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51:シャロンの渡し船

 時殺しの魔女

 「私は歌を教え歩いた。多くの子らに歌を教えた。

  見込みのありそうな子達に歌を教えた。

  滅んだ言語、盲誰も分からない言葉で……

  海神への歌を作った。それは貴女を見つけるために……」


 *


 お兄ちゃんにまた、置いて行かれた。私はひとりぼっち。泣いている私の所に、その歌歌いは現れた。


 「あら、そんなに泣いて。どうしたの?ほら、泣かない泣かない。今日は貴女だけにとっておきの歌を教えてあげるから」

 「本当……?」

 「ええそうよ、本当に本当」


 それは、遊びに出かけたお兄ちゃんは知ることが出来ない歌。


 「歌っちゃいけない歌?」

 「ええ、そうよ」


 歌歌いのお姉さんが私に教えてくれた。お兄ちゃんがいない日に、私だけに教えてくれた。


 「でもね、これは人魚の歌。だから人が歌う分には何の害もありませんよ」

 「ふーん、どんな歌なの?歌って、歌って!」

 「ふふふ、貴女は本当に歌が大好きなのね」

 「うん!大好き!」


 だって歌えば……気持ちが落ち着く。歌えばみんなが私を褒めてくれるし、見てくれる。泣き喚けばお兄ちゃんみたいにみんな私を嫌って逃げていくから。だから笑って歌いなさいと、その人は私に教えてくれた。


 「それでは、歌を愛する貴女のために。内緒よ?秘密よ?貴女だけに教えてあげる」


 とっておきの歌。異国の言葉?歌詞など意味など分からない。それでもその歌の悲しげな旋律に、幼い自分が思ったことは……


 「悲しい歌なの?」

 「どうしてそう思うの?」

 「うーん……よくわからないけど、悲しくなったから」


 私は笑う。だけどボロボロ泣いている。意味なんて分からないのにね。


 「歌は人の心、魂だから。貴女がそう思うのなら、悲しいときにこっそりこれを歌うと良いわ」


 きっと楽になりますよ。そう言って歌歌いは微笑んだ。そんな言葉を信じたわけでは無いけれど……嫌なことがあったら私はそれを歌ってみた。不思議と気持ちが落ち着いた。だけどだんだん歌詞を忘れて……メロディーだけを思い出す。私が怒る時はいつでも、頭と心の中でその曲が……流れていたように思うのだ。そしてそれは、あの時も……


 *


 ある少女

 「私歌なんか大嫌い!歌姫なんか、絶対にならないっ!」


 *



 綺麗なだけで何も出来ない女がいた。家事も不器用。綺麗でにこにこ笑ってて、声も綺麗で優しくて。それだけ。それだけの女。そんな女を父さんは、宝物のように大事にしていた。そのままだったなら私も何も文句は言わなかった。だけどあいつは、そんな父さんを捨てたのだ。


 「あいつは、空に攫われたんだ」


 あいつが消えた日、父さんはそう言った。馬鹿なお兄ちゃんは、あの女が歌姫になったと思った。それか津波で死んだ。だから天国へ行ったという意味で……それを言い表したのだとでも考えた?でも全てを見ていた私はそんな子供騙し信じなかった。

 お兄ちゃんって馬鹿なの?それとも無垢とでも言うの?嫌味な人。簡単に騙される兄を初めて軽蔑した日もあの日だろう。

 馬鹿なお兄ちゃんは、母が歌姫になったのだと思った。貴族を憎んだ。だけど違うよ。あの女は元々歌姫だった。それが下町に下ってきていたの。


(許せない)


 二度と会うこともないだろうと思っていた。そんな相手に再び会った。

 あの女がいなくなってどのくらい?あいつはここに帰って来た。


 「私は嫌」

 「シャロン!我が儘を言わないで!」

 「嫌っ!」


 空から来た男と、手を取って逃げたその女。相手は貴族だ。平凡な貧しい暮らしにそう長くは耐えられなかったのだ。

 お兄ちゃんがお父さんの仕事を継いで、何年だろう?一緒に船に乗って歌っていた私も……家事のために家に残ることは多々あった。

 あれは二年前……そんな風に兄だけ出かけたのを見計らい……あいつが私に会いに来た。涙ながらに抱きしめられて、それでも吐き気と嫌悪感しか出なかった。ここに来たのは、父さんが死んだという話。それから私の歌の評判を聞いてのことだろう。


