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45:祝杯の悪魔

 「いすとりあ、きらいー!」

 「私はアムニシアのこと、結構好きよ?」

 「ばかー!ちねー!」


 昔のアムニシアは可愛かった。そりゃあもう。今の感じからは想像できないくらい、可愛らしかったわけ。


 「まぁまぁ、お姉さんに話してご覧なさいな。アムニシアちゃんはイストリアおねーさんの何処が嫌いなの?」

 「わかじゅくりじゅくじょがちょーしのってるのきらいー」

 「死にたいかクソガキ」


 まぁ、一発くらい打ったけどね。もう一回同じ事言うなら、相手が性別固定な子供悪魔なのを良いことに、男に変化して一発どころか百年単位でファック祭してやろうかと思ったくらいだけど。

 彼女のほっぺた抓りつつ、私はにこりと笑う。流石に生命の危機を感じたのだろう。涙目で……それでもアムニシアは私を睨む。


(こいつ、将来大物になりそうね)


 そう、面白そう。この悪魔は私に敵意を持っている。いつか私を殺す者になるかもしれない。そう思うと久々に心が躍った。こいつの兄より余程、この子面白いわ。


 「わたしから、おにいちゃまとらないで!」

 「ははーん。なるほどなるほど」


 まぁ、そんな理由だと思ったわ。正直あの男いい加減うざったいと思っていた所だ。協力してあげるのも良いかもしれない。


 「いいわ、約束してあげる。悪魔にとって約束ってどんなに大切な物かあんたもわかるでしょ?」


 私の言葉に、アムニシアは頷いた。私はしゃがみ込み、彼女に視線を合わせてあげる。そして小指を彼女に差し出した。


 「私からエフィアルには手を出さない。約束するわ」

 「うん!」


 あの子がはじめて、私の前で笑った。


 「いすとりあおねえちゃん、だいすき!あむにしあの、いちばんのおともだち!」


 まぁ、私も魔王ですから。ロリとかショタとか普通に好きなのよね。でもここは我慢我慢。これは後々面白いことになる。永い退屈を忘れられる、良い刺激になるだろう。エフィアルからかうのも飽きたし。

 とか何とか生温かい目であいつら見守ってやってたのよ。だけどあのクソアマアムニシアったら、あっと言う間に恩を仇で返すような……良い悪魔に成長してしまった。


 「イストリア!貴女は私の親友ですわよね!でしたら私とお兄様の仲を取り持ってください!貴女の脚本能力が有れば一発で……」

 「うーん……」


 出来ないことは無いんだけど、相手は仮にも地獄の最高権力者。それを簡単に操ったと周りに知られれば、ちょっと面倒なことになる。それこそ全ての領主と悪魔を敵に回して戦うような羽目になる。それはそれで面白そうだし何とかなりそうではあるが、私の眷属は基本的に文系のインテリなのだ。先手を打って物語の枠に閉じ込めなければならないし、直接的な戦闘には向かない。

 それに第二公でも目覚めたら、それまた面倒。やり合って負けるとは思わないが、無事でも済まない。それにアムニシアもとんでもない能力を身につけた。上位領主三人に組まれたら、流石の私もやばいだろう。各個撃破は出来ても、一度に攻められたら敗北は免れない。良くも悪くもアムニシアの可愛い所って、エフィアルに従順なところなのよ。エフィアルと私が敵対したなら容赦なくこの子私の敵になるって断言できる。私がエフィアルを手酷く振れないのも半分はアムニシアの所為だった。


 「あんたはそれでいいわけ?」


 面倒だし地獄大戦争は避けたいと、私が待ったの声を出す。しかしアムニシアは挫けない。へこたれない。強い女だ。


 「ええ。はじまりの方法が間違っているのは百も承知!だけど既成事実から始まる恋もあるっ!その後本当に私に兄様を惚れさせればそれは何ら間違いではないし、嘘でもないのだわ!」

 「ははは……若いって良いわね」


 この子が私を頼るって事は、この子の夢現能力でエフィアルを籠絡出来なかったということ。腐っても第一領主。“我はお前には惚れぬ!お前の恋は永遠に報われない”とかいう悪夢の呪いをかけて、アムニシアの力を相殺したのだろうな。


