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1.ハジマリノ朝

 チチチ……

「んぁっ――」

 窓の外から聞こえる鳥の鳴き声で目が覚めた。

 新しい朝がきた、希望の朝だ。そんな清々しく目が覚めた俺――姉里香澄あねさとかすみは――

「5時10分……」

 二度寝を決めた。爽やかな朝?なにそれおいしいの?

 健全な男子高校生にとって朝の睡眠は非常に大事だ。ギリギリまで布団に包まっているあの幸福感は何物にも代えがたい。

 その幸せな時間を妨害してくれた窓のむこうの鳥たちに憎しみの念を送ってから再び布団に包まった。大丈夫、まだ1時間以上は寝られる。

 幸い眠気はすぐに襲ってきた。おかえり、幸せな時間……。


 カチャリ――


 二度寝特有の、浅い心地良い眠りの中でそんな音が聞こえた気がした。

「兄さん、起きていますか?」

 透き通った可愛らしい声が聞こえた気がする。しかし、俺は絶賛二度寝中。声が聞こえても脳が認識、吸収してくれない。今の俺は白い幸せな世界にいる。

「んん……」

「あら、寝ていますね……」

 ふわっと、甘い香りがする――。

「兄さんの寝顔……いつ見てもかわいいっ」

 かわいい?

「はっ!こ、これはチャンスでわっ⁉」

 ちゃんす……?

「今はあの憎き姉やクソ忌々しい幼馴染みもいません!つまり兄さんと二人きり……!ナニをしようが邪魔する者はいない!」

 すぐ傍で何か声が聞こえるが俺は絶賛二度寝中以下略。

「ふふ、ふふふっ。ついにこの時が来ました。兄さんに、兄さんにっ『おはようのキス』をする時がっ」

 真っ白い幸せの世界が何故か赤く点滅しだした……。警告?

「でっでわいただきますっ。ん~~~~――っ」


 パチッ☆


「……」

「……」

 目を開けると目の前に妹の顔があった。ていうか仰向けに寝ている俺に跨っている。

「……何してんの?ってあれ⁉」

 言った瞬間、というか瞬きしたら妹はベッドの横に立っていた。

「兄さん、朝ですよ。おはようございます。」(にっこり)

 まるで何事もなかったように話しかけてくる。

「えっと……」

「おはようございます」(にっこり)

「……おはよう」

 だめだ。有無を言わせない目だ。

 これ以上追及すれば命を獲られると本能が告げていた。妹がいったい何をしていたか気になるがまだ命が惜しいので追及しないでおこう。


「わざわざ起こしに来てくれたのか、華凜かりん

 姉里華凜――俺の可愛い妹。仲のいい奴は「凛」と呼ぶ。肩ほどまで伸ばした艶やかな黒髪、くりっとした瞳の色は髪と同じく濃い黒、唇は薄い桃色。色白で、美しい日本人形を思わせる姿は身内贔屓を抜きにしても超絶美少女だ。が、身体の一部の成長が著しく遅れている。

「はい。朝ご飯ができましたので呼びに来ました」

 さっきの恐い笑顔ではなく優しく微笑みかけてくる。普通に笑えばすごく癒される。でも、時計を見ると二度寝を始めてから20分も経っていなかった。

「えっと……早くないか?」

 まだ6時にもなってないんですけど。ちなみにウチの朝ご飯はふつうなら7時だ。

 1時間以上も早い朝ご飯に疑問をもって聞いただけだったんだが、それを聞いた華凜は目に涙をいっぱい溜めて、くしゃっと顔を歪めた。

「嫌ですか?わたしとご飯を食べるのは嫌なんですね」(うるっ)

 うっ……。

「いやいやっ全然嫌じゃないから!あ~すっごいお腹へってるっ。よし早く一緒に食べよう!」

「ぐす、ほんとに?」

「もちろん!」

 力強く肯定すると、

「えへ、じゃあお味噌汁温め直しますから、その間に登校の準備しておいてくださいね」

 泣き顔からコロッと笑顔に変わりパタパタと部屋から出ていった。あれ?嘘泣き?

