35:悪魔の小歌劇『優しい人魚のフォークロア』
人魚を食らった娘
「私があなたを語り継ぎましょう。優しい人、美しい人……愛しい人よ。
それがあなたがくれた永遠の意味。私はそう信じているのです。」
*
「モリア様……?下町になど何の用があったのですか?」
マイナスは先行く悪魔に今更過ぎる疑問を投げかける。
マイナスが悪魔に連れられて行ったのは下町。新鮮さを感じることもあるにはあるが、それ以上に感じる恐怖。下賤なその街に降りたことなどなかったが、ここがシャロンの生まれた街。そう思うと何やら恐ろしくて堪らない。
「へへん、俺様が何の悪魔か忘れたか?」
ここへ来たのは昨日。確率変動の力で、まんまとゲートを通過したのは良いけれど、長い階段を下りきる頃にはすっかり日も暮れて……下町で宿を探すことになった。
今日の昼過ぎまで爆睡していたのは、ゲート移動の階段が大分堪えたからだろう。空暮らしのマイナスは、あんな長い階段を歩いたことなど無かった。
そう思うと下町によく降りて歌っていたドリスが急に懐かしい。歌姫ドリス。自分たちからオボロスを奪ったあの歌姫。捜しに行く途中でマイナスは彼女の死を知る。しかしその後悪魔は不思議なことを言ったのだ。下に降りるぞ、と。
(波の音が、とても近くに感じる)
貧しい人間達はこんな場所でよく暮らしていけるものだ。だから心臓に毛でも生えているのか?皆、下町の人間はシャロンのように恐ろしいのか傍らに歩く悪魔は恐ろしくなど無いのに、この街に暮らす者達が皆悪魔に思えて仕方ない。
「さて、ここだ」
「ここは……?」
マイナスが連れて来られたのは何とも古めかしく、こぢんまりとした屋敷。廃墟同然のその家に、悪魔はずかずかと入り込む。
「鍵は壊れてるし問題ない。その辺壊して怪我はしないように確立上げて置いてやるからちゃっちゃか来い」
「は、はい!」
悪魔はもたつくマイナスに苛つくような声を出すが、それでもその横顔は上機嫌。今にも口笛を吹きそうなくらい。
「第五領主ティモリア様が司るは罰。そしてここはイストの定めた本の軸。世界の中心だ。そしてここには軸に関わる曰くがある」
司る物への鼻はよく利くのだと、悪魔はそう言い笑って見せた。やがて悪魔が指差すは、小さな書斎にある机。荒れたその部屋は空き巣にでも入られたようで、あちこちに無数の本が散らばっていた。それでも侵入者を拒み続けたのであろうその机。その付近は何かに守られるように荒れてはいない。
しかし今度という今度はお終いだ。相手は最高クラスの悪魔。五番目の領地を預かるティモリア様なのだから。マイナスは自分のことようにそれを誇って微笑んだ。その賛辞に悪い気がしないと頷く悪魔も笑って見せて……
「ほら、そこの机。引き出しを開けてみろ。おっとその前に……“鍵が壊れている確率変動”!さ、開けてみな」
「はい」
引き出しに手をかける。ギィという重い音でそれは開いた。その先には鍵の付けられた本。
「これは……日記?」
「ああ。そっちのさっき鍵も壊した。読めるはずだぜ」
「はい……」
その日記は子宝に恵まれない女が記した物だった。それがその家に掛けられた呪いだったのだろうか?それとも他の家の血を招かず、血を重んじ家に連なる血族ばかり招いたのがそもそもの原因か。次第にその家は、子を成すことが難しいという欠陥を抱えるようになる。最終的に家が没落したのは、最後の娘が子を産めず……娘盛りを過ぎた所為。
