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5:オペラ座にて

海神の娘

  『私は何故人ではないのでしょう。

   貴方と結ばれて、教会の祝福を得て……人の魂を得ても、人と同じ時間に暮らせない。

   いつか貴方は私を残して先に逝ってしまうのです。


   嗚呼、嗚呼……フルトブラント様。私は寂しい。寂しくて堪らないのです。

   いっそこの寂しさが病になって、私の寿命を縮めてくれればどんなに良いか。良いことか。』


 *


 これは不味い。シエロはそれを悟った。


 「へぇ!ここが連れて来たかった場所か?」


 中層街のオペラ座。その外観にすっかり夢中なカロン。物珍しいのだろう。

 ここはシャロンならよく仕事で来る場所だ。下見も兼ねて色々教えておくべきかと思った。


(だけど、よりにもよって……)


 そうか、今日だったのか。すっかり忘れていた。今日の演目を見て失敗したとシエロは思う。


 「元々はこの劇、ヒロイン役をシャロンがするはずだったんだ」

 「へぇ!」


 そう告げればますますカロンはオペラに興味を持ってしまう。しまった。墓穴。

 今日のメイン歌姫。その全てがシャロンと関係する人物。今後の方針を決める上でも顔と名前を教えておくのは間違ってはいない。いないのだが……


(どうしたものかな……)


 水の精霊と騎士の悲恋を描いたその悲劇。騎士フルトブラント役に歌姫エコー=アルセイド。精霊ウンディーネ役に歌姫シレナ=ネレイード。貴婦人ベルタルダ役に歌姫ドリュアス=エウリード。配役的にヒロイン二人が真逆だと思うけれど、このミスマッチは仕方のないことだ。

 貴婦人役はシャロンの引き立て役として選ばれた。今のシャロンと張り合える歌姫は……エコーくらい。そのエコーが男役になったのだから、貴婦人は格下の歌姫を連れてくるしかない。酷けれは酷いほどシャロンが引き立つ。そう考えたのだろう。それでも余りに酷いのはオペラ座の矜恃に関わる。ある程度見栄えが良く、ある程度血筋があって、ある程度歌える歌姫。その条件で引っ張り出されたのが歌姫ドリュアス。おっとりした彼女がどこまで貴婦人を演じられるかも、確かに面白いかも知れないし、気の強い歌姫シレナがヒロインの精霊を何処までやれるか……客達も彼女の新たな可能性を求めて興味を持つ演目。


 「うん、だけどチケットがないと入れなくてね。当日券も幾らかはあるんだろうけど」


 もぎりの人に尋ねてみると、それも完売とのことで、パンフレットだけを買ってカロンに渡した。レストランに入り食事を待つ間、そこに書かれている歌姫達を彼に紹介することにした。賑やかな通りに面しているので少々の会話は周りには聞こえない。


 「この青眼で長い黒髪ロングストレートの子が歌姫エコー。実力派歌姫で、シャロンの親友で、彼女はエーコと呼んでいる」

 「綺麗だけどきつい感じの美人だな。これは口説くの大変そうだ。シャロンの奴よく友達になれたなぁって感じの子と昔からそういうことあったけど……」


 正直苦手だなと言うカロンの率直すぎる感想に、シエロは思わず笑ってしまった。全く持ってその通りだとシエロもそう思う。


 「エコーの家はアルセイド家と言って、選定侯家の一つ。だから人魚の血を引く彼女の歌は周りから抜きんでている」

 「選定侯……それじゃあこの子がお前のライバル?」

 「いいや、彼女のお兄さんが僕のライバル。もっとも彼は玉座に興味ないみたいだからアルセイド家の人達も困ってるみたいで、その分エコーに期待が掛かっているんだろうな」

 「後ろ盾が実家ってことは、もしこの子が人魚になった場合どうなるんだ?殿下と結婚?」

 「そうなんじゃないかと思うんだけど、その場合アルセイドの家が政治に関して強く口出し出来るようになる。仮に別の事態になってもアルセイド家の権威が増すのは間違いない」

