48:空人の空
「裁判だって、告知があったけど今日なんだろ?」
「裁判?何の裁判?」
「なんだ、お前知らないのか?フルトブラント様の裁判だよ」
「ええ!?選定侯が裁かれるのか?」
「ええ。歌姫シレナ殺しに彼が関わっているだけじゃない。彼は殿下も手に掛けたとか」
「ひぇえ……あんな綺麗な顔しておっかねぇ!!ライバル蹴散らすためには何でもやるんだなぁ」
「でも歌姫シレナとイリオン殿下って、何か関係あったかしら?」
「うーん。そういやそうだ」
「いや、でも歌姫シレナはフリーの歌姫。シャロンへの対抗馬として殿下が手を出していたのかも」
「それじゃ何かい。フルトブラント様は、シャロン様のために敵の排除を?」
「中層歌姫は兎も角、殿下殺しは流石に揉み消せない。なのにどうして?」
「っていうかこれって、歌姫シャロンが襲われた事件と関係あるの?」
「そんなこと、どうでも良いじゃないか」
「そうよ、そうよ!実際見に行けば解ることじゃない」
裁判に向かう人々は何も知らない。事件の真相を何も知らない。
何のための裁判か。これはあの男が居た頃は、シャロンを誘い出すための裁判だった。あの男が消えた今、その意味は変わる。これはシエロ=フルトブラントを殺すための裁判。
理由なんてどうでも良い。全ては言いがかりだ。これは喋ることが出来ないあの男を、罪人として処刑するためのもの。
「馬鹿げていると思わないか?」
その男は俺にそう言った。そうかも知れない。俺は答える。
*
夢現の悪魔
「さぁ、可愛い歌姫!私の歌姫!今こそ舞台は整いました!」
*
シエロはほっとした。彼の顔を見て安堵した。
しかしそれが誤りであったことを知り、再び安堵する。最初の安堵が連れてきたのは嬉しさ。続く安堵が引き連れるは悲しみ。
彼は冷静だ。今この状況にあっても、約束を守ってくれた。そのことは本当に感謝している。
(それは彼が僕を信じてくれたってことなんだ)
頭ではそう理解する。それでも本当は、今すぐにでも会いたかった。
(カロン君……)
怖いのだ。目の前の彼女が。愛していたはずの彼女が。
彼女をそこまで追い詰めたのが自分ならば、それならば。そう思ってしまう自分が怖い。
(とても身勝手だとは思うけど……僕は)
選べるのか解らない。最後の最後で本当に愛を選べるのかが解らない。それはとても大切なことで、これまで僕を支えてくれた物なのだ。それでもと、シエロは思う。
償いの二文字が頭から離れない。罪悪感は増していく。他人を犠牲にする度に。
(僕は……僕が幸せになって良いとは思えない)
どうしてこんなことになってしまったのだろう。愛していたはずなのに。
(シャロン……)
カロン君は君を殺すつもりだ。君は彼を殺すつもりだ。僕はカロン君を死なせたくない。だけど同時に、君を助けたいと思う。彼の邪魔をしたいとか、そんなことではなくて……追い詰められた君を見ているのが辛い。自分のことのように苦しい。でも僕じゃ力不足なんだ。これまで君の心を、魂を救えなかった僕に……どうして今、今更君を救えるだろう。
(ごめん、シャロン……)
それで君の気が済むのなら。君の歪んだ永遠に付き合うのが僕の……贖罪なのではないか?僕は彼を選び続ける。その報いに君に殺され続ける。それが……僕に出来る精一杯だろう。
顔を上げた先、彼そっくりの……それでも彼とは違う憎悪を宿した瞳の彼女と目が合った。それだけで、理解する。予感ではなく確信だ。終わったと。彼女には、勝てない。
彼女の目は、出会ったあの日から何も変わっていなかった。変わらぬ愛と変わらぬ歪みを抱えたまま、胸を締め付けるような笑みを浮かべ笑う。
(僕では……駄目だったんだ)
彼女と過ごした時間の何一つ、彼女を癒しも救いもしなかった。その事実がどうしようもなく、シエロにとっては辛かった。
*
境界の悪魔
「こうやって考えてみると、あの双子は私との契約も向いていたと思うんだけどなぁ。
どちらもなかなかに心地良い狂気の持ち主だ。そうは思わないかい?君も……」
*
(この男、何を企んでいる?)
