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47:最後の悪魔

 夢の力が増した今、牢からの脱出は困難。魔術学に乏しいカロン様を連れて逃げることはまず無理だ。その上でアルバは考える。逃げられない檻から逃げだすにはどうするか。

 答えは簡単だ。何通りかの方法はある。だが、それは自分一人限定の話。彼の少年に、魔術のイロハを教えたところで理解は出来ない。


 鍵は扉は結界。鍵は魔除けの意味を持つ。つまりだ。裏返しの力で真実を夢幻にされたとしても、この鍵は意味を成す。これは悪魔の支配下で手に入れた物ではない。第四公の結界の内に手にした物。俺が鍵を手に入れたことは真実として揺るぎない。問題はそれを落としてしまうことだが、牢の中から外に出るまでの時間でその紛失というのもあり得ない。結果として俺が脱獄したことも揺るがない。問題は、その後だ。


(兄は、間もなく殺される)


 ならば牢内でじっとしていることが身の潔白に繋がる。その意味でカロン様を彼処に残す意味はある。それを理解していながらアルバが動くのは、肉親への情……勿論そんな理由ではない。

 明日の裁判、カルメーネが取り仕切ることがあってはならない。イリオンが死に、あの男も殺されたなら……彼女は感情のままにあの方に刑を下すだろう。せめて兄には明日まで生きていて貰わなければならない。そうしなければ、シエロ様の御身が危ない。

 王はまだ必要。相手方にそう思わせるためには、王妃が……カルメーネが邪魔だ。


(そうだ、これが問題なんだ)


 鍵を握りしめ、通路を進みならアルバは思案する。

 王妃を殺せば、王はドリスに傾倒する。此方の言い分など聞く耳を持たないだろう。反対にドリスの陛下暗殺を見過ごせば、明日の裁判は此方が負ける。イリオンとシエロ様の結婚が成り立たなくなった今、シエロ様の肩を持つ者は皆無。

 いっそどちらも殺して、シエロ様だけ攫って逃げる?カロン様を見捨てて。それは出来ない。意味もない。第一悪魔の定めた枠から抜け出せはしない。逃げる策は練れない。


(なら……方法は、一つだ)


 狙うは歌姫ドリス!カロン様の推測通り、彼女がアルベルタなのだとしたら……彼女は唯の人ではあるまい。賭けるとすればそこ。


(俺は、シエロ様を……)


 分の悪い賭けだ。だが、だからこそそんな愚策で挑むとは相手方も思うまい。思って此方を軽んずるなら……この賭けは最低半分、勝利する。


(だが、油断はするな)


 既におかしい。十分すぎる。地下牢から王の居室に辿り着くまで、一度も兵に出会さなかった。魔王クラスの悪魔は既に脚本に背き、遠ざけられた。今アルバが従えているのはそれに劣る階級の悪魔のみ。その確率変動など、イストリアにもアムニシアにも及ばない。向こうがその気になったら簡単に破られる。それを放置されたというのは、明らかにおかしい。招かれている。そう捉えるべき。


 「ようこそいらっしゃいました。でも……ちょっと遅かったんじゃないかしら?」


 脱獄ならあの時直ぐにすれば良かったのにと声は言う。勝手に開いた扉の先、女が笑う。伏して動かない王の傍らで。背後から心臓を一突き。あれが致命傷か。絨毯は出血により変色している。しかし随分と血が多い。斬られた箇所が多いのだ。それはそうだ……殺した後に、さも何者かと斬り合った風を演出するよう。俺がここに来ることを……この女も望んでいたのだろう。


 「ようこそアルバーダ=グアイタさん。いいえ、アルベルト=アクアリウト様?」

 「歌姫、ドリス……アルベルタ」

 「ふふふ、よくご存知で。でもやっぱりそれも遅すぎますわ」

 「いや、まだ間に合う」

 「何故、そう思うの?」

 「何の物音も無しに人を殺せるものか。相手が覚悟を決めていたとしても、な。幾ら人払いをしようと、音は消えない。そこにある」

 「何を仰りたいのかしら?よくわかりませんわ」

 「……お前はこの男を薬で眠らせた。そして俺がここに来ることを悪魔に聞かせられ、たった今この男を殺した。俺がお前を殺しに来ることを知って、まもなく他のメイドを配置するよう取り計らっているのだろう?お前が王殺しの目撃者となるために」