 「なるほどな。それでこの子は?」


 次にカロンが指差したのは、その隣。ヒロインに扮する歌姫シレナ。


 「この金髪碧眼釣り目の彼女はシレナ=ネレイード。シャロンはシレネちゃんと呼んでいた。元々下町の商家出の歌姫だから、君も聞いたことがあるかもしれない」

 「ネレイード?……確かオボロスが働いてる所だ。へぇ、あの家お嬢さんなんかいたんだ」

 「ああ、君の友達の子かい?」

 「まぁな。……そういやあいつに何も言わないでこっち来ちまったな。まぁ、また仕事で遠出しただろうし気にならないか」

 「そっか。ちょっと気になってたから良かったよ」


 事態が事態だったとはいえ、急な技を使い過ぎた。説明に行くべきだろうかと思ったけど、これから何があるかも解らない。下手なことは言えないし、また下へ行き来するのは難しいなと思っていたから助かった。


 「この子はシャロンの同期でシャロンは友達だと思ってるんだけど、彼女からは思われていない。同期の子が自分を置いてどんどん上へ登っていったらそうなってしまうのも無理はないね」

 「………それは、まぁそうだよな」

 「だけどシャロンは周りからライバルと言われているエコーよりも、彼女を好敵手と認めていた節がある。まぁ、歌姫シレナは努力の人で、シャロンよりは遅いとはいえ上に上がってきているのは確かだよ。エコーは親友のシャロンが格下の歌姫に気をかけることが気に入らないのか、彼女に辛く当たっていたのは私も何度か目にしたな」

 「こ、怖いなこのエコーって子。俺ちゃんと親友の振り出来るのか心配だ」

 「大丈夫。君は事故の影響で記憶喪失なんだから。何とでもなるよ」

 「……だといいけど」


 カロンは心配そうだ。仕事には僕も付き添ってフォローを入れていかなければ。


 「それで、この子は?他の二人に比べて優しそうな感じだけど」

 「良く言うならそうなるかもね」


 カロンは最後の歌姫を指差す。他の二人に比べて目立たない印象の子だが、おっとりしているというか優しさや優雅さのようなものは持ち合わせている。


 「この栗毛の彼女はドリュアス=エウリード。歌姫ドリスって略称の方が知られているかな」

 「歌姫ドリスか……名前だけなら」

 「彼女はよく下町公演に行くからね。すれ違ったことくらいはあるかもしれないよ」

 「よく許可降りたなこの子」

 「……あはは、彼女は殿下のお気に入りでね」

 「殿下の?」

 「うん。殿下は自分の敵じゃないお気に入りの子には甘いから。一番便利な場所にある南ゲートは自由に通れるみたい。南は王宮管轄門だから」

 「ふぅん……」

 「この子ともシャロンは結構仲良くしてたと思う。下町を大事にしている彼女が好きだったんだろうね」

 「へぇ……」


 説明するも、カロンは後半割とどうでも良さそうになっている。この子正直すぎる。基本美人じゃないと話を聞かないのか。恐ろしいな下町っ子。この子あと数年したら凄い軟派師になっていたかもしれない。


 「あの、聞いてるカロン君?」

 「き、聞いてるよ!」


 身を乗り出すと超高速で目を逸らされた。その横顔はほんのり赤い。どうやらパンフレットを見る体で居て、テーブルの上に載っていた僕の胸を見ていたらしい。本当に正直な子だなぁ……そこには好感持てるけど、見られている側としては恥ずかしい。


 「もう……」


 こんな調子で大丈夫なんだろうか。もし犯人が女の子だったからって理由で殺意が鈍るようでは困る。


(僕は殺すよ。相手が誰であっても、絶対に……)


 シエロは溜息を吐き、パンフレットを返して貰う。どの三人もシャロンに関わっている。今回の事件に関わっていないとも限らない。


 「でも面白いよなそれ。男子禁制の舞台なんだろ?」

 「え?中層街からは正装が基本だけどそんな規定はなかったはず………あ」


 三人の歌姫。その中でもっとも権力を持つのはエコー。パンフレットには男嫌いの彼女らしい一文が付け加えられている。色恋沙汰や醜聞とは縁のない、清廉人気歌姫の女とのキスシーンが見られるんだ。正常な男なら興味を持つだろう。

