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41:悪魔の生贄

危ない描写はあんまりないけど、エロ回です。お気を付けて。

 介入の悪魔

 「そんなことより我が主。

  向かった方が良い場所があるようだよ。

  ここのことは私に任せ給え。おや?なんだいその……

  全く安心できないという顔は。」


 *


(まったく、これはどういうことなんだ)


 アクアリウスは狼狽える。兵士達にアルセイド家の兄妹を取り押さえるよう命令し、自分は式を執り行える者を探して共の者と中層街まで降りた。

 品は下がるが、仕方ない。中層街の聖職者を使おうと……その中でも最も人気のある司祭の所へ向かったアクアリウスを迎えたのは、教会の中転がる無数の死体と、血まみれの女。

 それから一人だけ、縛られ猿轡をされた聖職者。

 礼拝のため教会に集まった聖職者達を、皆殺しにして式の妨害図るとは。あの最後の一人が中層街教会のトップ。それが解ってこの女はあれを残したのだ。俺は今脅迫されていると、アクアリウスは知った。


 「メリア=オレアード。お前が何故ここに……」


 牢に入れていたはずの女が何時の間に脱走したのか。城を出る前、勿論確認した。しかしメリアは牢にいた。それがこの短時間でどう先回りし殺したのか。


(上層街の件も彼女が犯人ならどうやって!?全く、意味が分からないっ!これは何のまやかしだっ!?……ッ、いや、まて!)


 俺はここに来るまで疑っていた人物がいる。先の一件で俺に怨みを持つ相手はメリア以外にも。俺とドリスに尋問を受けたアルセイド兄妹。


(やはり奴らが上層街の司祭殺しの犯人か!)


 兵を向かわせて正解だった。唯でさえあの変態自己愛者はシエロを慕っているのだ。俺達の結婚を阻むとなれば奴以外に考えられん。


(あの男を殺させてはならない)


 これを逃せばもう一手間が掛かってしまう。下層街にはろくな聖職者がいない。城の品が落ちる。

 このままでは俺とシエロの結婚式を挙げられない。下町なんて以ての外。外から招くとなると時間が掛かる。その間に何かあっても困る。殺人犯であるシャロンは未だに野放し。此方にどう接近してくるかも解らない。アクアリウスとしては、長い間城から離れるわけにはいかなかった。


 「そんなに俺が、ドリスを人魚にしないことが不服か!?」

 「……」

 「それとも母様の行いを怨んでのことか!?」


 女は答えず、人質を連れ窓からの逃走を図る。歌姫メリア。その狙いも知らぬまま、アクアリウスは叫んでいた。


 「お前達!俺が奴を追う!貴様らは城へのアルセイド家の奴らと歌姫メリアを指名手配するように伝えろ!」

 「しかしアクアリウスの旦那ぁっ!」

 「ええい、俺に構うなっ!あんな手負いの女、俺一人でどうにでもなるっ!」

 「へたれのアクアリウスの旦那にゃ……むごっ!」

 「こら!また俺の給料まで減るだろっ!行ってらっしゃいませアクアリウス様っ!」

 「ああ、頼む!」


 メリアを逃すわけにはいかない。配下へ指示を伝えて直ぐに、アクアリウスはメリアを追った。中層街の人混みに紛れようとしても無駄!そんな荷物を抱えたまま早くは走れない!


 「何っ!?」


 あの女、跳んだ!屋根へと登り人混みを避けて逃げていく。


(逃がすかっ!)


 屋根の上というのは交通の便はあっても、姿を隠せはしない。人の少ない裏道を通っていけば見失わずに追跡できる。相手は女だ。人一人抱えた女の足で何処まで逃げられる?

