34:飛べない鳥のために
歌えない歌姫
「大切な、大切な、私のドリス様。可愛らしく優しく美しいドリュアス様。
私めを私めを、貴女はお仕えすることを許してくださったのに、どうして私を置いていくのです?ドリス様」
*
人の歪みは何時生まれる?それは壁にぶち当たる時。挫折、絶望、失望、そんなもの。
その壁を一度で飛び越えられる者は天才。他の者にとっては天災。そんな天災に出会した凡人は、さめざめとその壁の高さ分厚さを思い知る。
その壁を捨て身で体当たり、ぶち壊すことが出来る者。それは秀才。他の者にとっては終災。凡人は知る。自分より遙かに優れた人間でも満身創痍になって何度もぶち当たりようやく壊すことが出来る壁。ならば自分はその人より何度多くその壁にぶち当たればいい?内臓を、五臓六腑をぶちまけて。血反吐を吐き頭を打ち付け懇願したとて、壁は壁。唯ただ高く分厚くそこにある。人を歪ませるのはその壁だ。
人は平等に生まれ来るものではない。だからこそ努力してもせずともどうしようもないことはある。そこに至ったとき人は考える。
なるほど、天才には天才の。秀才には秀才の悩みがあり苦悩がある。それは凡人たる自分には理解できない悩みだろう。しかし天高くを羽ばたく者にとっては取るに足らない悩み、どうしてそんなことが出来ないのかと腹を抱えてしまいたくなるような物事、そのことを侵食を削るほどに悩み、苦悩し、絶望し、いっそ首を吊ろうかと思い悩む者がいること。その小さき者の悩みを彼らはついには理解しない。飛べない鳥が何故飛べないのか、空飛ぶ鳥には解らない。しかし飛べない鳥も悩むのだ。それなら何故自分にはあの猿共のような腕が無く、空への未練を残した小さな翼があるのだろうかと。
この翼は私は何のためにここにある?何の意味もないというのか。何の意味もないのに私は今ここに作られて、ここでこんなに悩んでいるのか。いっそ駆け抜け飛び下りて、地に落ち死んでしまおうか。
そんな風に悩んだ娘がいた。そんな娘に希望の光を与えた人間が居た。その心に灯った小さな炎。それが娘を立ち上がらせた。壁を飛び越えることが出来ない。壊すことも出来ない。それならば、他の方法を探そう。そう思い至った。ならば私は深く深く穴を掘ろう。この身が醜く穢れても、深く深い穴を掘ろう。この壁が地中どの程度まであるのか知らない。それでもいつか終わりはあるだろう。そこの下まで行けばいい。その先を掘り進めれば、壁の向こう側へといつかは至れる。頭を使え、身体を使え。そうしてやっと凡人はこの長く分厚い壁を越えることが出来るのだ。
言うなれば希望の光は生きるための光。それがなかったのならその娘はとっくに死を選んでいただろう。
「リラ、私はね……死ぬつもりだったのよ。いいえ、それを覚悟していた」
そんな風にその娘は……主は語った。
「空から落とされて地上に暮らした。空で生活できるお金はなくなっても、家財整理で少しはお金も出来た。下町でならそこそこ裕福に幸せに私達は暮らせるはずだった」
遙か遙か、遠い海を忌々しく見つめる少女は嗤う。
「だけどみんなみんな、あの海が攫ってしまった。父様も母様も……」
両親は人魚の血が呼んだ鮫に食われて死んだ。しかし鮫達は少女の周りをグルグル回り、やがては去っていく。あまりに人魚の血が薄すぎた。感じ取れなかったのだ。そうして少女は生き延びた。少女は波間を漂った。悔しくて、悲しくて、涙が頬を伝った。ぷかぷかと浮かび流れる。見上げた空に浮かぶ街。あの街を引き摺り下ろしてやりたい。こんな痛みも悲しみも知らずに享楽に耽っているだろう愚か者達を魚の餌にしてやりたい。暗い気持ちで漂った。もう一度大きな波が来れば、小さな少女一つなど、簡単に海の底へと沈めるだろう。
「そんな風に生きることを諦めていた私を助けてくれた人がいた。私はその人が好きになった。その人の名前を人伝に知った。それだけで私を拒み続けた世界が開けていくようだった」
最初はとても綺麗な綺麗な恋心。神聖なものとしてその少年を崇める心。その人と結ばれる事なんて望まない。その人の暮らす場所がどうか平和であって欲しいとそんな風に思える恋だった。そうして主は夢を見た。少女らしく憧れた空想だ。
結ばれる恋ではなく、結ばれない恋に夢を見た。少女の先祖は人魚姫。こんな見窄らしい自分であっても物語の少女のように美しい心を持ったなら、きっと美しく生きられるだろう。何よりも大切な思いを胸に秘め、それを心に抱くことで、少女は少し強くなった気がした。舞台の幕が開くように、何でもないことがとても大きなことのように思われた。世界がぐるり回り始めた。彼女という軸を得て。そう、物語が始まった。まるで自分が主人公にでもなったようなつもりだった。しかし先祖の七光りも、彼女に光をもたらさない。身を切り詰めて空に戻って、生活は思い描いたそれとは違った。愛しい人の暮らす街のために。そう志して歌姫になったけれど、人魚の地位は余りに高く遠かった。
