森の賢者
ここは異世界、ルーカスリンド。
数多の神が治める数多の聖地が存在し、数多の神の眷属が暮らし、数多の神の思惑が錯誤するルーカスリンド。
そんな世界のとある神が治める人魔が暮らすデコルディア
そんな大陸の人の地と魔物の地の境界線の一つ、魔境の大森林リンシール。
人の住めぬ魔物が跋扈する大森林の奥地には、黒髪黒目の少年が住んでいる。
常に古めかしい本を身に着けた少年は、とある事情でルーカスリンドに降り立つことになった転生者だった。
前世の名を東条晶人、今世の名をアクト。
後に森の賢者と呼ばれることになる引き籠りであった。
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東条晶人改めアクト。それが今の僕の名だ。
東条晶人としての人生を全うした僕は、神様の事情でルーカスリンドという地球と異なる世界にアクトとして転生することとなった。いや、姿は前世と変わらないから転生って言われても実感はあんまりないけど。
まぁ、そんなわけで神様の事情で転生した僕は、未開の森の奥地に降り立つことになった。
正直、もっとマシな場所がなかったのかと思うけど慣れると案外住み心地は悪くない。
けど、転生特典として古めかしい本を神様から貰ってなかったら野たれ死ぬか魔物の生き餌になってただろうけど……
古書は、アカシックレコードっていう記録媒体に魔力という力でアクセスしてこの世界のあらゆる事象、出来事を記録する魔本だった。イメージとしてはパソコンであってると思う。
たかが知識、たかが記録と侮るなかれ。この魔本は恐ろしく汎用性の高いものだった。
サバイバルのノウハウや食材の見分け方、森に生息する魔物に関する情報は勿論、食材となる野草や果実の在り処や魔物の分布がリアルタイムで詳細に記載され知ることができたし、魔本に記録した魔法陣から火種や飲み水、果ては安全な拠点まで確保することができた。
あと、小説や伝記などをいくらでも読めるのは読書が趣味だった僕としては嬉しい。
そんなわけで魔本によって衣食住、そして娯楽が充実した僕は安全な拠点に引き籠った。
そりゃもう引き籠った。
神様としては僕がここに転生することが目的であってそこで何をするかは僕の自由だ。態々安全な拠点から出て危険で溢れる森を踏破して、これまた色々と危険や不自由の多い人里で暮らすことに僕としては意味を見出せなかった。人嫌いではないけど、別に孤独を感じず現状で満足していたのが引き籠りの一番の要因だった気がする。
結果、安全を確保した敷地から滅多に外に出ることなく十年近く魔本から得られる知識を吸収しながらだらだらと過ごすことになった
僕としてはすごく充実した十年だった。
地球には空想でしかなかった魔法を学ぶのは面白かったし、これまた実在するっぽい神々や魔物、エルフやドワーフといった人種のことを知るのは面白かった。また、それら得た知識を活かしてみるのも楽しかった。お蔭でここ十年で特技が増えた。
そして、僕はこれからもそんなだらだらとしつつも充実した生活が続くと思っていた。
しかし、出会いは唐突だった。
「みず………みずを……みずをください……」
僕は、敷地のすぐ外で生き倒れた女性を拾った。
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「ふーん、クレアティーア=レイナーシル。22歳女性処女。身長171.2㎝、体重68.4㎏、現体重53.6㎏、バストは……ってこれはいいか。マルコイン国レイナーシル伯爵の三女。五男六女のうち、四女のリリーと同じ第二側妃リカルドから生まれた。当主レイナーシル伯爵からは溺愛されていたが、その正妻アグネスからは疎まれていた。14歳にリカルドの病死をきっかけに出奔。15歳にマルコイン国を出て隣国のジョゼフ国で冒険者として活動する。半年前に三級に昇格。三か月前にリンシールで採れる霊草シンシスフリールの採集依頼を仲間の五人と共に受ける。そして、一か月前に緑竜との戦闘の最中に崖から転落、崖下の川に着水。意識を失い下流へ流され遭難。で、今に至るってわけか……。運がいいのか悪いのか。というか、こんな大怪我でよくここまで移動できたね」
パタンと本を閉じて視線をベッドで眠る女性クレアティーアに向ける。
僕の呆れた視線に気づくことなくすごく気持ちよさそうに寝ている。
肋骨を三本に左腕を骨折、左手首粉砕骨折で、しかも肺挫傷で左肺を出血って普通痛みで動けない上に呼吸も困難だと思うんだけどな。体内魔力で誤魔化してたようだけどそれでも無茶する。