 そう長くはない。


 「くそっ……」


 足がふらつき、縺れて転ぶ。ここに来て疲労が祟った。この数日俺はとても忙しい。伏せっておられる父上に代わり、取り仕切る雑務に事件のためか日々増えていく仕事!更には結婚を前に、緊張してのこの二日……寝不足だった。緊張もするだろう。明日の晩には、俺はシエロと初夜を迎えるのだ。あの見事な身体を組み敷く様を想像すると、とてもじゃないが寝付けない。今朝だって、あいつを見に行ったのは、逸る心を抑えきれなかったから。あいつが魘されていなければ、あの場で襲っていたかもしれない。


(今日一日、今日一日を乗り越えればっ!)


 あの美しい女を、あの豊かな胸を、柔らかな肉体を思う存分自由に出来る。人魚になったあれはどんなに美しいだろう。あいつの歌を、俺は聞いたことがない。先祖返りがまさか音痴と言うことはないはずだ。俺もあのナルキスでさえ声も歌も良いのだから。そうだ、謎の歌姫……歌姫シエラはかなりの力量だと聞いた。そんな歌姫が俺の物になる。

 あいつはこれまで男として生きてきたんだ。女としては初物だろう。心は男だというのに、男の俺に、政敵である俺に組み敷かれるというその屈辱。しかし女の扱いに長けたこの俺の巧みな技と腰使いに隠せなくなる嬌声っ!快楽っ!その時あいつが俺にどう泣きついてくるのか。想像するだけで気合いが入る。大丈夫だ。まだまだ、俺はやれる!やらずしてどうするっ!?

 アクアリウスは強く意気込む。

 向かう先に、もう屋根はない。奴は飛び下りるしか無くなる。奴が逃げ込んだのは街外れの小さな林。あれを越えればもう崖だ。俺は確実に追い詰めている。


 「ここまでだっ!メリア=オレアードっ!!」


 犯人に突き付けた剣。背後から誰かに押され、俺の剣は獲物を貫いてしまう。しかし手応えはない。代わりにあったのは……、浮遊感。そして……


(何っ!?)


 空が、街が、遠くなる。俺の治めるはずの国。落ちている。俺は崖から落とされたのだ。

 風に煽られ、反転する視界。今度映るは広い海。そこに空が反射して、俺は空に落ちて行くようだ。


(嗚呼……)


 これが報いか。ドリスを殺した俺への報いか。

 それでも俺は悪くはない。そうだろう?ドリスは俺を……見てなどいない。愛してなどいなかった。夢から覚めていくように、頭がはっきりしていった。そもそも何故俺は……あんな女に惚れたのだろう?何者かに仕組まれていたようにしか思えん。

 あれとの出会いはそうだ。五月蠅い女は嫌いだから、大人しそうな歌姫を夜伽に呼んだだけだ。それから毎晩他の歌姫を呼んでいたのだが、ある時を境に、何故か歌姫ドリスが気になり始めた。また抱きたいと思い始めた。

 深い青に吸い込まれるよう、思い出すのは……シエロ。お前のことだ。政敵として何時もお前を敵視していた。睨み付けるその度に、俺を焦がせるお前の青。俺に冷たいお前の態度はこの上なく高貴に見えた。何故お前がこんなに気に入らないのかと理由が分からず、俺はいつも苛立っていた。それなのに、お前が女になったことで……これまでの怨み憎しみ全てが好意に裏返っていく。


 こんなに近くで海を見るのは初めてだ。落下の衝撃で死ぬか、鮫に食われて死ぬか。どちらでも死ぬ。それならば、最後までこの青を見つめていよう。人魚の子孫の俺が、初めて海に帰るのだ。

 やはり俺では王子になれないのか。溺れる俺を助ける人魚など、どこにも……俺には、いないのだ。海面に叩き付けられる寸前、感じた風。その中に俺は……美しい、女の歌声を聞いた気がした。


 *


 罰の悪魔

 「死体を一匹用意しろとは、アムニシアは人使いが荒くていけねぇ。

  今に見てろ。俺様が完全体になったら襲ってやる!