カロンを牢から連れ出した兵士は、カロンを広場には連れて行かない。証言が必要だと言いながら、城の一室……その窓から外の様子を窺わせる。そこからは裁判の様子が見える。格子窓の向こうから、音声も此方まで届く。
王妃に責められ俯いた、シエロの姿を見るのは辛い。向こうは此方に気付いていない。どんなに心細いことだろう。
「シエロ……」
「お前の番はまだ来ていない」
「……何よ、それ」
「まだ、足りない」
(何言ってんだ、こいつ)
カロンは謎の兵士を睨み付け、室内の様子を探る。
一体この男どういうつもりだ。兜の所為で、相手の顔はわからない。この控え室にはカロン達が来る前より既に監視の兵が居た。その数、十は下らない。
中まで来たのはこの鎧男だけだが、他の連中が監視を任せるくらいだ。腰の剣は飾りではないだろう。窓には鉄格子。逃げ口は扉だけ。兵士相手に、丸腰のまま逃げだすのは不可能。どうしたものかと舌打ちをした、その時だ。
「お待ち下さい!」
とうとう来たか。カロンは憎しみで顔を歪ませる。あんなに会いたかったはずの妹を、こんなにも強い憎しみの心で見つめている。幸せだと信じた日々は、夢から目覚めるように形を変えた。今はもう跡形もない。残ったのは、この喰らい憎悪の心ばかりだ。
男装したシャロンは帽子を外し、美しい金髪を人々の目に晒す。輝かんばかりの可憐な歌姫。その内に巣くう禍々しいばかりの狂気を知る人は、聴衆の内果たして何人いるのだろうか。
「歌姫シャロン!?」
「でもあの美しい金髪!!間違いない!!」
「でもシャロン様は捕まってたんじゃないの?」
「じゃああれは誰!?」
姿を現しただけで、その場は大騒ぎ。歌姫シャロンが二人いる。一人は今現れたシャロン。そしてもう一人は、既に城に捕らえられているシャロン。今居る彼女は誰なのか。極めて王妃は冷静に、現れた歌姫を眺めている。
「脱獄したか、歌姫シャロン」
「いいえ、私は捕まりなどしないしそもそも捕えられる謂われがありません」
「……お前達っ!捕らえた方の歌姫シャロンをここに連れて来るのだ!今すぐに!」
シャロンの言葉に王妃が怒鳴る。兵に向かって命令を下した。しかしその場を仕切っている者が、動いた兵らを押し留め、王妃の前に向かって進む。
「それは出来ません。フルトブラントの裁判を邪魔する輩がこれ以上増えては困ります。捕らえた歌姫は確かに城に居りますが、裁判が終わるまでここからは出せません」
「私の命令が聞けないのか!?」
「陛下の残したお言葉なのです。こればかりは誰であっても従えません」
「っち……」
兵士の言葉に根負けした王妃。彼女は鋭い視線をシャロンへ向ける。
「貴様は何者だ!?貴様が歌姫シャロンだとすれば、我々が捕らえているのは何者だ?」
「私はシャロン。彼が偽者です」
「お前が本物だという証拠は?」
「今は呪いでこのような姿になっていますが、それはシエロと同じ理由から。海神が呪ったのはウンディーネと、その伴侶。そして彼らの子孫。シエロが今あのような姿なのはそう言うわけです」
「歌姫シャロンが、人魚の末裔だと?下町生まれの小娘が!言うに欠いてそんな戯れ言を!!恥を知れっ!!」
「いいえ、私はウンディーネ。それはお父様とお話すれば解ります」
「ふん、笑わせるな小娘!お前が人魚!?私から人魚の座を奪いに来たか!?」
「いいえ、人魚になるならないではなく、元々私が人魚だったのです。その説明は……この方々がしてくださいます」
シャロンが視線を向けた後方には……中年の男女が二人。その顔にはカロンも見覚えがある。
(シエロの両親を連れ出した、だと!?)