 「……そこまで解って何故いらっしゃったのかしら?脚本の糸に絡め取られて以外の理由が貴方にあるのですか?」


 くすんだ金髪。長い髪。冷ややかな目の女。これがこの女の本性。昔会った時は、こんな顔はしなかった。穏やかさと優しさだけが売りの、つまらない女だと思っていたが、俺も若かったと言うことかとアルバは思う。


(この女は昔から、変わらない。変わっていなかった。俺がそれを知らなかっただけ)


 兄にあの策を吹き込んだのはこの魔女だ。俺からカルメーネを奪い、そして今度は……シエロ様まで。


(そんなことはさせない!させて堪るかっ!!)


 睨まれた女は、くすくすと小気味よく笑う。人を馬鹿にしたその感じが、契約した悪魔にそっくりだ。嗚呼、そりゃあ気も合うだろう。


 「あらあら、怖いお顔ですね。折角のいい男が台無しですよ?」

 「……」

 「でも、私の罪を被りに来てくれたんでしょう?それなら歓迎いたしますわ!ええ、貴方ならば陛下を殺す理由も充分ある。貴方はここで死ぬべきなのです!陛下と相打ちになって……ね」

 「俺が大人しく従うとでも?」

 「従わないなら、貴方の大切なフルトブラント様がどうなるか」

 「どちらにせよ、そのつもりだろう?お前は女だ」

 「私が女……それが何か?」


 このまま自分に付くならシエロとお前を添い遂げさせてやっても良い。そんな餌をちらつかせる悪しき女にアルバは吐き捨てる。嗚呼、到底信じられるわけがない。


 「もう一度言おう、貴様は女だ」


 この女が怨んだのはシエロ様。思い人であるカロン様ではなく、シエロ様を怨んだ。裏切った愛する人ではなく、その愛を奪った相手を憎む。それを女と言わずに何と言う?


 「それを言うなら、貴方だって」

 「ふっ……」


 笑う魔女の言葉はもっとも。俺が憎んだのは愛する歌姫ではなく、兄だった。だがこれとは話が違う。


 「俺は俺の物を傷物にした輩が許せんだけだ」

 「それなら何故貴方はカロン君に従うの?」

 「シエロ様の幸せを願ってだ!」

 「ふん、馬鹿馬鹿しい。流石は腐っても人魚の末裔!言うことだけはご立派ね!!だけどそんな人魚みたいな綺麗事!決して届きはしないのよ!!私は多くの人を見てきた。だからこそ言える!!人は人魚にはなれない。欲を殺すことは出来ない。欲しい物は絶対に欲しい!諦められない!それが人間と言う生き物!」

 「それならば、俺は人間など止める。今日から鬼にでもなろう」


 アルバが手にした凶器で貫いたのは、目の前の女ではない。自分自身だ。


 「正気、なの?」


 予想外の行動に、永きを生きた女も呆気に取られている。その反応に、アルバは口元を吊り上げた。得物は卓上にあった。兄が、最後の晩餐で使っただろうナイフ。


 「貴方は意地でも私の駒にならないのね」


 見たところ、王は刺殺。第三者から見て、その犯人と思しき男は自殺。でもどうやって?その男は牢に捕らえられていた。二人相打ちになったのならば、この状況はおかしい。この状況を見れば、人は思う。既に王は殺されていて、復讐相手を失ったこの男は絶望に駆られて自害したと。そうなれば王を殺したのは誰?そう、万が一しくじってもそれで通る。


 「でも私の悪魔は嘘も真にする悪魔!物語を歴史にすり替えるお方!貴方達の集めた証拠なんて何の意味もない!」

 「ふっ……そんなことは知っている」


 悪魔を持ち出した相手と生身で戦う馬鹿が何処にいる。これは、悪魔が居てはならない推理小説なのではない。悪魔を使ってでも理論的に説明できればそれは何の問題もない。


(決め手はこの女の第七魔力……)