 「父さんは、死んだのよ!あんたを探して、波が来るのも構わずにっ!」

 「シャロン、貴女は私の子よ。見れば分かるわ!それに……貴女ならきっと人魚になれる!母さんの夢を、貴女なら叶えられるのよシャロン!」

 「違う!私はあんたなんか母親だなんて認めないっ!私は絶対に歌姫なんかにならないわっ!あんたみたいな女には絶対ならないっ!!」


 空での生活に嫌気が差した。だから父さんみたいな人を好きになった。何のしがらみもない場所に逃げてきた。駆け落ち紛いでここに来て、だけどここも嫌になってまた逃げ出した。昔味わった贅沢が忘れられなかったのよこの女は。私は違う!


 「衣装のことならあの人が支援してくれるわ。だからシャロン、私をまた母さんと呼んで!あの人を父さんと認めてあげて」

 「嫌っ!絶対嫌っ!!あんたなんか、あの人なんか嫌いっ!大っ嫌い!!父さんを、あんなに優しかったお父さんを裏切った奴らなんかっ!!」


 泣きながら逃げ出した。あの女は追いかけてきた。追いつかれてなるものか。必死に走る。路地の長い石段を駆け上がり、振り切ろうと。その内に……私は私を呼ぶ声ではなく、近づく海の音に気付いた。


(え?)


 振り向けば、あの女が腰を抜かしている。迫る波があいつに街に襲いかかろうとする所。


(わ、私……)


 耳をふさぐ、目を閉じる。流れゆく波の音。あいつの悲鳴さえも飲み込んで、海は猛る。

 偶然?偶然にしては出来すぎている。こんなことは、前にもあった。


(そうだ……)


 父さんが死んだ嵐の日も……私が、泣いたのだ。原因は……私が船頭になりたいって言って……父さんを困らせた。女は船頭になれないんだって言われて、怒って泣いた。


 “シャロン、お前は歌姫になれ。お前は……きっと良い歌姫になれる”


 諦めきれない私に、私だけに父さんは教えてくれた。あの女が歌姫だったんだって。


 “嫌っ!私はあんな女にならないっ!私はお父さんみたいになりたいの!”

 “シャロンっ!”


 どうして打たれたのか分からなかった。父さんを裏切って捨てた女のこと、父さんだって憎んでいるはずなのに、どうして私を怒るの?

 結婚して諦めた夢。人魚になりたいという夢。家族を捨てて身分を偽り、別の人間として……生まれ変わる。

 俺には過ぎた女だった。無理矢理羽衣を奪ってそばに置いた天女だ。それが天に帰っただけだ。俺にはふさわしくない女だったのだ。そんな自分を卑下する言い訳、私は嫌い。

 父さんは何も悪くない!悪いのはあいつなのに!!


 “まだ、あんな女が好きなの?”

 “……っ違う、シャロン……そうじゃない!あいつは、自分の夢を掴みに行ったんだ、歌姫として!!俺を、お前達をこの海から守るために!!一度諦めた夢を……もう一度っ!もう一度っ……追いかけたんだ!!嘘だというのなら、これを見ろ。今日下町で、あいつのコンサートがある”


 手紙と一緒に送られてきたチケット。それは一枚。本当は父さんが行きたかったんだろう。だけど私に渡してくれた。本当にそうなんだろうか。私の誤解なんだろうか。こっそり観に行ったコンサート。


 「お母さ……」


 楽屋に忍び込み、話を聞こうと会いに行く。だけど私がそこで目にしたのは、父さんでは内別の男とキスをするあの女。


(やっぱり父さんは騙されてる!利用されてるだけっ!!)


 許せない!絶対に許せない!!あんなに優しい人を傷つける、あいつら許せない!