酸欠で酷い顔だったけど、治療した今では元の整った顔をしている。汚れて茶髪に見えた髪も今は艶のある金髪で、すごい美人さんだ。治療の過程で素肌見たけど、絶食でやせ細ってるとは言え三級冒険者だけあってよく鍛え上げられたしなやかな体をしている。
うーん、どうしようか。
このまま得物である槍や剣も失くして魔法しか戦闘手段のなくなった彼女を竜すら生息するこの魔境に捨てるのは良心が咎める。
けど、この充実した生活を侵されるのが嫌だしなぁ……
まぁ、なるようになるか。煩わしかったらその時は遠慮なく捨ててこよう。
そう決めてから三か月が経った。
目を覚ました彼女はこんな魔境に暮らす僕に驚いていたが余計な詮索はしてこず、概ね良好な関係を築けてると思う。
彼女はあまりお喋りではなかったけど、彼女の口から語られる体験談は魔本に記される情報とは一味違って新鮮で最近の楽しみに一つになってる。また衰えた感覚を取り戻すためにベッドから出れるようになると毎日庭で鍛錬を行なってる様子を眺めるのが日課の1つになってきている。
流石、彼女は一流と呼ばれ始める三級の冒険者だけあって剣と槍の名手で、ただ武器を振るってるだけの鍛錬も見応えがあり、鬼気迫るものがあった。
僕は本から得た知識から自己流で剣を今まで振ってきたけど所詮実戦経験ゼロのなんちゃって剣術だ。あんな彼女とやりあったら五秒と持たないと思う。
まぁ、憶えた魔法と本を使えば負けないと思うけど……
なんて考えているといつものように鍛錬をしている彼女と目があった。
「アクト! 」
「おおっと」
その声に驚いて危うく本を落としそうになった。
「今日が最後だ! どうだ? 最後に一度、私とやらないか! 」
珍しく声を張り上げ彼女は槍の矛先をこちらに向けて、好戦的な笑みを浮かべる。
普段は穏やかで気品ある彼女だが、今は武芸者としての顔を見せてた。
今までもそんな素振りを見せていたけど、乗り気ではない僕の気持ちを察してか誘ってきたことは一度もなかった。このタイミングということは最後に一度くらいは手合せしたいという彼女なりの妥協だったのかな……?
あまり気分は乗らないけど、別れの最後に一度だけと思って付き合おう。
「仕方ないなぁ。少しだけだよ」
そう言った瞬間、彼女は歓喜でパァァと顔を輝かせる。
その笑顔に僕は、美人なのに、どこか残念なんだよなーなんて考えながら本を抱え直して彼女の元に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ハァ……ハァ……相当に出来ると思ってたけどこれ程か……やはりすごいなアクトは」
「まぁ、クレアとは相性が良いからね。それに本も遠慮なく使わせてもらったしね」
彼女との最初で最後の手合せは、僕の完勝で終わった。魔術が使用出来た上に本を解禁したのだから当然の結果だ。槍と剣の名手でも魔法の修練を疎かにしていた彼女では、僕に傷をつけるどころか近づけさえしなかった。
「これでも魔術師殺しと呼ばれたこともあるんだがな」
大の字で寝転がっていた彼女が自嘲気味に苦笑する。
「うん、実際に魔弾を斬られた時はびっくりしたよ。すごいねクレア」
彼女が武器に魔力を流し、本来なら斬れない魔術を斬る技法である破魔術を使えることは知ってたけど、実際に魔弾の弾幕を一太刀で切り裂かれてここまでかと驚かされた。
「実際にか……やはり私の手の内は既に知ってたのか? 」
「うん、得意のパターンくらいは把握してるよ」
彼女が鍛錬を始めた頃に興味が湧いて本で調べてたので、手合せをする時にはもう知ってた。
「ハハ、アクトには敵わないな」
そういって彼女は笑って、体を起こして僕の前に立つ。
彼女の方が高いので、僕は自然と顔を見上げて彼女を見る。
「最後に手合せができて良かった。三か月本当に世話になった」
そして彼女は深く頭を下げた。
「うん、僕も久しぶりに人と触れ合えて楽しかったよ」
「アクト、この恩は必ず返す。――この髪に誓って」
そういって彼女は、長い髪を槍の穂先で無造作に斬って一房の黄金の髪を僕に渡した。
「また会える日を楽しみに待ってるよ。その時は土産話を一杯聞かせてね」
「ああ、いつかまた」
そしてその日、僕は彼女を森の外にまで送り、僕と彼女の三か月の短い短い共同生活は終わりを迎えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あぁ……なんか暇だなー
彼女が去ってから半年が経った。