 想像で創造する力。これだけ思いこみの強い妄執女だ。それを上手く使えれば……


(俺がすべきことは、あの二人のため……一つでも多く解決の手掛かりを残し、その道筋を示すこと)


 相手が第七、第三公であろうとも、人の心までは悪魔は操れない。辿る道を強制させることは出来てもだ。夢も物語も……それを思い描く者が居なければ成立しない。あれらの悪魔の源は、人間ありきのことなのだ。そう、だからあの悪魔に勝てる悪魔が居ないのなら、想像をする。命懸けで馬鹿な狂気を信じて祈れ。

 アルバは息も絶え絶えに、さもそれらしい説明を勿体ぶった口調で教え説く。イストリアですら知らないことを、この俺は知っていると言わんばかりに。


 「小娘……っ、不思議に……思ったことはないか?魔王共は……音階、悪魔。司るのはそれぞれ、悪徳以外に……音を持つ」

 「……それが、遺言ですか?」

 「ドレミファソラシ……全部で七音。だが、奴らの性格を見れば……それぞれが大罪を、枢要罪を関していること……は、容……易に推測、できる」


 第一公エフィアルティスは“憤怒”、第二公カタストロフィは“怠惰”、第三公アムニシアは“虚飾”、第四公エングリマは“憂鬱”、第五公ティモリアは“色欲”、第六公エペンヴァは“強欲”、第七公イストリアは“傲慢”。

 第三公などは嫉妬、第六公は暴食に見えないこともないが、この定義でいくと上の型に当てはまる。そこまでドリスも諳んじて、ようやく思い至ったらしい。


 「す……枢要罪は、元々八つ!」


 あの魔王達から、“暴食”が抜けている。そうそこが鍵だった。最後の魔王に関する情報をアルバが手にしたことはなかった。根拠のない想像だが、これは一つの推測だ。

 次第に小声になるアルバ。その説明を、情報を求め……女は少しずつ此方に寄る。


 「きゃあっ!」


 食卓から奪ったのはナイフだけではない。隠し持ったフォークで女の足指を刺す。それは致命傷には至らないが、大きな意味を三つ持つ。

 如何に脚本を操ろうとも女と男。腕力勝負ならばこいつは俺に勝てない。このまま殺されることを恐れ、この女は反射的に悲鳴を上げてしまった。

 まず一つ目。その声に、異変を察知する者が現れる。二つ目は保険。それは必ず明日の役に立つ。


(そして、三つ目)


 それにこれから意味を植え付ける。これからの言葉は全て、設定の肉付け。俺がアルベルタに施す、洗脳……呪いだ!


 「最後の枢要悪を司る、彼の王が司りしは“暴食”。召喚触媒は、人魚を食らった生贄二人っ!司りし音階は……“静寂”っ!!さぁっ!獲物を喰らえっ!」


 人魚喰いの二人の血を用い、床に記した魔法陣。そこにこれから呼び出す災いの名を刻む。υπερφαγία……それが八番目の悪魔の名前だ。満足気にアルバは笑い、心臓までナイフを突き刺した。その血を浴びた魔法陣はもう読めない。この女がその悪魔の情報をそこからを読み取ることはもはや不可能。

 それから奴は考えるはず。この返り血の上手い言い訳を。見えない悪魔の胃袋の中で。


 *


 八番目の悪魔

 「…………」


 *


 「υπερφαγία……?」


 音階は、静寂を司る悪魔?だからこの男はその名を口にしなかった?