後出しが有利だと、シエロは言った。それをカロンも信じた。けれど、初手からこんな攻撃をされるとは、予想もしていなかった。
(シャロン……お前!!)
やられた!やはりシャロンは待っていたのだ。俺達が本家を去るのを。カロンは窓の中、苦々しく奥歯を噛み締める。
(どうして……シエロの両親が、俺達を裏切った!?)
こっちにはシエロが付いている。そのシエロを裏切るなんて、意味が分からない。苛立つカロンを置き去りに、裁判は進み始める。
「カルメーネ様!間違いありません!この子が本物の歌姫シャロン、その人です!!我々が保証します!」
「必要ならば、呪いの記述がある文献をお見せしましょう!ですから私の大事な我が子を、シエロを処刑するのはお待ち下さい!」
怒り狂っていた王妃も母だ。フルトブラント夫人の涙ながらの説得に、僅かながら心が動かされたのか、譲歩の姿勢を見せる。少なくともちゃんと話を聞く時間は与えてくれそうだ。
「……申してみよ」
「ありがとうございますでは……これを二人のシャロンに飲ませましょう。シャロンちゃん、これを。一口残してね」
「はい、お義母様」
瓶を受け取ったシャロンは、辺りを見回し観客にアピールを始める。流石は人気歌姫。
事件の真相を知らない人間達からすれば、時の人の公開ストリップ。そりゃあ歓声も上がる。
「さーて、皆様!シャロンちゃん脱いじゃうよー!これが本当の出血大サービス!目玉かっぽじってご覧遊ばせ!」
それ違う。絶対違う。目玉って例えがおかしい。でもシャロンならやりかねないのが何とも言えない。シャロンの隣のシエロがなんだか微妙な顔をしている。ツッコミを入れることも出来ない我が身を嘆いてか。
(シエロ?)
シエロが「しまった!」という顔をしている。それは解る。でもそれが意図する物は何?
(あ!ま、まさか!!)
カロンはシャロンの手札に息を呑む。シエロの両親はシャロンに嵌められたのだ。いや、家が一番である彼らにとって何が大事かなんて、わかりきったことだったのに。いい人そうだと騙されたのは自分だと、カロンは悔しげに呻く。本当に我が子思いの両親ならば、シエロはあんなに虚ろにはならなかった。彼らが欲しいのは、愛しているのは我が家を繁栄させる者であり、それは……シエロであって、シエロではない。
(俺がシャロンだと騙していたのは確かに俺達だけど、それをアムニシアの力で見ていたシャロンが利用するなんて……)
これは不味い。今すぐシエロを助けなければ!
カロンは身を翻し、室内にあった椅子を持ち上げる。これで窓も男もぶん殴り、ここから脱走しようと企んで。
「まだお前の出番ではないと言ったはずだ」
「それでも俺には行かなきゃならねぇ!そこを退け!」
「……その言葉遣い。本性を現したか?」
ドレス姿で男言葉を使ったカロンに、見張りの男が笑う。
「その椅子を下ろせ。あれはお前に何と言った?信じてくれと、言わなかったか?」
「……お前、何を」
何故敵がそんなことを言う。あいつの何を知っていると言うんだ。苛立ちながらも戸惑うカロン。そんな二人の攻防も知らない広場の人間達は、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。
「ぅおおおおおおおおおおおおおおおお!!!なんかよくわかんねぇけど裁判来てよかったぁああああ!!!」
「シャロンちゃんばんざぁああああああああああああああああいいいいいい!!!」
「シャロン様のストリップ来たぁああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
「何だ?」
「稀代の歌姫のストリップだ。見張り共も仕事投げ出して見に行きたいだろう。俺だって行きたい」
「し、正直過ぎる……」
初めてこの見張りの本音を聞いた気がして、カロンはあまりの言葉に力が抜けながらも、ある種の信頼を感じ始める。
(こいつ……本当に敵か?)
王妃の味方、或いはシャロンの味方なら……こんな風に緩い会話を俺にして来るだろうか?
