2.幼馴染とかいて定番と読む
「ふふふっ」
通学路を歩く香澄の前方交差点の影から香澄を覗く少女がいた。
「覚悟しなさい、香澄」
そう囁いた少女は香澄が交差点に差し掛かった瞬間一気に飛び出した。
どんっ!
「うわっ」
香澄はとっさの事に対応出来ず諸に少女と激突してしまった。
「~~~っ。いってぇ!なんだ、ょ…」
コノヤロウ、と続けたかったが上手く声にならなかった。
何故なら香澄とぶつかった少女のパンツが見えていたからだ。
正しくは尻餅をついた少女の両足の隙間から水玉のパンツがコンニチハしていたからだ!
「……きゃっ」
香澄の視線に気付き慌ててスカートを抑える少女。ここですかさず上目遣い。そして、
「み、見ました?」
と、使い古されたシュチュエーションだがそれがいい!みたいな展開だった。大抵の男はこれで「フラグが立ったぞーっ」と泣いて喜ぶ。たぶん。
「もうお嫁にいけないっ。責任取ってよね!」
取りますとも!と言いたくなる台詞を前に、香澄は喜ぶどころか微妙な顔をしていた。
それはドロップ缶の最後の一個がハッカ味だった時のような、歯磨きをした後にみかんを食べた時のような、なんとも言えない顔だった。
「……なにしてんの、瑠々」
「瑠々」と呼ばれた少女は「ちっ」と舌打ちして何事もなかったように立ち上がった。
「つまんなーい。もっとゲームの主人公みたいにテンパったりしてよ」
「いや、幼馴染みなのに『偶然ぶつかった女の子が、自分のクラスの転校生だった』みたいな出会いを演出されても……」
「や~最近昔出たギャルゲーにはまってて」
「またギャルゲー……」
「来栖瑠々(くるするる)」香澄が言うように幼馴染みであり、極度のギャルゲーオタク。先程のように時々ゲームのヒロインになりきって香澄をからかう。
「何よ、ヒトの趣味にケチつけないでよね。それとも~、おまえはせっかく可愛くて素敵で抱きしめたいくらいなんだからもっと女らしくしろよ、とか?」
「そこまで思ってねえよ!」
「ふうん、『そこまで』ってことはちょっとは思ってるんだ」
「ぐっ。ま、まあ瑠々はか、可愛いとは思う」
「えっ」
思いがけない香澄の言葉に瑠々は顔を真っ赤にした。実際瑠々は十人に聞けば十人が可愛いと答えるほど可愛い。綺麗に切り揃えたボブカットに猫を思わせる大きな瞳、性格はサバサバしていて性別問わず人気がある。そして人気のもう一つの理由として、
「まあ相変わらず身長は伸びてないけどな」
「テメェあたしがもっとも気にしていることをっ!」
とても低いのだ、身長が。150センチも無い瑠々は「いやーん、小さくて可愛い」「お人形みたーい」などそっちの面でも人気がある。納得していない瑠々だが周りもからかいではなく本気で思っている様なので怒れないでいる。
「まあ可愛いって思ってるのはホントだ」
「ふ、ふんっ。そんなの知ってるわよ」
そう言って瑠々はそっぽを向いた。思わずにやけそうになる顔を香澄に見られたくなかった。
(なんでこいつはサラッと可愛いとか言えるワケ⁉嬉しいけど……っ。くそっ、にやけるな、あたし!――だめ……やっぱ嬉しくて笑っちゃうっ)
とても香澄にはお見せできない。
ようやく瑠々の機嫌(実際はにやけ顔)が直ったのを見計らって香澄は口を開いた。
「で?さっきの転校生風なノリはなんだったんだ?」
「ああ、新しいパンツ買ったから見せてあげようと思って」
「変態だ……」
露出狂的な。
「でもしっかり見たでしょ?」
「見てない」
「ふ~ん。あ、青と緑と黄色とあと何色だったっけ?」
「ピンクとオレンジ」
「がっつり見てるじゃん」
「しまった!」
瑠々の新しいパンツはカラフルな水玉だった。
「よし。じゃあ、パンツ見たんだからあたしの言うこときいてよね」
「おまえそれは理不尽すぎるだろ……」
どこのヤクザだ、と香澄は呆れた顔で瑠々の顔を見下ろした。
それを見た瑠々は心底不思議そうに香澄を見上げる。
「なによ、もしかしてイヤなの?」
「もしかしなくてもイヤだ」
「パンツ見せたのに?」
「見たくて見たんじゃない」
「酷いっ。騙したのね!乙女の純情を弄んで!あたしの全てを見たくせにっ」
