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ハマポリ BAD COMPANY  作者: 上倉鉄人重丸
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ハマポリ BAD COMPANY 第一話

挿絵(By みてみん)


※この小説は、上倉鉄人重丸氏の小説に私(マンモス東)の挿絵を追加したものです。上倉鉄人重丸氏の代理投稿になります。


挿絵(By みてみん)


「――俺は、常々思ってるんだ」

 銜えていた煙草を指に挟んだ男が、ヤニ臭い息を細く長く吐きながら隣を歩く部下に目を向ける。

「煙草ってヤツは、ここぞって時の集中力を上げるのに役立つ」

「禁煙してたんじゃないんですか?」

「禁煙? ああ、してるよ。何度でもね」

 喫煙を咎める女性の視線は、その手の趣味があれば喜ぶのではないかと思えるほどのきつさがあった。しかし、慣れてる男は意にも介さず、煙草も手放さない。

「これで……何度目だっけかな」

「確か241回目だったはずです」

「さすが宇佐見巡査。記憶はバッチリだ」

「人の記憶力を試す風に装ってもダメでしょ。タスニムに言いますよ」

「おお、おっかないねぇ。また関節外されちゃう」

「それがわかっていても喫煙をやめないってコトは、マゾ?」

「俺は断じてマゾではないぞ。……多分な」

 つぶやく男の声はどことなく自信なさげで、心なしか足取りも微妙に遅かった。

 ランドマークタワーが望める市街地はいつも賑やかで、不夜城と化している東京に負けず劣らず盛況だ。とはいえ、色々な意味で国際都市となった横浜といえど綺麗で人気があるのはMM21の周囲まで。離れれば煌びやかさがなくなり、褪せて黒くくすんだ雑居ビルと作りの悪い住宅の並ぶ古びた町が広がっている。二人が歩いていたのは、横浜の象徴たるタワーが遠くに見える汚い路地裏だった。粗大ゴミのうち捨てられた仄かに腐臭の漂う道に、ゴム底の靴が音を立てる。

「雨木さんの性癖なんてどうでもいいです。巡査部長がMだろうがSだろうがNだろうが、わたしに関わらないなら」

「Nってなんだよ。磁石フェチか?」

 人によっては肌寒く感じる午後の横浜を二人は目的地に向かって歩く。ラフな服装こそしているものの、二人は民間人ではない。プレートキャリアを身につけ、腰に特殊警棒・マグライト・催涙スプレー・手錠・拳銃・ポリスバッジを下げた、いわゆる警官だ。ただし、少々物々しい。腰に下げているのはフラップ付きのホルスターに納めたM37リボルバーではなく、ロック付きの抜きやすいホルスターに9mmのセミオートハンドガンと、日本の警察にしては攻撃性が高い。それだけならまだしも、女の方はスリングで吊ったMP5A5を背中に回していた。アメリカならまだしも、現在の日本では考えられないほどの重装だ。とはいえ、横浜市警だといえば誰しもが納得する装備だったりする。

「目標の家屋発見。タスニム、そっちは?」

『車輌未だ動かず。散歩にでも行ってなければ中にいるはずデス』

「了解」

『莉桜ちゃん、がんばってクダサイ』

 日本語に馴染みきっていない、外国人特有の発音をした同僚の応援に応えることなく、莉桜はスピーカーマイクから手を離す。そして腰のホルスターから銃を抜き、スライドを引く。ポートから覗く弾頭が黒いことを確認して初弾を装填した。

「さて、と……242回目の禁煙と行こうか」

 扉の脇にとりついた雨木が捨てた煙草を踏むと、莉桜が睨み付けていた。その意図に気づき、肩をすくめた雨木が吸い殻を自らのポケットに入れ、莉桜と同じように銃を抜く。本来のガサ入れなら、銃を抜いてからノックなどしない。今回はあくまで「たまたま怪しかったので立ち寄った」風を装うためだ。でないと、対象の警戒心を無駄に煽ることになる。ならばなぜ銃を抜くのか。ここで麻薬の取引がされているタレコミのあったからだ。通報にあがってきた名前は元難民の前科持ちで、銃を所持していたこともあった。銃を抜かずに踏み込むことなど、絶対出来ない手合いだ。

「準備は?」

「いつでも」

 莉桜がうなずくと雨木がインターホンを鳴らす。反応なし。ただし、中に動く気配を二人は感じていた。間違いなくいる。莉桜が扉に向かって銃口を向ける中雨木がインターホンを連打すると、扉が解錠された。

