表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/60

46:別れの日

 昔々、一人の赤子が生まれた。けれど彼は直ぐ死んだ。

 彼は知っていたのだ。生きることの罪深さを。生きることは殺すこと。何かを殺し食さねば、命を繋いでいくことも出来ないと……本能的に知っていた。

 生前の彼を、母の目は……薄気味悪いとそう語る。自分からこんな思考の化け物が生まれたことが嘆かわしいとその目は悲しんですらいた。彼女は我が子が餓死すると、ほっと安堵の息を吐く。この化け物の死を、彼女は心から喜んだ。その業深さよ。彼が人を世界を呪ったのは言うまでもない。

 その赤子は洗礼を受ける前に死んだ。故に悪魔に見つかって、その魂を食われてしまった。だが、彼の意識に飲まれたその悪魔は滅し、新たに生じた悪魔が居る。


(美しい物を見ていたい)


 世界の何処かにそんな物があるのなら。守る価値のある、愛すべき何かをこの目に刻みたい。全てを犠牲に捧げても、愛しいと、守りたいと思える者を見つけたい。彼はそう願った。一度は人間として生まれたのだから。その意味を確かめたいと、彼はそう考えた。

 生まれてくるのは何故だろう。それはきっと何かを愛すため。

 それも見つけられずに、絶望して死んだ自分は何なのか。何も愛せず、悲しむために生まれたと言うのだろうか?それなら全ての人は悲しみの生を生きている。日々命を喰らって生き存えて、それでも悲しみながら生きている?そのなんと罪深いこと。

 生き延びたのなら、必ずや幸せにならなければならない。でなければ、犬死にだ。食われた者の命とは、何の意味があったのだろう。


 そんな虚ろを抱えたまま、無限を生きていたその悪魔。彼は……私は、同僚の悪戯娘の悪ふざけで、ある本の中へ招かれる。そこで出会ったある事件。その過程で出会った幾つかの魂。彼らから教えられた不思議な、思いがある。

 彼女や彼らは決して美しくはない。完璧ではない。醜い側面、小狡い点、欠点は幾らでもある。それでも彼らの魂は、不思議な光を放つのだ。

 美しい人など居ない。しかし罪に穢れても、美しいと思わせられた。それは希望だ。それは期待だ。長らく諦観と傍観を続けていた私が、人間に興味を持ち始める。それこそが、私にとってのはじまりだったのだろう。


 *


 終末の悪魔

  「愚かな。愚かな。

   けれど、嗚呼……美しいな。」

 

 *


 何て綺麗な魂だろう。人間でありながら、人間には見えない。あれは(あやかし)だ。人の器に封じられた、水妖が歌う歌。

 カタストロフが踏み込んだのは、血の臭いのする街だった。煌びやかな歌姫。音楽が溢れる美しき天上、空の箱船。けれどその街では、死の臭気が香っている。

 誰もが罪人なのだ。歌姫達は人魚になるため多くの夜を明かす。その最中、殺されていく赤子の悲鳴。歌姫は乙女でなければならない。母であってはならない。薬によって産まれるより先に、殺されていく赤子の悲鳴。声なき声の阿鼻叫喚……そんな世界であの歌姫は歌った。歌えない歌歌いが、歌を歌った。

 人殺しになったと彼女は泣いた。人殺しである彼女を責めることはもう出来ないと。まだ胎動もない小さな命。それでもあの娘は魂が分かれたことを知っていた。あれは水妖。愛により満たされた心。杯より溢れた水が海になる。その海が新たな魂を紡ぐのだ。しかし、与えられた愛を守るため……彼女はそれを殺すことになった。


(アムニシアも惨いことをする)


 もっとも彼女は、全てイストリアが悪いと言うのだろう。人間だけではない。我々悪魔も業深い生き物だな。そんな悪魔達に振り回されて、傷付けられたあの娘。彼女は泣いていた。母になりたかったのだと。

 私の母とは違う。本当に待ち望んでいた。きっと名前も考えていたんだろう。己の半生、半性さえも否定して、違う側面を受け入れて……それでも生きることを望んだのに、今の彼女は死を見つめている。生きても幸せになれないと、もう知ってしまったから。


