討伐パーティーの料理係、がんばります!
「残酷描写あり」は保険です。
「ごはん、できましたよ!」
焚き火の上でぐつぐつと煮えているシチューをかき混ぜながら、私はパーティーのみんなに声をかけました。今し方魔物の群れを狩ってきたばかり、みんなまだ川で返り血を洗い落としているだろうから、聞こえるように大声で。
「早いな、相変わらず」
「えへへ、持って生まれた体質ですから」
そう、これは私の持って生まれた魔法体質。
この世界にはだいたい二十人に一人くらいの割合で、特別な体質を持って生まれてくる子どもがいる。私もその一人。
その内容は千差万別だけれど、例えば火を操る能力だったり竜巻を起こせたり、幻影を見せることが出来たり――――と、その身のうちにある魔力に起因する能力を持って生まれてくるので、「魔法体質」と呼ばれています。
ちなみに魔法体質でない人は基本的にほとんど魔力を持っていません。要は特別なスキルを持った魔力持ちだと思っていただければいいでしょうか。魔法体質でない人は、マッチくらいの火をつけられるのがせいぜいなので、みんな敢えて魔法を使ったりしないんですね〜。
んで。
この私・ピア(一般庶民なので苗字はない)もその希有な魔法体質の持ち主だったりします。そのおかげでなぜか王太子様のドラゴン退治のためのパーティーに同行させられることになりました。あ、魔法体質を持っていることがわかった時点で国に届け出る義務がありますので、そこから徴用されたようです。
私の体質は戦闘向きではないため、あくまで後方支援ですけどね! なにしろこちとら魔法体質を除けばただの村娘A、いえひょっとしたら村娘Fくらいかもしれません。
え? それで、私の魔法体質は何かって?
空気読んでくださいよ、言いたくないんです……でも言わないと話が進みませんね。
私の魔法体質、それは「料理時間を短縮する」という、台所では重宝されてもドラゴン退治には何の役にも立ちそうにないものなのです。
たとえばシチューの煮込み。何時間も煮込んだようなシチューが一瞬でできあがる。大量の野菜千切りも私が包丁を一度入れればばさっとすべてが片付いてしまう。
「はい、時間がございませんので本日はできあがったものをこちらにご用意してございます」的に、ぱっと完成してしまうのです。
ね? ドラゴン退治には何の役にも立たないでしょ?
でも、私が同行しているのは王太子アラステア様のパーティー。大事な王太子様にせめて食事だけでも温かくておいしいものを食べさせてやりたいという親ば……いえいえ、親心で、危険な野外でも短時間で美味しい料理を作れる私にパーティーの料理係として白羽の矢がたったわけです。勿論戦闘参加はなしの方向で。
まあ、でも、実際一緒に旅をしてみたら王太子様は本当に素敵な方で。
ハンサム、細マッチョ、誠実で優しいうえに博識で、天はこの方に何物与えれば気が済むんだ的なある意味王子様の中の王子様なのです。私みたいな庶民にもすごく優しいしね!
――――ちょっと、ええほんのちょっとだけ、甘い夢を見ても許されるでしょう。
さて、パーティーメンバーの皆さんが戻ってきて、夕食になりました。
旅の間でもメニューにメリハリをつけてお出ししていますが、今日はいい肉が手に入ったので、これを一番美味しく食べられるシチューにしてみました。ちなみに私が調達しました。
え? こんな森の中で何の肉かって?
この森にはバラナイダという動物が住んでいるのです。これを一人で狩りました。ええと……いわゆる、オオトカゲです。ちょっとどう猛だけど、なんとか倒せます。
あ、でも、淡泊だけど脂ののった、とっても美味しい肉なんですよ。この国ではよく食べられているのです。
「うん、美味い。ピアの料理は相変わらず素晴らしい」
「ありがとうございます~。皆さんに健康で頑張っていただくためにも、腕によりをかけて作りますね!」
「皆さんじゃなくて、殿下のために、だろ?」
パーティーメンバーの剣士・ジャンゴさんがにやにやしながら茶々を入れます。むむ、何てことを言うんですか!
「ジャンゴさん、いいかげんにしてください! 明日の朝食にクレソン大量に入れますよ!」
ジャンゴさんはクレソンが嫌いです。
「まあまあ。それにしても、一人でバラナイダを狩れるようになったなんて、ピアもすごいなあ」
アラステア様がほんわか空気でジャンゴさんに助け船をよこしました。くっ、相手がアラステア様では私もこの船を転覆させるわけには行きません。
「はい、『バラナイダを狩る』じゃなくて『食材を捌く』って意識したら、魔法体質が働いたらしくて一瞬でばらばらに」
――――しーん。
あ、あれ?