「うるせーな! 誰だ――」

 髭を伸ばしたペルシャ人の男が乱暴に扉を開けた途端、雨木は思い切った蹴りを男に叩き込んだ。想像もしていなかった一撃を食らってのけぞる男に続き、雨木は壊した扉を押し開く。そこに二人は滑り込んだ。

「宅配便です。ワッパをお届けに上がりました~」

「な……ッ」

 突如としてふっ飛んできた仲間と入り込んできた男女に、室内にいた男達が浮き足立つ。汚く狭い室内の中央に置いたテーブルを囲っている男達は四人。いずれもペルシャ人で、煙草をふかしつつカードゲームに興じていたようだ。

「警察だ。両手を組んで頭の上に置け。そして伏せろ。出来なければ撃つ」

「そうそう。この娘の言う通りにした方がいいよ~」

 莉桜が懐に手を伸ばそうとした男に銃を向ける。

「おたくら逮捕経験者でしょ? 俺達が他の日本警察とは違うことくらいわかってるよね?」

「……ハマポリか」

「そういうこと。宇佐見巡査、ワッパを進呈して差し上げて」

「了解」

 おどけた声を上げる雨木が銃を構える中、腰のホルダーから手錠を取り出した莉桜が伏せた男の腕を後頭部から背中に回し、手首にかけていく。そこで違和感を覚えた。

(…………おかしい)

 聞き分けが良すぎる。怪我するくらいなら抵抗しない方が得と考えたのだろうか? それとも、自分たちが無実だと判断しているのか。全く持って抵抗がないことが引っかかる。

(無実だとしたらいわれなき逮捕な訳だし、挙動不審になってもいいのに)

 えらく落ち着いている。それどころか笑っている――

「――伏せろ!!」

 怒気をはらんだ雨木の声に体が反応する。長いこと掃除されていない汚いフローリングに勢いよくダイブした刹那、けたたましい銃声とともに部屋の壁に銃創が刻まれた。

「死ねデカ野郎ッ!!」

 銃声に混じった怒声がかすかに耳に届く。銃撃は莉桜達が侵入した家の真向かいから撃たれていて、二人は顔を上げることが出来ず頭を抱えて伏せていた。薄い壁が銃弾によって砕け、莉桜達の体に降り注ぐ。たまらず莉桜が叫んだ。

「雨木さんどうするの!? 反撃しますよッ!?」

「ヤケになるな! 今糸口作るからッ!」

 立ち上がろうと腕に力を込めた莉桜に答えつつ、雨木は伏せたまま自らのプレキャリに手を伸ばす。掴んだのは缶ジュースサイズの円筒形の物体だった。それを銃弾によって穿たれた穴の向こうに投げる。反射的に塞いだ莉桜の耳に大音量の爆発音が聞こえてきた。と共に室内を掃射していた銃声が止む。

「いいぞ!」

 雨木の合図で動いた莉桜がまず行ったことは、室内で伏せているまだ手錠をかけていない容疑者達に向けてトリガーを引くことだった。

「ぎゃあ!」

「ごあ!?」

 関節や太もも、手を撃つと、苦しげな悲鳴が上がり男達がのたうつ。

「てめ――なにすん」

「何って抵抗されないための措置だけど?」

 涙目で痛みを訴えている男達を雨木が抑えつけ、手錠をかけていく。その様子を尻目に踵を返した莉桜が見たものは、真向かいの家から走り去る一人の男だった。備え付けられた銃座には目を押さえた男がのたうち回っている。こちらを撃ってきた軽機関銃には二人ついていたようで、その一人が逃げたのだ。

「追います」

「任せた!」

 軽機関銃の近くで転がっている男にだめ押しの射撃をし、続いて走り去る男の背中に発砲、当たらなかったので莉桜は走った。前を走る男は、追ってくる莉桜を見てさらに加速する。フラッシュグレネードが効かなかったのは、サングラスをかけていることと、フラッシュグレネードを知識として知っていて耳を塞いだのだろう。いずれにせよ、ここで捕まえないと面倒くさいことになる。

「止まれッ!」

 ほとんど意味のない警告を発し、莉桜は走る。銃を向けながら走る余裕はなかった。天才的な射撃センスがあるならばともかく、莉桜にそんなものは備わっていない。運動能力は決して悪くないが、走ることに至っては分が悪く、貧相な男に少しずつ離されていく。そして、駐車場に辿り着いた男が車に乗り込むのが見えた。

「――タスニムッ!」

 整備不良気味の古いカローラのエンジン音が聞こえる。容疑者までは五〇メートル――走り出したら確実に追いつけない。

(撃つか? でもこの弾でガラスって砕けるの?)