(愛するために人は生まれる……そう思って来たのだが)


 やるせない気持ちになり、カタストロフは息を吐く。


(愛していたいから、人は死ぬ。そういう終わりもあるのだな)


 生きることは裏切り続けること。今ある愛を守るには、命を投げ出すしかない。その潔さに、魂は輝く。これまで踏みにじった命も、人の思いも……打ち棄てる覚悟を決めて。それは本当に罪深いことなのに、悪魔にはとても尊く見えた。


 「無意味……か」

 「お帰りなさい、カタストロフ様」

 「ふん、いつこの世界をぶっ壊すかとひやひやしたぜ」


 アムニシアの領地に戻ったカタストロフを出迎える双子の悪魔。彼らはどこかほっとした風にこちらを見る。


 「エングリマ、ティモリア……」


 ああ、第七公も考えたな。本当にこの本は……我々悪魔を惹き付ける。この私でさえ、殺してしまうは惜しいと思う魂が居た。出来ることなら、その決断が導く結末を……見守りたいと思う程、入れ込む相手が出るなんて。


(いかんな、私としたことが)


 何なのだろうな、この気持ちは。何とも形容しがたい感情だ。唯、一つ言うならば……私はあの娘に母を見た。ああいう者が母親ならば、私も違う道を選んだだろうか?そうだな。あれが母であればと思ったよ。あのように、慈しんでもらえたらどんなに幸せだったろう。せめて死に逝く私を悼んでくれたなら、悪魔になどならなかっただろう。安らかに逝けたはずだ。

 私の母は形を持ち生まれ、生きた私の死を悲しまなかった。しかしあの娘は、形すらない魂の温度を感じ取り、その消滅に涙した。罪に汚れたあの娘の、涙の輝きは……魂を映す鏡だ。この上なく、とても綺麗。

 悔しいが、アムニシアの思惑通りになってしまったな。カタストロフは諦めて、この領地の主を見る。


 「お心は決まりまして?カタストロフィ様」


 何時になく頭がはっきりしている。終わりが近付いている。


 「……ああ」


 第七公のやんちゃ癖にも、少しは灸が必要だ。度々こんなことを起こされていては堪まらない。こんな風に本に閉じ込められた世界の者達が、無駄に弄ばれるのはあまり良くないことだろう。普段は他人事と放置していたが、今はそうは思えない。

 あの悪魔がこの世界に目を付けなかったならば、彼らはどんな風になっていたのだろう?

 変わったこと、変わらないこと。幾らでもある。唯ここまで、引っかき回されることはなかった。


(今からでは遅いくらいだが)


 それでも、何もしないよりはマシだろう。


 *


 罪の悪魔

  「カロンさん、アルバさん……

   応援してます!頑張って!!」

 

 *


 「カロン様、……一つ考えがあるのですが」

 「アルバ?」


 悪魔が去った牢の中、カロンはアルバに提案を持ちかけられていた。

 証拠なら持ち出した。今は堪えろ。迂闊に動くのは危険だとカロンは考えたが、アルバはそうではないようだ。


 「歌姫アルベルタは私も知っています。彼女が歌姫ドリスなのだと仮定するなら、この場に二人留まるのは得策ではありません」

 「それなら俺も」

 「いえ、それは危険だ」

 「どうしてだよ?」

 「それは、我々が何か疾しいことがあったからここから逃げだしたということになる。それどころか我々は悪魔的な方法でここを抜け出した。つまり、この推理小説に禍根を残す。そこを責められ、シャロン様に敗北することがあってはならない」


 アルバの言葉はもっともだ。しかしそれなら彼がここから消えることも問題なのではないだろうか?カロンはその点を問いかける。


 「でもそれならお前だって」

 「俺の場合は問題有りません。元々俺はアクアリウトの出。魔術の知識はありますし、悪魔と契約しています。俺の存在くらいは有耶無耶に出来る。現に……俺は基本的には有能です」


 この男、鍵を使わずに懐から取りだした針金で牢を開けてしまった。この件に関しては、魔術とか関係ないにも程がある。


 「お前、鍵盗んだ意味あったの?」

 「お陰で見張りが消えました。違いますか?」

 「ああ、そりゃそうだけど」


 思わずカロンは呆れてしまう。エングリマの働きがなかったら、見張りを消すのに別の方法を用いただけか。


(いや、でも無意味じゃない)