世間知らずのお嬢様。突然没落して地に落とされた。そうして舞い戻った空の上、頼った親戚筋はその日の内に彼女を仕事に送り付けた。少女は歌の仕事が始まるものかと胸躍らせた。しかし待っていたのは見知らぬ男と嫌な匂いのする寝台。わけがわからぬままに、少女は女になった。ただその夜に、思い描いた夢が壊れて、現が如何に残酷なものであるかを思い知り、そして少女はただただ高い壁を見上げるのだった。
リラを拾ったその日のドリス。彼女もまた、泣いていたのだ。一人じゃ立っていられない。誰かに寄り添いたかった。可哀相なボロ切れのような女を見つけ、無条件に愛しさが募ったのは、それがもう一人の自分のように思えたからなのだろうと、後に彼女は言っていた。
壁は人だ。それは時に女で時に男だ。ぶつかればぶつかるほど、主は歪んでいった。
自分より遅く現れた。自分より年下の娘が軽々空を飛ぶ。ああ、これが才能という者か。羽ばたく少女の美しさ。土の味も泥の匂いも知らないだろう。ああ、鉄砲が欲しい。あの忌々しい鳥共を、1羽残らず撃ち落として撃ち殺してやりたいものだ。それを妬みというのなら、勝手にそう言えばいい。存在自体が目障りだ。同じ場所で生きて呼吸をしていること自体が甚だ不快。見たくもない。聞きたくもない。耳障りなその歌声。綺麗な羽。綺麗な羽根。引き千切って捨ててしまいたい。
自分より暗い夜を知らない。苦痛も屈辱も、その数も遙かに少ない。そんな女が空を飛ぶ。汚れて尚光り輝く。その癖勝手に影を帯びる。彼女ほど何も知らない癖に。彼女ほど痛みの時間も月日も回数も軽いだろうに、さも可哀相な女だと悲劇のヒロインを気取りたがる。そんな女を傍で見ていて、彼女がどれだけ忌々しいと思ったことだろう。
歌姫シャロンも歌姫シレナも唯の庶民の家の娘。もともとは地を這う溝鼠。それが軽々空を飛ぶ。一滴も人魚の血も無い癖に、それがあんなにも人を魅了する歌を歌う。
ドリスを見下して良い唯一の歌姫はエコーだけ。それでも彼女もドリスを傷付けたことだろう。同じ人魚の末裔で、天と地の差の二人である。何故それが私であって、それが彼女で無ければならなかったのか。何かが一つ違っていれば立場は逆だったはずなのに。ああ、ああ……すべては運か。そんなたった二音の言葉にここまで私は苦しめられ苛まれ続けているのかと、彼女は奥歯を噛み締める。
悔しかっただろう。苦しかっただろう。そんな痛みをリラは知らなかった。可哀相なドリスと接することで、これまで自分が軽々飛び越えた、踏みつけてきた歌姫達の痛みを知った。いっそ自分の歌声を彼女に捧げることが出来たなら、そう思ったことが何度ある?与えたい歌声は、既になくしてしまったもの。捧げられるものは心ばかりなものだった。
ドリスは壊れていた。次第に壊れていった。そんなモノを幾らでも見せつけられてきたのだから。ある日嬉しそうにドリスはリラに語った。
「あのねリラ、私絶対シャロンさんを人魚にさせてあげない」
人魚が、少女が……女になった。ドリスは嬉しそうに幾通りもの策略をリラに語って聞かせる。そうすることでしか己の心をもはや慰める術も知らなかった。けれどそれをドリスが望むなら、リラはそうするつもりだった。邪魔な歌姫全てを殺し、血で道を切り開いて差し上げても構わない。一言やれと命じて貰えたならば、リラは喜んでそうしただろう。それでもあらん限りの呪詛の言葉を吐いた後、ドリスは深く深呼吸。何時も通りの優しい笑みをそこに戻して、また明日から頑張ろうと微笑むのだ。
そんな苦渋に満ちた日々を続けた先、とうとうドリスが報われる日が来た。下層街の歌姫でありながら中層街の仕事に抜擢された。それもなかなか大きな役だ。ここで上手く印象付けられれば中層街の歌姫にランクアップ出来る。運気が回ってきたのだろうか?良いことはそれで終わらなかった。同じ仕事に歌姫エコーと歌姫シレナがいたのだ。そうしてその二人、更にはドリスとも友人である歌姫シャロン。度々その場に応援に顔を出しに来た。その内にドリスはその三人の関係の詳細を正しく理解する事になる。
「凄いわリラ!ちょっと嗾けてやれば全員共倒れに出来るかも知れない」