  それでその涼しげな顔をアヘらせてやるから覚悟しけよ!」


 *


 入浴を終えてしばらく。男になっても悲しくなるだけ。城を歩くには女に戻らなければ。そう思う間もなく流れた涙で女に戻る。


(ひとまず、聖水の補給が出来るかどうかを確かめに……)


 シャロンが其方をどうしたのかは解らないが、まだ無事な物もあるかもしれない。

 殿下からは出るなと言われたが、このままじっとしている訳にもいかない。シエロは悲しい気持ちを振り払い、部屋の扉に向かう。その時、扉の外から女の声が響いた。


 「フルトブラント様!衣装を直しましたので、試着をしていただけますか?」


 扉を開ければ、見たことのないメイドがいる。随分と平凡な顔立ちだ。それでも大人びた笑みを浮かべた少女。シャロンではないことにほっとする暇も無かった。


(あの、ちょっとっ!)


 声を発せられないのは痛い。筆談道具を取りに戻ろうとするが、女は此方ですとシエロの手を引いていく。


 「必要な物は、後で私達がお持ちしますから!さぁ!」


 衣装部屋には大勢のメイドが待機していて、あれよあれよと言う間に、シエロは服を脱がされる。


 「今朝から取り仕切ってるけどあの子、誰?」

 「さぁ?これまで陛下付きの使用人だったらしいわよ」

 「それであんなに権力与えられてるのね!使用人頭だって逆らえないそうよ!」


 その間ひそひそと囁き合うメイド達の会話を聞いていたが、何だろう。何かがおかしい。

 昨日まで僕を見ていた子は何処へ行ったのだろう?着替えを手伝う子達の中には見当たらない。


 「そう言えば、ナパイアは何処に行ったのかしら?あの子、自分の仕事すっぽかしやがって!私がやる羽目になったのよ?後でがつんと言っておかなきゃ!」

 「え?いないの?昨晩は見かけたわよ?陛下に食事を届けに行くって」

 「ああ、それじゃあその時じゃないの?あのニムリアさんに代わってお側役命じられたのよ」

 「陛下もねぇ、王妃様のヒステリーが嫌になってご隠居されたんでしょ?やだ気をつけなきゃー!私達人魚にされちゃう!」

 「いや、その前にカルメーネ様に殺されるって!」


(カルメーネというのは確か、王妃様の名。あのメイドの名はニムリアと言うのか……)


 しかし、どうにも聞き覚えがない。シャロンの幻覚と気絶ばかりではっきりしないが、行方不明というメイドが、昨日まで身の回りの世話をしてくれていたのだろう。

 シエロがメイド達の話に聞き耳を立てていると、彼女たちの話は別の方向へと向かう。


 「それにしてもシエロ様って、本当にお綺麗っ!これで元は男性だなんて……」

 「勿体ないんだか海神仕事したっ!と褒めるべきなのか」

(あ、あの……、君たち?)

 「この胸っ!この腰っ!この尻!嗚呼っ!これを明日には自由に出来るなんて殿下も幸せ者ですね!」

(ちょ、ちょっと!)


 着替えと称して身体をベタベタ触られる。このメイド達の中にシャロンが混ざってはいないかと不安になるくらいだ。


 「あら?髪が濡れている。お風呂上がりなんですね。じゃ私はまず髪のセットを」

 「駄目ですよシエロ様ぁん!お肌はしっかり保湿させなきゃ!クリームとーローションとー!塗り塗りっ!」

(く、くすぐったい……カロン君にこんな所見られたら大変だったな)

 「それじゃ、私はお肌のお手入れ終わったところから着せていく感じでっと!」


 寸法を直した衣装は、身体にぴったりと合った。それでも肌に生地が吸い付くように張り付いて、なんだかもぞもぞとする。

 理由は直ぐに分かった。胸はドレスにワイヤーがあるが、下着がないのだ。下だって靴下とガーターベルトはあるのに肝心の下着がない。寸法は刈り直した時は下まで脱がなかったから気付かなかった。婚礼衣装のように真っ白いドレス。清楚かつそこそこの露出度。これが人魚の正装と言われても、正直恥ずかしくて堪らない。本当にこんな格好しなきゃいけないのと訴えれば、メイド達が頷いた。