「だ、大丈夫ですよ! ちゃんと毒のある部位と可食部分はきっちりわけて捌いてありましたし、きちんと綺麗に捌いて」
「まてまてまて。そういう問題じゃない」
ジャンゴさんと弓使いのレーヴェさんが頭を抱えています。
どうしたんでしょう?
「でもね、ピア」
首をひねっていたらアラステア様が私をじっとのぞき込みました。
「ピアのことは私たちが絶対に守るってご両親に約束をして無理についてきてもらったんだ。危ないことはしなくていいんだよ。私たちが戻ってきたときに優しい笑顔で迎えてくれて、暖かい食事を作ってもらえればそれだけで一日の疲れが飛んでいく。バラナイダも私たちが狩ってくるから、本当に無理しないで」
「アラステア様……」
いつの間にかパーティーメンバーの皆はどこかへ行ってしまって、鍋のそばには私とアラステア様の二人きりになっていました。アラステア様のたくましい腕が私を包んで抱き寄せ、私はアラステア様の胸でたっぷりの安堵感といとおしさに包まれます。
ひとときの甘い夢だってわかっていても、アラステア様の笑顔は麻薬のよう。離れられなくなってしまう。
でもいつかは離れなきゃいけないの。貴族でもないただの村娘な私では、側室にすらなれないから。
でも、今だけは。
旅の間の、このひと時だけは。
*****
「全く、見ちゃいられないな」
ジャンゴが大きく息を吐いた。
「ピア嬢ちゃんがかわいそうでな。この旅が終わりゃいくら好きでも殿下とはもう二度と会えない運命だ。殿下も罪なことをなさる」
「どこからどう見ても両思いですからねえ……ピアがなまじっかいい子ですから、尚更惜しい」
レーヴェもジャンゴに倣うようにため息をつく。
「見目も悪くない、頭も良く切れて場の空気を読むのもうまい。自分の立場もよくわきまえていてかつ社交的。これで貴族の血が入っていれば文句なしなんだがなあ」
「かといって男と違って武勲を立てて……ってわけにもいきませんしね」
二人以外のメンバーもしきりに首を縦に振る。
メンバー全員、アラステアとピアの未来に同情的だ。なんとか二人の恋を成就させてやりたいが、身分という大きな壁がある限り結ばれることはないとわかっている。
だからこそ、このひと時だけでも。
男達は森の暗い影で息を潜め、二人の恋を応援するしかなかった。
*****
森の奥の奥、大きな崖の洞窟にドラゴンはいました。
奥の方にいることはわかっていましたが、はっきりと居場所が特定できていたわけではなかったのです。
だから、その洞窟の入り口で肝心のドラゴンに遭遇してしまったとき、当然私もアラステア様たちと一緒にいました。
「ピア! 隠れていろ!」
アラステア様が神剣バラクーダを抜き放ち、ドラゴンと対峙します。私は言われたとおり、少し離れた木陰に身を隠し、皆さんのたたかいを見守ります。
だって、私がいたって足手まといにしかなりませんから。
ただ、身を守るために包丁だけは握りしめていました。いつ他所から他の魔物が出てくるかもしれませんからね! 皆さんドラゴンで手一杯、私は自分の身は自分で守るしかありません。
ドラゴンの鱗は硬く、レーヴェさんの矢は刺さりません。だから目や口の中を狙います。
ジャンゴさんは最前線でドラゴンの牙や爪の攻撃をかわしつつ、アラステア様のためのチャンスを作る。
ほかのみんなもそう。
皆で死力を尽くして活路を開く。それでもひとり、またひとりとドラゴンの尾やブレスではね飛ばされ、地に伏せていきました。
「うわっ!」
レーヴェさんの右腕をドラゴンのブレスが襲うのが見えました。とっさにかわしたようだけど、遠目に見てもわかるほどひどい火傷を負っている。
「レーヴェ!」
ジャンゴさんとアラステア様がレーヴェさんをかばうようにその立ち位置を動きます。もう残っているのはこの二人だけ。
じり、じりとドラゴンが前へ踏み出し、じり、じりとアラステア様たちが後退します。ここで避けたら倒れて気を失っているレーヴェさんにドラゴンの攻撃が当たってしまうことがわかっているから。
「あ、アラステア様が……!」
どうしよう。このままじゃ、アラステア様が。ジャンゴさんが。レーヴェさんが。
私の頭の中は大切な人を失う、その恐怖がぐるぐると渦を巻いていて、まともにものを考えられる状態ではなくなっています。
なのにひとりで隠れているの? ううん、私が出て行ったら足手まといだ。
どうしたらいいんだろう。
がきぃぃぃん!!