歌姫エコーはシャロンに気がある。エコーを嗾け不祥事を起こさせる。そうしてこの醜聞を知らしめれば、上層街の歌姫二人の名声は地に落ちる。歌姫シレナは日々の練習でエコーにいびられ精神的に参っている。何かとてもショックなことがあれば、もう歌えるようにはならないだろう。精神的に殺せるはずだとドリスは嗤った。上手く立ち回るだけで、完全犯罪漁夫の利を得ることが出来るかも知れないと。
それからだ。オペラ座での練習を重ねれば重ねるほど、ドリスの歌には不思議な響きが増した。控えめ健気な少女を装い、いつも下手に出て他人を立てる。けれどそうして他人を動かし操る魔性の女。その歌声はある日突然、一匹の悪魔を招き寄せた。
「人魚の歌。僅かだけど第七魔力を感じる歌声。そうね、確かにあの女共は調子乗ってるわ。私もそういう女を見ると不幸にしてやりたくて堪らない。人間にしてはなかなかいい感性よ貴女。なかなか悪魔的で素敵だわ」
くすくすと笑う悪魔は、ドリスの言葉に賛同の意を示す。
「私に面白いものを見せてくれるなら、私は可哀想な貴女を助けてあげても良い。例えば過去に貴女を抱いたことがある中で一番身分の高い男……彼をもっと貴女に入れ込ませることだって私の力なら容易いこと。そしてドリス、貴女が諦めている恋さえ思い通りになるかも知れないわよ?」
「カロン君と……私が?」
それからだ。ドリスは神聖な恋を、凡俗なる恋に見るようになる。触れ合える抱き合える相手としてあの少年を考え思うようになる。
「なるほど、そういうわけね」
くすくすと笑う女の声。はっと飛び起きたリラが居たのは暗く深い森の中。
「っ……!」
リラを見下ろすようにそこに屈んでいたのは、長い金髪の少女。歌姫シャロン、その人だ。
「ああ、喋れるわよ貴女でも。だってここは夢の中」
「歌姫……シャロン」
「こうやって貴女の声を聞くのは初めてね」
だからって別に感想はないけれどと歌姫は笑う。
「でもそっか。ドリスはエコーとシレネの対立を煽って、それでシレネちゃんに私を殺させるつもりだったのね。だけど幸か不幸か彼女には、人殺しが出来るような心はなかった。完全犯罪を望んだ。絶対に勝てる土俵でしか勝負が出来なかった」
「何が言いたい」
「私だったら直接手を下していた。シレネちゃんを夢遊病として殺すことが出来たのに私はそれをしなかった。それが私と彼女の差」
「確実に仕留めたかっただけだろうっ!」
「ええ、そうよ。中途半端な女には、中途半端な勝利と運気と未来しかやって来ないもの」
自らは危険な橋を渡ることで死の運命を免れたのだと歌姫は胸を張り、威張って見せた。ドリスが惨めな思いをしたのも、すべて……覚悟が中途半端だったからという侮辱を受け、リラは激昂。
「貴様っ……貴様にあの方の何が解るっ!恋人以外の男を、屈辱を知らぬ女がっ!」
「私達歌姫は夢を売る仕事でしょう?人に夢を見せられない女は歌姫の資格もない。貴女、トイレの床とか壁とかもっと酷い場所にキスしたい?したくないでしょ?」
「誰があの方を罵ろうと私は喜んで!その場所に他人が何と名付けようと、それは私の至福に他ならない!貴様の定義で私の愛を量るなっ!」
「悪趣味ね。シエロレベルなら兎も角、ドリス相手にそこまで言うなんて」
誰がドリスを貶めようと、リラの心は揺るがない。他人の言葉で揺らぐような愛も忠誠も持ち合わせては居ない。薄汚れたあの日の自分を拾い上げてくれた、あの少女の腕の胸の……涙の温かさ。それ以外の何がこの思いの前に必要だろうか?既に心は満たされている。心の聖杯には、並々と注がれた愛の泉が満ちている。あの日彼女に出会った時から。
「哀れな歌姫!貴様はあの男の外見に外面に惚れているだけの女だ!性格はそれに付随しているだけ!」
「だってそれが普通でしょ?性格なんか幾らでも私好みにしてあげればいいだけだもん」
「貴女には、愛する者を尊重する心がないのか!?」
そんなものは愛とは呼べない。リラが声を荒げても、シャロンは涼しげな顔。義姉妹でありながら、人を愛するという点でマイナスとこの女は大差ない。
「それじゃあドリスが貴女の何を尊重してくれたの?」
「それは……私と彼女は主従関係だ。故に問題はない。だが……」
「そうね。私とシエロは恋人関係。それなら私達は平等でなきゃ駄目。それは一見品よく聞こえる」
愛の天秤は平等ではないのだと、最も人魚に近い歌姫。
「恋人って言うのはとても不平等なもの。男と女って括りがある以上、一般的な恋人っていうのは不平等。絶えず何かをお互いに奪い合っているんだから。だから奪われることと許すことで成り立つ関係が恋人なんだわ」
「……可哀想だな、歌姫シャロン」
