや、奥の部屋へ入る。

「――待ちなさいッ」

 楊に続いて部屋に飛び込んだ莉桜が見た物は、窓を背に、首根っこを掴んだ子供を楯にする楊だった。

「あなた……!」

「月並みな言葉ですが、動くとナイフが刺さりますよ? 首にズブリと」

「ッ……」

「さすが日本の警察。察しが良くて助かります。悪名高いハマポリでも、子供の命は優先するのですね」

 にっこり微笑みながらナイフを子供の首に宛がう様に狂気しか感じない。

(動くが速すぎる。ナイフが刺さる前に銃で倒せるとは思えない)

 警察として人命を優先するならば動けないところだ。逡巡しているのをいいことに、楊の手が後ろ手に窓の鍵を開けた。

「一つ訊かせなさい。その子の親を殺したのは貴女という目撃情報があるけど?」

「ええ、合ってますよ。それがなにか?」

「……その子をどうする気?」

「答える必要が?」

 窓が開けられた。

「無駄な時間稼ぎご苦労様でした。では――」

 平屋なので、窓の外は地面だ。苦労もなく逃げられる。睨み付けている莉桜に勝ち誇り楊が背を向けたとき、振り上げられたタスニムの踵が鎖骨に決まった。

「逃がしマセン」

「タスニム!」

「二人の声が聞こえてきたので回り込マシタ。ビンゴデス」

 窓から室内に入ってきたタスニムが膝をついた楊の腕をとり関節技を決める。手加減なしの一撃に、鎖骨の無事だったもう片方の腕から鈍い音が聞こえ、楊がうめきを漏らした。

「ぐ、あぁ……ッ!!」

「ふぅ……気持ちのイイ音デス」

「…………助けてもらっておいてなんだけど、相手の関節破壊して喜ぶのはどうかと思う」

「そうですか? 面白いデスヨ?」

 なおも極めた関節をひねりあげる。痛みに耐えている楊が苦しげなうめきを漏らす。いつも通りの柔和な笑みに強いサド気が含まれているのを見た莉桜がため息をつき、背後に現れたかすかな気配に右腕を繰り出す。そして、インパクトの直前に体が硬直した。

「え?」

 そこにいたのは、服装こそ違えどタスニムが関節を極めているはずの楊だった。

(なぜ?)

 なぜ楊が二人いるのか。思考が停止した莉桜の腕をとり、楊は投げ飛ばした。

「うあッ!?」

「莉桜ちゃん! ――なッ!?」

 投げ飛ばされた莉桜を見て楊の拘束を解いたタスニムが、莉桜を投げたもう一人の楊につかみかかる。膝裏を蹴られて崩れたところを後頭部を蹴られたのはそのときだ。全く予期していなかった攻撃に、タスニムは受け身すらとれなかった。転がったフローリングから勢いよく立ち上がり構える。三人目の楊が一人目の楊を助け起こすところだった。

「時間がない。増援が来る」

「ごめんなさい」

「立てるな? 行くぞ」

「待ちなサイ!」

 小脇に抱えた子供にナイフを突きつけられ、タスニムは動けなくなる。その間に残りの二人が窓から脱出し、最後の楊も窓から飛び出した。莉桜と女の子を天秤にかけてしまったタスニムは何も出来ず、三人が逃亡するのを見送ることしか出来なかった。

「今のは……ッ」

「莉桜ちゃん、大丈夫デスカ?」

「わたしよりも、女の子を!」

 軽い脳震盪から復帰した莉桜がタスニムと共に外に出る。夜の街に銃声がしたのはその時だ。雑草をかき分けて塀を越え、道路に出る。目についたのは、タンドラのハイビームをバックに銃を構えている雨木と、その場から急いで走り去る古いセダンの尾灯だった。

「雨木さん!」

「ごめんな、遅れちまって」

「そんなことより、女の子は!?」

「ここにイマス!」

 掴みかからんばかりに詰め寄る莉桜の耳に、タスニムの嬉しそうな声が届く。道路に転がっていた幼女をタスニムが抱えていた。怪我らしい怪我もなくぐっすりと眠っている女の子を見て、タスニムは安堵する。