もはや没落の一途。最後に縋ったのは神。神頼みで礼拝を繰り返すその女。教会からの帰り道、女は一人の捨て子を拾った。これは神が遣わしてくれた者に違いないと、女は大喜びで家路に着いた。そして彼女を我が子として育てることにしたのだ。それでも一家の没落は防げず、その家は箱庭の街から落とされこの下町へ。
「馬鹿な女だよな」
頁をマイナスに捲らせて、本を覗き読む悪魔がせせら笑うように言う。それはこの母を指すのか、それとも……。日記を読む内ここが何処かは想像も付いたけれど、彼女は誰からここを教えられてきたのだろう。それを尋ねるより先に、悪魔が何やら話し出す。
「世界は夢現。嘘と偽り、無限の有限。数え上げればキリがねぇ。トリアもアムニシアも取りこぼしや見逃す世界は結構ある。或いはもう忘れたとか、興味なかったとか」
「そう、なんですか」
「ああ。或いは、彼奴らも眷属がいるからな。トリアなんかそこまで興味が持てない話は手下に執筆させることもある。後で本だけ領地に送らせるとかな。一度は目を通すが記憶には残らない。直ぐ忘れる」
物語の悪魔は、基本的に一つの世界で一冊しか本を記さない。それ以外の興味ない事柄は眷属に観察、執筆、契約させるのだとティモリアは言う。
「今回だってあの人魚王子の存在がなけりゃ契約しなかった。そう言ってる時点でトリアは一つ失態を犯してるんだ」
あの醤油女の外見に騙されやがって。笑う悪魔の言葉には、マイナスも同意せざるを得ない。歌姫ドリスは恐ろしい女。派手さのない外見のおとなしさ、それを舐めてかかれば痛い目を見る。
「トリアは外での本の評判、本の中の不幸度数が攻撃力とかそっちのパラメーターに関係して、蔵書の数が最大魔力量みたいなもんだ」
「え、ええと」
「わかんねーなら良い。まぁ、次はあれを見ろ」
一室に入り、悪魔が足を止めた先。子供部屋だったのだろうか?小さな埃まみれの寝台……その陰を悪魔が指差した。古い一冊の本があった。
「『優しい人魚の民俗学』……?」
タイトルからして初心者向けの入門書なのだろうか。戸惑いを覚えるマイナスに、悪魔は違うと首を振る。
「いいや、こいつは物語だな。第七魔力だけじゃねぇ。第五魔力の気配がするぜ」
「と言いますと……これは誰かの罰?」
「ああ、これを記したこと自体が罰だったんだ。イストが知らないはずだ。あいつが見限った先の世界での話なんだろうよこれは。さ、来いよアムニシア!」
シャロンの悪魔の名を呼ぶティモリアに、マイナスはびくと身体を震わせる。辺り一帯が白い霧に包まれたかと思うとそこは廃墟ではなく薄暗い森の中。
夢の世界に連れ込まれたのだと知って狼狽えるマイナスを、悪魔は胸を張って仰ぎ見る。不本意だが最強の後ろ盾がいるのだと語ったその口から、嘘は発せられていないと誓うよう。
「大丈夫だ。お前をいたぶっていいのはこの俺だけだ。そうだろ?何を脅える必要があるんだこの尻軽。俺以外に感じてやがるのか?」
「ち、違いますモリア様っ!」
「よし、良い子だ。いや……いい女だぜマイナス」
「モリア様……」
何故だろう。こんなにもこの人を信じられる。身も心も預けてしまいたくなる。不思議な魅力に囚われて、恐怖も何処かへ飲み込まれた。
「仲がよろしいのですね、結構なことです」
此方の会話を微笑み見守る美しい紫髪の女悪魔。会ったことはなかったが、此方に度々接触を図ってきたとのことは聞いている。
(それでも……)
この悪魔はシャロンに仕えている。信用できるのだろうか?