 「伝統のある衣装ですから、我が儘言っちゃ駄目です!下着とか無かったんですから!」

(そりゃ、シャロンやカロン君にこんな格好させるくらいなら僕が着た方がいいけど……)


 いや、僕も一応精神は男なんだ。男として恋人がこんな格好していたら、やましい気持ちにはなるけれど、やっぱり恥ずかしい。

 シエロは全ての着替えが終わるまで、目を伏せ現実逃避する。シエロが黙り込むことで、髪を梳く女達は、今度は髪飾りと選びに忙しそうだ。


 「さ、シエロ様!目を開けてください!」

 「お綺麗ですよ!」


 彼女たちの言葉に目を開ける。大きな鏡の前、そこには飾り立てられた僕が居た。

 大きく胸や腹の開いた衣装。それも恥ずかしいが、それだけならばまだ良い。問題は、両手を繋いだ鎖と手枷。両足にも枷がある。先日は衣装にこんな付属品は無かったはずだ。どういうことなのかとシエロが視線で尋ねれば、ニムリアという少女が笑う。


 「だって裁判ですもの。それっぽく見えなければ駄目でしょう?」

(さ、裁判!?)

 「あら、聞いてませんでしたか?結婚式と裁判が同日というのは問題だと陛下のお言葉で、裁判は今日になったんですよ」

 「勿論突然のことですから、午後からになりますけれど。今朝には街中に知らせるとのことでしたよ?」

(くそっ、嵌められた)


 これはシャロンの差し金か?殿下を城から遠ざけて……それで僕を。


(いや、違う)


 シャロンにそれは得がない。此方の推理や海神対話のタイムリミットを早めることで、彼女は有利になるか?そうとも限らない。


(シャロンがカロン君に自分の罪を着せるためには、カロン君が城に来られなければ意味がない。それじゃあ一体誰が)


 殿下の話をどこまで信じて良いかわからないが、恋人認定試験の夜から、陛下が表舞台を退いたのは事実。伏せっておいでとのことだが、殿下の留守にこんな勝手が出来るのは、やはり彼か王妃様かだ。


(僕との結婚に、王妃様が土壇場で嫌になった?)


 いや、そんなことはない。政敵の子を傅かせられるのだ。濃い人魚の血も取り込める。何ら反対する要素がない。


(それでは陛下の差し金か!?)


 今になってどうして。陛下は殿下も知らない城の文献を管理している。呪いのことも彼よりずっと詳しい。それが何故、今になって……


 「“海神の柱”……」

 「っ!?」


 ここまでシエロを連れてきたメイド・ニムリアが、小さく囁いた。その言葉にシエロは凍り付く。


(君は、まさか……!?)


 よくよく見ればメイドの髪は長い金髪。真っ直ぐで綺麗なストレート。笑えば控えめな可愛らしさ……その中に、妙な色香を併せ持つ。何処かで見覚えがある。記憶の中の誰かと重なる。いや、でも記憶の中の“彼女”より、彼女は随分と大人びている。体の肉付きだってなかなか魅力的なもの。


(これは、幻覚?……いや、でも)


 傍に悪魔が一人も居ない。助言を貰うことも出来ない。第六領主の使い魔は憑いているだろうけど、どこまで情報が届いているのだろう。僕は喋れない。ここにある音声と映像くらいしか向こうには伝えられないだろう。それだって他の悪魔に邪魔をされなかった場合の話。


(この子が歌姫ドリスなのだとしたら……背後にいるのは第七領主)


 今の僕に、勝ち目はない。


 「さぁ、皆さん!フルトブラント様をお連れしましょう!」

(……っ、第六領主様っ!)