見張りの正体を追求しようとそっと其方に近づくと、見張り男は窓へとカロンを手招き。丁度いいところだと言わんばかりに。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!シャロンさまぁああああああああああああああああああああ!!!生きてて良かったぁあああああああああああああああああ!!!」
「むしろ死ねるっ!今なら死ねる!!幸せで死ねるっ!!」
「ってか、あの身体を好き放題してたフルトブラント死ね!!俺のシャロンちゃんを汚しやがって死ね!!!」
上半身を脱いだシャロンに、胸がある。シャロンは男装はしたけど女のままここに来たんだ。ワンテンポ遅れてカロンも気付く。シャロンが今飲んだのは……
(塩水っ!!)
姿を変えたシャロンを見、絶望したようシエロの顔が青ざめる。それを見たシャロンは勝利を確信するように笑う。笑ったシャロンから女の胸は消え、真っ平らな胸部が現れる。これには歓声を上げた観客達も声を失う。突然のことに静まりかえった裁判広場。そこに響くは少年の音域となったシャロンの声。
「……っと言うわけで、私は海神に呪われています。こうして海水……っていうか塩水飲むと呪いで男の子になります。でも真水を飲めばまた女の子に戻ります。だけと王妃様が捕まえた、私のお兄ちゃんは違う」
「お兄、ちゃん?」
「ええ。彼は私の双子の兄、カロン=ナイアス。彼も私同様、海神の呪いを受けています。それはフルトブラント夫妻が確認しています」
これは不味い。逃げだす術はないかと様子を窺うが、アルバからの手助けは来ない。絶体絶命だ。この兵士が実はアルバなんじゃないかと見つめてみるが、直感的に彼ではないとカロンは思う。
(アルバなら、シエロをあんな風にしたシャロンを今更褒めはしないはず。俺だってそうだ。それじゃあこれは誰?)
解らない。それでも状況が最悪なことには違いは無い。この男が敵ではないとはしても、もし仮に味方だとしても、この状況から此方を逆転さえてくれるような力を持っているようには見えない。
アルバに言われるがまま、信頼を得るために呪いをフルトブラント夫妻に見せた。それが仇となるなんて。シャロンはあれを見ていたのか。そしてそれを逆手に取った。
カロンは塩水で女になる。シャロンは塩水で男になる。冷静に考えれば解るはずなのだ。フルトブラントの家には、呪いに関する文献が数多くあるのだから。呪いを見せることは、自分がシャロンではないことの証明をしてしまったに等しい。後出し有利の法則で、シャロンもあの二人に呪いを見せたなら、フルトブラント夫妻の興奮も冷め俺への疑念が生まれる。嗚呼、それに何故気付かなかった!!
(くそっ……)
やられた。カロンもそれは認めざるを得なかった。シエロの両親を味方に付けたシャロン……二人は俺とシエロよりも、シャロンとシエロのことを選ぶだろう。彼らには俺がシエロを騙したと思われても仕方ない。いや、そうでなかったとしても二人はシエロが必要だ。フルトブラントの家のためにも絶対にシエロを失えない。俺を見殺しにしてでもシャロンの企みに彼らは乗る。
(何て事だ……)
シエロが喋れないのがこうまで痛手となるとは。
カロンは奥歯を噛み締め、反撃の機会を待った。そのチャンスが来るか来ないかは解らない。それでもシエロを信じるなら、まだここで終わらない。
俺達が想い合うことを諦めなければ、アムニシアには立ち向かえる。何度でも、何度でもこの戦いは繰り返される。裏返しに打ち勝つまで、シャロン達の心を折るまで。
(大丈夫。俺は負けない。俺はシエロを愛してる。お前だってそうだろ……?なぁシエロ……)
縋るように見下ろした窓。遙か向こうにいるその人は、頼りなさそうに心細そうに……じっと空を見上げていた。それは、涙が零れるのを耐えているようで……カロンの胸に不安が生じる。
「シエロ……?」