 逡巡は走り出した車のテールが離れていくところで遮られた。リアウインドウが砕けるか、一か八かで試そうと片膝をついて銃を構えたとき、駐車場出口を通過しようとしたカローラにピックアップトラックが左側面から追突した。塀とトラックに挟まれ、ひしゃげたカローラが完全に停止する。

「抑えマシタ。コレでいいデスか?」

 パンダカラーをした古めのタンドラは、物騒なことにカンガルーバンパーを取り付けてある。そのせいか、ひしゃげているカローラに対しダメージはないように思われた。その運転席にいた女性が、にこやかな笑みを莉桜に向けている。同僚のタスニム井下巡査だ。

「ありがと、タスニム」

「このくらいなら、いくらでもやっちゃいマス」

「あんまりやるとドラのシャシーが歪むけどね」

 そういって車を下がらせると、塀にめり込んでいたカローラが道路に接地する。車体は大きく歪んでいるので、走ることもドアを開けて逃げることも出来なかった。苦笑しつつ、歪んだカローラの運転席を覗く。サイドエアバッグによって怪我を免れた男は疲労とイラだちを募らせた目を莉桜達に向けていた。

「無茶苦茶しやがって……ホントに警察かよ!」

「警察だけど?」

「……は」

 イラだった声を上げていた男が、砕けた窓から顔を覗かせた莉桜を見て心底小馬鹿に下笑みを浮かべた。

「ハマポリってのは人材不足なのか? こんな遵法精神のなさそうなメスガキども使ってるくらいだし」

「そのメスガキどもに捕まってるのって情けないと思わないの?」

「うるせぇ! 銃振り回して偉そうにしてるんじゃねぇ!」

 自分も銃持ってたら偉そうにするのではないか。とは口にしない。代わりに、カローラのフロントピラーを掴む。

「じゃあ、勝負する? 素手ゴロで」

 莉桜が力を込めると、ピラーが凄まじい音を立ててつぶれ引きちぎられる。

「勝てたら逃げていい。その代わり全力で行くけど」

「……」

 上着として着ているM65の袖から覗く莉桜の腕は、莉桜の小柄な体からは想像出来ないほどに太い。おまけに、人の皮膚とは違うメタリックな輝きがあった。

(軍用の、義腕だと……)

 ピラーを引きちぎる腕力を持つ相手をどうこうできるわけがない。捕まれたらそれで終わりだ。愕然とした目で腕と莉桜の顔を交互に見比べた男は、考えるまもなく両腕を素直に差し出した。



 ハマポリ BAD COMPANY



「……呼び出された理由、わかってるな?」

 一巡査に与えられるデスクとは比較にならないほどの広い机に広い部屋――そこに、雨木・莉桜・タスニムの三人は呼び出されていた。整頓された捜査資料が机に並んでいる。複数の事件を管理していて泊まり込みも多いのに管理が乱雑になっていないのは、ひとえに部屋の主たる山西千尋の几帳面な性格を反映していた。そんな部屋の中で、莉桜は神妙な顔つきでカップコーヒーを傾けている警部の横顔を見つめていた。連日の激務にもかかわらずシワのない綺麗なブラウスに身を包む姿は、見る者の背筋をピンとさせてしまうほどに凛としている。些かも疲れを見せない顔立ちは老いを感じさせず、同性であっても妙齢の色気を感じさせた。ただ、今はその顔が芳しくない。どう考えても怒りを我慢している感じだ。

「とりあえず、前科持ちの容疑者の確保おめでとう。と言いたいところだが……私はなぜかR9班を褒めることが出来ない」

「……しかし警部、あの場合撃たないわけには」

「逮捕までの発砲についてではないぞ雨木。必要以上に撃ったことと、逃走車輌にダイレクトアタックしたことだ」

「ワタシですカ?」

「そうだ井下。ハーフなのをいいことに日本語がわからないふりをしなかったのは偉いぞ、褒めてやる。だが、塀を壊したのはいただけない。奇跡的に犯人は誰も死ななかった。一般人に負傷者もいない。暴力上等と世間で騒がれているハマポリにしてはこれ以上ないマシな逮捕劇だ。だが、だからといって、不用意に物を壊していいわけじゃない」

「しかし、タスニムがああしてくれなければ逃げられていました」

 山西の言葉は決して責めておらず淡々とした物言いだが、責めているような気がしてならなかった莉桜は思わず声を返してしまう。山西の目がクリップボードから莉桜に向けられた。