「さよなら、俺の幸せな時間……」

 外からは相変わらず鳥の鳴き声が聞こえている。


 あくびを噛み殺しながら寝間着から着替えて二階の自室から一階の洗面所に行く。

 顔を洗って歯を磨き、最後に髪を梳かす。背中まで伸ばした髪はちゃんと手入れしないとすぐに痛んでしまう。

「今日は束ねるだけでいいか」

 髪を後ろに束ねてゴムで留めれば身支度完成。


「ごめん、おまたせ」

 リビングに行くとすでにテーブルにはご飯の準備ができていた。

「いえ、ちょうど準備が終わったところですから」

「ん。ありがと」

 たぶん、俺が準備する時間を計算して準備したんだろう。さりげなくそういう気配りをしてくれる我が妹はとても優しい。

「あら、今日の髪は束ねただけなんですね」

 自分の席に着きながら俺の髪に気付いて若干残念そうに聞いてきた。

「ああ、いじると時間かかるし面倒だから」

「そうですか……」

 そう言った華凜は「ふう」と溜息をついて嘆くように次の言葉を放った。


「せっかく可愛い顔してるのにもったいないです。」


 グサ――!

 その言葉は刃物となって俺の心に突き刺さった。

「か、華凜、『可愛い』は男にとって褒め言葉じゃないからね?」

 俺がそう言うと、華凜は目をカッと開いて、

「ナニ言ってるんですか兄さんっ。兄さんにとっては褒め言葉です!シミひとつない白い肌、整った顔立ち、手入れの行き届いた長い髪っ!肩幅も狭くて身長もそんなに高くなく、手も足も腰もすごい細くて本当になんで男に生まれてきたかと言うくらい可愛いではないですか!声だって本当に声変わりしたんですか?と言うくらい高いですし、何より楽しいことをしている時の目が!あのキラキラした瞳を見るだけでわたしは……わたしはもうっ――」

「もうやめて!俺のライフは0よ!」

華凜の言葉のナイフでメッタ刺しにされて俺は思わず叫んだ。

「――はっ。す、すみません兄さん。少々取り乱してしまいました」

「うぅ……」

 そうなのだ。俺はなんというか……いわゆる女顔、というやつなのだ。

 昔から、なんとなく自分が周囲の男の子に比べ背が低かったり、体格が細めなのは自覚があった。でも骨格が細いんだろうな、位にしか考えていなくてあまり気にしていなかった。――あの事件が起こるまでは。


 中学一年生になったばかりの春――駅前の本屋に買い物にいった帰り道、いきなり3人の男に囲まれた。

 3人ともチャラチャラした格好で、高校生くらいだと感じた。カツアゲか?と思って身構えていると3人の内の1人が話しかけてきた。「ねぇキミー、金貸してくんない?」とか言ってくるのかと思っていたら若干違っていた。


「ねぇキミー、チョーカワイイねぇ。俺たちと今からデートしない?」


「……は?」

 確かに聞こえたはずなのに目の前の男が言ったことが理解できなかった。オレタチトイマカラデートシナイ?

 固まって何も言わない俺を見て残りの2人も話しかけていた。

「ナンパ初めて?大丈夫、ヤラシイコトとかしないからー」

「まあ、キミが望むんならベツだけど」

 ナンパハジメテ?……ナンパ?