 泣きながら家へと逃げ帰る。だけど父さんは私の話を聞いてくれない。


 「海神め……」


 私を追うよう荒れた空。嵐の訪れ。波の音が聞こえてくる。


 「きゃっ!」

 「じ、地震か!?」


 嵐だけではない。突然、揺れ出した下町。お兄ちゃんが私を抱きしめ、すぐさまテーブルの下へ。だけど父さんは逃げろと言った。


 「カロン!シャロンを頼む!すぐに避難しろ!!大波が来るっ!!」


 そう言って父さんが向かう先は……あの女のコンサートがあった方向。

 あいつが客も見捨てて先に逃げたことも知らないファン達が、混乱したその場所に、波はやって来た。あいつを探しながら他の人を助け続けて……最後は父さんも波に飲まれたのだという。あれは偶然なのだと思った。だけどそんなことが何度も続けば……その内私は理解する。あれを呼んだのは私なのだと。

 歌ってはならない歌。必死に思い出さないようにする。だけどダメ、私はそれを思い出す。歌の言葉、歌の意味。知らないはずのその意味を、私の魂が思い出す。私が誰かを理解する。


(私の名前は……ウンディーネ)


 思い出す度、波が来る。ならば逃げる?どこか他の国まで逃げる?でもそれでどうするの?何にもならない。何も解決しないのに。


(私は下町にいちゃいけない……このままではいられない)


 歌姫なんかなりたくない。だけど私は、歌姫にならなければいけない。

 私は人殺しよ。人殺しなのよ。大好きなお父さんを、私が殺した。死なせたも同然だ。話さないといけない。海神に会わなければならない。

 私はのうのうと下町で暮らせないの。私のせいで津波が来たのに、どんな顔で今まで通り暮らせと言うの?


(歌姫になんかなりたくない。だけど……だけど、私は)


 それからの私の暮らしは、罪悪感との葛藤の日々。それに疲れちゃったのかも。きっとそう。私は何が正しくて、何が間違っているのか解らなくなってしまった。それでも向が来たのだ。報いならば受けなければならないだろう。私は空の上で、私という人間を粉々にされる。心も体も傷付けられ、プライド全てをへし折られる。そうして汚れて捨てられる。そんな未来が目に浮かぶよう。だけど私が出会ったのは……私を傷付けるなんて思えない、はにかみ笑う……懐かしい人。この人は決して私を裏切らない。そんな確信を抱いた。

 私は幸せ。幸せだった。だけど怖くて、不安で……貴方を疑わずには居られない。安心したい、貴方の愛を確かめたい。疑うことが、傷付けることが不器用な私の……貴方に触れる方法、愛し方。貴方は知っているじゃない。私のことなら何でも知っているくせに……!!


(どうして愛してくれないの?私は貴方を愛してる!貴方だってまだそうなのにっ!!)


 それは報いよと、過去の私が囁いた。私のすぐ後ろ……私の耳元で。


 「人殺し!」

(違うっ!)

 「違わない」

(……ええ、そうよ!だったら何!?人殺しでも私はシャロン!シエロ=フルトブラントの歌姫よ!)


 お兄ちゃんだって、私と同じ。私がお兄ちゃんを憎むよう、お兄ちゃんだって私を殺したがっている。


(ウンディーネはもう死んだ!ここにいるのは人間だけよ!)


 私を人殺しだというのなら、お兄ちゃんだって変わらない。シエロを傷付けているというのなら、それだって変わらない。私への愛をシエロが疑うこと、私よりもお兄ちゃんが好きだと言い張らされること。それがどんなに苦しいか。お兄ちゃんは、きっと知らない。

 あの男に、私のシエロが奪えるはずがないのだ。私と彼の方が、長い時間を共にした。お兄ちゃんが私に勝つには、それより長くシエロと一緒に居ることでしか、私には勝てない。


(あ……)


 私を糾弾する私の声が遠ざかり、代わりに見えてきたのは愛しい人。ここが現実。私は今を見つめている。答えはとても簡単なこと。とても簡単なことじゃない。お兄ちゃんには、やり直しの悪魔なんて憑いていないのだから。何時ぶりだろう。私は心の底から、とびっきりの笑顔をシエロに向けた。