「宇佐見……報告書には目を通したが、お前対処の仕方間違えて逃がしたな? その尻ぬぐいを井下にさせた自覚はあるか?」

「……はい。あります」

「よろしい。自覚していなかったらくだらない説教を追加するところだった」

 山西の言葉は現場にいる者として不満だったが、横浜市警といった特殊な場で叩き上げの山西の言葉は重い。反論の余地はなかった。

「いいか? 私たちは警察だ。その中でも神奈川、横浜の扱いが特別なのはわかっているな? 合法的に殺しに来る税金泥棒――これが、ここ最近マスコミにつけられた名前だ。ただでさえうるさい人権団体に目をつけられてるんだ。萎縮しろとはいわん。少しはケツ拭く立場のことも考え――」

 説教も給料の内なのだろうが、署内の腐った空気が嫌いな莉桜としてはさっさと外に出たいところだった。そう思っていたところで、オフィスの扉が乱暴に開いた。飛び込んできたのはよれよれの服を着た、酔っ払いにしか見ない赤ら顔の中年達だった。

「けいぶ~ボクのバイオ焼売知りませ~ん?」

「……私が知ってると思うか?」

「いいえ~」

「正解は、オレの胃の中なのです!」

「マジか!? 貴様ッ!」

 自慢げに勝ち誇った男のでっぷりとした腹部にハードパンチャーの様な重い拳が素早く撃ち込まれた。

「おご……!?」

「吐き出せ! 一刻も早く!」

「ちょ、消化中だってばよ……ッ」

「だったらまだ味あるだろ! 早く出せッ」

 拳を撃ち込んだ男が、膝をついてむせている男の襟首を掴み揺らす。今にも吐きそうな状況に、莉桜達は警戒した。

「おいラッキースケベ。ケンカは好きにすればいいが、私の部屋を吐瀉物で汚すな」

「嫌だなぁ警部、ボクの名前は」

「Tシャツのロゴ名で呼ばれるだけありがたいと思え。バイオ焼売失踪事件は解決したか? ならば出ていけ。今日一日の出来事を日記にしてシュレッダーにかける仕事があるだろ」

「ひどいなぁ、もうちょっと仕事してますって」

 目の前絵でやりとりされる不毛な会話は、しかしチャンスでもあった。人差し指を唇に当てた雨木先導の元、山西のオフィスを出ようとする。案の定見つけられた。

「どこへ行く?」

「パトロールに向かおうかと。次の犯罪者が俺達を待っていますので」

 調子のいい言葉ではあったが、現実的に横浜は犯罪が多い。巡回する警官が多いに越したことはないのだ。それをわかっているがために、パトロールを許可するしかない。

「今日中に始末書の提出しろ」

「もちろん。ケツを拭いて頂くときはできる限り綺麗にして差し出すことにします。それでは」

 莉桜達を先に部屋から出した雨木が頭を下げ、山西の部屋を後にする。中年男性の汚い悲鳴と吐瀉物をまき散らす音が聞こえてきたのは間もなくのことだった。



(……何書こう)

「どうしたのリオ?」

 タブレットPCを前に頭を悩ませていると、背後から野太い声がかけられた。振り返る。大柄で筋肉質な白人男性が、見た目に反して腰をくねらせていた。女性向きのエプロンをしているが、当然似合っていない。

「ジョン? ……始末書書いてる」

「重要なものなんじゃないの? お仕事のものなら、警察署の方で書かなくちゃ」

「……あそこは気分が乗らないの」

 何をするにしてもそうで、本来なら始末書は署内にあるデスクで書かなくてはいけないものだ。しかし、莉桜は署が嫌いだった。正確に言えば、署内に蔓延するだらけきった空気――発生源は山西の部屋に入ってきた男達だ。

「TOG12て言ってたっけ?」

「そうそれ。デスクワーク以外してるのを見たことないけど、そもそも仕事してない。何でクビにならないのか不思議な連中」

 TOGは第一次大戦時にイギリスで作られた戦車の名前から取ってるようで、横浜署の連中は役立たずの意味でつけられていた。その名前通り、12人の中年達は多忙な署内において仕事をしない。外にも出ない。それでいて公務員なのでクビにもならず、たまりかねた警官達が追放することを訴えたが、叶わなかったのだ。警官として優秀な山西でさえ怒ることはあっても追い出すことはない。

(……弱みを握ってる?)