「その件ならご心配に及びません。仕事に私情は挟みませんが、私は私情でしか仕事をしません。私情の妨げになるなら時にはシャロンの願いも見逃しますわ。約束だけは守りますけど」
「え……」
いまいち信用していいのかわからない言葉で胸を張るアムニシアと言う悪魔。
シャロンの命令とあれば、マイナスに危害を加える可能性もある。あるはずなのだが、此方には殺気の一つも向けられてはいない。
「それはひとまず置いておきましょう。イストリアの企みは、私の主にとっても不都合。この本の中から出られないのは我々領主一同にとっても不都合。仕事の上では対立するかも知れませんが、その点だけは私達は協力すべき同志なのです」
「それじゃあ、この……ドリスの屋敷の場所を教えてくれたのが、この悪魔だったんですかモリア様?」
「そういうこった。だから俺はこうしてトリアも見られねぇアムニシアの結界に招いてもらった。その上でほれ、この本を読んでみようじゃねぇか俺の歌姫。お前のその声で俺に聞かせてくれよ」
「はい」
言われるままに、マイナスは本に目を通す。それは著者自身の身に起こった出来事を一人称で綴った物語。
不治の病に悩める少女。彼女は海に身を投げようとした。けれどそれを引き留めた美しい娘。彼女は……正確には彼。海神に呪われ男の姿になった人魚姫。呪いを今際の際まで打ち明けられぬまま、呪いを一緒に解いてくれるはずの運命の人に先立たれた人魚姫。愛しい人が転生してくるまで、長い寿命を費やし身を隠す。いつか愛しい人と再び巡り会えるまで。
そうやって隠れ住むのは、彼女の成長が遅いから。老けない彼女を人が人ではないと知られれば、不老不死の秘薬としてその肉を狙われる。
呪われた人魚姫に命を救われた少女は、恩人である彼女……いや彼に恋をする。その恋に応えてくれたなら、人魚姫の呪いは解けるのに、呪いは解けない。人魚姫は永遠に愛しい人を思い続けている。二人の間に割っては入れないことを嘆いた少女は、友人としてでも傍にいたいと、その後も彼女の元を訪れて……彼女の孤独を少しでも癒せればとそれに努めた。
けれど、人気のない廃屋に出掛ける少女を不審に思った者が彼女の後をつけ、老いない女の存在が明るみに出る。噂はあっと言う間に広まって肉を狙われ、殺されてしまう人魚姫。
「“それでも彼女は最後に、私に食べてと言った。私の孤独を癒してくれた、貴女にだったら永遠をあげられる。生きていれば苦しいことだけじゃない。嬉しいこともきっとあるから。生まれ変わったらまたこうして貴女と友達になりたいから、待っていて。そして教えて。死にたがっていた貴女が、生きていて楽しかったこと、嬉しかったことを。”」
「ひゃっはっは!最高だぜ!不治の病の女を永遠に苦しませるか!」
「人魚姫は不老不死になれば完治すると思ってたようですわね」
少しマイナスが切なくなってるところで悪魔達が笑っている。人と悪魔の感性はだいぶずれているらしい。
「で、でも身体の病気は治ったのでは?」
「だが今度は恋って言う不治の病を押し付けたんだこの人魚は。こいつは苦しいぜ?永遠に身を焦がすその熱は、死ねる病なんかとじゃ比較にならねぇ」
「ええ。私が彼女に出会ったのはその頃です。彼女の素敵な恋の狂気に惹かれ、一時期観察をしたことがありましたわ」
自らが恋に悩める女であるアムニシア。思い人を振り向かせるための間違った努力は欠かないようで、恋に取り憑かれた女を観察対象にしているらしい。
「それで何か?アムニシア。この本が事実なら、この女は何処へ消えた?お前、その言い草だとこの女と契約したんだろ?」
「ええ。彼女の願いは死にたいと言うこと。私は彼女が手に入れた永遠、その隙を探り、僅かの眠りを掛けて差し上げました」
「それでこいつは生きてるのか死んでるのか?」
「それは勿論、死んでもいますし生きてもいます」
ふふふと含み笑った女悪魔の微笑みは、夢で見たシャロンのように悪意に満ちて、それでいてあの醤油歌姫のように穏やかさを湛える。それを上品に仕立て上げる謎の余裕がアムニシアを飾る笑み。その余裕は、物語の悪魔を出し抜いたという確かな確信を得て。
