6.そのとき彼は叫んだ、ママ、と。
昨日22時以降は投稿しないと言ったな。あれは嘘だ。
「ですから私は、筋肉質な家系に生まれちゃっただけで、みなさんを助ける仕事に就きたかったんです!」
「ふーん」
「それで、やっと看護師マスターの称号を頂いて、ご主人様のお役に立てる自信がついたから召喚対象のリストに入ったんです!」
「あのさぁ」
俺は大きなため息をついた。
「どうした坊主。まだ傷が痛むのか?」
うなだれる俺に、大地が……大地じゃない、筋肉の塊が話しかけてきた。
そう、いま俺は筋肉オッサンにおんぶされて歩いとる。この筋肉の安定感ったらなくて、電車でたとえるなら新幹線ぐらい安定しとる。姉……じゃなかった、アネモスあなどりがたし。
え、新幹線の乗り心地を知らない? かーっ、どこの生まれや。はよ現代日本に転生して、科学技術の結晶を味わってきてね。
さて、なんで俺がため息をついてるのか、説明せなアカン。
肋骨が全部折れた後、モーリンは慌てて回復魔法で俺を治してくれた。石橋を叩いて渡ることに定評のある俺も、事ここに至って魔法が存在すること、この世界は元いた東京とは異世界であることを信じるしかなくなった。
ま、それはいいのよ。
問題はモーリンの回復魔法が、想像より7割くらい弱かったってこと。「えい!」って気合いを1度入れるたびに肋骨が1本、1本、また1本と治っていくの。
「えい! ていっ! そりゃあっ! はいっ!」
あのさぁ、拳法やってるわけじゃないんだから……なんで1度で治らんの!? 『ドラァッ!』って一発で治してくれないと、殺人鬼とかと遭遇したときが心配なんよ。
もっとも俺と会ったとき、やたら張り切りよったし、新人っぽいなあとは警戒してたけど。まさか、ここまでとは。
「いちおう聞いとくけど、オッサンたちの筋肉は、なんなん? やっぱり生まれつき?」
「まさか! 魔法を極めるのは我らが尊厳のため。それを支えるため健全な肉体を保つのも、またしかり。肉体があればこそ精神が支えられるのだ!」
「ふーん」
――要するに筋トレが趣味ってことやろ。ええよ、それで。
俺はもう別のことを考え始めていた。こいつら全員、戦士に転職させる。戦士がイヤだって言ったら、とにかく肉体系の職業に転職させる。モンクでもシーフでもいいから。
じゃないと、このパーティ前衛が……ん?
「確認したいんだけど、モーリンは敵が来たら、やっつけてくれるんよね?」
「えっと、確かに筋力はすごいんですけど、戦士としての訓練を受けていませんから、攻撃が当たらないと思います……」
「じゃあオッサンたちが戦ってくれるんか?」
「我らの攻撃魔法で敵を蹴散らせ、というなら、やぶさかではないな」
俺を背負っていないほうのオッサンが答える。突然、猛烈にイヤな予感が押し寄せてきた。
「あの、俺の立ち位置って……」
「ご主人様は最前線でしょう?」
「坊主、勝ったら美味い飯をおごるからな」
いや。いやいやいや! 待って、おかしい! なんで俺が最前線に立たなアカンの!?
不幸なことは重なるもので、モーリンが鋭い声を上げた。
「ご主人様。近くの街に着く前ですが、敵と遭遇したようです」
「ふへっ!?」
待って、落ち着くんよ。ここはファンタジーの世界や。最初の敵は弱いと相場が決まっとる。それどころか、いきなりレベルアップしたりするかも知れん。そうよ、それがチュートリアルってもんよ。
そんなことを考えていた俺の頬を、強風が打った。
「ご主人様、敵が来ます!」
「グゥルルル……」
青空が急に曇ったような気がして、空を見上げる。そこには、威風堂々と滑空してくる、巨大なドラゴンの姿があった。