「あの……」

「んー、なーに?」

 反応があったのが嬉しいのか男の1人がにやにやして近づいてきた。

「これ……ナンパなんですか?」

「そうですよー。キミがあまりにもカワイイから声かけちゃったー」

 ――そうか。ナンパなのか。

「そうですか……」

「わかってくれた?なら俺たちとデー――」


「俺、男なんですけど」


 俺はこの時の男たちの顔をずっと忘れないだろう。

 俺の言葉を聞いた三人は固まっていた。

「え……」

「お――とこ?」

「男?」

 ツチノコでも見たような顔で困惑していた。俺は無言で懐から生徒手帳を取り出し、三人に見せた。

「ほ、本当に男だ」

「こんなにカワイイのに?」

「カワイイくせに男だ!」

 俺――男をナンパしたのがよほど恥ずかしかったのか、男たちは顔を真っ赤になりながら怒りはじめた。

「ま、紛らわしいんだよ!女みたいな顔しやがってっ」

 いや、声かけてきたのはそっちなんですけど。

「そ、そうだ可愛い顔してるおまえが悪い!」

 ……。

「そうだそうだ!この――」


「「「女男が!」」」


 雲ひとつない快晴のこの日、物心ついた時から格闘術を叩き込まれていた俺は、局地的に血の雨を降らせることになった。

 そんなことしても俺の気が晴れるはずもなく、急いで帰宅し、姉と妹に「おれって可愛い?」と、今考えるとバカみたいな質問をした。二人は「なにを今さら」みたいな表情で、

「もちろん香澄は凄く可愛いが?」(ピキッ)←俺のなにかにヒビが入った音

「もちろん兄さんはとても可愛いですよ?」(パリーンッ)←俺のなにかが砕けた音


 こうして、俺は自分の見た目が女の子っぽいことを自覚し、最大のコンプレックス抱えるにことなり今に至る。

 うぅ、思い出すだけで泣きそうだ……。

「ま、まあまあ兄さん、『可愛いは正義』と言いますし、とりあえずご飯たべましょう」

 何がとりあえずなのかが分からないし、心をズタズタにしてくれた張本人は華凜だが、今はその言葉に従っておこう……。あまり気にしても落ち込むだけだし。

 テーブルにはご飯と味噌汁、焼き鮭と卵焼きが並んでいた。うん、美味そうだ。

「では、いただきましょうか」

「ああ――あれ?」

「どうかしましたか?」

 いや、今気付いたんだけど、

「有栖姉さんは?」

 そう、俺にはもう一人の兄妹、アリス姉さんがいる。

 いつも朝ご飯は三人揃ってたべるんだけど……。

「姉さんならまだ朝のトレーニングで外をジョギング中ですよ」

 そっか、この時間はトレーニングの時間か。アリス姉さんは一つ年上の華の女子高生で、朝のトレーニングを日課にしている。

「待たなくていいのか?」

「大丈夫です」

 即答だった。

「でもいつも三人で食べ「大丈夫です」そうですか」

言い切る前に即答だった。

「姉さんからは先に食べておくように言われてます」

 そう微笑む妹からは先程起こされた(?)時と同じプレッシャーを感じた。怖い。

「そ、そうか。なら食べようっ」

「はいっ」

 ひまわりが咲いたような笑顔になって華凜は席に着いた。

「「いただきます」」

「ところで華凜サン」

「はい」

「何故私の隣でご飯を食べるのですか」

 思わず敬語になっちゃったじゃないか。

華凜は俺の向かい側のいつもの席じゃなくて俺の隣の席にいた。し、しかもやたらと近い。

「いったい何が「はい、兄さんあ~ん」したいかはわかったけど恥ずかしいのでやめてくださいっ」

 華凜は卵焼きを箸でつまんで俺の口に運ぼうとしていた。何故そうしたいのかはわからないがなんて恥ずかしいことを……。

「むう。兄さん何で避けるんですか」

 咄嗟に避けた俺にちょっと拗ねた顔で華凜が抗議してくる。

「だ、だって恥ずかしいじゃないか」

「誰も見てないんだから恥ずかしくなんかありませんっ。はい、あ~ん」

 いやいやっ、見られてなくても「あ~ん」なんてかなり恥ずかしいからっ。くっ、なんとか回避せねば。

「ほ、ほら、俺達ももう高校生になって大人な訳だしそういうのはやめた方がいいんじゃないか?」

「ふむ、大人ですか……」

 俺の言葉に華凜は思案顔になる。我ながら上手いこと言えたな。これで華凜も考え直すだろう。

 俺の気持ちが伝わったのか華凜は「はっ」となって、

「つまり――大人な感じに口移しですか、それはちょっと……」

「全然違うよ⁉」

 かけらも伝わってなかった!