 エングリマは時間を稼いでくれた。エペンヴァも、エコーもだ。俺達には明日までまだ時間が残されている。二人とも牢に残されるより、外に味方がいてくれる方がいざというとき心強いのも確か。


 「お前が行くってことは何かあるんだろ?」

 「ええ」

 「なら俺に話してくれなくて良い。悪魔達に情報を与えないためにも」

 「カロン様。ありがとうございます」

 「なんだよ、いきなり」

 「いえ……無粋でしたね」


 お前だけ逃げるのか。そんな言葉を吐きはしないよ。お前は頼りになる奴だ。シエロのことでお前が俺をシエロを裏切るはずがない。だから俺は一言だけ、アルバに送った。


 「任せた」

 「承りました」


 アルバが去って、静まりかえった地下。今度こそ一人だ。逃げることは出来る。それでも逃げない。これは意思表示だ。戦って勝つ。絶対に逃げない。シャロンに悪魔にそう伝えるための意思。一晩中、思考をまとめた。途中で見張りが帰り慌てていたがカロンは気にも留めずに考えた。そうして迎えた最後の日……日が昇る前から城は騒がしかった。


 「イリオン!イリオンはどこっ!?まだ帰らないのですか!?」

 「王妃様っ、落ち着いてください!」

 「これが落ち着ける物ですか!?あなたっ!あなたっ……きゃああああ!!」


 朝から五月蠅い王妃様。その理由は主に彼女の家族のことで。イリオン殿下は失踪。陛下は何者かに殺害されて発見される。

 よって、結婚式は未定。裁判だけが滞りなく進められることになるだろう。勿論それを取り仕切るのは王妃様。彼女は感情的で盲目だ。

 どうしてこんなことになった?誰が来てから?あの憎きフルトブラント。

 彼女は、怒りのままに全ての責任をシエロに擦り付けるつもり。それを目にした人々は、人魚制度の腐った今を目の当たりにする。彼女はもはや人魚ではない。そもそも人魚とは何?そんな美しい心の人間はいるの?人々は問うだろう。


(今は、堪えるんだ)


 どんな酷い言葉が聞こえても、俺は時を待つ。その瞬間を待つ。堪え忍ぶ。悪魔に囚われた、物語から抜け出すために。


 *


 物語の悪魔

  「笑え歌姫!お前の望む、最後の朝がやって来た!

   脚本の祝福は、お前の手の中にある!」


 *


 空が白ずん出来た。それを目にして、シエロは欠伸を噛み殺す。

 結局昨晩は一睡も出来なかった。あの悪魔に言われたことが忘れられず、ずっとぐるぐる考え事にシエロは耽った。昨日のうちに海神を召喚して話し合うことが出来なかった以上、裁判からは逃げられない。


(あの彼は、僕を随分と美化して捉えていたけれど……そんなんじゃない)


 己の罪業を数え上げ、シエロは深く溜息を吐く。その最中、扉の開け放たれる音がする。やって来たのは長い髪の、金髪の……


 「フルトブラント様、朝食お持ちしました!」


 てっきりドリスが来ると思った。そんなシエロの予想に反し、朝一番で入室して来たのはメイドに扮したシャロン。


 「……」

 「安心してよ」


 彼女はパタンと背で扉を閉める。鍵すら掛ける気がないか。


 「私の悪魔は最強よ。みんな夢を見せている。私の顔を正しく認識なんか出来ていないから」

(それでも僕は、君が解る)

 「“それでも僕は、君が解る”……それはシエロ。貴方が私を愛しているから」


 此方の心をも掌の上?一字一句違わず彼女は諳んじてみる。唯、視線を交えるだけで。


 「シエロ。ドリスちゃんは貴方を殺すつもりよ。解ってるんでしょ?」

 「……」

 「そして私はお兄ちゃんを殺す。お兄ちゃんは私を殺すつもりらしいけど」

 「……」

 「もう八方塞がりよ。どうあっても貴方とお兄ちゃんは上手くいかない」

 「……」

 「どうして、私じゃ駄目なの?私はずっと貴方だけを愛しているわ!私が貴方を裏切った事なんて一度もないのにっ!!」

(シャロン……)


