5.旅立つ勇者の最終確認
活動報告にも書きましたが、こちらでも告知を。
本作品は毎日22時頃に更新されます。
ただし、その日によって執筆のために取れる時間はバラバラです。
22時を回っても更新されていない場合は翌日以降の更新となります。
あしからずご承知おきくださいませ。
「うーん……」
座る。立つ。座る。落ちてる枝を拾う。地面に計算式を書く。消す。立つ。
「うぅーん……」
「錐よ、落ち着きなさい」
「ちょっと黙ってて、いま大事なこと考えとるから」
座る。立つ。座る。もう一度、枝を拾う。地面に計算式を書く。立つ。
「うぅぅーん……」
「錐よ、落ち着きなさい」
「痛っ、ぐえっ!」
女神のこぶしが顔面を直撃し、俺は転がって悶絶した。
こンの、狂暴女……俺のつま先を踏みつけて、回避できないようにしてからグーパンチぶちこんで来やがった……
その後ろから、無邪気そうな目をしたモーリンが、のぞき込んでくる。
「ご主人様、さっきから、なに書いてるんですか? 数字?」
「ああ、その、未来の自分からいくら借金できるかなと思って……」
「借金? 錐よ、まさか、ガチャを回すのですか!?」
狂暴女が、ほとんど悲鳴に近い叫び声を上げた。俺は、ひるむことなく彼女を睨む。
「なんで否定的な声を出すんよ。そもそも悪いのは、そっちやで」
「どういうことですか」
「ガチャを回した分だけ童貞でいる仕組みって、童貞殺すための罠やろ。ただでさえ最悪な日本の少子化促進してどうするの? 絶滅? ガチャ好きを絶滅させるの?」
「そんな、何度も回すことを想定して作ったわけでは……私だって、こんなことになるなんて思わなくて……」
「7兆回ぐらいまで想定するやろ普通!?」
「ふえっ……そんなこと言わないで……」
俺が詰め寄ると、いきなり狂暴女は泣きそうな声を出した。
な、なんや。そんな声あげてもビビらへんからな。従妹そっくりな年下のデカ乳が泣いてたって、俺は動揺せえへんのよ。
そんな弱り切った顔したって……普段は狂暴なくせに、実は泣き虫だなんて……
――シコれるっ!
この女神、すごくかわいい。肩まであるツヤツヤのキューティクルなロングヘアー、ちらりと見える真っ白なうなじ、もしかして眠いの?って聞きたくなる大粒のうるんだ瞳。
そして、なによりも巨大なおっぱい! モーリンと同じくらいの背丈なのに、おっぱいは2倍くらい大きい!
「ご主人様、ちょっと、ご主人様!」
「シコいわ……童貞捨てられない運命でも、おっぱいぐらい揉めへんやろか?」
「ご主じ……おいド畜生、聞いてんのか?」
「えっ」
ドチク……なに? なんかスゴい言葉を聞いた気がする。
「あの、モーリンさん? いま、なんて……」
「ご主人様ぁ、どうしてガチャを回すんですかぁ?」
聞き間違えだったんやろうか。モーリンは笑顔で会話を続ける。その瞳の奥に、さっき感じ取った冷たい殺意が見え隠れする。
……深く追及しないことにしよう。念のため言葉遣いを、よそ行きモードに切り替える。
「はい、ご説明しますと、女神様は『これから冒険に出てもらう』と仰いました。しかも将来の自分から、いくらでも借金できるガチャ形式のシステムを用意してです。これは相当な強敵が待っていると考えるべきです。ですから、納得できる戦力を整えて出撃したいと考えた次第です」
「ははは、今度は慎重論か! 中身の検証もせずガチャを100回やった度胸と正反対の慎重さ。将たる者が兼ね備えるべき資質だ、ますます気に入ったぞ!」
うおっ、なんだこのオッサン!? 日焼けした筋肉ダルマが、なにかしゃべりよる。
すっかり忘れとった、なんとかブラザーズの姉なんとかが、口を挟んできた。もう1人のマッチョも連鎖反応を起こして寄ってくる。
「しかし安心しろ、錐。我らジェオマンシー・ブラザーズが無敵の魔法で守ってやるからな」
「いらん! 錐は、かわいい女の子に守って欲しいの! って、うん?」
なんだ? 俺は何か大事なことを見落としていないか?
何か引っかかる。検証。まだ確定した事項ではない、なにか。
「童貞でいる運命って本当なのかなあ?」
「えっ?」
「だってそうやろ? ファンタジーな世界観を見せつけられて混乱しとったけど、地球生まれ東京育ちの錐にお前らの魔法が通じるんか? 童貞でいる運命なんて誰が証明するん?」
閃きは実行へ。俺はモーリンのそばに歩み寄った。彼女は顔を赤くして、しどろもどろに問いかける。
「な、なんですか、ご主人様? 私になにかご用でしょう、か……」
「モーリン。旅に出る前の確認作業や」
「えと……」
うつむいた唇から発せられる語尾は弱々しく、宙に消えていく。
小動物を追い込むように、彼女の背を樹木――さっき俺が吊るされとった木や――に押し付ける。
「なあ、俺の童貞……」
「それだけはダメーッ!」
グキッ! ボギボギッ! ボキィ!
「……ぐ、ぇっ」
車にはねられたのに、負けないくらいの衝撃が襲う。彼女が俺を突き飛ばしたと理解するのに、数秒の間を要した。
俺の体は宙を舞い、肋骨が残らず折れる音が響き渡った。
「はあっ、はあっ……。あ! いけない、ご主人様、魔法ですぐ治しますから!」
「うん、分かった……このメンバーで旅に出よう……」
――モーリン、こんなに強いのね。
かろうじて、それだけ言葉にすると、俺は意識を手放した。