 シエロに出来たことは、仮契約した悪魔の名を心の中で唱えることだけ。拘束されて、大勢のメイドに囲まれた今、逃げだすことも叶わない。


(せめて、アルバに……カロン君に、情報を)


 *


 物語の悪魔

 「さぁ、綴れ歌姫!歌え歌姫!お前の歌を!お前の心を!

  とびっきり胸糞悪い!最低でシュールでカオスな劇を!

  あの馬鹿共を引き裂いてやれ!」



 *


 「お前達、本当に心当たり無いのか?」

 「イリオン殿下には、ここまでの力はないわ。増援を出したのは陛下でしょうね」

 「美しいこの俺が、余程恐ろしいと見える」


 カロン達は、籠城を強いられていた。フルトブラント本家は城からやって来た兵達に包囲されている。悪魔の力をつかっても、逃げられるかどうか。


(エフィアルがいないのが、地味に響いてる)


 カロンは消えた悪魔に舌打ちをした。


 「アルバ!帰ってきてたのか!」

 「そして少年、君は私をスルーするのを止め給え」

 「カロン、この仮装青年は何なのだ?俺には劣るがなかなかいい男ではないか」

 「はぁ!?」

 「兄さん、悪趣味」


 エコーとナルキスの言葉に、カロンは驚き振り返る。


 「み、見えてる?」

 「そりゃあ今私は彼らにも見えるようにしたからね」

 「どうして!?」

 「それは勿論、挨拶をするためさ!」


 とびきり胡散臭い笑顔でエペンヴァはほくそ笑む。


 「またろくでもないことを考えているんじゃないですよね、エペンヴァさん」

 「はっはっは!そんなことはないよ!」


 エペンヴァの暴走を予感して、エングリマまで姿を現す。


 「おお、今度はシエロっぽい髪色の美少年が!」

 「シャロンの方が可愛いわ」


 二人ともそれぞれ別の反応を示すが、エペンヴァの後に室内に入ってきたアルバは何とも苦い顔つきだ。


 「さて、アルセイドのご当主!それに妹君!ご機嫌よう!私はあなた方を助けるためにここにやって来た」


 「と言うのもね、シエロ様の所に憑けていた使い魔から、良い情報が入ったんだ」

 「でかした!」

 「だが、私の契約者はシエロ様。君らにタダで教えるわけにはいかない」

 「エペンヴァ!お前、アルバと契約してるだろ」

 「はっはっは!これは契約外の別料金なのさ!何たって私はタブーに触れかけているのだよ」


 エングリマとは違い、なんとも恩着せがましい悪魔だと、カロンは悪態を吐く。


 「どういうことだよ?」

 「まず第一に、外の兵士共が増えた理由を教えよう」

 「お前今教えないって」

 「いいから聞き給え」


 揚げ足を取るカロンの言葉を制し、エペンヴァが語り始める。


 「城から逃走した歌姫メリアが、今朝までに上層街中層街の聖職者を皆殺しにした。いや、正確には一人だけ生き残っている。しかしその人物を人質に取り逃走。それを追ったイリオンという殿下が、海へ落下する。死亡は確認済みだ」

 「はぁ!?」


 突然もたらされた情報量に、カロンの思考は停止する。

 突然の珍客達に前から居た珍客兄妹もしばし呆気にとられていたが、流石は人魚の子孫、それから前世が人魚の夫だった少女と言ったところか。すぐに状況への理解を広げる。

 それかこの二人、細かいことを気にしない……興味がない物事はどうでも良いような人なのか。おそらく後者だとカロンは思う。


 「なるほど、では不味いな。それが王妃に知れたらことだぞ。シエロの明日の裁判がどうなるか」

 「何で普通に受け入れてるんだよお前ら!」


 ナルキスの冷静な判断能力に、カロンは狼狽える。その横では涼しげな表情で、エコーもエコーで何やら呟く。


 「昔の僕もウンディーネを生き返らせようと一時期黒魔術に傾倒したことがあったし、アクアリウト家の黒魔術趣味は僕の血だ。エペンヴァという名は覚えがある。確か総合的な意味では最下位の魔王だろう」

