7.初期装備って後半使わずに腐るよね
俺は声を限りに叫んだ。
「ママーッ!」
「行くぞォーッ!」
筋肉オッサンは俺を担いだまま走り出す。真っ直ぐ俺らに向かって突っ込んできよるドラゴン。
アカン。死んだ。死にもうした。イケメンに生まれ変わったけど童貞のまま死にもうした。本当、申し訳ない。
一度、コンビニで死んでるから、ここで死んでも生き返る説ワンチャンあるけど……さすがに無理やろなぁ。
走馬燈のごとく昔の記憶がよみがえってくる。中学生の頃、ちっちゃいニノちゃんと遊んだ思い出。毎年、家族で里帰りするたびに大きくなっていった乳。俺が東京での武勇伝(カップルでにぎわう高級フレンチを1人で食べに行った)を話すたび
「うん、そうだね。お兄ちゃんはすごいね」
って、あたたか~い目で笑ってくれたニノちゃん。ニノちゃん、ママ、俺のママ……
「待てよ? おーい、女神さまー!」
せや! この世界がガチャシステムで回っとるなら、いつでもガチャしたいと希望するだけで、女神さまが出てきてくれるはずや。ガチャってそういうものやろ。
果たして、ドラゴンと俺らの中間の位置に、まばゆい光が満ちた。
やった! あの女神さまの攻撃力ならドラゴンとも渡り合えるはず。ゲームの神様って、なんでか中立なことが多いけど、この世界は変なところだけリアルに出来とる。きっと命に関わるパンチでなんとかしてくれるやろ。
そんなことを思っていると、ゴオッ!とすごい風が吹き付けてきた。
ドラゴンの攻撃か!? いや違う、光に反応して急ブレーキをかけたんや。今のは止まったときに起きた風や。やった、効いとるで!
そう思った次の瞬間、ドラゴンは前足で自分の目をこすり始めた。
「ンゴッ……おっと危ない、力を抜いて滑空してたら居眠りしてしまった。すまんな」
「は?」
ドラゴンは力強くはばたいて高度をあげると、一気に俺たちの来た方向へ飛び去って行った。その後、光の中から女神さまが現れた。
「どうしたのです、錐よ。まだ出かけたばかりでしょう」
「ご主人さま、敵が来ちゃいますよ。ガチャなら後にしてください」
いつの間にか、筋肉オッサンとモーリンも、怪訝そうな顔で立ち止まっていた。えっ、なにこれは? 俺が悪い系?
「敵って、今のドラゴンがそうじゃないの? 違うん?」
「違います」
「違うぞ」
「違うな」
一同は、そろって首を横に振った。
「ご主人さま、この世界では魂が姿を決めると説明しましたよね。あんな立派なドラゴンが敵な訳ないじゃないですか」
「じゃあ敵ってのは……」
「あれですよ、あれ」
モーリンが示す先には、道端に座り込んだ中年サラリーマンの姿があった。
「ね?」
「なにが『ね?』や! 分かるか!」
「分からねばならないのです」
女神は、おごそかに呟くと、自分が出てきた光の中に片腕を突っ込んだ。
再び腕を出したときには、俺の身長ほどもある、逆三角形をした銀色の盾を持っていた。盾の表面は鏡面加工をしてあるらしく、辺りの風景を映し出している。
「錐よ、あなたにこれを渡すのを忘れていました。真実の盾――あなたたちの言葉で『初期装備』と呼ばれるものです」
「初期装備ぃ? 初期装備って大抵しょぼいけど、大丈夫なんか?」
「戦えばすぐに分かります。さあ、盾を構えて!」
「気づかれました! 来ます!」
中年サラリーマンは、のそりと立ち上がると、足元の石を拾い上げた。
そして振りかぶると、まだ姿の見えているドラゴンめがけて投げつける。ゴウッ!という風切り音。
石は弾丸のような正確さでドラゴンの下腹部に命中した。そして――威力も弾丸並みだったようだ――巨体がバランスを崩し、地面に落ちてゆくのが見えた。