「私からすれば可哀想なのは貴女よ。貴方はそういう風に生きてきたから、常に奪われ続けた。そうでしょ?そうでなければきっと今頃貴女が人魚になっていた。歌姫メリアの名は上層街では有名よ」
嘲笑いには嘲笑で返された。
「貴女がこの業界やって行けたのは貴女が根っからの女好きだったからよね。歌姫なんて周りに可愛い女の子一杯で目の保養。当時は当時で毎日楽しくて幸せだったんでしょう?」
「……それが何か?」
「女同士のドロドロ修羅場っぷりも微笑ましく見守れた貴女は、良い意味で女らしくない。それは夜の仕事で男に失望した歌姫達からも憧れになったんでしょうね。同性からの支持も得られるっていうのは大きいわ、私だってその辺難しかったもん」
「よく言ったものだ。奇跡の歌姫が」
男声と女声を共に操るこの歌姫。外見や性格がどうであれ、歌で人を魅了できれば名実共に人魚になれる。シャロンは男に響く声と歌、女に響く声と歌を使い分けて、その声と音域の幅に多くの者が魅せられた。
リラの場合はそうではない。確かに女性人気は高かった。男性人気はそれには及ばなかったが、男が寄り付けない性格と雰囲気に、妙な層から支持を集めてしまった。それがそもそもの悲劇の発端。
男嫌いの歌姫メリア。それは生粋の生娘証明書。男嫌いの女好き。邪推させるような背徳の香りがそこにある。男好きの女を相手にするより、嫌がる女を相手にする方が興奮に繋がるという変態共。それを手玉に取った歌姫の策。綺麗な花だけでなく、可愛い花にも棘がある。雑草にだって毒がある。女は等しく皆毒草。女を可愛いと甘やかし愛でて見たこの目が、真実を見抜けずに、まんまと踊らされた。目の前で罵る奴は良い。聞こえる陰口は愛らしい。一番怖いのは、表面上おくびにも出さない悪意を笑顔に秘めた者。歌姫シャロン、この女……。天然無邪気が本質と人に見誤らせる、なんとも計算高い女だ。悪意のあの字も知らないような顔をしながら、息を吸って吐く如く、人を傷付け貶める。
「まぁ、どうでもいいけどお兄ちゃんに刺されたんだよね、なかなか目覚めないところを見ると毒でも塗られてた?」
そうだ、私はオペラ座で……あの少年に刺されたのだ。シャロンに言われて、リラは思い出す。
「私に仕えてくれる悪魔は、夢が得意分野なの。貴女にその気があるのなら、死ぬ前に目覚めさせてあげてもいいよ?」
「……何?私は死んでいないのか?」
「うん、まだ仮死状態。それを気付かず、お城に連れて帰っちゃったんだろうね。でも運が良いよ。お城にはドリスちゃんを振った殿下がいるから。殿下が貴女の死体を調べに来たときに襲いかかれば復讐できるかもしれない」
「何を企んでいる?」
「私もお兄ちゃんは懲らしめたいし、お兄ちゃんの罪の濡れ衣を被るのは嫌だもの。生き証人としてお兄ちゃんが犯人だと言ってくれるなら、私も悪いようにはしない。あ、喋れないんだったね。それじゃ文字でも良いからそれを語って欲しいの」
「……条件は?」
「私の言うことを聞いてくれたら、ドリスちゃんの悪魔にも出来ないこと……ドリスちゃんを生き返らせてあげても良い。私とシエロの邪魔をしないなら」
どう、悪い話じゃないでしょ?と、歌姫シャロンはほくそ笑む。
「断ればどうなる?」
「このまま運悪く毒で永遠に目覚めない。貴女が目覚めるためには私の悪魔の確立変動の力が必要だもの」
仮死状態というのも、この歌姫の配下によって幸運をもたらされた結果らしい。既にリラはこの歌姫の掌の上。
「大丈夫。貴女は毒の所為で一時で的に意識が朦朧としていた。襲われた正当防衛でやってしまっただけ。それで殿下殺しは逃れられる。選定侯家は他にある。私やエーコの支持者は私の肩を持つわ」
「まさか……」
「うん、そういうことだよ」
にこりと微笑む少女のなんと愛らしいことか。しかしこの女はあまりに恐ろしい。その微笑みに背筋が凍り付くようだ。歌姫シャロンはシレナ殺しを兄に押しつけるつもりなのだ。少年がシャロンの名を騙り歌姫をやっているとなれば、死罪にすることも出来る。
「邪魔者が居なくなったところでドリスちゃんが生き返ったら、きっと貴女を選んでくれる。ううん、今まで与えた分以上を貴女が奪えばいいのよ。それで貴女の恋は成就する」
まるで悪魔の囁きだ。その甘い声に誘われ、辺りが白ずんで来る。もうすぐ、目が開く。
(ドリュアス様……)
前報酬のつもりなのか。シャロンに代わり、そこに現れたのは私がお慕いした大事なあの人。私にとって都合の良い夢を見せて、やる気を出させるつもりなのか?確かにそれは、甘美な夢だ。夜こあの人の夢を見せてくれるなら、それだけでもシャロンに服従してしまいそうだ。