 「おや、私をご存知とは。いやはや、以後お見知りおきを」


 変態悪魔はエコーの白い手を、がしっと両手で掴んでにやついた。


 「ではお美しいお嬢さん、挨拶代わりに一発私と契りましょう!」

 「はい?」

 「おお!それははいですね!イエスというわけですね!ではでは!」

 「き、きゃああああああっ!」


 怪訝な様子で聞き返したエコーの言葉を肯定と受け取り、エペンヴァはいそいそと服を脱ぎ、エコーを抱きかかえ寝台へと走っていく。


 「助けて兄さんっ!」

 「くそっ、あの変態素早いっ!」

 「エコーより俺の方が美しくはないか?」


 咄嗟にエコーを追ったカロンの背後、ナルキスの素朴な疑問が響く。


 「死になさい腐れ兄さんっ!」

 「アルバ!あいつを止めてくれ!」

 「エペンヴァさん!何やってるんですか!」


 室内にはエコーとカロンとエングリマの怒声。怒鳴られた先の男達は、皆反応が薄い。今の行動を止める気など無いようだ。


 「おやおや、エング君?私の力を知らない君じゃあないだろう?」

 「変な言い方止めて下さい!」

 「なんだねそんなに怒って。嫉妬かい?よしよし、それじゃあ君も一緒に」

 「やりませんっ!もうっ!アルバさん!あの人に命令出して下さい」

 「そうだアルバ!止めさせろ!」


 カロンとエングリマに詰め寄られたアルバだが、彼は冷たい声色で言う。


 「カロン様」

 「な、何だよ」

 「貴方はアルセイド嬢に襲われました。彼女はその報いを受けていません」

 「いや、俺は元々男だし……」

 「シエロ様はあの件についてどう思ったことでしょうか?」

 「え?」


 シエロの名を持ち出され、カロンも身を強張らせる。それを見抜いたアルバは更に言葉を尖らせる。


 「シエロ様も男です。内心は悔しかったことでしょう。許せなかったことでしょう。他ならぬ貴方が、彼女を許すこと。シエロ様は許せないはずです」

 「そ、そんな……」

 「貴方だってそうでしょう?もしシエロ様が無理矢理犯されて。その相手をシエロ様が何のお咎め無しに許したら……貴方はどう思われますか?」

 「そ、それは……」


 腸が煮えくり返りそう。許せない、絶対に。シエロ、そんな風にそいつを許すなんて、庇うなんて。俺よりそいつが好きなの?そうじゃないのなら、俺がそいつに復讐してやったら嬉しいよな?清々するよな?俺もだよ。


(ち、違うっ!)


 シエロはそんな奴じゃない。カロンは自分の考えを否定する。

 シエロは自分のことを犠牲にする。もしそうなったら……復讐をする俺を見て、俺を嫌いはしないけど、きっと悲しい顔をする。狡いよな。シャロンが死んだと思ったときは、自分立て似たようなことを思った癖に。どうして自分が酷い目になったのは許せるんだよ。


(あ……)


 矛盾している。俺だって今、同じ事をしているのに。


 「アルバ……俺は」


 それでも変態に迫られ本気で嫌がっているエコーを前に、もっとやれとは思えない。そう思わなければならないのだとしても。


 「カロン様。あの悪魔は、ああいう汚れた行いによって、魔力を増幅させる悪魔です。相手が神聖であればあるほど良い。前世を色濃く残した魂に、清らかな乙女の肉体、それに人魚の子孫の血。彼女は生贄としてかなり美味しい。彼女の純潔を破らせることで、あの変態悪魔は力を増します」


 カロンの背を押すように、アルバはエペンヴァの特性を教える。あの悪魔がシエロが地獄に堕ちた際、魔力を得るために日々犯し続けると言ったのはそういう訳かとようやく理解。