 ベルタはそれを口にした後、僅かに後悔をする。八番目の、最後の魔王なんて聞いたこともない。この男より永くを生きて、魔術の知識もあるはずの自分が知らない悪魔がいるなんて。

(悔しいけれど、この男は私の契約していない魔王二人と契約している)


 第四公か第六公辺りの入れ知恵か。詳しい情報は解らない。魔法陣は血で隠れてしまった。読み取れたのはその名前だけ。


 「イストリア様……」

 「イペルファギア?そんな名前の悪魔に心当たりはないな」


 姿を現した少年悪魔は首を傾げている。


 「気にするな。唯のはったりだろう。現にお前はその悪魔に食われていない。この男の死体も消えていな……何!?」


 悪魔とベルタが、男の亡骸に注意を向けると……そこに男は居ない。あるのは夥しい量の血溜まりだけだ。ほんの数秒目を離した間に男は消えていた。


 「い、イストリア様ぁああ!?」

 「落ち着け歌姫。これはアムニシアとエペンヴァ辺りの小細工だろう。ふん、奴ら本当に手を組んだな」


 そう悪魔に諭されても、安心できない。


(どうしてかしら)


 死んだはずの男が怖い。死者は、契約で得た脚本能力では操れない。それは動かない物。だけど、本当に?どう動くか解らない。そんな不気味ささえ感じてしまう。


 「まずはこの場をどうするかを考えろ。お前のヘマで間もなくここに人が来る」

 「……それなら、問題有りませんっ!」


 ベルタは思い切り、己の胸をナイフで刺した。そして血だまりに倒れ込む。王を襲った者が居た。その暗殺者に自分も殺されかけたのだと演出するため。どうせ死ねない身体だ。このくらいの演出過多は許容範囲。目撃者らには、この血は自分の物だと思わせる。


 「なるほど。いい手だ歌姫。この時代に血液型なんて概念はない。誰の血だなんて、誰にも解るはずがないな」


 ベルタの耳元で、悪魔が笑い囁いた。


 *

 最後の悪魔

 「…………」


 *


(アルバは、上手くやったのかな)


 上方から差し込む光に、カロンは目を細める。

 この地下牢も、地上の光が届き始める。朝が近付いてきているのだ。朝になっても、アルバは帰って来なかった。来るはずがない。あいつは外で俺達のために何かをしてくれているのだ。

 何を思いついたのかは解らない。それでも俺には、信じることしかできなかった。

 だって、切り札はまだ使えない。


(切り札、か)


 買い被りすぎかとカロンは苦笑。それでもあの悪魔のことも、不思議と信じられる。エングリマのように信頼は出来ないが、通じ合える物があるのだ。

 俺とあいつは似ているのかも知れない。そう思って再び苦笑。そんな風に言えば、あいつは嫌がるかな。でも、エフィアルは、歌を知らない俺なんだ。


(あいつは、大事な人に心を伝える力を持たない俺)


 誰に教えられたんだっけ?歌は魔法だ。歌は魂その物だ。心を込めて歌えば、必ずそれは力になる。俺はそれをあいつに教えた。だから今度は、あいつに応えて貰う番。

 まだ、エフィアルだけはこの本のルールに背いていない。契約者である自分が呼び出せば、一度は力を貸してくれるだろう。俺はたった一度だけ、あり得ないことを実現できる。

 あいつだって悔しいはずだ。名目だけのトップだなんて。この世界に干渉する術がないなんて。そんなはずないだろ。この前まではなくても、今はそうじゃないだろう?

 格下のはずのエングリマやエペンヴァですらこの世界における特殊能力持ってるんだぞ?お前が持ってないわけないじゃないか。出し惜しみしてるんだろ?俺にそこまで入れ込んでなかったから。

 でもあと一日なんだ。もう少ししかないんだよ!お前この本の中に何しに来たの?お前の見せ場って殆どないじゃないか。そんなんだからお飾りなんだよクソ野郎!