「おまえはパンツが全てなの⁉」
瑠々は一番信じてた人に裏切られたかのような表情で泣きだした。
そして瑠々の喧騒にとうとう周囲もざわつき始める。
『身体を弄んで?』『外でパンツを脱がそうと?』『変態ね』
ものすごい曲解だった。
「最初は女の子の姿であたしに近づいてきて、自分が男なのも黙ってたくせにっ」
「なっ!ちょ――っ」
『女装好きで女好き?』『ノーパンで女装?』『変態ね』『似合いそう』
最後の誰⁉
今のところだけ聞くととんでもなく変態な香澄は変態でなくなるために必死に瑠々を止めようとする。
「それは小学校に入る前の話だろ!しかもそれは家の習わしであって俺の趣味じゃないっ」
現在の日本ではほとんど無いが、昔から幼少の男の子に女の子の恰好をさせると丈夫に育つ。という習わしがあり、香澄の家、つまり姉里朱莉の家系がそうだった。当時の香澄は朱莉の「みんなこういう恰好をするのよ」という言葉を信じて疑わず女の子のの恰好を受け入れていた。
それが実は違うと判ったのはごく最近で、仲の良い友達(男)の家に遊びに行った時に幼少の頃のアルバムを見せてもらった時だ。写真に写ってるのはどう見ても男の子の恰好をした友達で、女の子の恰好をしている写真は一枚もなかった。しかも、よく考えたら幼少の頃、香澄が公園に遊びに行った時など、男の子の服を着た同じ位の年齢の子が、確かにいた気がする。
(もしかして、女の子の恰好してたのって俺だけなんじゃ……?)
じっとりとした冷や汗を流す香澄に、友人が追い打ちをかける。
「今度香澄のアルバムも見せてくれよ」
「えっ!いや――写真とかあんまり無いんだっ」
「そうなのか?一枚くらいあるだろ」
「全部とんでもない変顔してて見せたくないんだ!」
「全部⁉」
帰宅してから朱莉に友人は女の子の恰好をしてなかった旨を伝えると、「きっと女装が似合わなかったのね、可哀想に。でも香澄は完璧だったわ!すんごい可愛かったし、みんな女の子だと信じて疑わなかったわっ。もう本当に素敵で可愛くて――以下略」と、ワケわかんない返事しか返ってこなっかたので、ネットの有名な掲示板で「小さい時って女の子の恰好するよね?」と書き込んでみた。すると『どこの変態ですか』『小さいころから変態w』『おっさん仕事は?』など、返ってくるのは益体のないモノばかりで香澄は頭を抱えた。そんな中一つだけ『マジレスすると昔は一部の地域ではあったらしい』という書き込みがあり、『mjd?』『日本昔から変態』『男の娘ktkr』『つまり>1は変態だな』と、昔の風習であったことは確認できたが度重なる『変態』の文字にかなりのトラウマを抱えることになった。
ちなみに姉里家の家系は女系ばかりで婿養子をとっており、風習としては受け継がれていたが、女装した男子は香澄が初めてだったことを香澄は知らない。
(ずっと隠しておきたかった事実が……っ)
「どうあれアンタが女の子の恰好していた事実は変わらないわね」
「ぐ……」
瑠々はどうしても譲る気はないようだ。
「あんまり聞き分けのない子にはお仕置きが必要よね」
「これ以上追い詰められるのっ?」
身構える香澄を尻目に瑠々は一枚の写真を取り出した。
「これ、なーんだ?」
「何って、写真だろ。――写真っ⁉」
「そう、あたしやアンタ達との思い出の写真よ。――幼稚園の頃の」
「いやぁぁああああぁぁああああっっっ」
ちらっと見えた写真には可愛らしい4人の女の子が写っていた。金髪の女の子はもちろん有栖で、上品に微笑んでいる黒髪の女の子は華凜。当時は内気で気弱に笑っている瑠々。そして、そんな3人に腕やワンピースを引っ張られているツインテールが似合うとても可愛らしい女の子、ではなく香澄の姿が。
「言うこと聞いてくれないと、この写真をばら撒いちゃうゾ」
「ふざけんな!」
「なにその態度。みんなー!みてみ――」
「だー!ごめんなさいすいませんやめてくださいお願いしますなんでも言うこと聞きますから!!!」
「ふん、なら放課後あたしの為に時間を使いなさい」
「……わかりました」
この世に神はいない。世界の理を学び、香澄は少し大人になった。