「間に合って良かったよ。たまには、俺の射撃も役に立つねぇ」

「……ありがとうございます。でも連中を逃がしてしまいました」

「いや、そうでもないよ。手は打った」

 落ち込んでいる莉桜に対し飄々としている雨木は、手にしていたリボルバーをホルスターに納めた。

「リボルバー……ですか?」

「男達の証言から、連中が複数人で行動してることを訊いたからさ。万が一逃がしてもいいように準備しておいた」

 取り出したスマホのディスプレイには地図上を動く光点が移動していた。

「発信器ですか」

「富崎のじいさんに頼んで弾頭に埋め込んでもらった。いいでしょ」

 そして幼女を抱えたタスニムを呼び寄せ、三人は車に乗り込んだ。 

「それじゃ追っかけよう。奴らの秘密基地がわかるかもよ?」


 発信器の移動が完全に止まるのを待ってから、莉桜達は車を走らせた。応援で呼んだ別の班に子供を預けてからの移動で、車内にはいつもは見ない武器があった。別の班から受け取ったショットガンとサブマシンガンである。いずれもタグ付きで実弾が入っていた。

「ずいぶんと、武装しますネ」

「あいつらは警官を襲った。誘拐が目的なのか知らないけど、あいつらにも警官を襲うリスクを教えないといけないからね。どこの国でもそういうもんだ」

 雨木の言葉を耳にしつつ、莉桜はハンドガンのマガジンの中身を樹脂弾から実弾に切り替えていく。十五分して辿り着いたのは古めの一軒家だった。徐行していた車体を止め、慎重に展開する。

「……そういえば、発信器はどこに撃ったんです?」

「足だったかな」

「……なるほど」

 足下には血痕が点々道しるべのように打たれ、家の中へと続いている。まだ乾ききっていない新しい物だ。追跡は容易といえた。

「車体にでも撃ち込んだのかと思いました」

「その子が連れて行かれそうだったからね。とっさに撃っちゃったよ」

「それ、女の子に当たったら大変なんデスケド?」

「そういうのは俺の射撃成績を見てからいって欲しいね。狙撃だって得意なんだよ?」

 雨木が人差し指を口元に当て、しゃべり声をシャットする。タスニムに後方を警戒させ、血痕の続くドアの前に莉桜と雨木が立ちはだかった。莉桜に目配せし、雨木がくわえていた煙草をはき出す。半分ほどになった煙草が地面に落ちた瞬間、莉桜の持つショットガンがドアの蝶番を吹き飛ばした。すかさず雨木がドアを蹴り開け中に侵入する。

「――警察だ! …………おいおい」

 ウェポンライトで照らしたタイル張りの部屋を見て、雨木はため息をついた。

「最近見たぞ、こんな部屋」

 人がいないことを確認して、莉桜が電気をつける。横浜九龍で見たのと同じようなタイル張りの部屋――違うのは、部屋の中央に転がってる切断されたばかりの足。発信はそこから出ていた。

「取り出す時間がないとみて切断か……思い切りよすぎでしょ」

 開け放たれた窓から銃をつきだし周囲の闇にマズルを向ける。待ち伏せもなく、闇しかなかった。

「雨木さん」

「なんだ?」

「これ……」

 振り返ると、口元を抑えた莉桜が隣の部屋を見て苦しそうな表情をしていた。

「九龍の殺人と関連があるんですかね……」

「……おそらくね」

 莉桜の視線に先に有る物を見て雨木も口を押さえる。隣の部屋には剥がされたフローリングの下に大穴が開けられ、いくつもの死体が乱雑に放り込まれていた。室温を冷やすためにつけられた冷房の風が腐敗臭を運んでくる。前回はガスマスクで防げた臭いが鼻孔をつき、はやくも莉桜は吐きそうになっていた。



[ 四話に続く ]



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