 俺みたいな人間にここまで言われて悔しくないの?悔しいだろ?それでも出来ないって言うんなら、もっともっと!俺が馬鹿にしてやる。それで怒れよ。怒って怒って、何かまだ誰も知らない奇跡を見せてくれ。それはイストリアにもアムニシアにも読めないはずだ。


(あいつはもう、歌を……本当の魔法を知っている)


 きっと応えてくれる。やっぱりこれも……結局は信じるしかない。でも今俺に出来る事ってそれしかない。信じるしかないんだよ。これまで俺がやってきたこと。その一つ一つを受け入れ前を向く。

 意を決したカロンが起き上がると、牢の前には一人の男。見張り達とは違う格好……全身を鎧で飾っている。


 「歌姫シャロン……」

 「……何よ、シャロンちゃんに朝ご飯ないの?」

 「ふっ、そんな風に振る舞える余裕があるか」


 牢を開けに来た兵士は、まだ若い男。騒がしい城の様子から、不思議なくらいそいつは冷静。鉄兜の中から青い瞳が此方を向いた。


 「歌姫シャロン!お仲間のように馬鹿なことは考えるなよ」

 「アルバが何だって言うのよ?」

 「……知らんなら良い。さぁ、大人しく歩け!貴様にも裁判で証言をしてもらうのだから!」


 *


 眠りの森の魔女

 「お兄様、あの子やっぱり殺しません?

  シャロンに殺させるべきじゃありませんか?

  お兄様、そっちの件でも私と手を取り合うべきですわ!

  え?駄目……?うふふ、あんなに言われても許すなんて!

  契約は遵守するなんて!

  流石はお兄様っ!悪魔の鏡です!素敵ですわ!!」


 *


 今朝方、イリオン殿下の亡骸が発見された。鳥を使って、その知らせが城まで届くまで数時間。正午からの裁判には十分間に合った。


(そう、間に合った)


 その頃にはベルタも回復をして、部屋の中から裁判を観察できるようにはなった。医者からは絶対安静と言われているが、そのために周りに人も配置されない。ここから抜け出すことは簡単だ。この後の展開は後は掌の上にある。目を瞑ってでも結末を予想できる。


 「一度寝て、落ち着いたか?」

 「ふふふ、すみません。私としたことが」

 「今のお前の魂は、ドリスの色が濃すぎるな。精神まで多少幼くなっている」

 「自覚はあります。頭では解っているのですが」

 「解っているのなら気をつけろ。私でフォロー出来る分はしてやるが」

 「はい、ありがとうございますイストリア様」


 負けず嫌いなの悪魔が、何時になく優しい言葉を送ってくれる。お優しいんですねとそう呟けば、悪魔は嘆息ながらに目を逸らす。


 「あの魔王連合共をぶっ潰さなければ、私も今宵の晩餐所の話ではない」


 聞けばこの悪魔は、使い魔に裏切られ帰りの道を封じられたそうだ。本の中から出るには彼自身、他の悪魔の力が必要なくらいなのだが、相手に頭を下げるのはプライドが許さないとかで。


 「いいか。私はこの本を最低っ最悪の悲劇に仕上げる!それでこの本を見ているあちら側の悪魔達が、拍手喝采すれば万々歳!私の第七魔力は高まる!」


 その魔力を使って、力業で強引に帰り道をこじ開けるのだと悪魔は言った。


 「でもイストリア様の魔力は途方もないほどだとお聞きしましたが」

 「本の外ではな。蔵書自体が魔力バンクだ。本を閉じられた今、未完のままではそこまで大きな事は……したくない。そんな無茶してみろ。向こう何億年筋肉痛になると思っているんだ?私はインテリだ。あ、間違えた。それはそうだけどインドアだ。つまりそういう脳筋仕事は今は嫌」


 魔力は栄養ドリンクみたいな言い方をされ、ベルタは一瞬固まった。人間と悪魔の認識の相違を感じた出来事だった。


 「え、ええと……イストリア様?」

 「解りやすく言うと、回復アイテム無しでラスボスダンジョン挑む感じだ。しかも一人パーティ」

 「全く良く解りませんが、何となく解りました」


 ええ、解らないことが解りました。等と胸の中で呟く頃、ベルタの傍ら少年悪魔は外を見下ろしにやにや笑い、ベルタを見やる。


 「見てみろベルタ。良い感じに面白くなって来た」

 「あら、本当ですね」


 この頃にはもう、王妃の顔色は怒りと絶望、憎悪から赤やら青を通り過ぎ、何とも形容しがたい色合いに変色していたように思う。唯、それを文字として言い表すなら緑とか紫が一番しっくり来るかと思う。