「その後の話をするならば……そうですね、彼女は今度は自分が老けない死なない。人魚と勘違いされその肉を狙われ何度も殺されていましたね。それでも死なないわけですから……最初はすぐに回復して元の姿に戻っていました」
「だがお前がそこに眠りを掛けた」
「ええ。長すぎる時間の経過で、次第に彼女の永遠も鈍くなるよう魔法を少々。減った分の肉と記憶が消える。不老なのですから、肉を食った当時の年齢まで戻るわけです。一時的に失った肉の分退化した身体は、成長と共に元の年齢まで回復。そこからが不老となるのでしょうね」
ちなみに、肉を食われた際にすべてを処分されてしまったら本当に死ぬことが出来る。食べ残しさえなければねと女悪魔はくすくす嗤った。
「まぁ、きちんと食べて貰えず完全に滅べなくとも、すくなくとも彼女の人格は死にます。それは転生と似ていませんか?新しい場所、新しい名前、新しい人生、そして出会い」
「ああ、そういうことか。それなら話の辻褄も合う。何でこんな本がここにあるのかってのもな」
「ええ、彼女は成長と共に失った記憶の一部を取り戻しつつあった。彼への並々ならぬ執着は、何もこの下町からはじまるわけではありません」
「あの……」
悪魔達の会話に着いていけないマイナスは、どうしたものかと困り果てた。
「記憶は何も脳だけに残るわけではありません。身体の一部一部が覚えていることもあるのです。故に彼女が思い出したのは、人魚への執着と激しい恋。この本がここにあるのは何も、自分が著者であることを思い出したからではなく……古く新しい恋に出会った彼女が、この物語に深く共感したからなのです」
「要するにな、マイナス。どうしてドリスだけ津波で助かったと思う?本当に彼奴が人魚の末裔なら、鮫に食われてたはずだぜ?」
「え……」
「血の薄さなんかじゃねぇ。あいつには人魚の血なんか入ってなかったんだよ。そもそもエウリュディ家が没落したのは子宝に恵まれなかったから。ドリュアスは極限まで血肉奪われ退化した赤子、つまりは拾い子だろ」
「そ、それでは……この本を書いたのは」
「ええ。歌姫ドリスはまだ死んでいません。そういうことです」
*
終末の悪魔
「美しい夢を見ていたい。現にそれがないならば。
美しい世界に浸っていたい。生まれる喜び、生きる希望。
人の世の何処かには、そんなものが眠っているのだと……
私はそう思いたかったのだ。」
*
それが叶わないのなら、それが現でなくとも構わない。夢の中でも構わない。だからそれを見てみたい。
願いはとてもささやかなこと。多くを望むわけじゃない。言うなれば、そう。美しい物を見てみたい。世界にあって、掛け替えのない。守るに値する何か。軽蔑ではなく慈しむに足りる何かを。見てみたい。信じてみたいのだ。
夢と現は裏表。アムニシアが司る物、それはある種の真理である。
彼女はその切り換えスイッチ。それならば自分は何だと男は思う。
イストリアが世界を本にするように、自分という悪魔は世界を夢の枠に捕らえて観察をする。
元々その世界は現である。しかし自分がそれを夢に見た刹那から、それは自分に見られている夢になる。それでも自分にそれをどうこうする力はなくて、じっとその世界を見つめるだけだ。自分に許されているのは目覚めることだけ。夢の終わりは世界の終わり。終末の悪魔と自分が冠されるのは、目覚めることで数多の世界を滅ぼしてきたから。
その滅びを可哀想にと思うなら、自分は永遠に眠らなければ良い。或いは眠り続けて目覚めなければ良い。それでもそのどちらもこの上なく難しいことで。その時々の逃避によって、自分という悪魔は夢と現を行き来する。
「……」
男は考える。まだ温かい寝台の上、寝転びながら考える。
美しい物。今回の夢の中にもそれはなかった。予定より早く壊してしまったが、こればかりはどうしようもない。あの二人に勝る程の物などあそこにはなかった。しかし今回の目覚めはあまりに突然。反射的に飛び起きたものの、壊した観察途中の世界を哀れんで憂鬱に襲われる。いや、それ以上に……
(怠い)
それでも助けに行かねばならないだろう。