 莉桜の脳裏にあるTOGの連中は日がな一日駄菓子を口にしているか煙草を吸っているか漫画を読んでいるかしかしていない。まじめに仕事をしている連中のフラストレーションがたまるのも無理はなかった。

「でも、それって反面教師をしてるって考えることも出来なくないかしら」

「わざとやってるってこと?」

「そう。その人達がいるおかげで、みんなああはなるまいって思ってるんじゃない?」

「……そこまで考えてるとは思えない。ていうか、あんたってどこでそんな日本語覚えたの?」

「反面教師とか? ……アタシが何年日本にいると思ってるの? クリフと一緒に来てから五年はいるのよ? しゃべるだけなら、日本語はカ・ン・タ・ン♪」

 そういって、ジョン・メイトリクスは軽くウインクしてみせる。八〇年代のハリウッドスターを思わせるほどに雄々しい体をしているのに、その口から紡がれるのは流暢なオネエ言葉だ。あまりにギャップがひどい。

「ちょっとジョン? お鍋ふいてるじゃない。何作ってるの?」

「あらいけないわ。……リオ、あなたも仕事は仕事場でするのよ? ここは子供と遊ぶと・こ・ろ」

「わかってるけど、ここの方が捗る」

「……フフ、お褒めの言葉として受け取っておくわ。クリフの相手お願いね」

 建物に入っていくジョンの代わりに、子供を両腕両足背中にしがみつかせ、かつ肩車までしている別のマッチョが歩み寄ってきた。ジョン・メイトリクスとクリフ・ハンガーは市内のしょぼくれた下町で孤児院を経営している。自身達も決して裕福とはいえないのに、難民の孤児を見つけては拾ってきているのだ。大の男達が子供を集めている点で十分な犯罪臭がするが、数年に渡る観察の結果シロ。二人して筋肉もりもりマッチョマンのオネエであり、子供達の面倒見も良く人柄の良さもあって近隣からの信頼も厚い。本来児童養護施設などは届け出の必要なものだが、ここ横浜においては法を守っていたら回らないことが多い。犯罪でない限りは黙認されていることも多く、二人の孤児院もお目こぼしを受けているのが現状だ。

「お兄ちゃんお兄ちゃん、じゃいあんとすいんぐ! じゃいあんとすいんぐしてよ~!」

「あら……サリムちゃん、ずいぶん強気ね? 前はちょっと回しただけで鼻水たらして泣いてたのに」

「そんなことない! あれは汗! 汗なのッ!」

 クリフに肩車されていた5歳くらいの男の子が、クリフの縮れている長髪を得意げに引っ張る。莉桜に仄かな好意を寄せているようで、得意げな表情を莉桜に向けていた。強いところを見せて莉桜の気を引きたいのだ。それがわかっていて、クリフは乗っかることにした。

「んもう、しょうがないわね……そんなドヤ顔して、漏らしても知らないわよ?」

 反抗することを覚えた子供は言い聞かせても理解しないので、望みを叶えてやる必要がある。嫌らしい笑みを口元に浮かべたクリフはまとわりついている子供達を下ろすと、男の子の足を掴んで勢いよく回転し始めた。程なくして、強がりが泣き言に変わる。

「もういい! もういいからッ!」

「あらあら、もうおしまい? でも、アタシはまだいけるわッ!」

(鬼畜……それとも、あれがクリフ流の躾?)

 泣きながらジャイアントスイングされているサリムを見ていると、不意に肩が叩かれた。向こうで別の子供と遊んでいたはずのタスニムだ。

「解放されたら、ちゃんと慰めてあげてクダサイね」

「どうして? あの子が無茶するのが悪いんじゃないの?」

「どっちかって言うと、強がってるだけカモ。仲良しの子、いなくなってしまったみたいデス」

 それは行方不明なのかと莉桜が訊くと、タスニムがうなずく。考えてみればそうで、中東から難民としてやってきた子供が、右も左もわからない横浜の地を一人で出歩くわけがないのだ。今の横浜は行方不明事件が多発している。おまけに被害者の頭頂部を破壊して脳を取り出す猟奇殺人も起きているのだ。想像したくはないが、行方不明=死と連想してしまうのは警察でなくても容易だった。

「……探さないといけないね」

「…………ハイ」

「――鳥さんだッ!!」

 けたたましい囀りが近づき、日差しが遮られる。埠頭の方を飛んでいるはずの鳥の群れが、こちらに向かって降りてきた。狙いは、ジョンの作っていた鳥の餌だ。庭に撒いた餌に群がる鳥達に、テンションの上がった子供達が一斉に駆け寄っていく。莉桜達の前に残ったのは、嬉々としてサリムにジャイアントスイングをかけるマッチョおねえと、涙と鼻水で顔をパックしたまま振り回されているサリムだけだった。