(それにしても……親友、ねぇ)


 この女は律儀というか、盲目的だ。昔の言葉をまだ覚えている。この子にとって私は味方なのだろう。自分以外に信じられる者などいないこの世界で、この子は私を頼っている。それが若さというのなら、可愛らしいことだ。私も年を取ったと思う。

 盲目的に兄を慕うこの娘。同じくらい盲目的に、私を味方と信じている。打算無しに好意を共有できるその関係。何とも悪魔らしかぬ関係だが、どうしてなかなか心地良い。

 そういうのも、悪くないかと思った。何だかんだ強がって生きてきたが、私も寂しかったのだろうか?

 一人きりの屋敷。増えていくのは蔵書だけ。物語の悪魔って言うのは常に傍観者。楽しいライフワークだけど、ふっと我に返ると屋敷の静けさに驚かされる。だからだろうか?アムニシアの声がよく響く。騒がしいその時間は、時の流れも忘れるようだ。私も絆されてしまったものだな。死とはこういう風に、緩やかに近付いて来るものなのかもしれない。それならそれも悪くないかと考え、私は頷いた。


 「解ったわ。周りにバレるとやっかいだし、気付かれない程度の協力ならしてあげる」

 「ありがとう!愛しているわイストリアっ!!大好きっ!」


 うわー。良い乳してやがる。いい女に成長したなこいつ。男悪魔になって一発孕ませたいわ。お礼に一発くらいさせてくれないかなぁ。

 アムニシアに抱き付かれ、私は顔を緩ませる。うん。性格に難ありだけど、外見はなかなかいい女悪魔なのよこいつ。嬉しそうに帰って行くアムニシアにひらひらと手を振りながら、どうしたものかと考える。


(エフィアル……か)


 ペンを手に取り、真っ新な本を卓上に広げる。タイトルは『アムニシア』か『エフィアルティス』。軸となるのはどちらだろう。後者だろうか?

 あいつ、確かに顔はいい男なんだよなぁ。うん、遊びならやってやっても良いかもってレベルにはある。でもあいつの愛は重すぎる。「イストリアぁああああ!お前のために我はDTを守り続けたぞ!」とか、或いは逆に「お前との夜伽のために、村娘攫っては犯して攫っては犯して女の悦ばせ方練習したから、我は上手いだろう!?」とか言われてもドン引きするわ。どっちにしろ、なんか萎える。

 それに……女の魔王とかって言うと、子供バンバン産んで眷属増やすような肝っ玉母ちゃん的な想像している奴が多いと思う。だけど私はそうじゃない。求婚の話は全て蹴るし、欲求不満になったら本の世界でセクハラでもしてくれば事足りる。

 エフィアルの阿呆なんかは「我とお前ならば最強の悪魔を生み出せる!そして地獄は更なる発展を迎えることだろう!」とか口説いてくるけど、まったく魅力感じないんだわ。私の人格はあくまで両性だし、女と決めつけた口説き文句なんか全然びびっと来ないわけ。

 それに比べてアムニシアの可愛いこと、可愛いこと。盲目的に私を信頼しているこの子を、無理矢理やっちゃって涙目で喘がせるとか悪魔的にはそそるわよね。想像するだけで本一冊書けそう。

 ……なんてことはどうでもいいわ。私のするべきことは、あのお嬢ちゃんのための本を一冊しあげることだ。

 アムニシアの恋路を応援するには、エフィアルに私への興味を無くさせた上で、アムニシアに惹かれさせるのが良い。そのためにはどんな文章を記そうか。エフィアルの実力は私に劣っている。私の脚本能力には抗えない。脚本の導きに気付かれたとしても……、あいつには為す術もないはずだ。これも……友達のためだ。私は柄にもなくこっ恥ずかしいラブストーリーを記述した。紛う事なきハッピーエンド。私らしくもない。


 「“斯くして第一領主は、妹萌えに目覚めアムニシアと添い遂げました。めでたしめでた……”」

 「イストリアっ!!」

 「エフィアル……!?」


 本を完結させる手前、あいつが私の屋敷に乗り込んで来た。凄まじい殺意と怒気。あの瞬間、本気で殺されるかと思った。格下のお坊ちゃん相手に、この私が一瞬でも臆した。それは屈辱だったけど、不思議と胸が高鳴った。殺されるかも知れない。その緊張と恐怖はある種の快楽だ。死の瀬戸際ほど、生を感じることはない。永遠を刹那的な物に変える、凄まじくスパイシーなその香り。