 *


 夢幻の魔女

 「少女は泣いた。そして歌った。

  海は応えた。彼女を悲しませる物全てを飲み込み沈ませるために。

  箱船に上がった彼女の声は、海から離れた。歌は彼には届かない。

  再び“それ"を招くには、人魚の衣装が必要だ」

 

 *


 何時だろう。ある夜のこと。シャロンが泣いていた。

 理由もなく、意味も無く。だけど彼女は泣いていた。

 窓を開け、夜風に吹かれて……彼女が見つめる先は、遠い海。寂しげで切ない瞳。胸を締め付けるその横顔に、彼女の深い孤独を知った。こうして寄り添っても、僕は彼女という人間の半分も……いいや、ほとんどを理解していないのではないだろうか?僕はどうすれば良い?どうすれば僕は、君を救えるのだろう。そればかりを考える。

 寝台から身を起こし、彼女の隣で遙かな波の音を聞く。


 「……荒れてるね、ここまで音が聞こえるなんて」

 「うん。でも……こんな物じゃないわ。なかったわ」

 「シャロン……?」

 「あはは、ごめんねシエロ……」


 無理に笑って彼女はそう言う。


 「ねぇシエロ、もし私が……もしもよ?凄く悪い子だったらどうする?」

 「シャロン?それはどういう意味?」

 「例えば、例えば。そうね……もしも私が……犯罪者とか」

 「何を言ってるんだ君は。そんなの今更じゃないか」


 呪いで男になって歌ったこともあるのだ。上に知られれば首が飛ぶ。そういう意味で彼女は既に犯罪者。そんな彼女を守る僕だって同じだ。


 「君がそうなら、僕だって」

 「……違うの、そうじゃなくて」

 「?」

 「ううん、何でも無い。ごめんね、変なこと言っちゃって」


 問いかけられた言葉。あの意味があの頃は分からなかった。だけど彼女は問いかけていたのだ。もしも自分が人殺しだったらと、僕に聞いていた。それは仮定ではなく確かな確信を持ち。


(カロン君がドリスを助けたという津波。シャロン達が父を失ったという津波……)


 シャロンは言った。自分には海神が呼べるのだと。声は届くのだと。

 下町ではそうだった。だから彼女の悲しみに、街を津波が飲み込んだ。だけどここは空の上。人魚の衣装がなければ歌は、海神まで届かなかった。

 下町にいたシャロンは海神の召喚を正しく理解していなかった。海神もどこに彼女がいるのか分からなかった。唯彼女が泣くから、怒り狂って津波を起こした。


(シャロン……)


 この子は、僕に聞いていた。自分が人殺しでも愛してくれるかと問いかけていた。恐れていたんだ。そうして今も問いかけてくる。


(君の言うとおり、僕は……)


 自分の心が分からない。まだ君のことを嫌いになれない。好きでいる自分がいるのもきっと本当だ。もしかしたらカロン君のことさえも……僕は哀れみで愛したつもりになっていたのかもしれない。

 君と僕が夢見たように、たった一人を愛すること。その人と決めた人を生涯……永遠に思い続けることは出来ないのだろうか?

 遙か昔にエコーは……僕の先祖はどんな気持ちでこうして鎖に繋がれたのだろう。

 今となっては僕にはシャロンを憎む心など消え失せた。憎いのは自分自身。死んでしまいたい。殺して欲しい。そうやって逃げたがる。責任から、全てから。もう誰にも追い詰められないような場所で、ゆっくり目を閉じていたい。そんな風にさえ思う。


 「事情は全て、娘の歌で理解した……再び、我が娘を傷つけるかフルトブラント」


 海神からの糾弾の言葉。それを否定するつもりなどなく、僕はじっと涙を流し彼を見るだけ。本当なら僕とシャロンは、こんな風に海神と出会うはずではなかった。だけどそうしてしまったのは、僕のせいなのだ。


(覚悟はしています。罰ならば受けましょう)


 まっすぐ海神を見て、僕は空気を震わせる。


 「ふむ……」

(……何か?)