「はい、おしまい。よく耐えたわ。偉いわね~」

「ぁ……ぅ……」

 ジャイアントスイングから解放されたサリムが、青い顔をしながらふらふらと莉桜に歩み寄ってくる。近づくでもなく莉桜は待ち受け、小さな体を抱き留めた。

「……見てくれてた?」

「うん。がんばった」

「ラーフィアが帰ってくるまでに、強くならなくちゃいけないんだ……」

 そういって、サリムは莉桜の胸に顔を埋めた。いなくなった子供のことだろうか? 失踪前に何か約束をしたのかもしれないと思うと、莉桜の気持ちも沈んでいく。

「それで、ラーフィアが帰って来たらこれあげるんだ。それで、仲直りする」

 握りしめたライオンのマスコットを名残惜しそうに見つめる。お気に入りのものなのだろう。あげると自分に言い聞かせて迷いを断ち切ってるようにも見えた。それがなんとも微笑ましい。

「どうやったらお姉ちゃん達みたいに強くなれるの?」

「うーん……修行でショウカ?」

「しゅぎょう? しゅぎょうしたら、お姉ちゃんみたいなかっこいい手になる?」

 子供特有の純真な目をしたサリムが、莉桜の義腕に触れる。五歳児からすれば、機械の両腕は力強いものに見えたのだろう。

「これは……無理かな」

 両の義腕は、莉桜が小さい頃に事故で失ったのを不憫に思った両親がつけてくれたものだ。今の稼ぎなら体格に見合った女性らしい物を購入することは出来るが「無茶をしても壊れない」一点でゴツい義腕を使用している。気持ち悪いなどと言われるよりはいいが、変に憧れて腕を切り落とすと言われても困る。

「よかったら、ワタシが修行、教えますヨ?」

 どう言えばサリムの気持ちを落ち込ませずに伝えられるだろうか? 莉桜が考えていると、タスニムが助け船を出す。

「こうみえて、ワタシ強いデス」

「……本当に?」

「クリフとジョンくらいでしたら、二人同時でもいけマス」

「本当にッ!?」

 今の飛びかからんばかりの勢いでサリムが目を輝かせる。マッチョ二人を細身の女性が倒す様を想像してるのだろう。時間があれば今すぐにでもクリフ達に掛け合ってみるかと莉桜が腰を上げたとき、二人の端末に通信が入った。

『横浜銀行元町支店にて強盗発生。最寄りの職員は直ちに急行せよ』

「――R9了解」

 生け垣の向こうから現れたパンダカラーのタンドラに乗る雨木が冷静に答える。そして、莉桜とタスニムに乗車を促した。

「さ、サボリの時間は終わり。正義の執行と行こうじゃないの」



 規制線の外側に群がっている野次馬をかき分けて現場に入ると、銀行の前には車を楯に銃を構えた警官達がいた。制服らしい制服を着た警官は数人で、大半が私服にプレキャリを身につけている。ラフなサバイバルゲーマーそのもので、腰につけているポリスバッジとRGのプレキャリについている横浜市警察パッチだけが、彼らを警察たらしめていた。

「状況、どうなってんの?」

 開いた車のドアの横でプロポをいじっている男に雨木が声をかけると、一瞥すらせず口を開く。

「強盗からの立てこもりだ。このご時世、横浜で俺達相手にこんなことするやつがいるとは思わなかったよ」

「ああ、まったくだ。新参の難民かね」

「かもな。顔を確認しようとしてるんだが、連中恥ずかしがり屋みたいだ。窓際にきやしねぇ」

「そりゃそうでしょ。狙撃班だっているのに顔出すヤツはいないさ」

 おかげでドローンに映らねぇと愚痴をこぼす男に、莉桜が歩み寄った。

「で、突撃はいつですか? 堀越巡査長」

「しない。てか出来ん」

「……出来ない?」

 逸る気持ちを抑えきれず、ホルスターの銃を握っている莉桜が首をかしげた。出来ないとはどういうことか。いつものハマポリなら、民間人の目など気にせず作戦を遂行するロシア軍のような行動を取るはずだ。

「人質がいるんだよ」

「そんなの人質ごとやればいいじゃないですか」

「そうもいかん。やっこさん知ってか知らずか……いや、知ってるのかもな。人質の一人に市議の娘がいるんだよ」

「ああ~ナルホド。政治的? に突入できないのですネ?」

「そうだよ井下。残念だけど、いくら俺達が荒くれでも、食い扶持が減るようなことを迂闊には出来ない。傷一つつけるなって厳命されてるからな」

「んで? 俺達はここでただ手をこまねいているんで?」

「今検討中だ」

 雨木の言葉を受けて頭をかきむしった堀越の耳に通信が入る。

『指定車輌の用意準備できました』

「おう、真ん中まで持っていけ」

「車輌? ……何用意したのよ?」

「逃走車輌だよ。何から何まで古いスタイルだろ? 発信器から盗聴器から仕掛けられても調べようがないのに車用意させるんだぜ? 連中、市議の娘を人質にすれば、無事県外まで行けると思ってるんだ。難民崩れの犯罪者ってのはオツムが弱い……」