 「被告!シエロ=フルトブラント!」


 慣習の視線を一身に集める、紛い物のその女。

 ここに来るまで王妃から私刑でも下されたのではないだろうか?フルトブラントの服は乱れ、折角の衣装は頭から花瓶の水をぶちまけられたよう。

 何度か打たれ殴られたのだろう。そんな彼の白い頬は腫れ上がり、口の端は切れたのか血がしたたり落ちている。そんな有様でありながら、それでも美しいというのだから本当に嫌な男だ。

 軽い気持ちで裁判&結婚式を見に来た野次馬も、王妃の変貌ぶりに驚いて、更には場違いなフルトブラントの美しさに息を呑む。王妃の数え上げる罪業は、この可憐な乙女が犯した罪とは誰にも思えず、言いがかりを付けられ彼が……彼女が苛められているよう。


(嗚呼、相変わらず嫌な男)


 その気持ち悪い被害者アピール?止めてくれないかしら。この売女。魂は男の癖に、そんな娼婦みたいな目で殿方を見て、この場の支持を得ようというの?そんなことで私の脚本はひっくり返せないわ。ベルタは怒りを噛み殺し、城の一室から刑場を見る。

 結婚式はもう挙げられない。それなら神殿を使う必要もない。第一、聴衆なんかに神聖な神殿に入れられない。王妃による王妃のための死フルトブラント糾弾会場は、城前広場にて盛大に行われている真っ最中。


 「あっはっはっは!見ましたかイストリア様っ!あの男っ!とうとうカロン君にも見捨てられたっ!!」


 助けは来なかった。アルバは死んだ。カロン君もシャロンとして囚われている。

 馬鹿な奴ら!何も疑わず、自分の意思で生きていると思っている。それさえ私の、あの方の掌の上。

 この物語の軸は、あの男。シエロ=フルトブラント。すべてはあの男に集約されている。だからどの悪魔も、契約者も……あの男に関心を持っている。彼を失って、痛くないのは私、ベルタ唯一人。あの男を純粋に憎み、愛すらなくその死を望むのは。他の悪魔達は各々の契約者のために、此方の望みを絶とうと今頃足掻いている頃か?それでも、無駄な努力だ。


 「アムニシアや第二公が浅知恵を寄せたところで意味はない」


 イストリア様はそう言った。何と頼りになる言葉だろう。全てを操る彼女は、彼はこの世界の神にも等しい。いや、それを凌駕している。それが間もなく明らかになる。何も知らない愚民共にも。


 「一応名目上は、エフィアルが魔王最強。その意味が分かるか?」

 「いえ」

 「エフィアルなど唯の増幅器に過ぎん。契約悪魔として優れているのはその点だ」


 本人単体では数値変動能力しか他の悪魔に勝てない名目最強魔王様。彼はこの本の中では確率変動以外役に立たないお荷物悪魔。

 それでもそんな悪魔を一目置くように彼が言うのは、相性の問題か。


 「肝心なのはそのエフィアルと契約している少年歌姫」

 「カロン君……ですね?」

 「ああ」


 怒りの力が第一魔力。怒りすら消える絶望を与えようとはしているが、脚本の方向性によって……万が一、彼の感情が怒りに結びついてしまったら。

 爆発的な第一魔力。そこに第一公の増幅能力が加われば……怖いことになる?隣の様子を窺うと、悪魔は嗤っていた。それは「面白い」と言う顔みたいだとベルタは思う。

 そうなったらなったで、望むところ。プライドの高いこの悪魔がこれだけ余裕を見せるのだ。此方に勝算はあるのだろう。

 そう、そもそもね、誰が誰を殺したかなんて……この際問題じゃないのよ。怒り狂った王妃の考えは手に取るように解る。彼女はあの男を殺せるカードを持っている。


(久しいわね、カルメーネ)