 まじまじと此方を見る海神の、様子が少しおかしい。


 「これが我が呪いか……」

(えっと……)


 どうにも嫌な予感がする。シャロンに説明を求める視線を送れば、彼女はにたりと口をゆがめて微笑んだ。


 「あのね、お父様は美しい女に目がないの。今の貴女の姿は、お父様にはどう見えているのかしらね」

 「うーむ、惜しいっ!これで生娘だったら我が妾にしてやっても良かった」

 「もう、お父様ったら!」

 「はっはっは!しかしウンディーネ、これはお前を弄び捨てた男だ。同じ事をしてやるのが報いだろうか?」


 なにやら恐ろしい提案を繰り出す海神。シャロンもシャロンで乗り気になっているから恐ろしい!


(な、何を馬鹿な……!シャロン、君が僕を恨んだのはっ……)

 「私はね、シエロ。貴方が好き。貴方の泣き顔も、嫌がる顔も大好き」

(し、シャロン!)

 「それに私はその姿の貴方が不貞を働いても、お兄ちゃんのようには失望しないわ。ずっと貴方を見ていてあげる。変わらず愛していられるわ」


 カロン君は違う。決定打になる。シエロはシャロンという女の恋人はいても身も心も男である者を相手にしたのはカロンがはじめて。他の男に何かされたら……彼はきっと僕を軽蔑する。嫌いになる。それとも約束通り殺してくれる?


(い、嫌だっ!)

 「過去の自分を褒めてやりたい!あの日の呪いがあって、こんな美しい娘に罰を下せるのだから!」


 暴れる僕を見て、泣き顔も堪らんと海神の呼吸は荒くなる。


 「だが、そう何時までも泣くな。愉しめん。それに……儂が長く留まれば、この国はどうなるか。我をさっさと満足させて帰らせれば、津波の被害も多少は抑えられる。なぁ、フルトブラント。国を民を愛する貴様なら……」

 「~~~~っ!!」


 唸り声を振り絞り、大気を振るわせ無理矢理歌う!作り出したのは超音波。海神にそんな物は効かないだろう。それでも反抗の意を示すくらいにはなった。


(私はシエロ!それ以上の名前など、もはや持たないっ……神だろうが何だろうが、気安くこの僕に触れるな!)


 ギラギラと強く睨み付ければ、それまで戯れ言を口にしていた海神も、すっかり目を覚ましたようだ。


 「……興醒めだ」

 「お父様?」

 「如何に美しい女であろうと、貴様の目はあの男そのものだ。我が娘が命を絶った後、儂を睨み口汚く罵った!あの男と同じ目だっ!!だというのに貴様はっ……この娘以外を愛すると言うのか!?」


 海神の罰を受け、シャロンを選ぶというのなら見逃してやる。それを拒むというのなら、許さんと彼は言う。


(僕は……もう何も分からない!だけど!)


 例えそれが同情とか哀れみなのだとしても、僕はあの子を傷つけたくない!これまで何度だって彼は僕を助けてくれた。愛してくれた、あんなにも必死に……あの子は!


(今生は死ぬまでカロン君の物なんだ!海の掟に従って、僕を殺せシャロン!!)


 《 海の底に囚われた悲しい歌 恋をしてここまで来たけれど

  帰る場所がないのならそうずっと ここにいて良いんだと棺から現れた貴方

  寂れた屋敷に私招き入れ 二人踊るだけど背丈歩幅があまりに違った


  痛む脚鞭打って貴方追う 仲の良い兄妹と皆笑う

  二人街を隣歩いていても 心だけは何時も私今も私置き去り

  昨日も明日も私は妹? 時の砂まで駆け足の貴方の背にしがみついた 》


(その歌は……)