《助けてカタストロフ様ぁああああああああああああああああああああっ!》
助けを求めるあの子の声。自分に気を使うエングリマが助けを求めるなど余程のこと。聞こえた悲鳴前後の会話から、今度会ったら第六領主は殺しておくべきだとは思ったが、あの子らの悩みは何もそれだけではない。
エングリマだけではなく、ティモリアの身にも危険が迫っているのだ。あの子らは美しい物ではないが、可愛らしい物ではある。
正反対なあの双子。自分が彼らを可愛がるのは、恐らくは……終わりを知っているから。
罪と罰の双子の悪魔。あの子らは、いつか完全体の悪魔になる。その時、そこにはもう二人はいない。
失われると知っているから可哀想にと可愛がる。その哀れみを優しさと言ったエングリマ。侮辱と憤ったティモリア。二人は正反対の反応を示しながら、まだ至れない扉の前まで時折やってきて、私の帰りを待ち侘びる。なんとも可愛らしい双子の悪魔。それでも悪魔は悪魔。
人のように時間が成長を促してはくれない。彼らは一方がもう一方を殺さなければ、大人の悪魔……完全体の悪魔になれない。身体と反対の精神を持つあの子らは、常に葛藤の中にある。
安らかな夢など見る暇もない程魘されて、可哀想に。身体の性別を自在に変えることが出来るのは、完全体となった悪魔だけ。心が望む肉体を得る術は、あの子らに限ってはそれが唯一無二の物。彼らが完全体となれば、第一領主はおろか、この私を脅かす程の力を得るかもしれない。
とは言ってもだ。あの子らはまだ悪魔として幼く、力不足。司る物と才能故に魔王の位を手にしたが、他の領主に比べればひよっこ同然。今の彼らが自力で勝てる相手など、第六領主くらいなものだろう。アムニシアとイストリア。あの二人を敵に回して、本の中から自力脱出などまず無理だ。
こんな事になる前に、起きて助けに行ければ良かったのだが。領主を全員領地に誘ったイストリアの誘い。それが聞こえなかったわけではないのに。
(私が目覚めなかったのはどうしてだろうな)
そうだな。二人が争うのを直接目の前で見たくないのだ。決定的な場面から目を背けるために夢へと逃げる。それもある。生まれたばかりの小さな悪魔。捨て置けば直ぐに魔物に食われて死んだだろう。それを拾い上げたのは何故?
どこかでいつか、見たような……夢の中の物語。そこに出てきた誰かに、あの子達は似ていたんだ。冬の氷のように冷たい彼の髪。夏の太陽のような彼女の灼熱の瞳。
エングリマが人と人外の恋を後押しするのは、彼自身がそういう恋を知っているから。ティモリアが手段選ばず力を求め奪うのは、そうすれば失わずに済んだ何かを覚えているからか。
(綺麗な……)
嗚呼そうだ。綺麗な目をしていた。死して尚、必死に何かを求める目。あの日出会った、かつてこの地獄でみつけたかもしれない美しい物。いずれそうなるかもしれないと見守った、愛らしい物。私はそれがそうではなかったと知って、失望したのだろうか?
男はゴロゴロと寝返りを打つ。
(あの子達が殺し合うのを見たくない。しかし、あの子達が傷付くのも見過ごせない)
それでも起き上がる気力が起きないのは、憂鬱がそれを上回るから。
「……」
やはり駄目だ。怠い。起き上がるのも億劫だ。第七領地まで出掛けてイストリアをどうこうするというのは面倒だ。この際地獄もろとも破壊してしまおうか。いや、それもそれで面倒臭いことになる。
「……あ」
そうだ。もっといい手があった。あの世界は今アムニシアの夢の力、その侵食が進んでいる。夢ならば、司るは自分も同じ。
男は笑って目を閉じる。再び眠りに就くために。それでもこの前までの短く長い繰り返しの夢ではない。唯、夢を見ればいい。
(さざ波……海の匂いだ)
心安らぐような波の音を聞きながら、深く深く眠り付こう。やがてはそこで目を覚ます。
久々に、海神書きました。
色々凹んだこともあったけど、一人で一日に何頁も読んでくれる方、ブログに海神の歌姫で検索して来てくれる方がいたり、そういったことが励みになりました。ありがとうございます。
他の作品と繋がっている話なので、ここを乗り越えなければなぁと思います。