 かつて歌姫アルベルタが生きていた頃、この人魚(おうひ)と自分は友人だった。あの頃の可愛らしさも魂の輝きもすっかり失った女。醜いわねとベルタは鼻で笑う。


 「お前は男の身でありながら、海神の呪いを用いて歌姫シエラを名乗り、法に反して歌を歌った!これは真であるか?」

 「……」

 「よろしい。では証人、前に出なさい!」

 「ええ、確かに!確かに見ました!去年に一度オペラ座で、それからつい先日下町のライブで!シャロンと一緒に!」

 「それが本当ならば、何という卑劣な男なの!しおらしい振りをして、私のイリオンを誑かしてっ!」


 王が死んだ今、議会は機能しないし法律は変えられない。新たな王が生まれるまで、これはどうしようもないこと。まず最初に、言い逃れの出来ない罪を持ち出し死刑を決める。その後で他の罪状を並べ立てる。王妃はその作戦で来た。


 「シエロ=フルトブラント!被告は男の身でありながら、音楽に従事した!これは我が国の法に背く重罪である!よって……」

 「お待ち下さいっ!」


 死刑宣告を遮るように、発せられた少女の声。発言したのは、金髪の愛らしい歌姫。歌姫シャロンに扮する、カロン=ナイアスその人だ。


 「カロン君!」

 「ふっ、始まったか」


 誰が連れて来たんだろう?他の悪魔の手の者か?

 それでもこの位の狂いは余興の範疇。迎え撃とうぞと悪魔は不敵に笑う。その笑みを信じ、ベルタも頷く。そしてうっとりと広場を眺める。勇ましい彼も素敵だと見惚れながら。


(カロン君、大丈夫だからね)


 あの人を失ってから、悲しみに暮れている貴方を私がたっぷり慰めてあげるから。それにすぐに失望させてあげる。だって貴方はそんな風に女になれても、心は魂は男性でしょう?だから男の貴方が許せないことを、これからたっぷり綴ってあげる。貴方は必ずあの男を嫌いになるわ!

 だけど、私は違う。私は何度でも生まれ変わる。綺麗な身体、真っ新な私に私はなれる。薄汚い歌姫ドリスはもう死んだ。新しい身体は何の罪も知らない。

 ねぇ、歌には魔法が宿る。私が教えてあげた言葉だよ?貴方が今縋っている物、信じている言葉……それは私に繋がっていく。今この瞬間も、貴方は私に植え付けられた概念でそこに立って居るんだわ。


(……あの時は、気付かなかった)


 アルベルタとして貴方に会った時、貴方が私のウンディーネだって気付けなくてごめんなさい。でもドリスとして貴方と再会して、私は解ったんだよ。私を助けようと海に飛び込む貴方が、古の記憶と重なった。ドリスは何も知らない。それでも運命の人に、やっと会えた。そう思ったの。そしてあの確信は、やはり間違いではなかった。

 ベルタは嬉し涙さえ浮かべて、カロンの動向を窺う。広場は、事件の最大の謎である奇跡の歌姫の登場に、大盛り上がり。このまますぐに死刑にするのもつまらないと、王妃は彼らに時間を与えた。

海神、なんだかんだで最初はハッピーエンドも考えてました。


カロンとシエロがくっついて(主人公カップル)

エコーとシャロンがくっついて(前世カップル)

ベルタとアルバがくっついて(人魚喰いカップル)、シエロとカロンの子孫を見守って永遠生きるとか。


ナルキスが無難?に王様になって……

イリオン殿下とマイナスがシエロ萌え同士意気投合してくっついて(シエロ萌えカップル)

オボロスとシレナがくっつ……けないからオボロスが生涯シレナの墓守して生涯DTつらぬくとか(生き別れカップル)



それかアムニシアの力で事件前まで夢オチリセットして、シャロンが人魚になってシエロと結婚しようとカロンに報告来て、そこで完全に記憶が消えていなかったカロンが、シエロにいきなりキスして……シエロも「あれ?」とか思って、三角関係始まるところで終了とか。

これはシエロが両手に花エンドですね。双子二人に取り合いされて……最終的に双子が和解して、それはそれで幸せだったかも知れない。


まぁ、そんなことはあり得ないんですけどね。これバッドエンドになることになりましたので。

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