 ちらと横目で向かいの通りを見れば、長い行列。開演時間まではまだあるが……入り口を見れば女装し侵入しようとした男性客が警備員に連れ戻されている。


 「どっちにしろ俺らじゃチケットあっても駄目だったって事か」

 「いや……、そうだな。僕らなら入れる」

 「え?」

 「君はシャロンだ。このオペラ座は君がよく仕事で使う場所だし、今日の劇の主役はみんな君の友達だし、一番権力のあるエコーは親友だ。人が捌けた頃なら通して貰える。みんなに花でも贈りに来たって言えばね」


 「でも花なんて何贈るんだ?薔薇とか?」

 「見栄えは良いけど止めた方が良いかな。一人勘違いしそうな子がいる」

 「……え?」

 「エコーには気をつけて。君に何かするとは思えないけど危険なことには変わりない」

 「え、ああ、うん」


 妹の親友と聞いても苦手というイメージが払拭できていないのか、カロンはよく聞きもせずに忠告を受け入れてくれた。


 「花は……百合が良いんじゃないかな。多分この中に犯人がいたら、いい挨拶になる」


 やっぱりひとり勘違いしそうなのがいるけど、もし例の事件に関わっているならこの期に及んで勘違いも何も無いだろう。


 「お待たせしました」


 作戦会議が終わったところで料理が運ばれ始める。中層街はテーブルマナーにも五月蠅くない。下層と上層の交わる街。シャロンがここを好んだのは、多くの人に歌を聞いて貰いやすい場所だから。彼女の才能なら上層街で引っ張りだこ……それを断り敢えてここで歌うことを選んだ。本当は下層街が良いんだろうけれど、下層街にばかり向かうと他の底辺歌姫達の邪魔になると身を引いた。別にシャロンは他の歌姫達の芽を摘むことが目的ではなかった。結果としてそうなってしまうことに深く傷つくような子だった。


(彼は、どうなのだろう?)


 ちらと視線を向かいのテーブルに向ける。がつがつと食事を平らげるカロンの姿。顔は似ているけれど、この調子なら誰も気付かないだろう。歌姫シャロンがこんな風に食べるとは思わないだろう。


 「口には合ったかな?」

 「美味ぇっ!」

 「なら良かった。お腹壊さない程度に食べてね」


 口元のソースの汚れを拭いてあげてると、じっと青い瞳が僕を見上げる。


 「どうかした?」

 「な、なんでもねぇよ」


 また目を逸らされた。ちょっとお節介焼き過ぎたのかな。


 *


 こんなに美味い飯を食べたのは何年ぶりだろう。本当に目の前の人が女神様に見える。いや、その正体が野郎なんだとは知ってはいても。


(…………変な感じだ)


 あんな風な優しい目。口元を拭われた時……シエロが一瞬母に見えた。顔も形も似つかない。大体母が攫われたのはずっと昔だ。顔なんか覚えていないが少なくともこの男には似てはいない。カロンはそう断言できる。

 多分、それは理想の母親像。この優しさが俗に言う無償の愛というのに似ているような気がしたのだ。無論そんなはずがない。この男は復讐のために俺を持ち出した。俺を利用している。だからそれは無償などではあり得ない。それでもシエロが親切なのには変わりないから、そう錯覚しそうになっただけ。


 食事を終えた頃にはもう開演してしばらく経っていた。人もまばらなオペラ座へ俺達は向かい、シエロの説明により受付はすぐに通された。そのまま楽屋に花を置き……そっとホールへ足を踏み入れた。

 扉を開けた瞬間聞こえてくる音の洪水。オーケストラの迫力。そしてそれに負けない歌姫の歌。調和するハーモニー……息を呑む。


(カロン……)

(……あ)


 シエロに小声で呼ばれてやっと我に返った。

 受付から用意された席があるとは聞いていたけれど、遅れて入って目立つような場所へは行けない。目立たないよう壁際の機材に腰掛けたシエロの膝に座って俺も舞台を見下ろす。パンフレットで見た歌姫達が音楽と共に歌う。