再び充実したボッチ生活に戻った僕だったが、以前は全く感じることのなかった孤独感、寂寥感を時折感じるようになってしまった。
何てことはない、彼女は既に僕の中で大切な存在となっていたということだけだ。
恋、というわけではないと思う。一緒に暮らす同居人として無くてはならない存在となってしまったのだと思う。
ふとした時に、いつも彼女が鍛錬していた場所に目を向けていた。彼女が座っていた椅子を見ていた。愛用していたコップを手に取っていた。一緒に暮らしていたあの日を懐かしむことが増えていた。
そして、彼女はまたここに来てくれるだろうかと想いを巡らす。普通に考えれば、魔境の森の奥地にあるここに辿り着くのは難しい。だけど、また来てくれたら……と思うのは最早願望だろうか。
ここまで考えて自分から拠点を出て会いに行こうと考えないのは僕が筋金入りの引き籠りだからだろうか。
「あー会いたいなぁ……」
そうボヤキながら首にかけた彼女の髪を入れたお守りを弄る。
空いた手で本の表紙を撫でる。
彼女の動向を知るのは、簡単だ。このまま彼女のことを念じて本を開けば知ることができる。
今までそうしなかったのは、彼女の口から教えて欲しいという気持ちが強かったから。
だけど、今はその気持ちよりもすぐに知りたいという気持ちの方が強い。
どうしようか……
しばしの逡巡の後、僕は表紙に『クレアティーア=レイナーシル』と題された本を開いていた。
そして、僕は拠点から飛びだしマルコイン国へと向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ところ変わってマルコイン国レイナーシル領に位置するとある村の廃家、そこにクレナことクレアティーア=レイナーシルが息を潜めていた。
顔を真っ青にしてゼェゼェと荒い息を繰り返し、土と血で薄汚れたクレアは、以前アクトが森で発見した時と大差ない程追い詰められていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……クソッ、まさかここまで憎まれていたとはな、迂闊だった」
満足に立っていられない程憔悴した様子のクレアは、もたれかかった壁をずるずると落ちて地面に仰向けに倒れ込む。クレアの左手は苦し気に胸を抑えながらも、右手は必死に槍の柄を握りこんでいた。
そんな彼女の耳に微かに草をかき分ける追手の足音が聞こえてくる。
「ハァ……ハァ……もう追ってきたか……ッ! 」
荒い息遣いは治まる気配はないけれども、クレアは不調を訴える体を無視して槍を支えにヨロヨロと立ち上がる。しかし、やはり無茶だったようで二、三歩歩いたところでクレアは、足を縺れさせて壁にぶつかる。
ドンッという決して小さくない音が、寝静まった闇夜の中で響き渡る。
その物音を聞きつけたのか追手の足音が近づいてくる。
「ぅぐッ……クソッ」
情けない自分の失態に悪態をつきながらクレアは、廃家の壁に空いた穴から抜け出し足音とは反対方向へと逃げ出す。剣と槍の名手であり、魔闘術の使い手でもあるクレアは、体内魔力を振り絞って重体な体を誤魔化し、体内魔力で部分強化された脚力で闇夜の林を疾走する。
普段ならば余剰魔力を出すことなく必要量だけ正確に注ぐことが出来る彼女だが、今の状態ではそんな高度な魔力操作は行えず、部分強化で溢れ出た余剰魔力が暗闇の中に淡い残光を残す。しかし、そのことに視野の狭まった彼女は気付けなかった。ただ、追手から逃れるためにクレアは僅かに残る魔力を使い必死に走った。
走って、走って、走って、走って
そして力尽きた彼女は、気を失って倒れている所を追手に捕らえられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ぅ………ここは……? 」
再び目を覚ました時、クレアは鎖に繋がれて地下の牢獄の中にいた。
傷の手当てがされたようで体の痛みはなかったが、代わりに武器防具は取り上げられて首に首輪が付けられていた。
「首輪か……? 」
手探りで首を弄りクレアは顔を強張らせる。この状況下で、首輪ということに彼女は嫌な予感を拭えなかった。試しに彼女は、首輪を引きちぎろうと身体強化を行なおうとして、失敗する。
クレアは、操作しようとした体内魔力を無理やり乱され体外へと魔力を放出させられた影響で全身を輝かせる。
「ぐっ、やはり魔封じだったか」
クレアは急速に減る体内魔力に顔を顰める。
さらに自身の光輝く体を光源に自分の体を見た彼女は、今自分が身に着けていた防具の代わりにスケスケの白いベビードールが着せられていることに気付いた。
