5-3.女教師と姉妹の陰謀
「「…………」」
香澄がメイドカフェのホールに出てくる少し前、有栖と華凜はカフェの入り口の前に佇んでいた。
「発信機のから送られてくる場所は確かにここなのですが……」
「間違いなく此処だな……」
新調したスマフォの画面を何回も確認したが、発信源はこのメイドカフェだった。
「香澄ってメイド好きだったのか?」
「いえ、私の『兄さん活動レポート』には無い情報ですね」
「ワタシの『香澄成長記録』にもないな」
もちろんこれらの「記録」の存在を香澄は知らない。
「も、もし兄さんがメイドさんと一緒に『萌え萌えじゃんけん』なるものをしていたらどうします?」
「今日の夜から家ではメイド服で過ごす!」
「なるほど、合法ご奉仕ですね!」
いろいろ意味が解らなかった。
「おー、姉里姉妹。こんな所で何してる?」
カフェの前でご奉仕内容をあーだこーだ話していると、香澄の担任の五十嵐奏が現れた。
「あら、五十嵐先生」
「今はオフだ。奏で良い」
「分かった。奏さんこそ何故ここに?」
「可愛いものを愛でるのは私の趣味だ。ここのカフェは私の行きつけだ」
女教師はメイドがお好き。
「まあ、ちょうど良かった。お前ら二人に話したいことがある。入ろう」
「ちょっと待ってくださいっ。実は兄さんが中にいるかもしれなくて……」
「瑠々と一緒のはずなんですが」
「なんだ知らないのか。来栖はここでメイドをしているぞ?」
「「!!」」
それを聞いた途端、姉妹の瞳孔が見る見る開いていく。
「つまり瑠々はワタシたちを出し抜いた挙句ご奉仕プレイを……?」
「許せませんね、あの女狐……」
ぎりりと歯を食いしばる音が奏のところまで聞こえてきた。
「まあ、入ろうじゃないか。そしたら香澄にも会えるじゃないか」
虚ろな眼でぶつぶつ嘆いてる姉妹の手を取って、奏は入り口に向かった。
「「「おかえりなさいませぇ、ご主人さまぁ」」」
メイドカフェ特有の挨拶で出迎えられ、三人は席に着く。
「兄さんは……見当たりませんね」
「瑠々もいないな」
店内全部を見渡しても香澄の姿は無かった。
「おかしいですね……」
スマフォの画面は確かにこの場所を示している。
「どうした、姉里妹?」
「い、いえなんでも」
とりあえずご奉仕プレイをしてない事に姉妹が安堵していると、奏が話を切り出した。
「いやな、さっき香澄に部活に入ってはどうかと勧めたんだがな――」
奏は教室での出来事を一通り説明した。
「部活か……。そういえばもう五月だというのに男子部は無いんだったな」
「でな、一人が遅くなって家事に支障が出るようならいっそ三人とも部活に入ってはどうかと思ってな」
「なるほど、確かに全員の時間が遅くなれば家事事態の時間をズラすだけでいいですね」
「やはり共学化したのにも関わらず、男子部がないというのは内外共に拙いからな。在学中の男子の中には部活をしたい奴もいるだろうし、男子部がない学校に進んで進学したい奴はいないだろうからな。先駆けて香澄や鳴神のような目立つ者が部活に入るか、作るかすれば、ならば自分達もと、事態も好転するだろ」
「わかった。夜にでも香澄に話してみよう。して、何の部活にする?ワタシは香澄と一緒なら何でも良いが」
「私もですね。しかし女性ばかりの部活に兄さんを入れるのは正直イヤです」
「なら新しく作ってはどうだ?顧問は引き受けてやるぞ」
「だな。問題は部活の内容をどうするかだな」
香澄の未来が本人の知らない所で着々と決まっていく。
既に部活を作ることを前提で、話を進めている時、『それ』は起こった。
『きょ、今日ヘルプで入ったカスミですっ。よろしくお願いしましゅっ』
「「「ぶーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」
三人が噴き出した飲み物で虹ができた。
ありえない出来事に顔にかかった液体を拭こうともせずに顔を寄せ合った。
「え、え?!あれって兄さんですよね?!」
「うっすらと化粧をしているが間違いない!どういう事だ!?」
「なんと、女装は嫌だと言っていた癖に、さっそく拝めるとは……」
「ど、どうします?!」
「どうするって香澄のご奉仕だぞ!ありがとうございます!!」
「落ち着け姉里姉!おおかた来栖に無理矢理やらされているとかだ。私たちがいると分かれば逃げられるぞ!」
「し、しかし……!」
「私に考えがあります!いいですか、まず瑠々を……--」
ひそひそと華凜が二人に耳打ちし、作戦を説明する。
作戦が決まった時には三人の姿は消えていた。
◆
「あれ、ここのテーブルって女性客がいるんじゃなかったっけ?」
盗撮犯を捕まえてすぐ、お客様に謝罪して回っていた瑠々が有栖達のいたテーブルに来て、首を傾げていた。
「ま、いーか。どうせ今日は全部タダにすることになったんだし」
そう言って回れ右をした瑠々の背後にある扉が、音も無く素早く開き、六本の腕が瑠々を引き込んだ。
「む、むぐー!?」
「騒ぐな、騒げばお前の身長を更に縮めるぞ」
「!?」
「いいですか、大きい声を出さないでくださいね?」
(こくこく)
手を解かれ、振り向いてみると犯人は見知った顔ぶれだった。
「あ、あんた達何して――むぐ」
「声がでかい、香澄にバレるだろ」
今度こそ音量を絞った瑠々は三人に詰め寄る。
(ちょっとあんたら何してんのよ!てか先生まで)
(それはこっちの台詞です!何素敵な事してくれちゃってるんですか!!)
(本当に最高なことしてからに!この女狐が!!)
(満面の笑みで怒られてもワケわかんないわよ!)
(落ち着け三人とも。時間が無い。いいか来栖、よく聞け。一段落したら香澄にコレを飲ませて眠らせろ)
(なんであたしがそんなこと!)
(やらなければ来栖が香澄を無理に拉致した挙句、辱めたと朱莉先輩にチクる)
(な!?)
(朱莉先輩が香澄絡みの事になるとどれ程恐いか知っているだろう?)
(わ、わかったわよ!やればいいんでしょっ)
(そうだ。眠らせたら運転手にでも学園の講堂に運ばせろ。さもないと……)
(やるから!だから怒った朱莉さんを想像させないで!)
(よし、行け。香澄に私達のことは言うなよ)
(わかってるわよっ)
こうして、瑠々は青い顔でホールに戻って行った――。