 あらすじはパンフレットで目にしたが、オペラなんての生まれて初めて見る。これまで俺が生きてきた場所とはまるで別世界。

 パンフレットでは怖いと思った歌姫も、騎士の役になると格好よく見える。なにしろ歌唱レベルが他の二人とは桁違い。あの冷徹な眼差しも……精霊を冷たく罵る様にはぴったりだ。釣り目のオボロスの所のお嬢さんもなかなか様になっている。儚げとまでは言えないが、裏切られた精霊の物悲しさを大いに語り、彼女は歌う。まるで最近何か、悲しいことでもあったみたいだ。

 そしてもう一人の歌姫。他の二人に比べて印象に残らない子だと思った。それでも……歌った瞬間味が出る。騎士が彼女に心動かされるのも仕方ない。そんな風に思わせられる。彼女の歌は温かで、それで騎士への切なる片恋を物語る。

 彼女たちの衣装……その本当の衣装は歌だ。歌一つであそこまで、人が変わる。歌で着飾る彼女たちは、とても輝いて見えた。生き生きとしていて……ああ、この間までここにシャロンが居たんだ。ここで歌って呼吸をしていた。その息吹が感じられるのだ。彼女たちの歌の中から。


(俺がシャロンになるっていうことは……俺もあそこに……)


 そう思った瞬間、肌が震えた。怖いのだろうか。こんな人前に立つと言うことが。いや、……違う。信じられないんだ。俺の妹がこんな凄いところにいたなんて。あんな綺麗な音楽と一緒に、歌を歌える。バレたらお終い。そう思うと怖くて堪らない……だけど、ぞくぞくする。あんな舞台の上に立って、歌えたら……どんな気持ちになるんだろう。

 俺は男なのに……この瞬間、俺は歌姫という物に憧れたんだ。下町の女の子達が一度はそれに夢見るように。


 *

 「どうだった?カロン?」

 「……凄かった」


 最後まで見たら人が多すぎて出て来られないし誰かに見つかっても厄介。クライマックス直前に開場を後にした。


 「最後まで見たかった?」

 「そりゃそうだけど……あれ、シャロンもやってたものなんだろ?」

 「うん。ウンディーネ役の代名詞みたいな歌姫だったから。これからもよく仕事は来ると思うよ」

 「そっか」


 結末は自分でやって、知ることになる。そう思うと期待と不安で胸がいっぱいだ。

 俯きがちに歩く俺の横で、シエロが暑い暑いとウィッグを外す……夜風に吹かれる髪がとても幻想的な色合いを出す。ここは月が下町よりずっと近い。だからだろう。本当に目に見える物全てがこれまでとは違う。

 本当に別の世界に迷い込んだような不思議で、魅せられて……それでも恐ろしくて、心細い。


 「今日の歌姫も頑張ってたけど、まだまだシャロンには及ばない」

 「……それなら俺なんか」

 「でも君ならシャロンすら越えられる。僕はそう思う」

 「何でそう思うんだ?」


 シエロを見れば、彼は……彼女は微笑んだ。


 「僕も歌が大好きだから、歌が好きな人は解るんだ。君はシャロンより歌が好きだ。だから君は彼女より上手くなれる」


 歌うのは才能でも血でもない。心であり魂なのだとシエロは教える。


 「この街には本当に歌が好きな人は少ない」


 ぽつりと呟かれた言葉はとても寂しそう。


 「歌っている自分が好きな人。歌ってちやほやされたい人。歌で人の心を蹂躙、征服することが好きな人。歌を金儲けの道具にする人。そんな人ばかりだ。そういう人は声に歌に嘘が出る」


 「誰にも聞かせないように、聞かれないように……ひっそりと歌う君は、この街の誰よりも歌を愛しているんだと僕は思う」

 「そ、そんなの買い被りすぎだ、俺を」


 カロンもあの舞台を見て……シエロの例える歌を愛していない者達のような気持ちを僅かでも味わった。


 「カロン君、それは舞台の魔力だよ。舞台は人に夢を見せる。憧れという夢を」

 「憧れ……?」

 「憧れ自体は悪い気持ちじゃないよ。それはとても純粋な気持ちだ。憧れを捨てたり汚してしまう人より、今の君は素晴らしい人間だ。だってそれはそれだけ君の心が澄んでいる証拠だ。濁った心では何かに感動する事なんてなくなるんだ」