「ねぇ、リラ。私を助けて」
「ドリス…様……」
「もう男の人なんて信用できない。どうして気付かなかったのかしら。私には、貴女しかいない!貴女しか要らない!」
思い切り抱き付かれ、二人でその場に倒れ込む。泣きつかれてどうしよう。戸惑っている内に、あの人の愛らしい顔が近付く。
「大好きよ、リラ……」
何度想像しただろう。ドリス様の唇が私に触れる。生の息吹を吹き込むような深い口付けに、どくんどくんと胸が鳴る。再び鼓動の音が強く強く甦る。
「ドリス様!」
「約束ね。今度は夢じゃなくて現で。貴女から私に返してね」
ふわりと笑って、霧に消える人を追い、その先眩い光が飛び込んだ。その光の先、映るのは……目を見開いたあの男と、隣に佇む皮肉なほどに綺麗な空。
*
物語の悪魔
「何が一番嫌いって?それは勿論私も同意見。
勘違い男ほど害ある者はいないだろう。
醜ければ周りは相手にはしないが、無駄に顔が良ければ質が悪い。
賛同する馬鹿女が居る所為で、奴は益々調子に乗ってしまうものだから」
*
「医者を!医者を呼べっ!大丈夫だシエロ、傷は浅いすぐに手当てをしてやる!ああ……俺を庇ってこんな目に。そこまで俺を愛していたのか!」
いや、そうじゃないんです。
「この女……歌姫メリア!?私への復讐のために私の可愛いイリオンを殺しに来るなんて!」
いやそうじゃないんです、王妃様。そればかりは誤解です。ああ、けれど庇おうにも僕は喋れない。殿下は勝手に勘違いの感涙をしていて話にならない。
(どうしようどうしよう、カロン君、どうしよう)
シエロは焦っていた。とんでもなく慌てふためいていた。この場から逃げ出すことが叶うなら、今すぐそうしたいくらい。とりあえず目眩を感じるままに意識を手放したのは言うまでもない。我に返ったところで目は覚めず、薄暗い場所にシエロは転がっていた。
(あ、夢を見ている……)
それでも昨日と違って悪夢を見ているのは僕じゃない。それに気付いたシエロは、これが誰の夢なのかを知る。これはエフィアルの繋げた夢。それを見ているのは……
「カロン君……?」
声が聞こえる。今よりもっと幼い子供の声。
待って、置いていかないで。寂しい。帰ってきて。泣きながらもたらされる、縋り付くような声。昔の悪夢でも見ているのだろうか?眠るカロンを見つけ、起こしてやろうと抱き起こす。そこで勢いよく、カッと見開かれた目。
「殿下なんかに嫁ぐなシエロっっっっ!!」
「え……?」
そこでようやく明るくなる視界。見れば辺りの空間は、ぞっとするような結婚式のシーンが映し出されている。
「や、やぁ……カロン君?」
「し、シエロ!?」
「あ、あはははは」
過去のトラウマかと思ったのに、まさか僕のことを夢に見ていたなんて。呆れ半分、嬉しさ半分。彼にとっての悪夢がこれか。不安だったんだろうな。そう思うと目の前にいて、本当は居ない彼がとても愛おしい。
「で、どういうことだよ。俺エフィアルからいきなり問答無用で悪夢見せられたんだけど」
「面目ない」
シエロが気絶したところエフィアルが悪夢をもって夢を繋ぎ、やがて現れたカロンに問い詰められる。
「とりあえず情報をまとめるよ。城に運ばれた後、彼女の行方が解らなくなった。その捜索に殿下が乗り出してしばらく、僕らはメリアに襲われた。唯、何時目覚めたかは解らない。仮死状態も一種の夢。寝ている人間を夢遊病として操ることがアムニシアには出来るからね」
もしかしたら、彼女は途中まで眠りながら僕と戦っていた可能性すらある。
「メリア=オレアードの狙いはやはり殿下だった。いきなり亡霊に襲われた殿下はもうへっぴり腰でとてもじゃないけど逃げ出せそうにもなかった。仕方ないから僕が彼の帯刀していた剣を奪って彼女と戦ったんだけど……」
「お前、あの女に勝ったのか?」
「結果としてはまぁ。僕には第一領主様も憑いていたしね。でも……」
「どうしたんだよ?」
それでも最初の一撃は食らってしまった。殿下を庇う必要があったから仕方がないとは言え……それが誤解の原因だ。いや、それだけでもない。しかしメリア=オレアード。女の身でありながらあの剣裁き……見事な物だが、元は歌姫。数年前まで大事にされて歌しか歌って来なかった彼女よりは、まだまだ上手く剣を扱える自信はあった。相手はまだ目覚めたばかりの怠い身体。負ける勝負ではないのも確か。
「お前気絶するほど酷い怪我を……?」
「いや、精神的にちょっと。殿下が何だかちょっと……いや、かなり……って言ったら失礼だけど気持ち悪くて」
「何かされたのか!?」