 この場合、どう考えても逃げ切ることなど不可能だ。ただ、人質に傷をつけるなと言われると警察にとって解決の難易度が上がる。死にさえしなければいいとなればあっさり片付くのに、面倒で仕方がなかった。

「堀越巡査長、いいですか? 提案が」

 どのみち解決できる案件ではあるが、警官は暇ではない。時間をかけるのも癪なので莉桜がだめ押しを提案すると、あっさりと承諾された。



「――窓に近づくなァッ!」

 仲間の一人が銃を手に外の様子を見ようとするのを、エウゲンは声を荒げて止めた。

「死ぬ気かてめぇは!」

「で、でもよ……外見ないと様子が」

「狙撃されるのがわからねぇのかよッ!」

 強盗劇で荒れた銀行内に声が響く。発狂気味な声に怯えた男が、カーテンのしまっている窓からゆっくりと後ずさった。

「ごめんよ、だから、怒鳴るのは……な?」

「…………」

「落ち着けよ。危ないわけないだろ、ここ日本だぞ?」

 ヒステリックに叫ぶエウゲンに、辟易していた別の男がうんざり気味に口を開く。リーダーとして段取りや仕切ってくれたことには感謝しているが、この男は神経質すぎるのだ。首尾良く金を引き出すところまでは出来たものの、それを鞄に詰めている間に通報されたのである。金庫が開いたことにテンションが上がって踊っていなければこんなことにならなかったとエウゲンは怒鳴り散らしていたが後の祭りで、後は逃げ惑う行員を人質に籠城してこの有様だ。

(そんなに成功させたかったなら、もっと気合いの入ってる連中使えばいいんだよ)

 そもそも、楽観思考ののんびりが多い国柄なのだ。とはいえない。そんなこと言えばエウゲンの説教が止まらなくなるからだ。

「この国は平和ぼけで、警官が銃を撃つことなんて滅多にないって聞いたぜ? 少なくとも、俺らの国よりは犯罪者に対して優しいだろ。今回はおとなしく――」

「何年前の認識だ、ソイツは……お前新参か?」

 エウゲンの目が諫めていた男にゆっくりと向けられた。

「確かに平和ぼけって言われたころもあったが、難民を受け入れてからEU並みにやばい! 特に神奈川は! 平気で殺しに来やがるッ」

「じゃあ、なんでそんなところで強盗なんかしたんだよ!」

「仕方ねぇだろ! 難民は神奈川から出られねぇんだッ!!」

『車輌を持って来た! 人質を解放しなさい!』

 怒鳴りあっていると、外から拡声器ごしの日本語がエウゲン達に聞こえてきた。

「……なんて言ってる? レノス! 外でなんて言った!?」

「車が来たってよ」

 仲間内の中で唯一日本語のわかる男が口を開く。緊迫した空気が漂う中、エウゲンが人質の肩を掴んだ。

「人質の頭に銃を突きつけて腕を固定しろ。それくらいしてれば、さすがの警察も撃ってはこないはずだ。……そのかわり、軽はずみにトリガーを引くなよ。人質が死んだら俺達は殺される」

「お……俺達は別にそこまで……なあ?」

「ああ、大丈夫……だろ?」

「……ふん。じゃ、撃たれないように人質をまとわりつかせておけ」

 気後れする仲間をよそにエウゲンは怯える人質の体を抑えつけ、銃口を突きつけた頭と自らの腕をぐるぐる巻きにしていく。そして、自らの首にアンプルを注入した。

「はぁ……」

 若干の多幸感に、声が震える。不安が抑えられ、何とかなるという気持ちが首をもたげてくる。

「……いくか」

 覚悟が決まったエウゲンに促され、四人の実行犯と四人の人質が銀行の外に出て行く。規制線の外には無数の民間人が状況を見守っていていた。犯罪の珍しくない土地柄とはいえ、野次馬根性だけはなくならないようだ。そして、バリケードを築くように配置されたパトカーとそこから銃を構える横浜市警の警官達。

「落ち着けよ。人質に銃を突きつけてる以上、俺達を簡単には撃てないはずだ」

 仲間に言い聞かせ、エウゲンは中央に置かれているエンジンのかかった車に近づいていく。人質がいることを考えれば爆弾などはついてないだろう。軽く車の周囲を見渡してから、車内に現金の詰まった鞄を放り込んだ。