「それはちょっと……大歓迎ですけど」(ぽっ)

「ええ⁉」

「まったく、しょうがないオマセさんですね。兄さんは」

「まるで俺が懇願したかのように⁉」

 そう言うや否や華凜は卵焼きを素早く口に咥え、フリーになった両手で俺の肩をガッチリ掴んできた。バカな⁉まったく反応できなかっただと!

「ふぁい、にーふぁん」

「いやっ、だからしないから!って全然動けないっ」

 いったいどこにこんな力があるんだ!なんで朝からこんな羞恥プレイをしなきゃいけないんだ!

「ん~~~~」

 華凜の唇(卵焼き)がほんの数センチ先までせまってきた。

 桜色の唇。

 頬を僅かに上気させ、眼はとろんとしてだんだんと迫ってくる。

 その瞳は何故か怪しげに輝いているように見え、普段は感じない色っぽさを感じて心臓が一度大きく跳ねた。

「んふっ」

 華凜はそんな俺の内心を的確に読んだように蠱惑的に微笑んで、すっと瞼を閉じた。

俺は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっていて、唇が触れるまで1センチも無い。

(もうだめか……っ)

 せめて華凜の顔を見ないようにぎゅっと目を閉じた、次の瞬間、


「愛しの弟を蝕む邪悪な気配っ!!!」


 ドガシャァアア!

 窓ガラスが派手に割れる音と共に凛とした声が響いた。

「なんですって⁉」

 華凜が驚愕の声をあげる。ちなみに俺はびっくりしすぎて声も出なかった。

 そして、粉々になったガラスの真ん中には金髪の美女が立っていた。

 身長は俺と同じくらい。透き通るような白い肌、日本人っぽい顔立ちだがつり目がちの瞳の色は蒼色。長い脚に、身体全体は引き締まっているのに、出るところは出ている(主に華凜に無い部分)いわゆるナイスバディ。その人こそ、

「あ、有栖ありす姉さん……」

「――ちっ」←可愛い妹の口からでた音

 俺達の姉さん、姉里有栖だった。

「香澄!」

 その姉さんは俺と目が合うと思い切り抱き着いてきた――ってなんで⁉

「むぎゅっ、ちょ、姉さん⁉」

「大丈夫だったか香澄⁉そこの悪魔に何か卑猥なことをされなかったか⁉されそうだったんだな!姉さんが来たからにはもう安心だぞっっ」

 一気に捲し立ててくる姉さん。だけど顔が完全に姉さんの胸に埋まっていて返事ができない。く、苦しい……っ。

「悪魔……」

 悪魔と呼ばれた悪魔さんこと華凜から怒気を孕んだ禍々しいオーラが出ているのを感じる。

「ああ、可哀想なワタシの香澄。ずっと姉さんが守ってやるからな」

 子供をあやすような声で抱きしめたままの俺の頭を「よしよし」と撫でてくる。

 姉さん、気持ち良いけど呼吸ができないよ!

 必死に姉さんの背中をタップするけど姉さんは気付かない。うぅ、呼吸をしないでいるのも限界だ……っ。あ、夢に出てきた白い世界が見える……。

「有栖姉さん!兄さんを離してくださいっ。死んでしまいます!」

 勢いよく姉さんから俺を引き離してくれた悪魔――華凜。あー本当に死ぬとこだった。

華凜はそのまま俺をぎゅっと引き寄せて姉さんを睨みつけた。

「兄さんを殺す気ですかっ。そのでかい脂肪の塊で兄さんを窒息死させる気ですか!恐ろしい……っ!そんな胸――いえ、凶器を持った姉さんこそが悪魔ですっ」

 まるで親の仇を前にしたかのように、有栖姉さんの胸を睨みながら華凜が言う。

「ふん、ワタシが悪魔なわけなかろう。むしろ天使だ。見ろ、香澄の顔を。ワタシの抱擁で幸せそうに頬を赤らめているではないか」

 それは息ができなくて苦しかっただけです。……まあ少しは嬉しかったけど――男の子だもん!