 だけどそんな殺意を纏った男は、私に手をあげなかった。この期に及んで女扱いをされている。侮辱かと睨み付けよう、そう思った。でも出来なかった。


 「えふぃ、ある?」


 見上げた先で……あの男が泣いていた。何時も私の前で男アピールしていたエフィアルが、私に涙を見せて泣く。脚本の力に気付いたのだろう。アムニシアと良い雰囲気になりかけ、そこで我に返ったこの男は、私の呪いを打ち破った。正直、舐めていた。ここまで強くなっていたなんて。判断を見誤った。求婚者が相手とはいえ、手心を加えすぎたか。


 「貴様は卑怯だ!」

 「な、何よそれ……!そ、そんな言い方っ」

 「人を操り、世界を操り……っ、人の心をまで思い通りに操ろうとは傲慢だっ!我を厭うならそう言えば良いっ!我を殺してでも拒絶するべきだ!なのに、貴様は何故それを怠る!?」

 「そ、それは……」


 悔しいけど、その通り。正論過ぎて言葉が出ない。

 この時私は気が付いた。私はアムニシアだけじゃない。エフィアルとの繋がりも……私にとっては大切な物だったのだ。こいつと恋仲にはなりたくない。だけどこいつのいない日常も想像できない。私はどうにもこの男を……友人だと、思っていたらしいのだ。決して受け入れはしないのに、からかい相手を殺すのは勿体ないと言い訳して。


 「わ、私は……」

 「何故我を試す!?何故我を遠ざけるっ!?我が愛しているのはお前だ、イストリアっ!愛を確かめたいのなら……別の方法が幾らでもあるだろう!?そう……そうだ」

 「うわっ!」


 思い詰めた表情のエフィアルに、思い切り押し倒される。床に頭に背中、尻まで打って私は悶絶。その間にも奴は私の胸に顔を埋め泣く。それだけなら、許してやってもいいかと思ったが、それで終わるはずもない。そのまま牙で服の胸部を食い破る。


 「ちょ、ちょっと!何してんのよ!?」


 鳩尾や股間に蹴りを入れたが、相手は鎧を着ていてダメージを受けるのはこっち。性技は兎も角寝技なんてさっぱりよ。接近戦じゃ敵わない。相手は大人の男だ。押しのけられない。今から男に変化しても、こいつの暴走は止められそうにない。部屋に入られた時点で私の負けは確定していた。


 「い、いい加減止めないと男になるわよ!男を抱く気かこのホモ野郎っ!」

 「その時はその時だ!お前がもう男で抱かれるのは嫌だと自ら女になるまで、永遠に組みしいてやるっ!」


 な、なんて執念深い変態だ。こいつにそっちの気はないはずなのに、そこまで思い詰めるとは。こいつ、どんだけ私に惚れてるのよ。意味わかんない。私、自分でも結構最低だと思うんだけど。あんたに惚れられる要素無くない?絶対無いわよ。だから退きなさいって。


 「イストリア……」

 「う……」


 くそ。そういやこいつも年下だった。外見年齢もうこいつの方が大人びてるから忘れていたけど、そうだった。その捨て犬みたいな目、止めなさいよ。股間蹴り続けた私の足もそろそろ限界。キスを強請るように近付いた顔。色情空間ブレイクのため勢いよく頭突きをかましてやろうとも思ったが、どうしても出来ない。

 私だって傷付いている。心ない言葉を言われたのだ。記すことで全てを操り嘲笑う。それこそが私の悪徳なのに、エフィアルはそれを傲慢だと泣いた。心は神や悪魔ですら侵してはならない神聖な物なのだと、こいつは泣いた。私に惚れているこいつに、言わせた私の全否定。その言葉を吐かせたのは、私の行動が原因。私の所為だと言われればそれまでだけど……それじゃあどうすれば良かったって言うのよ。


(私は、私は唯……)


 生きていた時に手に入らなかった物が……欲しかっただけなのに。何よ、私が悪いって言うの?人を不幸にしてそれを嘲笑って来たから?私が欲しい物は何一つ手に入らないって言うの?私は他人の幸せを永遠に見つめるだけの傍観者だっていうわけ!?こんな事になったのは何故!?私が何をしたって言うのよ!!