何でそんな顔するんだよ。俺はまだ負けてない!これから反撃をする!!待っててくれよ。迎えに行くから。助けに行くから!俺のことを待っていてくれ。信じてくれよ。お前はシャロンじゃなくて、この俺を選んでくれたはずだろう!?それなのに、どうしてそんな目をするんだ?そんなに不安がらないで。すぐに俺が勝つから!大丈夫だから!!絶対に。ほら、相手が喋る言葉を聞き逃すな。付け入る隙は、きっとある。あいつらは今、良い気分になって居るんだ。勝利を確信して居るんだ。慢心している。いつかのイストリアと同じだ。裏をかく方法は絶対にあるはずなんだ。見ていてくれ。こっちを見てくれ。俺に気付いて。俺はここだよ。ここにいるんだ。どうして今、俺をおまえは見つめない?気付かないわけ無いじゃないか。お前なら……俺がどこにいるかなんて、もう解ってるんだろう!?だからわざと、俺とは目を合わさないのだ。
窓にへばりつき、涙を流すカロンを……兵士は隣で黙して見つめる。
「そんなに、あの男が好きか?」
「好きで悪いか!?」
「何故……あいつなんだ?」
「そんなの、決まってるだろ。俺はあいつのためにしか死ねない、あいつのためにしか生きられない」
そのくらい心が魂が持って行かれてるんだ。愛してるんだ。これまでの常識も、過去も全てなかったことになるくらい……あの人のことしか考えられない。それはシエロと出会ったその日から……いいや、ずっとその前から。
当然のように答えるカロンを、不思議そうに男は見る。
「俺はずっと、探してたんだ。俺が助けるべき人を」
「それで助けてお前はどうなる?」
「どうって……どうもならないけど。幸せだよ、俺が」
「それなのに、お前はあの男の幸せを願わないのだな。幸せが他にあるとは思わないのか?」
「思うわけねぇだろ。そんなんで身を引くようなのは馬鹿だ。そんな馬鹿の所為で……俺達はこんなわけのわかんねぇ物に振り回されてるんだ」
「振り回されて、それが本当にお前の心だと言えるのか?」
「……切っ掛けが間違いなら、今も全部間違いだって?そんなわけないだろ」
今が全てだ。この心に灯る炎こそ、何よりの真実だとカロンは語る。その言葉に呆れたように、諦めたように男は黙り窓の外を指差した。その先ではシエロの両親が、王妃への嘆願を続けている。
「ええ。最初彼はシャロンの名を騙り、うちに匿ってくれって来たんです。呪いを見せて本物だって私達を騙しました」
「ああ、その通りだ。彼はシャロンと違って、塩水を飲んで女になった。我々は騙されていたのです」
「そういうことです、王妃様。彼は私と真逆の呪いを受けています。ですから塩水を飲めば女の子になる。よってこの塩水を摂取しようと姿は変わらない。試してみますか?真水でお兄ちゃんは、男に戻ります」
「しかし陛下の命令で」
「良いから呼んできてよ。じゃなきゃ王妃様が納得してくれないわ。これは今回の事件に関わる大事な話なの、解るわよね?」
「それでは歌姫シャロン……」
「そうです王妃様!私を犯人に仕立て上げようとしたのは、私の恋人シエロを奪おうとして私の兄の仕業なんです!私のシエロがこんなに可愛いからって、呪いで女にして手籠めにしようとして、邪魔な私を始末しようとしてきたの!そして私が助けを求めた先々で、兄は事件を起こし、多くの人を傷付けました!嗚呼……どうしてこんなことになったのかしら」
白々しくも涙を流し同情を誘うシャロン。その悲痛な演技に観客達は騙されその場の空気が変わる。完全にアウェイだ。これは今更カロンが出たところで、どうにもならない。
「それでは、イリオンを殺したのも」
「ええ!それはカロン=ナイアスで間違いありません!私の恋人、シエロ=フルトブラントは無罪です!!それは私が保証します!!」
そうか。シャロンはシエロを生かすつもりか。俺がシエロを愛していることを計算に入れたんだ。俺がシエロを守りたいがために、全ての罪を被ってここで殺されることを見越して……自分がシエロを手に入れるつもりなんだ。
本当にシエロを愛するなら、シエロを諦めろと……愛しい人を無罪にするために、泥を被れとそう言うのか?