 この期に及んで、泣き落としは卑怯だ。それでもそんな狡いところさえ、可愛いと思ってしまう。まだ彼女のことを忘れられないのか僕は。シエロは自己嫌悪で目を伏せた。


 「私の何処が嫌い?」

 「……」

 「ほらね、何も無い癖に。それじゃあ何処が好き?」

 「……」

 「やっぱりね。幾らでも浮かんで来るんでしょ?」


 否定は出来ない。シエロは悲しく俯いた。どうすれば解ってもらえるだろう。弱々しくシエロはシャロンを見る。

 これが対話の最後のチャンスなのだろうか?彼女を説得できるとは思わない。それでも何もせず、諦めるよりは幾らかマシか。自らに言い聞かせるよう頷いて、シエロは唇を震わせる。よりはっきりと、自分の意思を伝えるために。


(でもねシャロン。僕は一度死んだんだ)


 君を愛し続けると誓った。自ら命を絶とうと海へ飛び込んだ。僕は彼処で死ぬはずだった。その運命をねじ曲げたのはカロン君だ。カロン君に救われた命だ。これからの人生は彼のために生きたい。彼に全てを捧げたい。彼を愛しても許されるんだと思った。


(シャロン、僕は……)


 僕は、もう一度死のうと思うんだ。カロン君を愛するために。そして、死んでからもう一度考える。君も彼もまだ僕を好きでいてくれるなら……愛してくれるなら。真っ先に僕に会いに来て。誰より先に、悪魔の下から僕を奪いに来て欲しい。それが君か彼かは解らない。でも今度こそ僕は逃げないよ。その人を、永遠の伴侶として愛し続けよう。

 だってフェアじゃないものね。僕は君のために死んだのに、カロン君のために一度も死んであげられないなんて。


 「シエロ、貴方……正気、なの?」


 シャロンの顔から血の気が引いていく。今生、死ぬまで決して君を選ばないと宣言された。その意味を正しく認識していないのでは。不安に駆られたシャロンが叫んだ。


 「私の力なら、アムニシアの力なら……貴方の死を無かったことに出来る!何度だって貴方を殺していたぶれる!貴方が根負けして私の物になると誓うまで!!」

(ああ。知ってるよ)

 「どう、して……」


 シャロンがその場に泣き崩れる。その涙は綺麗だ。彼女の姿が不意に誰かに重なって、胸が苦しい。シエロの頬にも涙が流れた。それでも今、彼女を抱きしめることは絶対に出来ない。

 頭を使って、罪に触れ……それでも生き延びたシャロン。けれど自分も、今生では幸せになれない。死ななければ、愛されるチャンスがない。


 「嫌、嫌……っ、嫌よそんなのっ!死ぬのは痛いわ。苦しいわ!どんなに愛したって、死んだらお終いよ!あんな苦しい思いをして、死んであげても……私は幸せになれないっ!私はウンディーネじゃないっ!私はシャロンっ!ウンディーネは死んだのよ!死んでお終いよ!私が幸せになれたって、ウンディーネは永遠に不幸なままっ!!私だってそうっ!!今度の私が何処の誰かなんて解らない!その子が幸せになったって私はずっと不幸なままなのよ!!今、貴方が愛してくれなきゃ……」


 シャロンの慟哭に、シエロの目はかすみ出す。彼女もきっと同じだろう。それでも今生はカロンを愛すると決めた以上、シエロが受け入れなければならない痛みだ。

 対するシャロンは、その痛みに耐えきれず……声に瞳に憎悪を宿し、シエロの鎖をぐいと引く。


 「……絶対に、貴方を逃がさない。どんな手を使っても」

(シャロン……)


 塩水の小瓶を取り出したシャロンは、このままここで自分を抱くつもりらしい。それを察したシエロがシャロンを諭す。そんなことは間違っていると。そんな風に、子供を盾に自分を手に入れて満足かと問いかける。


(シャロン……例え君に何をされても、僕は母親にはなれない。君だって解っているはずだ。君が僕に望んだのは、そんな関係じゃないはずだ!!君は、幸せになりたかったんだろう!?)