 行き場のない怒りから私は俯いた。そして腹いせに、奴の顎に頭突きをかましてやろうと心に誓う!その刹那……室内に響いた悲痛な声。


 「私を……裏切ったのね、イストリアっ!!!!」

 「あ、アムニシア……っ!」

 「嘘吐きっ!嘘吐きっ!嘘吐きっ!!協力してくれるって言った癖にっ!兄様と自分の仲を私に見せつけて、二人で私を馬鹿にするなんて!!……はは、でも兄様がそんな酷いことするわけがない。兄様はこの女に誑かされたんだ。騙されたんだ。可哀相なお兄様。本当は私を愛していらっしゃるのに、この女の脚本能力に操られてしまうなんて」

 「いや、あのねアムニシア……」

 「大嫌いっ!!気安く話しかけないでっ!!死んでしまえばいいのよ貴女なんてっ!!」


 泣きながら走り去るアムニシア。ああ、あれはこの男に追いかけて来て欲しいんだろうな。


 「余計な邪魔が入ったが、イストリア……先程の続きを」

 「死ねっ!」


 今度こそ私はこの馬鹿に頭突きを食らわせた。


 「あんた、あいつと仲直りしてきなさい。それまでもう二度とあんたに会ってやらないから」


 *



 物語の悪魔

  「可愛い服は好き。可愛い物、綺麗な物も好き。

   だけどそれは、女になりたいというわけじゃない。」



 *


(嗚呼、気持ち悪い)


 私は、この姿で居るのが好きなだけ。私は私。何かとか誰かになりたいわけじゃない。だから私を決めつけないで。そんな目で、私を見るな!あんたらってどうしてそんなに気持ち悪いの?私を何かにしたがるの?私が何だって良いじゃない。それは私の自由のはずよ。それを侵すと言うのなら、私は許さない。絶対に、許さない!睨み付ける相手は途方もなく、限りない。それは世界と言う物だ。

 私を決めつける奴は、私が弄んでやる。私を馬鹿にする奴も同じ!なんか苛ついた奴も苦しめてやる!嗚呼、それが私というものの本質なんだ。

 だけど、幾ら世界を呪ったところで現実は変わらない。だから私は書いた。泣きながらペンを取った。(したた)める物語。インクは赤い色。憂さ晴らしには最適よ。私に許された大量虐殺。人の不幸は本当に良い気分。それこそが私の幸せ。私が幸せになれないなら、他人を不幸にすればいい。それで私はこの退屈な毎日を幸せだと思えるようになるでしょう。


 「我の、妻になってくれ!」


 エフィアルに……最初にそう言われたのは何時のことだろう。もう思い出せない。こいつに言われるよりももっと昔に……悪魔になる前に、何度だって言われた事のように思える。

 唯、ついこの間……ちょっと私はあいつと一戦やらかしたのだ。作中の話で言うと、アルバーダ……本名アルベルト=アクアリウトという男。あの男がエフィアルを召喚したその日のこと。

 数世紀前の喧嘩のことを思い出して……あの時はちょっと悪いことしたかなと思った。アムニシアと私の仲は険悪だけど、エフィアルの方は彼女と和解したようだ。昔なじみの茶飲み友達が恋しくなったから、気紛れにお茶に誘ってやったのだけど。


 「ようやく気持ちの整理が付いたか!我は嬉しいぞ!」

 「死ねっ!」


 あの馬鹿何を勘違いしたのか薔薇の花束抱えて似合いもしない白スーツでびしっと決めて来やがったんだからどうしよう。どうしようもない。私は思いっきりあいつの頬を打ったわけだ。勿論グーで。