「これは何の冗談だ」
先程とは別の意味で顔を顰めるクレア。
「おや、私の趣味なのだがお気に召さなかったようだなクレアティーア」
「っ……やはり貴様か。バオドル」
鉄格子の向こう側から姿を現した煌びやかな服を身に纏ったバオドルという美男にクレアは、きっと睨みつける。
「ああ、そうだ。私の誘いを無碍にした上に手を上げたのだ。当然のことだと思わないか? お前が死んだと聞かされた時は後悔したよ。ああ、勿体ない女を失くしたと、せめて私が味わってから死ねばよかったのにと」
「抜かせ。お前に犯されるくらいなら噛み切って死んでやる。オークの相手の方がお前より遥かにマシだ」
いやらしい目を隠そうともせず向けるバオドルにクレアは体を隠そうとしながら断固として拒絶する。
「このっ………! 」
そのクレアの態度にバオドルは激高しかけるが、ぐっと堪えた。
「まぁいい。精々そこでいくらでも吠えてるがいい。だがな、あと三日だ。三日後お前は、私に自ら求めてくるだろう。その時、優しくして欲しいなら少しは口を慎んだ方がいいと思うぞ」
「……なに? バオドルどういうことだ? 」
「お前の向かいの部屋はすでに予約済みでな。三日後に女が1人入る予定だ。名は確か……リリー、と言ったか? お前と違って大人しい少女らしいぞ」
「おい、バオドル! リリーに何をする気だ!! 」
バオドルの言葉にクレアは鉄格子を掴み怒りの表情でバオドルに詰め寄る。
「言わなくてもすることは一つしかないだろ? 」
バオドルは、クレアの反応ににやぁと下卑た笑みを浮かべる。
「リリーに手を出して見ろ!! 私は決してお前を許さんぞ! 」
「それはお前の誠意次第だろう。私は既に言ったぞ。あとはお前が私に誠意を見せるだけだ。明日また来る。いい返事を聞かせろよ」
「おい! おい待てバオドル! 待てっ! 待てっ!! 」
バオドルは、クレアの呼び止めには応じず哄笑を上げながら地下牢から去っていた。
残されたのは、鉄格子を掴んだまま項垂れるクレア1人だけだった。
「私は……どうしたら……」
無力な自分が情けなくてクレアは、ポタリポタリと涙を落とす。
そんな絶望の淵に立ったクレアに応える声があった。
「――決まってる。こっから抜け出し今すぐてアイツをぶん殴ってやるんだよ」
その人物はいつからいたのか、クレアが顔を上げると鉄格子越しに目があった。
頭上に浮かぶ光球によって照らし出されたその者は、このマルコイン国とその周辺諸国に珍しい暗闇のような黒い髪と眼を持っていた。そして、黒曜石のように澄んだ黒目の縁は藍色に怪しく光輝き、その者の堪えようのない激情を現していた。
「アクト……? 何でお前が……」
クレアは、夢を見てるような呆然とした表情でアクトを見る。
「君を助けに来たんだよ」
アクトの持つ開かれた魔本の見開きのページが光り輝き、それに呼応するようにアクトの右手が青く輝く。
手刀の構えをとって錠がされた鉄の格子扉の隙間に当てると、アクトの右手は熱したナイフでバターを切るかのようにあっさりと錠前ごと扉の一部を切断し、クレアが呆けている内にギィィと金属が擦れる音を立てて外へと出れる扉が開いた。
そしてアクトが一言「砕けろ」と言うと、パキィと甲高い音を響かせてクレアの首につけられた魔封じの首輪のコアである宝玉が砕け散り、足を拘束していた鎖が砕けた。
「さぁクレア、一緒にアイツらをぶっ潰しに行くよ」
そういってアクトはぺたりと座り込んだまま固まっているクレアに手を差しだした。
「――-ああ、アクト感謝する……! 」
クレアは、しばらく呆けた様子で固まっていたが我に返ると目元を涙で潤ませながら、差し出されたアクトの手をとり、力強く握りしめた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クレアの危急の事態に衝動的に拠点を飛び出した僕は、マルコイン国までの道中、魔本によってリアルタイムでクレアの動向を追いながら今回の事態の経緯を頭に畳み込んできた。
だから、ついさっきまでこの地下牢でクレアとアイツが交わしたやり取りも把握していた。クレアの妹を人質にとって体を求めるやり方には心底虫唾が走る。
今アイツは、この地下の真上に立つ屋敷の中でクレアを捕らえた闇組織【夜蛇の魔眼】の奴と話してるが、その内容が正にクレアの妹の拉致についての話っていうのが殺意が湧いてくる。
は? 姉妹2人一緒に姉妹丼? 飽きたら娼館に売り飛ばす? 自分が顔を殴られた代わりにクレアの顔に焼印?