「まあ、まな板な妹ではできん芸当だろうがな……。羨ましいか?華凜」

(……うわぁ)

 挑発的な瞳で見つめられた華凜は俯いていて表情は分からない。でも胸の無さを気にする華凜がブチ切れるのは火を見るより明らかだ。ここは巻き込まれないように避難しないと……。

「ふふっ」

 ここからどう逃げ出そうかと考えていると不意に華凜が笑い声を漏らした。

(ま、まさか怒りすぎて壊れた?)

 般若のような顔を想像して恐る恐る華凜を窺うと、予想に反して勝ち誇った笑みを浮かべていた。

「む……」

 有栖姉さんにとっても予想外なようで困惑の表情をしている。そんな姉さんを正面から力強く見つめて高らかに言い放った。

「全っ然羨ましくないです!むしろ可哀想なのは姉さんですっ。何故なら兄さんは貧乳が好きなんですっ。希少価値なつるぺたが大好きなんです‼さっき起こしに行った時だって『華凜、俺は貧乳が大好きなんだ。つるぺたが好きで好きで堪らないんだっ。そして華凜はなんて美しいつるぺたの持ち主なんだ。その胸を俺のモノにしたい。愛してるよ、華凜』って言ってました!」

「絶対言ってないよ⁉」

 どこの変態だそれは。

「寝言で言ってました」

「うっそ……って寝言でもそんなピンポイントな寝言は言わない!」

 ていうか俺にそんな性癖はない!

「そ、そんなっ。今のは本当か、香澄⁉では以前言ってくれた『有栖姉さん、俺……巨乳が好きなんだ。特に姉さんのその柔らかくて天使のような巨乳が大好きなんだ。愛していると言ってもいい!だから姉さん、ずっと俺の傍にいてくれ。愛してるよ、姉さん』というのは嘘だったのか⁉」

「それも絶対言ってない!」

 大体天使のような巨乳ってなんだ!

「兄さん、どちらの話が本当ですか?もちろんわたしですよね」

「どっちが本当なのだ香澄。もちろんワタシだろう?」

「ねえ俺の話を聞いて⁉どっちも言ってないよっ」

「ではどちらの胸が好きですか?」

 イヤな質問きちゃった!

「胸で女性の価値は決まらないさっ」

「ちっ」←尊敬する姉の舌打ち

「綺麗事を……」←可愛い妹のゴミを見るような顔

「……」←無言でへこむ俺

「ではこの際はっきりさせましょう。私と姉さん、どちらが好きですか?」

 そんなの決まっている。

「もちろん二人とも大好きさっ」

「もちろん香澄がワタシのことを愛してやまないことは知っている。だが気を使ってこの貧乳も好きと言わなくてもいいんだぞ?」

「もちろん兄さんが私を好きで好きでたまらないのは知っています。でもこの乳デカ牛女のことまで好きということはないんですよ?」

「俺の台詞が台無しだっ」

 ていうかまだ胸の話を引っ張るんだ⁉

 無言で睨み合う二人の背後には鬼と悪魔が見える。逃げたい。


 トゥルルル――


 俺の願いが通じたのか不意に電話が鳴った。

「あー、電話だ。早く出なきゃー。俺出てくるー」(超棒読み)

 あの魔空間から走って逃げ出し、呼び出し音を鳴らし続ける電話に駆け寄った。何処の誰かは知りませんがありがとうございます!

