10.囲炉利(ロリを囲むこと)
連載開始1週間目にして、早くもネタが尽きて参りました。
明日の更新は私事により無理そうです…
※ ※ ※
「キヨマサ、これどう思う?」
「これってどれだよ?」
「錐の記憶だよ。こっちに戻るとき追記されるはずじゃなかったのか?」
槍を手放して、くつろいだ様子のキヨマサが、大げさに肩をすくめる。
「追記されていないな。あの畜生ぶりが本性だったら、俺はマジでキレる」
「でも真実の盾で相手の心の傷を読むことには成功してるんだよなあ」
話は少しさかのぼる。僕たちは茶室めいた部屋の中で、囲炉裏にかけられた鍋の水を通して、錐の様子を眺めていた。いわゆる遠見の魔法である。
錐がガチャに飛びついた時点で、僕はいったん時を止め、話し合いを提案した。彼の言動は乱れている。もはや錯乱していると言ってもいい。だから今後、彼をどうやって立ち直らせるか、話し合うべきだと考えたのだ。
しかしキヨマサは、わざとらしく大きなあくびをすると、肩をゴキゴキ鳴らして答えた。
「だから、アイツに頼るほうが間違いなんだって。俺を事務仕事から現場に復帰させてくれよ、スリプシーどもを一網打尽にしてくるから」
「ダメ。お前は出世したんだから、今度から後輩を育成することを学べ」
「ちぇっ」
キヨマサは、その場でゴロリと横になった。
スリプシー……先ほど錐たちが戦った、サラリーマンのことである。
強い未練や執念が、己の魂すら変異させてしまうほどの量に達したとき、人はスリプシーと呼ばれる状態に陥る。そして周囲の運命力を負の方向へと変えてしまうのだ。
それは善良な魂に対して、偶然の致命傷という形で悪影響を及ぼす。先ほどのドラゴンも、石が下腹部の、男性にとって一番大事な場所に当たらなければ、気を失って墜落することもなかったはずだ。
話せば長くなるが、聞いてほしい。かつて、ここと地球を結ぶ、世界間ネットワークに異常が発生した。魂が通り抜ける際、データが抜け落ちたり破損したりしてしまうのだ。それはスリプシーの異常発生を促した。我々は劣勢にこそ至らなかったが、人員の大半を戦力として投入せざるを得ない状態に陥った。
そこで地球への転生者を募集したとき、真っ先に名乗りを上げたのがプラック……いま明月錐と呼ばれている男だった。
彼は優れたスリプシー狩りであり、正義感あふれる騎士であった。
『人間の魂は1250万テラバイト。俺たちの情報量はもっと多い。俺を地球に送り込めば、どこでデータ破損が発生しているか分かるだろう』
笑顔でそう告げて、彼は恋人のモーリンのそばを離れて地球へ向かった。約30年前のことだ。
幸い、ネットワークの調整は上手く行き、スリプシーの大量発生は収まっている。
だが我々は錐に、スリプシーの浄化という使命を思い出させようとして、ここに呼んだ。以前の彼なら、喜んで引き受けたはずなのだ。
ところが、どうだ、この有り様は。まるでダメ人間ではないか。そばでサポートするモーリンが気の毒でならない。
「状況を整理しよう。真実の盾が発動したこと、あの魂の美しさからして、昔の彼は失われていない」
「あーあー、そういうの任せた。俺は元々、アイツと大した面識がないから役に立てん」
「となると、単純に思い出すのに時間がかかっているだけなのか? あるいは他の要素が覚醒を妨害しているのか? これは直接確かめねば」
ふむ、と僕はうなずいた。キヨマサの話なんて途中から聞いていなかった。
この不可解な現象を解き明かすには、行動あるのみだと悟ったのだ。
「よし、まずはカスレフティスの剣を与えてみよう。闇の力に触れれば変化が起こるかも知れない。ちょっと行ってくる。世界間ネットワークの管理は任せた、どこかバグがあったら知らせてくれ」
「行くって、どこへだ!? おい、チヅル!?」
制止など当然聞かず、僕は囲炉裏の鍋に飛び込んだ――
※ ※ ※
「うおおおお、かわいい女の子! かわいい女の子お願いします!」
俺はガチャのつまみを回す。すると、辺りが虹色の光に包まれて――現れたのは、銀髪を三つ編みにしたロリっ娘だ!
白い肌はキメ細かく陶磁器のようで、長いまつ毛にふちどられた目は思慮深く閉じられている。裾の短い和服に包まれた胴体――かすかに上下する平らな胸と、ぽこっとしたお腹が、なんとも言えず愛くるしかった。
やがて彼女はまぶたを開き、宝石のような青い瞳をこちらに向けて、尋ねてくる。
「……僕に何か用かい? 主殿」
「ぼ、僕……ええやん。気に入ったわ」
「は?」
このガチャは大勝利ですわ。すまんな皆、常勝不敗の錐はガチャにも勝ってしまうんよ。
こんなかわいいロリっ娘に命令できるなんて、夢みたいや!
「お嬢ちゃん、名前なんて言うの?」
「……チヅル」
「うっそー!? ブランニュー・ファンタジーと同じ名前やん! サイコー、ちょっと味見させて!」
「ご主、おいこのド畜生、何しやがる!?」
モーリンが、なにか言っているが構っていられない。俺は叫んだ勢いのまま、全力で飛びついた。
フワリ、とした浮遊感。まるで宙を舞っているようだ……と感じた刹那、俺の視界は上下逆転した。
「はっ!」
「……ぐ、ぇっ」
地面に叩きつけられた。まず肺から酸素が絞り出される苦しみが、続いて鈍い痛みが背中全体を襲う。チヅルちゃんが俺を腕を引き込んで、合気道のような技で投げ飛ばしたのだと理解するには、数秒を要した。
「自己紹介しとくと、職業モンクだから。よろしく」
その瞬間、俺はこんなことを考えていた。
――近接職の幼女。ママの波動を持つ幼女に、守ってもらって旅をする。
「これだよ……視聴者が求めていたものは……」
それだけ言い残して、またも俺は意識を手放した。