 突然シャロンが口ずさむ、不気味な音色。それが何を意味するのか……僕が察するより早く、海神が怒りに戦慄いた。彼はその意味を知っていた。


 《許さぬっ!!許さんぞフルトブランドぉおおおおっ!!!我が娘を何度傷付ければ、悲しませれば貴様は!!!……っ、聞けぇええい!憎きフルトブラントが末裔共!!》


 海神の張り上げた声。それが四方八方から響く。一番強く聞こえるのは下方。海の底から海神が、地上に向かい叫んでいるのだ。海神の大声に遅れて、下方から凄まじい地響き。


 《箱船にいれば安全だとでも思ったか!四つのゲートから海水を吹き上げてやったわ!さぁ命が惜しくば逃げろ逃げろ!水より早く階段を転げ落ちろ!下町まで逃げ、そこから船でどこかへ逃げろ!津波が来るまでに逃げられるものならばなぁ!!》


 《それが叶わぬなら上へ上へと逃げるがよい!神殿だけは最後まで残ることだろう!そこからどうなるかはお前達次第だ!!》


 エウリディの没落により南は城の管理ゲートに。北がアクアリウト。西がフルトブラント。東がアルセイド。その全てから水が噴き出したのだとすると……大変なことになる。箱船を支えきれなくなれば、下町まで落下する。


(いや……それ以前に、箱船から流れる水だって、下町には甚大な被害をもたらすぞ)


 中から水が噴き出しているのだから、ゲートの階段だって通行できない。空の人間は逃げ場を失っている。何度もやり直せるシャロンはけろりとした顔。逃げ惑う人々の叫びの意味も分からない。


(シャロン……どうしてこんな、酷いことを)

 「貴方のせいよ、シエロ。貴方が私を裏切ったから」

(ああ!だから君が傷つけるべきは僕だろう!?前ので足りなかったのなら、もっと僕を痛めつければ良いじゃ無いか!!)


 僕の好きだったシャロンはそんなことは言わない。そう、否定できない。全ては自分に返ってくる。何もかも自分が招いたこと。こんな歪んだシャロンを見ても、本当に愚かなことだけど……僕はまだ、シャロンを嫌いになれない。


 「可哀想なシエロ……辛いのね?」

(……君がそれを言うのかい?)


 よしよしと僕の頭を抱きしめて、シャロンが笑う。


 「大丈夫、私は貴方の願いを叶えてあげる」

(シャロン……?)

 「愛しているわ、シエロ」

(シャロンっ!?)


 紫の宝石が付いた耳飾り。シャロンが両耳から飾りを外し、宝石を二つ呑み込んだ。ガチと硝子を噛み砕くような音を立てたあと、彼女から口付けられ、送り込まれる液体。それは真水でも塩水でもない。それで呪いがどうなるとか、そんなことはない。それが何を意味するのかを理解して、それでも縛られ……舌まで切られた身体ではどうすることも出来ない。二人でそれを、嚥下する。呑み込んだ身体から生じる拒否反応。咽まで溢れた血に咳き込む頃には、涙で視界もはっきりしない。

 それでも解ることはある。あの石の中に隠されていた液体。それはきっと毒薬だ。


(どう、して……?)


 シャロンはアムニシアの力を得ている。何度でもやり直せる。僕の心を折るまで僕を苦しめれば、いつかは彼女が勝利出来る。彼女はそう信じていたはずだろう?それなのに……どうして僕と、心中を?


 「これで……解った、でしょ?」


 私がどんなに貴方を愛しているか。微笑むシャロンは、かつて僕が愛した頃の……あの日のシャロンと同じ笑み。


 「お兄ちゃんには、絶対……あげ、ない」


 私はウンディーネじゃない。美しく消えたりなんかしない。誰かに渡すくらいなら、こうして二人で永遠を作る。

 非情になりきれない兄とは違う。約束通り、永遠を守る。目移りするなら殺すと、約束を交わした彼と僕。それを聞いていたシャロンは、こうして手を下したのだ。躊躇わないその強さこそ、思いの強さの……最後の証明なのだと言わんばかりに。

あとちょっと。海神はバッドエンド上等作品なので……私も心折れないように残りの文章ガリガリ書いて行こうと思います。


これがR18だったらシエロは海神さんに美味しく頂かれてから捨てられて殺されるところだったんですが……ストーリー性重視したらああなった。

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