 「ええ、そうよ!私はあの女みたいにはならないっ!大好きな人をずっと愛する!愛し続けて年老いて、いつか死ぬまで寄り添うのっ!貴方と二人で……幸せになるっ!なりたいっ!なろうよシエロっ!!!私、きっと可愛いお嫁さんになるわ。料理だって頑張るし!可愛くて貴方だけにエロくて貴方に喜んでもらえる、自慢の、良いお嫁さんになれるっ!子供達に辛い思いなんかさせない!あの女とは違うっ!」

(……忘れたの?男としての僕を殺したのは、シャロン……誰でもない、君じゃないか)


 止めを刺すような言葉を言ってしまった。今の言葉で、シャロンも……自分がしたことを思い出したようだ。アムニシアの力で、その罪はなかったことに出来る。でも事実は覆らない。心に付けられた傷は消えない。一度でも、そういうことをされたという悲しみは消えないのだ。例え記憶も遡って消したとしても、魂に刻まれた不信は残る。これまでと同じようには愛せない。何度繰り返されても昔のようには愛せない。少なくとも今の自分では、天秤の比重は変わらない。変えたくないから死にに行く。生きるために愛を捨てるなんて無理だ。愛するために、僕は死ぬ。嗚呼、身勝手なのは解ってる。とてもじゃないが、こんな僕では誰かの親にはなれない。なる資格もない。だからこれからなんて考えない。

 あり得ないのだ、そんなこと。

 暗い決意を固めたシエロに追いすがるよう、シャロンが必死に諭し始めた。


 「シエロ……もう一度だけ言うわ。私は優しいの。貴方がお兄ちゃんを諦めるって言ってくれれば、お兄ちゃんを殺さなくても良いわ。ドリスにでもあげてしまえば良いだけ。貴方はお兄ちゃんが好きなのに、お兄ちゃんを死なせる気?」

(……シャロン)


 覗き込まれた顔。一度上を向き、ぐっと涙を飲み込んでからもう一度彼女を見つめる。


(それを選ぶのはカロン君だ。僕に付いて来てくれるか、僕を見捨てるか……僕は、その強制をしないのが愛することだと思うから)

 「……それは、私に対する皮肉なの?」


 愛は奪うことだ、縛り付けることだと言い続けたシャロンは、シエロの言葉を嫌味と受け取った風に拗ねる。拗ねたというよりは、理解が追い着かず、自嘲を浮かべるしかなかった。そんな表情にも見えた。


(愛し方は人それぞれ。否定はしない。……あの頃の僕は、君の愛し方も好きだったよ)

 「やだ……そんな、言い方嫌だっ!私を過去にしないでっ!そんな言い方しないでシエロっ!!」

(シャロン。僕がカロン君の好きなところは……どちらの姿の僕も受け入れてくれたところなんだ。君は今の、この姿の僕を……僕の心まで愛してくれるの?)

 「愛せるわ!愛してあげたじゃない!私は貴方を抱けるし、抱いてももらえる!男の貴方も女の貴女も愛してあげたじゃないっ!どうして私が解らないの!?解ってくれないの!?」

(違う。違うんだシャロン……)


 今の君のように、今の僕には女としての心もある。だから君の満たされない心は良く解る。誰かに分かって欲しいという気持ち。君が繋げたいのは身体じゃなくて、本当は心の方なんだって僕はちゃんと解ってる。君は君の抱えた痛みを、悲しみを……癒して欲しかっただけなんだ。支えてあげられればと願っていたよ、僕だって。


(あのね、シャロン。僕だって苦しむ。傷付くし悲しむ。僕も満たされたいと思うことがあったんだ)


 君との幸せは確かに男としての僕には幸せだった。


(シャロン……君は今の僕を、女の姿の僕を。顔が可愛いとか、態度とか反応が面白いとかそういうのじゃなくて。一人の女として見て、愛してくれているわけじゃないんだろう?)