「いや、何もされてないけど殿下の中で勝手にフラグを立てられている気がして」
僕に良いところを見せようとして、反対に庇われて。彼には男のプライドとか無いのだろうか?俺を庇うなんてそんなに俺が好きか!俺もお前が好きだ!!的な空気に耐えられなかった。
「そ、そうか。尚更気をつけろよ?」
口の中を探られたら歌えないのは一発でばれてしまうとカロンが注意を呼びかけた。シエロもそれに頷いて応える。
「……でも、そうか。あの女が生きて城に……。シャロンとしてはもっと夜遅くみんなが寝静まった辺りに行動をさせたかったんだろうけど、そうもいかなかったってことか」
「うん。だと思うけど……それなら二人と繋がりの在る悪魔……アムニシアとイストリアは協力関係に?」
シエロは歌姫ドリスの従者のことを思い出し、そしてもう一度考えを改め直す。恋する人は盲目だ。愛する人を失ったとき、人は思いも寄らない行動に出る。自分自身がそうだった。
「いや、違うかな。仮にそうだとしてもそれは破られたはず。僕を見た彼女は冷静な判断力を失った。カロン君憎しから僕を屠ろうと思ったのだろう。そのために僕を守る殿下が邪魔だった。だから殿下から殺そうとした」
愛しい人を殺される痛みは、同じく苦痛をもって察するべしと、シエロへメリアは殺意を募らせる。いや、それだけではない。きっと二人とも殺すつもりだったのだ。
「彼女の大切なドリス。そのドリスを何度も愛したはずの男が、もう僕に乗り換えている。彼女はそれも気に入らなかった。許せなかったんだと思うよ、だから殿下も僕のことも。問題はそうだな。僕もメリアさんも喋れないと言うことだ。そして今の王家の人々は人の話をあまり聞かない癖があるらしい」
だから咄嗟に弁解が出来ない。そこを思い込みの激しい王家の人々があれよあれよと言う間に話を勝手に作ってしまった。
「今の人魚、殿下の母親。つまりは王妃様。数年前に人魚に近付いたフリーの歌姫が居たんだけど、彼女はまだ幼い我が子を何処の馬の骨とも知れない女に渡したくなかった。かといって他の家に玉座を奪われたくもなかった。そこで彼女のしたことは、何だと思う?」
「……まさか」
「ああ。優秀な歌姫達を陰ながら始末させていたのは彼女だ。メリア=オレアードの声を奪ったのもおそらくは。メリアの姿を見て恐ろしさからか勝手に白状してくれた」
こうなっては彼女に人魚の資格はない。何故海神と対話をすることが出来なくなったのかも、これで知れたような物。幸いにも殿下はその点だけは賢明で、母君を人魚の座から引き摺り下ろすつもりだ。
「話は順調に進んでるみたいだな……それにしてはシエロ」
顔色が優れないのは殿下のこと……そして何も怪我の所為だけではないんじゃいか。カロンが少し不機嫌そうに、それでも心配気に此方を気遣う。
(カロン君は不安なんだろうな)
それは仕方のないこととは言え、少し悲しくなる。
端的に言えば、僕はシャロンを捨ててカロン君に乗り換えた。その前提がある。だからカロン君は不安なんだ。僕は彼女から彼に乗り換えることで、誠実さなんてものを失っている。何時僕がカロン君を捨て、他の誰かの所に行くか。そんなことはあり得ないと彼は否定したいだろう。それでも潜在的に僕の存在は、彼の不安を煽るんだ。
そんなことはしないよと、誓ったところできっと彼は安心できない。早く傍に戻って抱きしめてあげるまで、彼は猜疑心を捨てられない。
(それなら)
せめて包み隠さず話すこと。それが今僕に出来る精一杯の誠実さでは無いだろうか?
そう結論づけて、シエロは再び口を開く。
「僕が庇った所為で、なんだか色んな方向にとんとん拍子で話が進んでいてね、僕を次の歌姫として殿下は娶る気満々。選定侯家の僕が殿下に下るってことは勢力争いにアクアリウトの家が勝ったってことにもなるし、城の人間は賛同してる。人魚の衣装を手に入れるのは何とかなりそう」
「そっか」
「うん。だけど本当に僕が歌えないことが露見すれば、僕はどうなるかわからない。思いこみの強いのが今の国王家の皆さんだ。殿下は僕に裏切られたと思って、僕への怒りを募らせる」
実際裏切るつもりでここにいるんだ。そして喋れない以上、言い訳も弁解も出来ない。
「カロン君。シャロンは何かきっと恐ろしいことを考えているよ。第三領主アムニシアの話は、第一領主様からも色々聞いている。だから僕は今、とても心細い。僕が恐れているのは、殿下じゃなくて……シャロンだよ」
夢の中では伝わらないかな。それでもそっと彼へと手を伸ばす。その手が震えていることに、彼は気付いてくれただろうか?