「みんな乗れ。お前も乗るんだよ!」

 母国語で声をかけ、人質を押した。こめかみに固定された銃を押しつけられ、人質となった女性行員からうめきが漏れる。腕ごと顔と頭部をガムテープで雑に巻かれているため、周りを見ることも怯えた目を向けることも出来ない状態だ。せっつかれた人質達が乗車すると、続いてエウゲン達も乗り込む。そして、規制線の張られていない方向へ抜け、16号線へと走り出した。

『宇佐見巡査聞こえる?』

「もっと声張ってもらえます? 聞きづらいです」

 インカムから聞こえる雨木の声に応答する莉桜の横では車のシャフトが激しく回っていた。莉桜は強盗犯の逃走車輌の下にくっついていた。早い話セガールの下版だが、それを可能としたのは用意した車の車高がある程度高かったことと莉桜が小柄なこと、そして体を固定している両腕が疲れを知らない義腕だからだ。頭の後ろでは地面が凄まじい速さで移動している。状況的にはかなりスリリングではあるが、腕が外れない以上落ちることはないと莉桜は自分に言い聞かせていた。自分から言い出したこともあるが、今更途中下車できない。

『現在車輌は16号を移動中。その一帯は一時的に封鎖してるから、動くなら今だが……』

「歯切れが悪いですね。何か問題が?」

『ドライバーのヤツが人質の頭の銃をくくりつけてる。うかつに撃てば、ピタゴラスイッチ的に人質が死ぬ』

「やっかいですね」

『なんで、しばらく様子を見ようかと思ってる。行き先も知りたいし』

 雨木がそう言った矢先、車が蛇行し始めた。

「ッ……雨木さんどうなってるんですか!?」

『やば……やっこさん、ヤクでもヤってたのかラリってやがる。ここで始末しないとまずいッ』

「わたしがやります」

 すかさず莉桜が手を上げた。狙撃より確実に犯人を止められるのは自分しかいないと考えたこともあるが、ヘタに車体が悪路でバウンドしたら、車体と地面でつぶされかねないからだ。

『わかった。注意すべきは人質に銃をくくりつけてるドライバーのみだ。援護して気を引く。そのタイミングで下から動いてくれ』

「了解」

『………………………………………狙撃班用意~……3……2……1……撃てッ』

 合図とともに銃声がする。ビルの上からの狙撃により、リアハッチの窓が狙撃された。車の挙動が乱れ、車内から悲鳴が聞こえてくる。犯人の意識が背後に後ろに向いた刹那、車体底面から這い出た莉桜がドアを登っていく。ドア越しの人影にエウゲンが気づいた時には、莉桜の拳がウインドウを破って飛び込んできていた。

「うおおッ!?」

 慌てたエウゲンがトリガーを引いてしまう。解放されたハンマーがファイアリングピンを叩く――それを、莉桜の義腕が阻止した。

「な……な!?」

「しゃべらなくていい」

 スライドを引っ張られて撃てなくなった銃と突然現れた莉桜に怯えているエウゲンの顔に発砲する。車内で突然に響いた発砲音に、狙撃に伏せていた男達が顔を上げる。侵入者に対処すべくレノス達が銃を抜くと同時に、車内に入り込んだ莉桜は思い切りブレーキを踏んだ。

「ああああああッ!?」

 タイヤ痕がアスファルトに刻まれる。時速90キロからのフルブレーキに踏みとどまれるわけもなく、シートベルトをしていなかった犯人と人質達が前に飛んできた。ハンドルにしがみついてやり過ごした莉桜が振り返り様に男達にトリガーを引く。頭部に被弾した男達が、苦鳴をあげて動かなくなった。

「容疑者無力化。人質は全員無事です」

『おつかれ宇佐見巡査。後はこっちでやっとくよ』

 無事解決したことに安堵し、車を降りた莉桜が一息つく。

『ところで、始末書の文面考えておけよ?』

「わかってますって。今日中に書けばいいんですよね」

『それもそうだけど、今の件の始末書ね』

「え? でもそれは」

『人質、怪我してるでしょ? 無傷のオーダーだよ?』

 雨木の言葉を受けて、莉桜は車内に再び目を向ける。人質は確かに無事だが、ブレーキの衝撃でいずれも怪我をしていた。どう言い張っても無傷とは言いがたい状態だ。

「……無事助かったってことで、どうにかなりませんか?」

『そいつは警部のご機嫌次第だなぁ』

「……」

『土下座くらいは一緒にしてやるからさ、警部の心に響く感動的な報告書と始末書を頼むよ』

 雨木の通信が終わる。駆け寄ってくる同僚達を尻目に、莉桜は空を仰いだ。

(わたし、国語3だったんだけどな……) 

 今日は一日中始末書と格闘をしなければならない。酒にでも逃げたい気分に駆られ、莉桜はうなだれるのだった。




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