(馬鹿だな、シャロン……)
そんなの、出来るはずがないじゃないか。そんなことが出来るのは、人間じゃない。人魚だけだよ。俺は人魚じゃない。人間なんだ。
お前はシエロを半殺しにした時、自分も一緒に死ぬべきだったんだ。シエロの息の根を止めて、自分もそうするべきだった。それが出来なかったのはどうしてだ?幾らでもやり直せる力を持つお前が、一番簡単な永遠の作り方を放棄した理由は何だ?
(考えろ……考えるんだ)
シャロンは元々、俺にシエロを諦めさせるつもりだった。そのために何度もシエロが苦しみ殺される様を俺に見せようとするんだと思った。俺がもうこれ以上、シエロが殺されるところを見たくないと、シエロを愛することを諦めるよう……そうするんだと。
(でも、シャロンはこうして来た。俺を死なせようとして来た)
それは何故?シエロに俺が死ぬところを見せて何の意味がある?
「お待ち下さい!」
外に響いた男の声。謎の既視感が、思考の邪魔をする。眼下を見下ろせば、人の波が割れている。澄んだ美しい声の主……彼は長い青髪を風に靡かせ、凛とその場に立っていた。
「見損なったよシャロン、僕を愛していると言いながら、この僕を見間違うなんて!!」
「は?」
シャロンの目が点になる。自らの脚本を演出を覆されたのだろう。どういうことよと悪魔に尋ねるように彼女は視線を彷徨わせる。
「その子はシエロ=フルトブラントではない。何故なら私がシエロだからだ!」
「ぶはっっ!!」
予想だにしない青年の言葉に、カロンは思わず吹き出した。それはシエロ当人にとっても驚くべき事で、彼女も呆気にとられている。
俺もシャロンも見間違うはずがない。確かにこの男はシエロと似ているが、シエロではない。俺のシエロはあそこで居心地悪そうに視線を逸らしている女だ。
「ど、どういうことなの!?それじゃあこの女は……」
「彼女は歌姫エコーです」
「う、歌姫エコー!?」
青年の返答に、裁判会場はざわめき出す。それでもカロンには解る。あれがシエロでないはずがない。嘘を吐いているのは今現れたあの男。
(ま、まさか……あれって、エコー?)
あんな突拍子もない嘘を吐くあの青年……他に誰が居る?あれがエコーなのか?でもあの青髪は……?エコーは元々黒髪だったはず。
(っていうか、俺が襲われた時の男エコーと全然違うぞ)
そうだ。トラウマになってもおかしくない相手を前にして、全く脅えない自分が変だ。エコーではなく、シエロに似ている人間って誰?シエロに似ていると言うことは、同じ人魚の血族の誰か。
(でもあんなに美人な男……シエロ以外にいたか?)
年齢、背格好なんかよく似ている。あの青髪だって……
(あれ……?ちょっと、待てよ)
あの男……男装している女じゃないのか?誰にも知られていない顔を持つ者がいるとしたら……そこまで考えカロンは気付く。
「そうか!!あいつ……ナルキスだ!!助けに来てくれたんだ!!」
ナルキスは、女の呪いを誰かに見せたことがない。エペンヴァに飛ばされた先で、追っ手から逃げるためあいつは考えたんだ。呪いを発動させ、煙に巻くと。
助けに来てくれたんだ。初めて俺はあんたが格好いいと思ったよ。カロンは恋敵だった男に、心の中でエールを送る。
「残念ながらそれはないな」
「は?」
此方の心を読むように、鎧の男が浮かべる嘲笑。彼が兜を持ち上げて、僅かに瞳を覗かせる。その色を見て、カロンは固まる。
「な、ナルキス!?どうしてお前がっ!!」
「あの悪魔によって飛ばされた場所が城だった。運良く、兵士の控え室にな」
どういう手を使ったのか、後はその場で着替えていた兵士から装備を奪い入れ代わったと言う。
「じゃああれ、誰なんだよ?」
カロンが小声で問いかけると、ナルキスは……
「お前の悪魔だそうだが」
空寝とか、空言とか。
空なんちゃらって言うと嘘なんちゃらって意味になるから、タイトルは嘘吐きの嘘とかそんな意味合い。
なかなか上手くまとめられず放置してたけどいい加減何とかしたいなと。