僕の抱える不安を不安として見せてあげること。それが今のカロン君には必要なことだと思う。僕の方が年上だからとか、剣が使えるからとか……そんな理由で僕に強がられたり守られたりするのは君は嫌いだろう。男だからとかそういう話でもなくて、彼はきっと恋人っていうものはとても対等な物だと考えている。
シャロンが僕に依存し、歪んだのも……カロン君がそれを望んでいるのも、恐らくは二人の両親のことが原因だ。話だけならシャロンから僕は聞いている。母親は空からやって来た若い男に乗り換えて、家族を捨てて外へと逃げた。下町に残された父親とシャロンとカロン君。
そんな父親の寂しさと誠実さを知っているから、彼らは幸せになりたい、心の全てを満たされたいと希う。そんな母親の身勝手さを知っているから、愛とは裏切りを働いてはならない唯一の物だと二人は思っている。
その結果、カロン君は僕と支え支えられるような対等な関係を求め、シャロンは僕を縛り付け。深く依存するほど求めるような病的な愛を望んだ。二人が導き出した答えはことなるけれど、彼らがとても寂しくて、満たされない場所にいたという根本的な事象は変わらない。
どちらか一人だけにしか出会わなければ、僕は何の迷いもなく、それに応じることが出来ただろう。それでも僕は、カロン君とシャロン……二人に出会ってしまった。どちらも大切な人だ。悩みに悩んだ。その先で僕は自分がどちらの愛を望んでいるかを考えて、カロン君の手を取った。それはシャロンの生存を知った後も、後悔はしていない。唯、申し訳ないとは思うから……僕はシャロンに殺されても構わないと、彼女の呼び出しに応じたんだ。
「シエロ……」
「シャロンに躊躇いがないのは……アムニシアの力の所為なんだ」
こうして僕がカロン君を選んだ事実さえ、彼女の悪魔は夢物語に変えられる。はっと目を覚ませば僕の現はあの頃のまま。恋人はシャロンのまま。おかしな夢を見たのねと笑われてお終いだ。その後また僕がシャロンを裏切って、カロン君を選んでも……シャロンはそれを何度でも無かったことにしてしまう。
「でも僕が僕で、君が君なら……導き出される結果は、何度繰り返しても変わらない。僕はカロン君を選ぶだろうね」
僕の言葉に彼は、照れくさそうに目を背け……それでもほっと安堵の息を隠れ漏らした。
「それなら、シャロンは何で……シエロを危険な目に遭わせようとするんだ?シエロのことを傷付けたのは、それを無かったことに出来るっていう絶対の保障があるからなんだろうけど」
今回のことは、何か間違えばシエロは死んでいたかも知れない。いくら無かったことに出来るからとは言え。カロンの戸惑いはシエロにも解る。
裏切ったら殺す。最初はそう言って思いを重ねた僕たちも、互いを思い合う内に、それが出来なくなってきている。思うことが許すことに変わってしまった。裏切られたって殺せるはずがない。信じて居るんだ。それでもまだ好きなんだ。僕らは人間だけど、それって少しは海神の娘らしくはないだろうか?
シャロンの愛はある意味で水妖らしい残忍さが在る。シャロンは未だ過去に前世に囚われているのかもしれない。
(僕では駄目だ)
僕はシャロンに本当の愛というものを教えられなかった。そうじゃないんだよと言えるほど、僕は愛というものについてよく分かっていなかった。今僕は……誰かを好きになるって言うことは、許せないことじゃなくて……許すことなんだと思うようになった。カロン君にもそれが薄々解ってきている。それならカロン君の歌は……海神の心に届くはず。彼が完全に愛というものを理解してくれたら、その歌は。
(でも……カロン君も、間違えそうになった)
カロン君が何をしても僕は彼を嫌いにはならない。それでも、悲しくなることはあるから。……だからちゃんと教えなければ。伝えようとしなければ。
「多分さ……シャロンとしては躾のつもりなんだよ」
「躾け……?」
「裏切ったらこうなるっていう見せしめ。それを僕に教え込ませる。恐れで僕の愛を繋ぎ止めようとしてる……不器用な子だ」
そんなものは、もう愛ではなくなってしまっているのに。僕の心を見ない振りで、服従させて縛り付けたい。
「例えばだよカロン君。シャロンは僕の目の前で何度でも君を殺すかも知れない。或いは君の前の前で僕を惨い目に遭わせるかも知れない。そうすれば、僕は君を想っていても……君を選ぶことはなくなるかもしれない。君もだ。……僕が思うにそれがシャロンの狙いだよ」
「そ、そんな……」
「そうだよね。そんなことしても悲しいし、虚しいだけだ。でも……シャロンにはそれが解らないんだ。シャロンは他人を信用できない。だから支配したい。愛しても、愛されても……彼女の不安が消えることはない」
だから永遠に疑い続ける。僕の愛を試したがる。僕の心が離れても、それを認めることはない。それってとても悲しいことなんだ。シャロンはずっと苦しんでいた。今だって。僕では彼女を救えない。離れていても、隣にいても……シャロンは救われなかったんだ。