 「イスト……リア?」

 「あんたね、あの子のことはどうするつもり?今のあいつ敵に回したらあんたでも無事では済まないわよ」

 「我の身を案ずるか……そこまで我のことを」

 「ああもう死ぬほどうぜぇっ!帰って!もう、二度と来るなっ!」


 あの決別の後、アムニシア本当に強くなったのよ。私への憎悪からかエフィアル越えもしてしまったんじゃないかってくらい。それはこの馬鹿だって解っているはず。


 「やれやれ、数世紀ぶりの仲直りとは行きませんでしたか」

 「あんた、当時のこと知らない癖にそのしたり顔は止めなさい」


 テーブル引っ繰り返してエフィアル追い返した私を見、使い魔がうんうんと頷いている。この使い魔は、あの事件の後に第六公から贈られてきた。何でも……


 「ははは!第一公に襲われたそうじゃあないか!それはいけない。屋敷に護衛くらい置いておくものだよ。何?第七眷属は戦闘に向かないと?そうかそうか。それなら丁度良い!私の使い魔はゲート管理が得意でね。必ずや貴女のお役に立つだろう!」


 だそうだ。実際こいつは有能で何でも出来る。炊事洗濯家事掃除、それから今エフィアルを送り返した魔法陣もこいつの仕業。


 「“友達”って、難しいもんね」


 私のため息に、茶を運びながら使い魔が近寄って来る。


 「ですがお嬢様。お嬢様の身体があればセのつくフレンドなら幾らでもお作りになれるのでは?」

 「あんたも死ねっ!そうやってすぐセクハラ発言するのは止めなさい!私はセクハラされるよりする派なのっ!使い魔の癖に主人の性癖も把握してないわけ!?全く使えないわね!」


 こいつとの生活はそこそこ愉快だけど、私の望んでいた物とは違う。悪魔になって、普通の生活を望むのが間違いだとは私も思う。

 だけど、永遠って意外とつまらない。第二公が眠るのもまぁ、解る。所謂あれよ。クリアもエンディングもないゲームをずっとやり続けるようなもの。仮にエンディングがあったとしても……それは全部バッドエンド。魔王なんて物、悪魔なんて物、なった時点で終わっているのだ。いつか誰かに滅ぼされるまで、永遠と遊ぶだけ。同族だってみんな下克上上等な奴らだし、それが楽しいと言えば楽しいのだが、気の休まる暇もない。

 私が今回同僚達を執筆パーティに誘ったのは、奴らが危惧した様な理由からではない。ほんの余興だ。

 アムニシアと、過去のことを水に流して……お茶を飲みたかったのだ。あの子だけ誘っても勿論来ない。エフィアルとあの子だけなら変な誤解をされてしまう。他の領主達も誘えば名目も立つ。エフィアルの顔を立てるため、あの子も来ざるを得ないだろう。

 勿論餌も用意した。数世紀の間放置しておいた本が、良い感じに発酵していたのを見て、私は手心を加える気になった。なかなか上質な魂達も眠っている。魂狩りの場として、これはなかなか良い本。上質な魂を同僚達に恵んであげる。それは私が権力に固執していないというアピールにもなる。そんな手土産もあれば、アムニシアだって少しは機嫌を直すだろう。

 後はちょっとしたアクシデント。そう、例えば本の中に閉じ込められるとか。そんなピンチを乗り切れば、エフィアルとアムニシアの間にだって美味しいイベントがあるかも知れない。昔の出来事は誤解だったんだって解ってもらえる。それが叶えば……アムニシアは、笑ってくれるだろうか?昔のように、愛らしく。


(とは言ってみた物の……)


 そりゃあこんな間柄だし、何の含みもなく領主揃ってパーティなんてまず無理だ。それにこれは永遠忘れの余興でもある。魔王連中なんて、みんな退屈を抱えているのは事実。だからみんな私の誘いを受けたんだろう。私のやらかすことは、暇つぶしには丁度良いと。

 そう、これは悪魔の悪魔なりの遊戯だったわけ。それぞれがお気に入りの歌姫を見つけ、楽しんでくれたことでしょう。最後は本が完結したところでここから出してあげるつもりだった。それなのに……


(アムニシア……あんたはまだ)


 彼女はまだ私を怨んでいる。もう私の言葉は届かない。本の中に埋めたメッセージにも気付かない。もうどうしようもないと気が付いた。彼女は領主達と結託し、私を陥れる策略を練っている。兄妹揃って、私の心を掻き乱し、踏み荒らす。ああもう!私だって大嫌いよ、あんた達なんか!