「もしもし、姉里でございます」

『うふふ、お兄さん今どんなパンツはいて――』

 ガチャ←受話器を置いた音

 救世主は痴女だった。

 トゥルルル――

「……もしもし?」

「うふふ、今私が履いてるパンツの色は――」

「知りたくないので切ります」

「あっ、待って待って切らないで!ホントにごめんなさいっ」

「もう、頼むから変なコト言うのはやめてよ――朱莉あかりさん」

 電話は救世主改め痴女改め我らが育ての母のような姉、姉里朱莉さんだった。

「ごめんごめ~ん、軽い冗談のつもりだったんだけど」

「もういい年なんだからはしたないコト聞くのはやめてください」

「女に年齢のコトをいうなんてひどい!そもそもあたしはまだ20代よっ」

 そうなのだ。朱莉さんはまだ26歳、少なくとも俺達のような高校生の子供がいる年齢ではない。なら何故母のような存在かと言うと――


拾われたんだ。俺達三人、この女性に。


 正確にはいろんな経緯があるんだけど、俺達兄妹は幼い頃朱莉さんに引き取られ、今まで育ててもらってきた。

 とは言え俺達を引き取った時は朱莉さんもまだ10代。子供を育てるなんて普通なら考えない年頃だ。でもこの女性は俺達を今日この日まで育ててきた。自分も学生をしながら、弱音の一つも吐かずに。もちろん10代の少女じゃできる事に限界がある。なので朱莉さんの親戚や友達などが協力してくれていた。俺達にとってはその人たちも家族のようなもので、育ての親がいっぱいいる感じだ。


 ちょっと特殊な家族だけど、朱莉さんに引き取ってもらって本当に良かったと思う。


「ちょっと聞いてる香澄っ」

「ん、聞いてる」

「んもう、今度年齢のコト言ったらあんたが最近友達から無理矢理貸されたギャルゲー『愛しいメイドのつくり方~ご主人様、今夜はどの制服にしますか~』のヒロインのコスプレをさせるからねっ」

「罰が具体的すぎて嫌だし何故そのことを知っている!」

 怖いよっ!

「ちなみにあたしは青髪メイドの『望愛のあちゃん』がよかったわ」

「しかもプレイ済みかよ!」

 俺たちが高校生になってからは仕事で殆んど家にいないのにどこで知ったんだ……。

「まあそれは置いといて、あんたちゃんと元気にしてる?あたしがいなくて淋しくない?変な女に付き纏われてない?」

「大丈夫だよ。元気にしてるし、有栖姉さんや華凜もいるから淋しくないよ」

「――ちっ。元気にしてるなら良かったわ」

 なんでちょっと残念そうなんだ?

「もうすぐ学校の時間でしょ?遅刻しないようにね」

「うん。姉さん達に代わる?」

「いいわ、どうせあの二人なら元気でしょ」

「うん、今も喧嘩してる」

「まったくあの二人は……。後でメールしとくわ」

「了解。あ、さっきの続きだけど――」

「うん?」

「えっと、こうやっていつも朱莉さんの声も聞けるから淋しくないよ。でもたまには帰ってきて一緒にご飯食べてほしいな」

 うう、自分の気持ちをはっきり伝えるのって恥ずかしいな……。

「……」

「朱莉さん?」

 あれ、聞こえなかったかな。

「朱莉さん聞こえた?」


「ああん、も~!」


「わっ」

 いきなり大声出さないでよ。

「も~香澄はも~、どうしてこんなに素敵なのかしらっ。ホントにいい子になって!分かったわ!今度絶対ご飯食べましょうっ。二人っきりで!他の奴になんか絶対香澄を渡さないわ!あたし頑張るからっ。じゃあね!」

「……」

 一方的に喋られて切られてしまった。最後妙なコトを言ってた気がするけど……まあいいか。


 リビングに戻ると有栖姉さんと華凜の喧嘩は取っ組み合いの肉弾戦になっていた。

「くらえ新技っ。『永遠インフィニットなる正義ジャスティス』!」

「甘いですっ。『ストライクなる自由フリーダム』!」

 種運命か。賛否両論あるけど俺は好きだ。

 有栖姉さんも華凜も、俺と同じで幼い頃から格闘術を習っていたから強い。悲しいことに俺よりも強い。組手やっても全然勝てない。ちなみに姉さんと華凜は互角。なので二人が喧嘩すると決着が付かない。前は二時間掛かった。しかもそれは俺が身体を張って止めたからで、止めなければまだ続いていたに違いない。その時の俺?ボコボコにされたけど?その後どっちが俺の看病するかでまた喧嘩してた。だから二人が喧嘩した時は止めないで放っておくことにしてる。

「二人ともー、俺先に行くからー」

 朝から怪我したくないしね。薄情?なんとでも言え。


「おまえが、おまえが裏切るからーーっ」

「それでもっ、守りたいものがあるんですっ」

 わけわからん。

 二人の喧騒と拳が飛び交う中、俺は家を出た。

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