 「でも……」


 これまでの間、エペンヴァはエコーに跨ったまままだ待ての姿勢で、カロンの決定を待っている。時折股間にそそり立つ物を振って見せ、エコーに悲鳴を上げさせてはいるが、まだ何もしていない。


 「嫌ぁああっ!兄さんっ助けてっ!」

 「おい、そこの悪魔。どうせなら俺にしておけ。女になった俺はエコーより美しいぞ?」

 「有りがたいお言葉ですが、嫌がる相手の方が私はそそるんですよ」


 「いい加減にしないと怒りますよ!エペンヴァさんっ!」


 同僚の暴走に、心優しいはずのエングリマがぶち切れていた。彼の綺麗な瞳が、まるで今は燃え上がる青い炎のよう。激しい怒りの炎が舞っている。


 「僕の目の前で愛のない契りはさせません!」

 「愛ならあるさ!博愛精神!」


 アルバに言っても意味がない。そう思ったのかエングリマはナルキスと共に直接寝台へと抗議に向かう。


 「こ、この腐れ外道の変態悪魔っ!今日という今日は許せませんっ!」

 「お、おい!エングリマ!」


 部屋の温度が急激に下がる。氷のように冷たい目で、エングリマが変態を睨む。


 「よくは解らんが、格好いい兄としてっ!妹の嫌がることを見過ごすわけにはいかん!」


 エングリマの加勢を受けて、ナルキスも鞘から剣を抜く。勿論変な意味ではなく、武器の方の剣を抜き、悪魔の方へと飛びかかる。ナルキスを避けるように纏った冷気を一点に集め、エングリマも氷魔法をエペンヴァに向け突進させる!


 「!?」


 しかし寝台近くまで来て、ナルキスの姿が消える。それを見たエングリマが叫ぶ!


 「こ、これはエペンヴァさんの結界っ!」

 「け、結界!?」


 エングリマの結界は知っている。守りの堅い防御結界。それでもエペンヴァもそれをカロンは知らない。何故何処にナルキスが消えたのか。


 直ぐ近くでそんなモノを見たエコーは、初めて悪魔を恐怖する。前世ではなく今を生きる一人の少女として、得体の知れない存在を知覚して。


 「兄さんっ!兄さんっ!」

 「脅える顔も可愛いねぇ、はっはっは!いやぁ、楽しみ愉しみ!でもそうだな、エング君がこのお嬢さんの代わりになるというのならそれでも良いが、君にそこまでの義理はないだろう?」

 「うっ……それは、確かに」


 途端に我に返ったエングリマ。見たくもないと、同僚の物から目を逸らし……恥ずかしがっている場合かっ!カロンは床を強く蹴る。


 「くそ、あの変態っ……エングリマ!お前でこれを破れないのか!?」

 「破れないことはないんですけど……エペンヴァさんは特殊な悪魔で」

 「確かに」

 「いや、あの、変な意味じゃないですよ?」


 カロンの即答に、エングリマが顔を引き攣らせて笑う。


 「エペンヴァさんの結界は、ゲートなんです」

 「ゲート?」

 「触れればああやって、別の何処かに飛ばされる。今回みたいに閉ざされた世界でなら、異世界に飛ばされると言うことはありません。ナルキスさんはこの国の何処かにはいると思います」


 その説明に、凄いだろうと言わんばかりに腰をくねらせる変態もといエペンヴァ。その際スカートに、変態の物が触れエコーは絹を裂くような悲鳴を上げる。


 「この警備網から逃してやったのだと思ってくれれば感謝して、妹君の処女くらい私に捧げてくれてもいいじゃないか」

 「嫌嫌嫌っ!絶対、嫌っ!」

 「まぁ、この場合私はあれだな。割と多種多様のエロス属性行ける口として、前と後ろどっちも貰うがね」

 「きゃああああああっ!死ねっ!消えろ変態っ!」


 「そうだ少年。もう一つ新しい情報だ。王の一存で裁判は一日早められ、シエロ様は今日裁かれることになるそうだ。耳を澄ませてごらん?外で号外が飛び交っているよ!ほら、屋敷内ではそれを知らされた彼のご両親が慌てふためき、泣き崩れ……ああ!兵士が突入してきた!もう時間がない!」