(でもそうか。そうよね、そんなもんか)


 彼女は女だ。完全体の悪魔になった後も、男になったことは一度もない。昔も今も女悪魔の姿を模している。彼女の魂の本質は、女なのだろう。この本を通じて私は多くの女を見てきた。彼女も彼女らと、変わらぬ魂を持っていると言うことだ。あの歌姫達の間に、一つとしてまともな友情は存在しない。私と彼女もそうだった。それだけの話。

 かといって、愛し合えない。私はアムニシアとも、エフィアルとも。そういう関係にはなれない。私はどちらでもあり、どちらでもないのだ。例え何かになっても違和感がある。私の魂は何処までも歪な物。白か黒かでは割り切れない。裏か表かでも言い表せない。それを正しく認識し、理解し共有してくれる相手も居ない。一人、見つけたかと思った。だけど……それも嘘だった。


 *



 物語の悪魔

  「笑いたい時に笑えず、泣きたい時に泣けない。

   心と言葉は裏表。正しく伝えられることはない。

   そんな生き物は何?答えは簡単、勿論悪魔。」



 *


 使い魔と連絡が取れない。それを知った時、イストリアの口には笑みが浮かんだ。ある種の愉悦と言いようのない苦みのような物を感じながら、イストリアは嘆息をする。


(これは、嵌められたな)



 あれは第六公の眷属。友好の証にと便利な使い魔を奴は送り付けてきた。勿論その言葉を鵜呑みになどしない。いざという時のため、情報収集をさせていたのだろう。もっともそんなことは知っている。知って遊ばせていた。その方が面白いから。適度に色目を使ってやれば、生みの親があの変態男だと言うのに、時折可愛らしい反応を見せる。スパイを適度に籠絡させるのも暇つぶしには楽しいかとは考えた。……とは言えあれは私の味方ではない。私に奉公していても私の眷属ではない。だから、元々信用していた訳じゃない。それでもあれは随分と長い間仕えてくれた。だからいつの間にか、柄にもなく……信頼は、していたんだ。


(信頼だって?地獄のデウスエクス悪魔ともあろうこの私が……っ!?)


 自分自身に驚かされる。長く生きるものではないな、そう溢した言葉を聞いた者が居た。


 「イストリア様?」

 「……」

 「何か、あったんですか?」


 何かあった、か。人間の小娘に心配されるなど、魔王として屈辱物だ。とても滑稽だ。腹の底から笑いが込み上げて来る。なんて失礼な奴らなのだろう。お前達も永遠に厭いていることだろう。折角この私が誘ってやったのに!


 「く、くくくくくく!はははははっ!最っ高だ!!」


 こんなにもこの私の予想を覆してくれた。これだから楽しい。裏切られるのがこんなに愉快なことだなんて、思わなかった。こうなった以上、こちらも全力で行く。お遊びはお終いだ。


 「ベルタ、杯を用意しろ。祝杯を挙げるぞ」

 「イストリア様ったら、気が早いですわ」

 「何を。この私が本気を出すんだ。もうこの本は終わったも同然だ」


 思い描く破滅の未来。あいつらが入れ込んだ契約者達、全員不幸にしてやろう。お前らは永遠を生きているんだ。永遠を拷問に変えてやる。決して癒えること無い、忘れられない傷を刻んでやろう。明日はあの腐れ悪魔共にとっても、最高に最低な日になる。私がそうすると決めた。


 「ベルタ。お前は幸せになる。この私の名を持って、それを約束してやろう」

悪魔回。イストリアの過去をちょっと。

人間だったときのトラウマが、悪魔になった後も影響しているっていう伏線回。追々後のシリーズでその辺は明かされるんじゃないかな。


イストリアの魂(精神)は中性。よって性別にはあんまりこだわりなく惹かれる感じ。だけど普段の身体に植え付けられる固定概念が気に入らないと。


歌姫シレナの悲劇も悪魔からすりゃ「昔の友達とまた茶飲みたいな」とかそんな理由のために起きたとか思うと、なんかやりきれませんね。

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