へー、あーそう。そういうことするんだ。僕の初めてで唯一の知人であるクレアにそんなことをするんだ。
へー………
胸中で吹き荒れる激情に任せ、横の鉄格子を魔力を込めた拳で思いっきり殴った。ゴインと大きな音が地下牢に響いて鉄格子の内の一本が大きく凹んだ。
「楽に死ねると思うなよ。クレアに手を出したことを徹底的に後悔させてやる」
「あ、アクト……? 」
さてどうしてやろうか。ただ暴力によって痛めつけるだけではこの怒りは収まらない。都合のいいことに僕の手には、この魔本がある。アイツ、バオドルが今までやってきたことも、それに対する周りの評価も何から何まで事細やかに知ることが出来る。肉体的に殺すなんて生ぬるい。社会的、そして精神的にアイツを殺してやる。今までの自分の行いを後悔したくなるような生き地獄を味わせてやる。
「フ、フフフフフッ……」
「うわっ、アクト、漏れてる! 魔力が体から漏れてるぞ! 抑えろ! 」
その後、僕とクレアは地下牢を抜け出し、屋敷に侵入しバオドルと実行犯である【夜蛇の魔眼】の連中を適度に叩きのめして拘束した。なんかバオドルは侯爵家の私を―と喚いたが、そんなことは知ったこっちゃない。生憎僕はこの国の生まれでもなければ住んでもない。魔弾で容赦なく滅多打ちにしてやった。
それから返す刀でクレアの妹であるリリーを攫おうとしている実行部隊を潰しに行き、ついでとばかりに【夜蛇の魔眼】の本部を強襲し壊滅させた。リリーを攫おうとした実行部隊は、ほとんどクレアによって討ち取られた。あの時のクレアの形相は味方であった僕でさえ気圧された。
最後にバオドルの父でありレイナーシル領に隣接するタオタール領を治めるタオタール侯爵の現当主にバオドルがこれまでしでかした悪事とその証拠を叩きつけ、三男であるバオドルと絶縁するよう交渉した。最初は息子のこれまでの所業に顔を顰めつつも渋っていたが、対価として色々と益となる助言をしたところ確約してくれた。バオドルは、タオタール侯爵家から絶縁の上に家系図からの抹消、去勢した後犯罪奴隷として最も過酷な魔境の開拓行きとなった。
僕と友好的な関係を結ぶことが益となると判断したのか僕の厳しい要求は全て飲んでくれたどころか、侯爵の方からより厳しい措置がバオドルに為された。まぁ、侯爵家としては外聞が悪いので名目上はタオタール家のバオドルという男は病死したことになっている。僕との友好的な関係を築くために、そしてレイナーシル伯爵家との関係を保つためにバオドルは捨てられたのだ。バオドル本人の自業自得なので全く同情できないが。
そうして、この一件が終息すると僕はまた森の拠点に戻って再び悠々自適な生活を続けている。
「アクト! 手合せしないか! 」
「えーまた~? はぁ……仕方ないなぁ」
クレアという同居人と共に。
楽しんでいただけましたか?
短編という形で出しましたが、元々は連載のつもりで書いてました。
その為、無理やり短編という形に治めたせいで後半を大幅に省略してしまう形となってしまいました。初めての短編だったこともあり、加減がわからず申し訳ありません。
面白かった、という一言だけでもいいので感想を頂けると幸いです。
09/19
感想の指摘を参考に後半部分を大幅に加筆を行なった「森の賢者 改稿版」を再投稿しました。