 「な、なんだって!?」

 「わかるかい少年。この推理小説内で、私が結界を張るという意味が」

 「あ!」


 そうだ。ここは推理小説。悪魔はそんな力は使えない。使っちゃいけないはずなんだ。今、この悪魔は危険な賭に……物語のタブーに触れている。

 本来、あってはならないこと。やってはいけないこと。それはこの悪魔にとって、命懸けの奇跡なのだ。契約者であるアルバとシエロに恩を売るべく、シエロの魂欲しさにこいつは危険を冒している。下心があるのは事実だが、こいつが命を張っているというのもまた事実。


(こいつ、唯の変態ではないのか!?)


 カロンは、こんな変態悪魔に圧倒されている自分自身に驚いた。しかしこんな変態でも、情報分野では本当に使える悪魔なのだ。カロンが答えを出せない間も、エペンヴァは新たな情報を続けてもたらす。


 「先程あの男を飛ばしてみたが、魔力が足りない。彼はこの屋敷の中に落ちているだろう。私が第七公の力に抗い、君をここから逃し、シエロ様のところまで行かせるにはわかるかね?どうしても魔力が必要なんだ」

 「く、くそっ……!」

 「ここで全員捕まるか。それかこのお嬢さんの生み出す魔力で君たちを城まで送り届けるか。選択は君に委ねられているんだ、選び給え!」

 「カロン様!お早く!時間がありません!」


 シエロのために、俺は選ばなければならない。エコーを犠牲にすること。良いんだ、俺は悪くない。そうされて当然のことをエコーは俺に、シレナにしたんだ。強く自分に言い聞かせる。それでも何故だ。胸が締め付けられるよう。


(泣いている。……ウンディーネが、泣いている)


 俺じゃない。でも俺の目からは涙が流れる。そしてそれが止まらない。泣いている俺を見て、エコーの口から零れる言葉。


 「ウンディーネ……」


 そう呼ばれた途端、やっと出会えたような懐かしさ。俺も彼女も感じている。だけどエコーは小さく笑い、過去を振り切るように前を向く。そして変態悪魔を毅然と睨み付け笑う。


 「やるならやりなさい」

 「エコーっ!」

 「私は別に貴方なんか好きじゃないわ!私が愛しているのはシャロンなの!」


 それは彼女なりの優しさだったのかも知れない。俺の中にもウンディーネを見つけ、彼女は僅かに躊躇した。それでも俺にシエロを選ばせる。そうすることで、過去は過去だと割り切れる。今エコーという自分が感じている心を、それだけを見据えるために罪を見る。


 「それじゃあ、行くよお嬢さんっ!」


 エコーの決意を受け、さっさと下着を脱がせる悪魔。がっしりエコーの腰を押さえて悪魔は腰を進ませる。


 「むっ……報いは、誰にだって必要よ」


 苦しげな、歌姫の声。それは呪いの言葉だろうか?カロンが身構える内、泣きながらエコーが叫ぶ。


 「気をつけなさい、貴方だって誰かを傷付ければいつか傷付く!それでも誰も傷付けないでも傷付けられる人が居る!貴方が選んだ人魚が、本当に美しい人魚だって言うんならっ!さっさと助けてやりなさいっ!馬鹿っ!」


 エコーの血と涙を受けた結界は、鈍い光を放つ。その先にはうっすらと城が見えていた。


 「カロン様っ!早くっ!」


 アルバに手を引かれ、結界へと飛び込む瞬間、最後にエコーと目が合った。その目は、笑っていた。

和解しておいて、この仕打ち!

エペンヴァさん大勝利!



うん、エコーごめん。

でもああするしかなかったんで。報いはやっぱり必要だろうと。

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