「だからね、カロン君。君は恐れないで。……勿論僕は怖いよ。これからどうなるか本当に……。それでも君は怖がらないで。例え僕がどんな目に遭っても、僕を哀れまないで欲しい。むしろそれを誇りに思って欲しい。僕が傷付くなら、それは僕が君を愛しているっていう証なんだ」
最悪の事態はもう既に想像できている。そしてそれが間違っていないだろう事も。それでもそこで僕らが屈したら、本当に……僕らのすべては夢の中に消えてしまう。
(それだけはあってはならない)
怖くないって言ったら嘘だ。今僕は生きている。失うのは辛い。痛いものは痛い。
だけど僕は悪魔と契約している。カロン君もだ。その契約は死後僕らの魂を求めるというものだから、シャロンとアムニシアの目論見通り……僕らが踊らされ、ずっと本当の意味で死なないというのは彼らにとっても不都合のはず。アムニシアの掌の上で踊ると言うことは、イストリアの定めた枠から抜け出すことも出来ない。よって僕らの味方に付いている悪魔……それ以外の悪魔も今の状況は喜ばしい物ではない。それは確か。
アムニシアとイストリア。その狙いの方向性は酷似しているが、その間には微妙な溝がある。
僕らを物語として書き始めた以上、イストリアはそれを完結させたいはず。アムニシアの暴走は、彼女の望む物語としてスパイスにはなっても自由にさせすぎれば駄作に変わる。どんなに良い歌だってくり返し聞けば何時かは飽きる。それと同じだ。
(僕らが上手くやるには、彼女たちの目的の間を撃ち抜くことが必要か)
そう。少なくとも、エフィアルから聞いたイストリアという悪魔の人間性……いや、悪魔性というのは隙がある。彼女は一種のエンターテイナー。悪魔的に盛り上がる脚本を仕立てることで魔力を増すとか。つまり悪魔にとって悲劇でも喜劇でも、人間側からすれば、どちらもろくでもない話。悪魔らしい悪魔であるイストリアは残虐性を重視している。ここが兄限定禁断恋愛主義のアムニシアとの相違点。
「シエロ……お前、何を……?」
考え込む様子のシエロに気付いたらしいカロンの言葉。
「もし仮にだよ。衣装を君に着せることが間に合わなくても、海神は現れる。僕が歌えなくても、海神は現れる。呼び出せると思うんだ……」
「どういうことだ?」
「考えても見て。僕は海神の愛娘を裏切った男の子孫だ。そんな者がだよ?人魚の名を騙って人魚の衣装に身を包むなんて許せないだろう?海神はきっと……最悪の状況でも、僕が歌えなくても現れる」
「それって……」
「唯、僕は喋ることが出来ない。だからその場合、海神との対話はカロン君……君にお願いすることになる。だから……その時までには必ず、僕の所に来て欲しい。いや、出来るならそれまで来ない方が僕らにとってもいいかもしれない」
「何言ってるんだシエロ!」
昨日と言っていることが変わっている。それに気付いたカロンが驚き目を見開く。そんな少年に対し、宥めるようにそっとシエロは言い聞かせた。
「カロン君。勿論明後日は君に来て貰わないと困る。だけどそのタイミングを見極めて欲しい」
「……今回の件で、まだ何かあるって考えてるのか?」
「少なくとも、シャロンは何か企んでいる。君が先に僕の傍に来たなら、シャロンは有利になるんだ。後出しの方が絶対に有利なんだから」
シャロンの真の狙いは何だ?殿下を殺めることなら失敗。それでも最初から目的が別の所にあったのなら、シャロンの企みは現在も進行中ということになる。殿下を僕に守らせることが目的だったと解釈するのなら。
「後出しって」
「考えてもみて?君が城に来るなら、君はシャロンの名を騙るか真実を告げる必要がある。それで後からやって来るだろうシャロンは、君の言葉の粗探しをする権利を得る。そうなれば怪しいのは最初に来た者だろう?」
「だから俺が遅れれば、シャロンの隙を狙えるってこと?」
「うん、そういうこと。僕らはこうして夢で情報の共有が出来る。使いまでのやり取りのようにそれが露見することはまずない。シャロンが来たら僕がそれを教える。カロン君達はシャロンを出し抜くための証拠を見つけてからここに来て。それが一番だと思うから」
シャロンがシャロンとして現れても、カロン君を名乗って現れても……全ての罪を此方に向けようとすることは間違いない。
現にシャロンはカロン君を演じてメリアを殺そうとした。メリアが僕に怒ったのは、犯人がカロン君であると誤認している可能性もある。彼女はドリスの従者。カロン君が歌姫ドリスを振った理由が僕のためだと知っているはずだから、僕らの関係は筒抜けだろう。
「今すぐ黙れ人間っ!」
「え?」
突然聞こえるエフィアルの怒鳴り声。それに伴い、辺りが再び闇に閉ざされる。カロンの夢とその場が切り離されたのか、彼の姿も消えてしまった。
庇うように前に立つ悪魔。その顔を覗き込むと、唯ならぬ緊張感が見て取れる。
「第一領主様?」
「アムニシアだ」
「アムニシア?」
やっぱりろくな女居ない小説度が上がってきました。
作者の人間性が疑われそうだ(笑)
作中ではあと二日で蹴りがつく物語。
バッドエンドしか思い浮かばず、どうしたもんかと色々考えてきましたが、そろそろピリオドに向かって頑張ろうと思います。