悩んでいる私がほんの少し目を離した隙に、ドラゴンの尾の一降りでジャンゴさんが打ち据えられ、アラステア様は神剣を飛ばされて丸腰になってしまいました。
「アラステア様!」
だめ、だめだ。アラステア様を失うなんて、耐えられない。
頭が考えるより速く、私は包丁を構えたまま走り出していました。
「だめだ! 来るな、ピアーーーー!」
アラステア様の悲痛な声が聞こえる。視界にはドラゴンと、それに倒されたパーティーメンバーの皆が見える。
何てことを。今までともに旅をしてきた私の大切な仲間に、何てことを。ふつふつとどす黒い怒りが心の底からわき出してきて、私はドラゴンをきっとにらみつけました。けれどドラゴンはどこ吹く風。きっと私のことなど小さな羽虫かなにか程度にしか思っていないのでしょう。フン、とまるであざ笑うように鼻息を吐いてみせています。
それを見て、私の頭の中でなにかが突き抜けてしまいました。
「よくも……よくも皆を! アラステア様を!」
ドラゴンの前に立ちふさがる。不思議と怖いというよりドラゴンへの怒りが一杯で。ぐんぐん私の中の魔力が高まっていくのがわかりました。
「ふざっけんな、おっきいだけのトカゲの分際で! すっぱり捌いてやる!」
思わず村で普段喋ってたような荒っぽい口調になっちゃったのは勘弁してください。そして私は叫んで、ドラゴンの懐へ走り込みました。やはりドラゴンはこんなちっぽけな私など驚異ではないらしく、私が間合いに入った瞬間、がぱっと大きく口を開けました。
丸かじりする気?!
でも、負けない。せめて一刺しするまでは死ねない。
どう足掻いても回避できそうにない。眼前に迫るドラゴンの牙の更に奥、蛇のような長細く柔らかい舌に、せめてもの意趣返しとばかりに私は思いきり包丁を突き立てました。
さくっ。
けれど恐れていた痛みは襲って来ませんでした。絶対食べられちゃうと思っていたのに。
ぎゅっとつぶっていた目を恐る恐る目を開けてみるとーーーー
目の前には、見事に捌かれたドラゴン肉が骨と鱗をきっちり取り除かれた調理可能な状態でその場に鎮座ましましていた。
あれ?
なにこれ?
ひょっとして、魔法体質で捌く時間が短縮されて……
マジか。
ドラゴン、倒しちゃったよ!
「ぴ……ピア?」
背後からアラステア様の声が私を呼びました。
――――ええと、私、どうしたらいいんでしょう。
「マジかよ……一瞬で綺麗さっぱりとか」
「俺、自信なくしそう」
「すげえな、魔法体質」
「ありえねえ」
なんとか起き上がったみんなが口々に言う声が聞こえますが、やっぱり振り返れません。怖すぎる。
だって、全員でかかってもあんなに苦戦していた強大なドラゴンを!
包丁一刺しでしゃらっと解体、とか。
ありえないでしょ、私の魔法体質ううううううっ! こんな、皆さんの苦労を台無しにするような!
「それにしても何がすごいって、嬢ちゃん自身だよな」
「へ?」
ジャンゴさんの声に思わず振り返りました。
「だってよ、あれで解体できたってことはだぜ、嬢ちゃんはドラゴンを食材だと認識してたってことだよな?」
「な?」なんて同意を私に求めないでえええええ! 乙女の矜持を傷つけないでえええええ!
皆が解体されたドラゴンをどう持って帰るか相談しているうしろで、私は心ゆくまで落ち込んだ。
結果、「ドラゴンを倒した聖女」というとんでもなく重たい肩書きをいただいた私は、その功績で無事アラステア様と結婚することができました。
でも、時々アラステア様が私のことを怖いものを見るような目で見るようになってしまったことは……私のせいじゃない、たぶん。「オコラセチャイケナイ」って心の声が聞こえるのもきっと気のせいだ。
そしてふたりは末永く幸せに暮らしましたとさ。まる。