 それを言うならこの人だって。俺の言葉なんかに泣いた癖に。人の言葉で泣けるようなこの人は、自分なんかより余程純粋だ。



 「憧れる気持ちが無ければ、希望も見られない。生きていくことが唯々苦痛になっていく」

 「シエロ……」


 この人は、憧れる者を持っていない。無くしてしまった。

 シャロンを愛するだけでなく、彼女に憧れていたんだろう。それは思いが通じた後でも変わらず。


 「シエロ……」

 「何?カロン君?」


(お前は……まさか……)


 復讐が終わったとのこと。考えていなかった。

 どうせこいつのことだ「やった終わったね!ありがとうカロン君」とか良い笑顔で言ってその後思い出したように泣いてそれから……また前を向いて生きていくのではないか。そんな風に決めつけていたけれど。


(この男には、希望がない……)


 死ぬ、つもりなんだろうか。復讐が終わったら。何もかもを捨てて。

 その時俺のことは、どうするつもりなんだ?こんな空の上まで連れて来て。そのままシャロンとして生きて行けと?それとも何もかも忘れて、また下町に戻れって?人を殺した手で人を救う仕事をするなんて宣えというのか?


(ちょっと、待てよ)


 おかしい。おかしいよ俺。

 こいつは昨日会っただけの他人だろう。何でこんなに依存しているんだ?妹の恋人ってまるっきり他人だろ。どうでもいいだろそんな奴。


(でも……)


 馬鹿げた妄想。そうと決まった訳じゃない。なのに何でこんなに動揺するんだ。怖いんだ?


 「シエロ……俺がシャロン、演じきれたら……立派な歌姫になれたら」

 「……うん」

 「お前も、俺に憧れてくれるか?」

 「君になら大勢の人が憧れてくれるよ。絶対そうなる」

 「お前はどうなんだって聞いてるんだよ俺は!」


 シエロは……たぶん人の声から人の心が解るんだ。だから俺の気持ちが解るんだ。だからこいつは絶対に、簡潔にはいとは言ってくれない。限りなく遠回しに、いいえと言う。


 「カロン君。憧れって言うのはね……子供の特権だよ。僕はもう大人だから……夢はお終いだ」

 「でも夢を無くしたら生きていけないってっ……!お前がっ……!」

 「カロン君、大人って言うのは死んでいく生き物なんだよ。そのために神様は、大人から夢や希望を奪うのさ」


 さぁ、帰ろうと差し出された手。それをこのまま掴んだら、俺は俺が子供だと認めてしまう。こいつが大人だと認めてしまう。


 「カロン君?」


 シエロを追い越し、俺が手を差し出す。お前はまだ子供だ。俺より背高いし大人びた振りしてるけどお前だってまだ成人じゃない。下町の何もわからなかった世間知らずが一丁前に大人の顔だって?笑わせやがる。

 俺は船頭だ。目の前の、命を拾う。簡単に死なせてなんかやるもんか。

 俺が一番最初に憧れた、親父みたいに。例え俺が死んだって、一度船に乗せた命は守りきる。それが親父の……俺の仕事だ。


 俺の手を掴まないシエロの手。それを櫂の代わりに引っ掴む。俺の身体が船。こいつは客。俺は渡さない。俺は地獄になんか仕えていない。俺が仕えているのはこうして生きている世界だ。俺が客を渡してやるのは生きる岸辺、希望のある方向へ。


 「大人の男ってのは下町では髭面のおっさんか爺のことを言う。お前は髭面でもないし胸まである。そんなのは大人の男とは言わねぇ。俺が認めねぇ」

 「そりゃあ今は呪い発動してるし」

 「発動してなくても髭面じゃねぇ」

 「無理矢理過ぎるよカロン君」


 小さくシエロが吹き出した。重苦しい空気が和らいでいく。俺が無茶を言えば言うほど、きっと。それなら俺はもっと無茶なことをこいつに言おう。捲し立てよう。いっそこいつが嫌がるくらい。俺を罵ってあの海に突き落としたいと思うくらいまで。

カロン君はすっかりシエロにメロメロですね。

お前も一目惚れのクチだろうさては。双子揃って好きなタイプは同じとか、そんなのか。


しかしシエロはお姉さん状態でもシャロンちゃんにぞっこん。

仇討ちをしたらそのまま自殺しそうなオーラが出てますね。

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