 「だって、貴方は男の人じゃないっ!私は男になっても私の心は私のままよ!?貴方だってそうじゃないっ!!」

(うん、僕もそう思ってた。でも人って……そんなに綺麗に分かれてないよ)


 誰にだって男っぽさとか女っぽさとかあるんだよ。物事全てを男だから男として考える、女だから女として捉えるなんてことは出来ない。誰にだって男性的な部分とか、女性的な側面があるものなんだ。だから相手を男だからとか、女だからと否定したり肯定したりは出来ない。

 現にシャロンにも、男性的な部分はあった。例えばその異常な支配欲。男性を憎んですらいるんじゃないかと思われる、自分優位性な被虐趣味。愛する相手の嫌がる顔に、羞恥に震えるその様に興奮する異常性癖。かと思えば女性らしく、浮気は許さず嫉妬深い。人は身体こそ性に縛られていても、その心は元々中性。それが内的外的要因により、どちらかに傾いていくだけの物。どちらが優れていて、何が素晴らしいとか何が間違っていて、どれが正しいとか、そんなことはあり得ない。そんな風に語るのは、愛が無い証拠だろう。


(シャロン、僕が君を愛さないんじゃない。君が僕を……愛してくれなかったんだ。報われず思い続けるのは辛いよね。だから僕は君を愛せなくなった。僕は僕を愛してくれるカロン君が好きになった)

 「う、嘘よ!!私は……っ、私は愛してるっ!!貴方が大好き!!貴方以外にあり得ないっ!!」

(……愛するって言うことは、相手を一人の人間として……一つの存在として認識できているか?そう言うことなんだと僕は思うよ)


 その上で、シエロは問う。シャロンをじっと見つめて問いかける。

 僕が一人の人間に見えている?どんな姿であっても愛おしいと思ってくれる?対等な人間だと、君は愛してくれていた?

 カロン君とシャロンの差があるとすればそこだ。どちらか一人を選べと言われて、今カロン君しか選べないのはそう言う理由。これからシャロンが変わろうと愛そうとしてくれるなら、遠い未来は解らない。それでも今この瞬間、僕の心は揺るぎない。僕は彼を愛している。シエロはシャロンにそう告げる。


 「わ、私は……」


 それでもまだ、諦められない様子のシャロンが何かを言いかける。その刹那、室内に現れたのは長い髪の女悪魔。


 「シャロン!」

 「アムニシア!?」

 「確率変動に変化が現れました。そろそろこの場を去らないと!」

 「嘘!?だって今の貴女は最強なのに」

 「イストリアが本気を出して来たのです。私達のやっている事が完了するまでまだ時間が掛かります。私の力も彼方に大分神経注いでますし、今は無理です。こっちへシャロンっ!さぁ!」

 「ああん、もう!!解ったわ!」


 悪魔に連れられシャロンが部屋を去っていく。室内には彼女が持ってきた朝食すらない。城の騒がしさからして、それどころではなかったのだろう。鬼の形相で飛び込んできた王妃を見ればよく解る。


 「どんな手を使った!?この人殺しの魔女がっ!!!!」


 此方が動けないのを良いことに、張り手を何度も食らわせて来る。状況がよく飲み込めないが、イストリアの仕業だろう。


 「何か言いなさいっ!答えられないの!?」

 「……」

 「きぃいいい!!何時までもその澄ました面が続けられると思ったら大間違いよ!裁判は私がやりますっ!黙秘を貫くならば、容赦など致しません!!覚悟をおしっ!!」

シャロンちゃん。個人的には嫌いじゃないんだけどね。

読み手の皆様の反応が気になります。


前世の恋人の浮気、現世の母親の浮気がトラウマになっていて、恋人のシエロにかなりの無理を強いたのがシャロン。

歪な関係でも両思いだったのは本当なので、カロンとさえシエロが出会わなければ幸せになれたのではないかと思います。


シャロンの魂の救済は、多分『終末のカタストロフ』まで続く。


最初はキャラデザが似てしまったことから「前世で結ばれなかった恋人が、ソウルメイト的な意味で今度きょうだいで生まれたりして」と考えていて……フォルテはカロン、シュリーはシエロの来世って思ってました。

でもシャロンがフォルテ、シエロとカロンの子供(生まれる前に死んだ魂が人として転生したの)がシュリーなんじゃね?


そんな風に思い始めています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